雪花豆(ゆきはなまめ)
叔父さん、ごぶさたしております。
東北では遅咲きの桜がようよう散り始める今日このごろ、東京に居られる叔父さんはいかがお過ごしでしょうか?
さてあなた様もご存知のとおり、小生この春、無事に地元の大学校を卒業いたしました。卒業に絡み、私の頭を悩ましたのが、就職先でありました。
さてさて困った、どこに落ち着けば良いだろう?
というのもまたこれ、例の妖精の一件です。叔父さんもご存知のとおり、私には幼いうちから一緒に暮らす妖精が一匹おりますもので。
なんせ昔からの言い伝え『妖精は異界からこちらの世界に来た時、初めて口にしたものを生涯食べて生きてゆく。日に一度その食物を口にすることなくば、たちまちにして死に至らん』とありますからね。
私の可愛い妖精は、幼い私がこころみに与えた『手作りの雪花豆』を主食に生きていますので。
雪花豆とは無論『砂糖まぶしの節分豆』のことであります。砂糖水を鍋に入れて火にかけて、ぶしぶしと煮詰まってきたら、豆を入れてころころと。十分に砂糖水が絡まったところで火を止めて、また木べらでころころと……。そうして雪花よろしく、衣がけした豆のことでございます。
なので妖精をやしなうには、あんまり忙しい職場では不可ません。多忙にあかして職場に一泊でもやった日には、私の可愛い妖精がひもじくて死んでしまいます。
さてさて、どうして稼ぐべきだろう? そんな悩みを打ち明けたら、私の悪友はこともなげにこう言いました。
「馬鹿だなお前、お前の近所に小さな菓子屋があるだろう? 名物は雪花豆、しかも二つ三つ練りきりを買っただけでもおまけがつく、太っ腹な店じゃあないか。あそこに入って自分のこしらえた雪花豆を、毎日少しおみやげに持って帰ったら良いだろう!」
ああ、灯台もと暗し! 私はその悪友に、初めて心から感謝の念を覚えました。
そういう訳で、私は今『近所の菓子屋の職人』です。叔父さんにはご報告かたがた、私の作った雪花豆を同封させていただきました。拙い味のしろものですが、お茶うけにしていただけると嬉しいです。
それでは、このあたりで筆を置かせていただきます。乱文乱筆、誠に失礼いたしました。
* * *
「……本当にしょうがない奴だなあ!」
俺は思わず苦笑した。また不味い小話をこしらえたもんだ。
「小説家になりたい」とのたまう友人が就職先に困っていたから、菓子屋を紹介してやったというのに……手紙じたてで俺を『叔父さん』にしやがった。しかも言うに事欠いて、俺のことを『悪友』呼ばわり! まったくけしからん奴だ!
俺はいまいましいのと微笑ましいのとがごたまぜになった妙な気分で、茶を淹れるのに席を立つ。と、こつこつとノックの音がして、姉さんが茶を淹れてきてくれた。
「ああ、ちょうど良かった。姉さん、早瀬のやつからお手作りの雪花豆が来ましたよ。一緒に食べましょう」
嬉しげにうなずく姉さんのほおに、ほんのりと朱がさしている。無口な姉さんは楽しそうに微笑みながら、こりこりと小気味の良い音をさせて雪花豆をつまみ出した。
姉さんのその顔を見ているうちに、俺はようやく気がついた。
――ははあ。さては早瀬のやつ、俺よりも姉さんに豆を食べさせたかったのか!
俺はにやりと笑いをもらし、茶をあおってから席を立つ。
「……信夫、どこへ?……」
「ちょっくら電報を打ってきます。『今度良い妖精を世話してやる』ってね」
きょとんとする姉さんをしり目に、俺は含み笑いで家を出た。
何のことはない、三軒隣りの小さな家で、例の早瀬は書き物机に向かっていた。今日は菓子屋は休みの日だから、懸命に万年筆を走らせている。
これだけ近所なのに、もったいぶって手紙じたてにしやがって。コンコンと窓のガラスを叩いた俺は、気づいて窓を開けた早瀬に耳打ちした。
「俺の姉さん、雪花豆をたいそう喜んで食べてたぜ。『早瀬君によろしく』って」
目を見開いた早瀬のほおに、さあっと一気に朱が昇る。
……折から吹いた春の風に、散り残った桜のかけらがはらはらと、雪さながらに舞い落ちた。
(了)