1話
前作と同じ世界観、違う攻略対象のお話です。
いつものようにご都合主義全開になると思いますので、ふわっとお読みください。
わたくしはイヴェルローズ・ラグナルシュ。
由緒正しきラグナルシュ公爵家の一人娘。
年の離れたお兄様2人と両親に溺愛され蝶よ花よと育てられた。
欲しがったもので手に入らなかったものは今まで何もない。
そんな生まれながらに恵まれすぎているわたくしの、10歳の誕生日のこと。
ニコニコとご機嫌なお父様の後ろから1人の少年が現れた。
「レオンハルト殿下、こちらが私の一人娘のイヴェルローズと言います。…さぁローズ、殿下にご挨拶を。」
こちらを見つめる少年と目が合う。
すると、彼は途端に泣き出しそうに顔を歪めて下を向いた。
「…お初にお目にかかります。わたくし、ラグナルシュ公爵家の末娘イヴェルローズと申します。どうぞお見知り置きをレオンハルト殿下…。」
下を向いた殿下に礼を取りながら、わたくしの顔色も悪くなってくる。
震える声で「僕は…レオンハルト。よ、よろしく…ラグナルシュ嬢…。」と小さく呟いた。
その殿下の答えにお父様は「いやぁ殿下、そんな他人行儀に娘を呼ばずとも!殿下と娘は婚約なさったのですからもっと気軽に、ローズと呼んであげてください。」と笑いながら私と殿下の距離を縮めるように2人の背中を押す。
それから「今年のお前へのプレゼントだよ。お前はずっとお姫様になりたがっていたからね。どうだ、本物の王子様だ。」とわたくしだけに聞こえるようにお父様は囁いた。
わたくしは引きつりそうになる頬を必死に隠し「ありがとう、お父様。」とお礼を言う。
若干顔が青ざめていたかもしれないが、お父様は特に気にした風もなく嬉しそうに頷いた。
「では、ローズ。せっかくだから殿下にうちの庭を案内してあげなさい。」
副音声で「後は若い2人でごゆっくり」という声が聞こえた気がした。
わたくしはぎこちなく頷いて、下を向き続けるレオンハルト殿下に「殿下…どうぞこちらへ」と声をかける。
小さく肩がビクリとしたが、下を向いたまま小さく頷く仕草をした。
わたくしが歩き出すと、後ろからトボトボという効果音が聞こえそうな足取りでレオンハルト殿下が歩き出す。
それを目の端で見つめつつ、わたくしは遠くを見つめた。
わたくしはイヴェルローズ・ラグナルシュ。
由緒正しきラグナルシュ公爵家の一人娘。
年の離れたお兄様2人と両親に溺愛され蝶よ花よと育てられた。
欲しがったもので手に入らなかったものは今まで何もない。
…10歳の誕生日を迎えるこの日までは。
レオンハルト殿下を見た瞬間私は自分の未来を悟っていた。
…これからわたくしの転落人生が始まる。
主役と攻略対象の仲を裂こうとする『悪役令嬢レディローズ』としての人生が。
…こんなことになるならお姫様になりたいなどと思うべきでなかった。
この世界とは別の世界にわたくしは生きていた。
その世界では『ゲーム』というものがあって、その世界のわたくしは『乙女ゲーム』という種類のものを嗜んでいた。
現実と異なる別次元で育まれる恋愛模様。その化身になりきり数多の男性を虜にしてきた。
その中の1人がレオンハルトである。
『異世界転生』
その言葉かわたくしの脳裏を駆け巡る。
しかも主役ではなく、悪役に転生とか…。
前世のわたくしは何か悪いことでもしたのだろうか?
ちょっと夢見がちで、妄想癖はあったが人様にご迷惑をおかけした事などなかったように思うのに…。
前世のわたくしは『王子キャラ』と呼ばれる攻略対象を殊更愛しおり、超正統派の王子顔であるレオンハルトを見て一目惚れし、速攻で攻略したのも懐かしい思い出である。
しかし、レオンハルトはその王子顔に似つかわしくない性格をしていた。
なんというか…ヘタレだったのである。
元来の内気な性格に彼の家庭環境の問題も重なり、かなり…かなり面倒な性格だった。
何かあれば自分のせいだと落ち込み時には号泣し、あれはやだ、これはやだやりたくないと駄々をこねる。
正直、攻略しながらガッカリしたものだ。
顔だけでいうなら、わたくしが攻略していたどのキャラクターよりも好みど真ん中だっただけに本当にガッカリだった。
それでも主役と共に数々のイベントを超えてエンディングを迎えた時は涙したものだ。
あのヘタレがとうとう告白かと。
しかし、私の期待はまた裏切られる。
主役の腰に縋り付くようにし「君がいないと生きて生きない〜!!ずっと…ずっと僕のお世話をして!!」と懇願したのだ。
こんな告白嫌だ!!!と画面越しに叫んだのもである…。
一応王子妃になってハッピーエンドとなったわけだが、あれは本当にハッピーエンドだったのかと多くの化身達が物議を醸したものである。
他の攻略対象である公爵や侯爵令息はもっとドラマチックな結末だったのに、なぜレオンハルトだけあの扱いなのかと。
はぁ…とやるせない想いにわたくしが溜息をこぼすと、レオンハルト殿下の肩がビクッと大げさに跳ねたのが視界の端に見えた。
そちらに目をやると、怯えたように上目遣いでこちらを見つめる涙で濡れた美しいエメラルド色の瞳とかち合った。
まるで金を溶かしたかのような美しいブロンドのサラサラの髪に、エメラルドをそのまま嵌め込んだような緑色の瞳。長い睫毛に薄い唇は淡く色づいている桜色。
頬はまだ子供特有に丸びをおびているが、それは年齢と共にシャープになる事をわたくしは知っている。
本当…見た目はパーフェクト。
ヘタレな性格さえ、矯正されれば…。
ん?
矯正…??
ジッと凝視するようにレオンハルト殿下を見つめる。
まだ、彼は10歳だ。
物語が始まるのが彼と私が18歳の時。
8年あれば、性格は変えられるのではないか?
いや、根本は変えられないかもしれない。
でも考え方を変える事は出来るかもしれない。
それこそ、わたくし好みの正統派王子様のように。
わたくしは想像してみる。
正統派王子様の性格のレオンハルト殿下を。
シャンとした背筋に穏やかな物腰と空気感。
柔らかく耳通りの良い優しげな声音。
極め付けはエメラルド色の瞳が柔らかく緩む微笑み。
それが、レオンハルト殿下のお顔で見ることが出来るなら…。
わたくしは
『悪役令嬢』を全うしても良い!!!
そうイヴェルローズは悪役令嬢だけど、どの結末でも死ぬことはない。
僻地に幽閉か、厳しさで有名な修道院に行くのだ。
死なないなら婚約破棄されようが、断罪されて幽閉されようが修道院に入れられようがその笑みさえ間近で見るチャンスが訪れるならば、わたくし構わない!!
その微笑みを一生の思い出にして慎ましやかに行きていける!
それくらい、わたくしは超正統派王子顔を愛しているのだ!!
そうと決まればやることはただ一つ。
わたくしはレオンハルト殿下に向けてにっこりと微笑む。
この笑顔を見せれば、お父さんもお兄様達もなんだって言うことを聞いてくれるとびっきりの笑顔で。
案の定怯え続けていたレオンハルト殿下も耳まで真っ赤にしてわたくしを見ている。
「レオンハルト殿下。今日から貴方はわたくしのものですわ。」
一気に青ざめるレオンハルト殿下の顔を眺めながらわたくしは上機嫌に考える。
ヘタレた性格を矯正するための訓練内容を。
前世のわたくしは『育成ゲーム』も乙女ゲームの次に好んで嗜んでいた。
『攻略対象育成計画』
…やってみせる。
絶対に成功させてレオンハルト殿下をわたくしの好みど真ん中の超正統派王子様にしてみせる!
第2の攻略対象は王子様です!
ヘタれた性格はイヴェルローズによって矯正できるのか?!
イヴェルローズもなかなかアクの強い子になりますが、好きになってもらえると嬉しいです。
最後まで書ききれるように頑張ります。