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7・ロリヲタの一風変わった休日の様子

5/25:ストーリーに今後の展開に支障のある間違い+記載ミスが見つかったため修正しました。

(一番最後の段落末尾、メッセージアプリに関する部分に、一部間違った認識があったため)

 目くそ鼻くそは百も承知だが、あの友人Aのファンなる人物は只者ではない曲者感満載であった。その趣味趣向、性癖といえる部分かどうかはアレとして下着姿の女児が大好きで、上限はジュニアサイズの服が着られなくなる年齢とか盛り沢山のキモ談義。飲み会がお開きとなり帰宅する電車内で途中駅まで一緒になる友人Aに、過去の彼におけるその辺の詳しい事情を訊いてみた。すると彼は知り合った当時に既にその辺の性癖が垣間見られていたが、まさかあぁ云う方向に人生が展開していくとは予想外だったとヤツも首を傾げ腕を組んだ。

 だが話を分析する限りでは彼の主たるテーマは『下着』であったと思われるが、そう言えば実際のその〝中身〟については彼の談義につい飲み込まれてしまってて話題に挙げ忘れたため不明だった。そりゃ全く興味ないわけではないだろうが。それに話を聞いていた上では二次元・三次元の区別も曖昧であった。

 そう言えば俺は当初、真緒ちゃんの衣類を目の当たりにした時非常に警戒し、まるで爆発物を扱うような感覚で躊躇していたのに、気がつけば綺麗にアイロンを掛けクルッとコンパクトに丸めて仕舞うところまで何の戸惑いもなくやりこなしていた。それは俺自身が女児の衣類や下着には直接の興味がなかったせいだからだろうか。下着を通してその中身へと妄想が展開していく事はなかったのか、今思い返してみるとどういう訳かハッキリしないのだった。オタクの真理もこうして考えてみると計り知れないナゾが多くて、自分でもよく解らないものだ。


 実は今日の呑み代の半分は友人Aのファンが支払ったのだ。残りを俺達5人で折半した。俺の支払いは2000円で、金欠の手前せこい話だがホッとしている。今朝卸した家賃他の現金の残りに真緒ちゃんママから返還頂いた福沢諭吉も混ざっていたが、この宴で別れを惜しむ事にならずに済んだ。それはともかく、実は工場勤務ってワリと儲かったりするんだろうか? そんな話はとんと耳にしないが。

 ついでに俺は今日集まった面子を見回し、何だか薄ら哀しい思いをした事も述べておく。友人Aはアニメキャラのデザイナーに、友人Bは小児科の医師に、そして担当者さんは入社も難しい出版業界。少々無礼な言い方で申し訳ないが、アシスタント氏はこれからどう発展するのか天井知らずのサブカル・アニメ制作会社の社員で、栄光を手にするまでは社会の荒波をイロイロ経験するこれからの人物、そして友人Aのファンは高らかな夢理想を携える工場職員。

 んで俺はどうだ? 明日をも知れない分際のクセにフリーのグラフィックデザイナーなんて耳障りだけはイッチョマエの、世間の分類上は自称自営業の職業不詳、まぁ無職の壁一つ隣の存在だ。自分だけが何だか不安定な場所に取り残されてる感があって、人生の行く先の不安を覚えたものだ。


  ◇


 今回の呑み会は来賓が初対面の人達だったせいで皆が皆ガブ呑みに興じる程ではなかった。俺も普通の呑み会のソレより若干少ない量の血中アルコール度で、家に着く頃には殆ど抜けてしまっていた。そのせいではなかろうが、俺は一つ要件を忘れていたのを思い出す。そう、『まどマギ』のDVDの行方を友人Bに確認することだ。

 呑み会が開けて皆がそれぞれ帰途についてから1時間以上経過しているので、サスガに目黒区在住の友人Bは帰宅完了しているだろうと思い、駅から自宅アパートへの帰路上で歩きながら電話する。だが10回コールで留守電になったので俺はそのまま切った。トイレなのか風呂なのか、戻って着信に気づけば向こうから折り返すだろう。そう思って俺は間もなく自宅アパートにたどり着き、恒例となった真緒ちゃん宅の気配を確認しつつ自宅玄関の鍵を開ける。


 真っ暗の自宅の台所の蛍光灯を付けて、可視可能な明るさを確保したのちに部屋のメインの電気を付ける。薄い布のカーテンだけを閉めて遮光カーテンは開けていたので、もう夜10時を過ぎている時間だしその遮光カーテンを閉め、エアコンのスイッチを入れる。すると閉めたばかりのカーテンの向こうで何やらガタガタ音がなり始めた。俺は不思議に思い2重のカーテンを少しめくって外を覗くと、例のホットラインの壁を開けて真緒ちゃんがコッチに潜り込んでくるシーンが見えた。

 こんな時間まで起きていたのかと思いつつも、秘密の通路の珍客を迎えるため窓の鍵を開けサッシを開ける。すると真緒ちゃんはコンビニ袋に入れた何かを俺に差し出し、礼を言いつつ借りたものの一部を返却する旨を述べたのだ。だが貸したガンダムエースは昨日に全冊返却済みなのだが‥‥

 俺は差し出されたコンビニ袋を確認しようとするのと同時に、机の上のスマホが着信を知らせる。俺は真緒ちゃんにチョッと待つようお願いし着信の相手を確認すると友人Bだったので電話に出た。電話の向こうでヤツは何用か訊ねるので、俺は昨日俺の自宅から帰る際に運んだ機材一式に含まれていたと思われる『まどマギ』のDVDの所在についての確認だと告げた。するとヤツはソレはお隣さんの〝座敷童〟に貸し与えたという。

 はぁ?と思った俺は、さっき真緒ちゃんから手渡されたコンビニ袋を改めて自分の顔の前まで持ってきて良く良く確認すると、確かに袋の中に『まどマギ』の1巻・2巻の2枚のDVDが入っていた。


 俺は諸々事情を友人Bから伝達を受け、ヤツも伝えるのをすっかり失念していた事を詫ていた。まぁソレは個人的には全く支障はないので問題はないが、実はヤツは真緒ちゃんに再生用のデバイスとしてDVDドライブ付きの古いMacBookを貸しているのだという。全話見終わったらそれらも返却されるので一旦受け取っておくよう伝えてきた。ただ、もう殆ど使うことのないPCなので何ならくれてやっても良いのだと、景気の良い話を付け加える。

 そんな訳で俺は事情を理解し、真緒ちゃんに返却はゆっくりで良い旨伝えると、真緒ちゃんは委細承知し再びもと来たホットラインを帰っていく。仕切り板を外した通路を四つん這いで向こう側に潜っていく際に、彼女のスパッツ姿の真ん丸なお尻を振るシーンが俺の網膜に飛び込んできて焼き付いた。その瞬間俺は両手のひらで顔を勢いよく挟み、そのまま後ろに海老反りになる。

 だが、友人Bはいつの間に真緒ちゃんと顔見知りになっていたのか、油断も空きもあったもんじゃない。俺は思わずチョッとだけヤキモチを焼いてしまった。で、ヤキモチなんか焼いてる一方で視界の隅っこにヨックモックの袋がチラッと入ってくるのだった。またしても失念していた。こうしてズルズルと返却のタイミングを逃し続けてしまうのだ。


  ◇


 その夜は、修正の入った品川マップの制作に没頭しつつ、ちょっと作業に飽きては友人Bの制作作品の背景描き込みをし、それをひと仕切りまとめるとまた品川マップ制作作業に戻る、という変則的なやり方で諸々を進行させていた。そしてやがて肩がこり始めてヤレヤレと両手を振り上げ背伸びをすると、時計が明け方5時を回っていた。

 もうそんな時間かと思って窓に目を向けると、遮光カーテンの合わせ目から薄っすら明るい外の光が差し込み始めている。その薄明るい外の空中に定まらない視点を泳がせながら、俺は自分の今後についてぼんやりと思いを馳せた。この品川マップ制作が終わっても次に何か仕事が入る予定は今のところない。そのまま次の仕事が来なければ収入の宛が無くなる訳だが、だからといって今何か営業対策などで動ける訳でもない。そうチョッと先のことを考えては不安しかない俺の日常‥‥


 先に述べた友人たちやその周辺環境にいる人たちはそういう訳で、皆それぞれ忙しくもそれなりの経済活動を展開している。特に友人Bは来月から医師だからして、年収も5桁の高所得者の仲間入りとなるだろう。その他の面々もサスガに生活に困る事はないであろう。

 お隣の結城真緒ちゃんママも、今はバイトしながら看護師資格取得を目指しており、晴れて達成した暁には日本中どこへ行っても仕事に困る事のない国家資格保持者となる。今しばらくの辛抱と言ったところか。

 モチモチさん。あの〝フタナリ属性オタ女〟も日中は画家の弟子として教室に通う日々を送りながら自らも絵筆をふるい創作活動を続け、コミケなどで僅かばかりの小遣いを得る。てかそういう日常が送れるレベルの経済環境にある訳だ。

 さて、俺。俺はそんなわけで独り明日をも知れない不安定な環境に取り残されている。そうして、今どうすることも出来ない仕方もないことを悶々と考えていると、急激に睡魔が訪れて俺はそれにアッサリ従うこととしてベッドの上に横たわってしまった。俺の将来は先が知れていた。


 次に俺が目を覚ましたのは昼前の11時半頃。そういえば今日は日曜日、モッサリと身を起こすと、高さ1メートル25センチのロフトベッドから降り、トイレに入って台所で顔を洗い歯を磨いてまたこの部屋に戻って仕事用のデスクに着く。

 昨晩から続けていた作業は7割程仕上がっており、今日中にお客さんにデータを送り月曜朝から確認してもらえる段取りに出来そうだ。そして友人Bの制作作品の方は適当に処理が済んでいて、後はドロップボックスにあげて反応を待つだけとなっている。

 視聴継続中のアニメ作品は、今期のチェック分は平日に散らばっていて今日のノルマは特にない。その辺を諸々脳内確認すると、日がな一日家に篭っててもエアコンの電気代もさることながら今更だが不健康でもあるし、たまには昼を外で食ってみようと思い立った。


 ダレた服装ながらも最低限人に見られても大丈夫な格好をして外に出る。駅周辺には吉野家や松屋などの牛丼や定食の日高屋などもあるが、そう言う店は普段にどうしても外で食べなければならない時用にしている。よって今回は駅からむしろ離れ、先日真緒ちゃんと訪れたモスバーガへ向かった。実はコストの問題からモスではなくマクドナルドに出店してて欲しかったという個人的な心情は伏せておく。

 今日も相変わらず仕事熱心な夏の日差しが照りつけているが、雲が多めで時折日が陰るので焼き豚の気持ちを押し着せられる程ではなかった。そんな中にあっても子供たちはエンジン全開で走り回っている様子を見かける。

 全く、子供ってのは服を着た活力そのまんまだ。そりゃ若ければ心身ともにエネルギーを持て余すものだろうが、俺に限っては若かりし頃にあっても今と大して変わらないグウタラな日常だった記憶しかない。あの当時の俺が今の俺を形成したわけだ。思い返すほどに、俺の思い出はことごとく後悔という言葉で彩られたしょうもない物ばかり発掘される。


  ◇


 日曜の昼、当たり前だが飲食店は混雑中だ。その当たり前を俺はまた認識から抜け落ちる失態をやらかした訳だ。こう云うのを『認知力の低下』と言うらしいと、いつだったかネットのカキコで教わった。要するに老化だ。

 モスバーガーの注文の行列は入口の外まで伸びていて、その殆どが家族連れ、頭数の半分は子供、お解かり頂けると思うが色々カオスと化していた。

 ここまで来たらもうどうでも良かった。俺は普通ならゲンナリして場を離れるが今回は列の中に混ざった。時間もあったし何も差し支える事がない、何ならコミケの行列の一員になる訓練とでも思えばいい(勿論コミケのソレのほうが圧倒的だが)。俺は手持ち無沙汰を紛らわすため周囲の様子を何となく視界の中に捉えていた。

 ギャアギャアと小煩い子供たちは今は夏休みで、毎日が日曜日で一向に衰えない底なしの元気を炸裂させている。そんなの昭和の昔から変わらぬ光景なのだが、それにしても最近のガキは健康的でスタイルがいいのが目立ち、その辺だけは昔と様変わりしていた。

 だがどんなにスタイルは良くてもそこは日本人のDNAである。スラリと伸びた長い手足とくびれたボディの上に乗ってる顔は『朝青龍』だ。俺は自分のことは棚に上げて鼻で笑うしかなかった。


 三次元なんて所詮そんなモンだ。現実ってのはいつだって非情で虚しくツマラナイモンだ。その昔物心ついた俺が二次元に一目散に逃げ出したのも道理という訳なのだ。

 二次元はそれはそれは夢の世界だ。ことごとく可愛い娘しかいないしキライなヤツも嫌なヤツも一切居ないのだ(排除することが可能)。唯一三次元に引けを取るとするなら、それはご承知の通り『物理接触が出来ない』ことだけだが、そんなの俺達には不要で、何なら最低限の代償行動は幾らでも用意されている。近い将来はVRやAIなどの疑似体験技術もお目見えするであろう。俺は腹の中で勝ち誇った。

 おっと、あまりシゲシゲと他所の子供たちに目線を撒き散らすのはマズい。俺みたいな一見してオタクのソレは迂闊に存在するだけで迷惑防止条例に抵触し通報される憂き目に遭うからだ。身の程を知ることは俺たちみたいな人種が身を守るために最低限必要なことだ。


 なかなか注文を確定できない家族連れのチンタラに付き合わされ、俺の番が回ってきたのはそれから結構時間が経った後だ。ヤレヤレと俺は始めから決まっていた注文3点を、10秒とかからない素早さでカウンターのくたびれたバイト青年に伝える。少しでも負担を軽減してやった俺の気遣いに感謝する余裕はなさ気な様子だが、今日の昼食代630円は少々こたえた。願わくばワンコインで抑えたかったのだが‥‥

 そして、ここでまた俺はミスをやらかした。当然のごとく席が空いてないのだ。だがこればかりは〝ソリスター〟の宿命とも言える、グループ家族連れは席取りの任務を任される人員が居るが、当然俺らは全てを独りでこなさなければならない。仕方のない事だ。

 俺はカウンターに戻り、申し訳ないが持ち帰りに包み直してくれるようお願いしようと反転したその時、またしても予期せぬダンジョンイベントが開始された。俺は後ろから声をかけられたのだ。それも聞き覚えのある声だった。

 振り返った俺の目線の少し先に、真緒ちゃんママの姿をとらえたのだ。そして更にもう少し先には、椅子に座って床に付かない足をブラつかせる真緒ちゃんが鎮座していた。真緒ちゃんママは席がなくてオロオロする俺に一緒にどうぞと声をかけたのだ。俺は渡りに船の幸運だったとは言え相手が相手だけに相当恐縮しつつも、空気的に好意に甘えるほかなかった。

 俺は過剰な程に礼を述べ、真緒ちゃん&真緒ちゃんママに対してテーブルを挟んで向かい合わせに座った。イヤしかしコレは全く予想していなかったため、脳内のシミュレーションも満足に妄想していなかった。とにかく俺の脳内は混乱していた。


  ◇


 その空間では、今日の天気のことから始まって、俺の仕事のことや真緒ちゃんママが通っている学校が来週から8月下旬まで夏休みで、今日は仕事も休みとのことで一日在宅しているとか、そういえばアニメのDVDをMacBookごと貸してもらったことに深々とお礼を述べられたりしたことなどが、なんだか走馬灯のようにフワフワと流れていった。その横で真緒ちゃんはメインの食事を終えた後であの時と同じメロンソーダをチビチビと吸い上げていて、まるで俺の食事にタイミングを併せてくれているかのようだった。

 俺はそこに、またしても天使か何かの尊いものを目撃した感じがしたのだ。真緒ちゃんは周囲の朝青龍な連中とは明らかに違う、なにか特別なものを搭載していた。整ったビジュアルだけではない、内面から放出される神々しいオーラを浴びせてくるのだ。真緒ちゃんはまさにそういう『人種』なのだった。ついさっき二次元バンザイを唱えておきながらその舌の根も乾かないうちの前言一部撤回『ただし真緒ちゃんを除く』を加える事にした。

 今日の真緒ちゃんは、モノトーンのTシャツに膝までのハーフ丈のパンツ姿だった。スラリと伸びた足はソックスなどは履かずにそのままデッキシューズを履いている。要するに今の俺以上にラフい格好だった。周囲の家族連れの子供たちがそれなりに着飾っている雰囲気に対し真緒ちゃんはどうだ、こんな必要最低限でもこれ程の存在感。まさに次元が違っていた。


 正直なところ、俺はその時の真緒ちゃんママとの会話の内容を殆ど覚えていなかった。だいぶ緊張していてまるで就職の面接みたいな空気を感じていたのだ。そんな固い表情では、真央ちゃんママに一般女性とのコミュニケーションが殆ど無いキモいオタクだとバレてしまってることだろうが、そんなの一向に感じさせない実にナチュラルに接してくれている。或いは実は相当鈍感だったりするのか?

 結局お昼の一時はそこで小一時間ほどでお開きとなった。が、二人はアパートに戻るとのことだったが、俺も一緒に隣の部屋に戻るってのが訳もなく恥ずかしかったため、駅前の百均で買い物をするという、またしてもフェイク用事を設定し、二人とはモスバーガーを出た路上で別れた。

 気がつくと全身気持ち悪い汗で湿っているのが自分でもわかる。脇汗もまるでお漏らしのソレみたいな、どっかの島の地図を描いていた。こんな格好では街を歩く人々に不快像を見せびらかしてるみたいでアレなので、どうせ何も用事などない百均ショップでスナック菓子でも買って帰ろうと思った。だが俺は次の瞬間ふと思いついて購入物を変更した。

 百均で買ったもの、それは付箋だ。2〜3種類の大きさを選んで購入するが、何に使うかはお察しの通りだ。俺はフェイクが事実に変わった用を済ませさっさと家に帰る。すると、俺は何気に向けた視線の先にアパートの反対側の角部屋の住人・麻生茂美さんの姿を

捉えた。あの身長でクソ暑い夏にもかかわらず今回も黒い長袖をまとい、ツバ広の帽子をかぶっている。あの人以外に見間違うことはないであろうが、大きめのトートバッグを肩にかけていたので見たとおりお出かけの様子だ。思わず目で追ってしまったが、麻生さんは駅の改札を通ってその奥に消えていった。


  ◇


 充分に時間を費やして帰宅すると、郵便受けに何やらPowerPointで作成されたと思しきチラシが他の広告と一緒に入っていた。広告には必ず目を通し情報を得るが、今回は有効な情報はない。よってそのパワポチラシと一緒に資源ゴミの日に出されるという末路を辿る。パワポチラシの内容は『学童保育の有料化に伴う説明会云々』と言う案内で、生まれてこの歳までソロを強いられてる俺には平行世界か、はたまた異世界のイベントでしかない。てかその学童保育て単語自体を俺は知らないのだ。

 共用廊下の結城さん宅前を通ると、これまでと違って明らかに人の気配があるのがナゼか新鮮に感じられた。いつもは真緒ちゃんママは学校やパートで留守がちで、いつも真緒ちゃん独りが俺のような外敵から守るようにひっそりと息を殺して過ごしている訳だし。人間が独りではないとこれ程までに周囲に生気を振りまいて、それが周囲に意味不明な幸せをおすそ分けするものなのかと奇妙な感想を抱く。

 だとすると、俺みたいな独り者ンは寧ろ毒気のような気を周囲に発散しているのだろうか。まぁ、せいぜい気配を消すことに長けてかえって周囲から存在を認識されない立場に自虐していることだろう。そう言えば反対側の住人・麻生さんだって俺のソレと似たようなモンではないか。


 俺は部屋に入りスリープしているiMacを叩き起こすと、メーラーが新着メールの投函を知らせていた。俺は友人Bから貰ったハーゲンダッツの残り物を1個、冷蔵庫から取り出してからその内容を確認する。すると1件目はクライアントの担当者から品川マップの制作進捗を確認する内容、2件目は友人Aが昨日の礼とともに現在進行しているキャラクターデザインの感想を訊ねるもの、そして最後の3件目は友人Bからのコミケ販売用薄い本の全ページの『下絵』をドロップボックスに上げたので見ておけと言うものだった。

 その3件のメールで、俺が一番最初に反応したのは友人Bのソレだった。下絵だと? 内容のママにドロップボックスを開くと、全12ページのモノクロ画像の原稿が上がっていて、表示を変えてサムネールを拡大して簡易的にチェックしようとした。そこで俺は先日からトーン貼りを済ませた筈の最初の数ページからそれらが外されている事に気づいた。

 不思議に思った俺は、ヤツのメールをもう一度読み返すと、その部分について説明があった。それは自身最後の薄い本となるであろう今作をオールカラーにする事にした、と記載されていた。てか、コミケまで後2週間もないのだが大丈夫なのか? さすがに俺は着彩の手伝いは出来ないのだが‥‥ そういえば当初はネタが思いつかず泣き付いてきたんだっけナ。そこから俺が提案した内容も今となっては結構様変わりしている。

 何というか、実生活でも踏んづけられたがるようなドMな性癖を発揮してる様子で、その辺は好きにして頂いて結構である。


 あまり細部に目をやってしまうと妙な面倒を発掘しかねないので、友人Bの件はソコソコにして次は仕事のメールを開く。こちらはいつもの進捗確認なので今日中に出来ているところまでを確認に出す予定を返信メールしておいた。

 そして友人Aのメール。添付画像が5枚程あって、類似したキャラの存在記憶を拝借したいらしい。そりゃそうだ、他の何かの作品キャラに似てるのは色んな意味で宜しくない訳で、その検証はなるべく多くの目に触れさせ情報を得たいという意図なのであろう。勿論シッカリと守秘義務を果たすことは念押しされていた。

 画像のプレビューを開くと、そのキャラはこれまでの友人Aが描いていたソレとはいささか趣が違った。いや、俺は今までヤツのロリキャラを中心に見てきたせいだろう、その絵は成人男性の顔だったので友人Aの普段さほど目にすることのない絵を見ただけだった。しかもその5枚のキャラ絵は全て成人男性で、ヤツがこれまで描いてきた幼女の対極に位置するようなジャンルだった。

 メールに余談が記されていて、このような男性キャラを全25人分描かなければならないらしい。俺は余計なお世話だろうが少しだけ心配になった。


  ◇


 それからは俺は品川マップの制作を続けていたが、気がつけば夕方6時を回っていた。この仕事もほぼほぼ完成間近になっている。

 朝も遅くに起きだして昼飯を食いに行ったら結城さんら母娘と出くわし、そして戻ってからはこの作業を続けていたのだが、正直俺の日常においての行動メニューは片手で足りる。他人から見れば一風変わった様な日常に思われがちだろうが、変わってるのはその行動パターンの『少なさ』だろう。背伸びをしながら周囲を見回すとそろそろ掃除しなきゃと思い出しつつ、そして今日は何を食うかを考える。


 トートツで難だが、俺はツイッターアカウントを持ってはいるが自ら積極的に発言することはない。最後に発したツイートはいつの何だっただろうか。個人的な独り言はワリと多いであろうがソレをイチイチ活字に起こす手間は惜しいというか、要するに関心のない部分には手をかけない性格なのだろう。

 フォローしているメンツには友人AとB、それ以外の友人1人、そして個人的に気にっているとあるロリ絵師の『コトヒラさん』という人の4人だけだ。フォロワーも友人AとB、それ以外の友人1人の3人だけ。これではタダの連絡網の用途しかない訳だが、実際常に目を通しているツールではないためその役目すら全うできていない。

『コトヒラさん』とは、友人A・Bとは無関係で、この二人も俺が贔屓にしてることは多分知らない、存在くらいは知ってる可能性はあるが。だがこのコトヒラさんもゴールデンウイーク過ぎたくらいからツイートがない。それ以前はコミケなどの同人イベント常連だったので情報をまめに飛ばしていたのだが。


 あまり耳障りの良い話ではないが、俺がコトヒラさんを贔屓にするのには恐らく性癖というか、趣味が合う部分が大きい。会ったことがなく年齢も性別も不詳だが、コトヒラさんは実に可愛らしいロリ絵を描く人だ。それも野郎との絡みなどが一切ないところが良い。友人Aのそれは女の子が野郎に搾取されるソレ、友人Bはその逆。コトヒラさんはそんなシチュエーションのないスタンドアローン的なシーンの切り取り絵だ。

 ただし、わりとローアングルが多い傾向ではある。バスタブに入ろうとする女の子を下から見上げるアングルで描いたりとか、股間の間から向こう側の少女を描写する〝ビビッドアングル〟などが良くお目見えする。そして衣服の全部または一部を着けない恰好を主に描くシチュエーションの多さは友人A・Bよりは圧倒的に多い。画集を3冊も出しているくらいだが、その3冊とも押入れの中の宝箱に所蔵している。

 気色悪い話はこのくらいにして、俺はちょっと早いが買い物に出ることにした。


  ◇


 家の近所で一番近いスーパーは駅前にあるが、利便性もあってかいささか強気な価格設定となっていて、俺はよっぽどでもない限りなるべく避ける傾向にあった。今回行くのはその2倍以上の距離のある別のスーパーだ。ところが、暑い中10分以上かけてその店の前にやってきたところで、俺は物騒なものを目撃してしまった。

 赤色灯を光らせて止まっている2台のパンダ車両、そして少なくない人数の警官と何やら得体の知れないその何かを取り巻く大勢の買い物客と思しき野次馬の人だかり。そのせいで何が起きてるかが隠されてしまいここからは確認できなかった。その割に何だかヤバそうだという直感がヒシヒシ伝わってくる。

 俺はスーパーの目の前で起きているその騒動が非常にうっとおしくて遠巻きに避けつつ、遠い方の入り口から店内に入った。俺は本能的にあの赤色灯が好きではないし、そもそもなんの騒動なのかは全く知る由もない。そんなことより嫌な予感がするのでさっさと買い物を済ませて帰宅することにする。

 今回に限らずだが、細かい調理する気力も腕もないので出来合いのお惣菜をいくつか詰めて、飲み物と非常食の鯖缶と袋ラーメンをカゴに入れてレジに並ぶ。今回は特価値札が付いた食材はなかった。時間が早すぎたか、今日の昼のこともあっていささか経済的損失を残念に思いつつ‥‥

 そして俺はこの後、予期せぬ出来事に襲われる。


 先ほどの騒動がまだ治まっていない中、俺がそれを避けようとスーパーに入ってきた側の入口を出た直後、不意に後ろから男に声をかけられたのだ。俺はびっくりして振り返ると、そこには何だか不吉な含み笑いを浮かべる警官2人の姿があった。その瞬間、俺は色々ヤバいと直感した。

 チョッと任意で話を訊きたいという警官2人。先程からの表側の騒動に関することに関することだろうが、ソレ以前に俺は警察という名の役人と関わるのは一切御免なのだ。しかし避けようにもソイツらの方からアプローチしてきた。俺はまだ何も受け答えしないうちから嫌悪感から精神的戦闘配備を敷いた。

 警官の奴らは何をしているのかとシレッと尋ねる。馬鹿なのか? この格好がこれから通夜に行く姿にでも見えるのか? 解りきったことをヘラヘラと聞いてくるのがまた癇に障る。俺は悪い癖が出て、ついムキになってコレが友達の結婚式に行くところに見えるのか?と質問に質問で返してしまうが、これが逆効果で奴らの思う壺なのだ。しまったと思っても祭りの後だ。

 そんな不穏な空気は、こんな人の多いTPOでは日常に退屈してる隣保の連中はすぐに嗅ぎつけてくる。それらを先導するようにもう1人の警官がやって来る。目の前の2人もチョッとコッチ来てくれと促し始めた。俺はアッと言う間に三方向を固められ万事休すの立場に追い込まれた。俺は無駄な足掻きと解りつつもひとまず一旦は拒否すべく口を開いたその瞬間、また1人から声をかけられたのである。

 俺はその女性の声に対し、いったい今度は何だと振り返ると、そこには真緒ちゃんママの姿があった。


  ◇


 真緒ちゃんママも買い物の帰りだったそうだ。偶然にも同じタイミングで同じスーパーに買物に来ていたことが甚だ奇跡だった。彼女は警察に同じアパートの隣人で一緒に買物に来たのだと、半分程度その場凌ぎのデマカセを交えて伝えると、それがまるで魔法の呪文のように効いた。俺はアッサリと放免され、警察相手に失礼を謝罪する弁まで勝ち取ってしまった。

 一体何なんだろう、俺と真緒ちゃんママのこのHPの格差‥‥

 帰りの道中、真緒ちゃんママは事の経緯を説明してくれた。どうやら幼い女の子が白昼堂々体を触られるという痴漢被害に遭ったらしいというのだ。俺はその話で先程の全てに合点がいった。危うくその重要参考人にされるところだったのだ。何故ならその幼女の証言による下手人の風体が今の俺そのものを示していたからだ。その恐怖を覚える程の破壊力を持った証言とは『中肉中背のオタク風の男』だったのである。中肉中背のオタク風の男がこの世にどれくらい存在するかは知らんが、今あの周辺にも犯人を含め相当数の被疑者候補がいたに違いないのに、ナゼ俺なんだろう。


 ひとまずソレは横に置いとくにしても、その時俺は自分の腹の中でポッと出た怒りの火種が大きく燃え上がる感覚を認識していた。それはこの話の冒頭に申し上げたソレだ。クズ野郎の愚行のトバッチリを受ける寸前だったのだ。下手をすれば俺が濡れ衣を着せられる事にすらなりかねなかった。危うく社会的に殺されるところだったのだ。それを考えればそんなヤカラに1ミリの同情なんかしない。寧ろお前こそが地獄にでも墜ちてろと罵りたい。イチモツを文字通りギロチンにかけてしまえば良いのだ。

 同じロリ性癖でも一線を越えればただの性犯罪者の出来上がりだ。そして日々慎ましく大人しくひっそりと暮らしている俺達までもがそんな犯罪者と同列に置かれる。こんな理不尽に腹が立たない方がおかしい。

 だが一方でこの近所にもそんな不届き者が存在する事実を知り、同時に俺がそう言った連中と同一視されないよう重々気をつけなければならない。まさに先程のように。対策の急務を告げられたようで重ね重ね迷惑を感じてしまう。

 そんな様な事を、俺は真緒ちゃんママにいつになく饒舌に語ってしまった。てかそんな如何わしく気色悪い趣味世界の事などとは遠く無縁な彼女には、この人一体何を言ってるのだろうと頭上に『?』マークを多々咲かせていたに違いない。


 そんな話が耳障りだったとは思いたくないが、真緒ちゃんママは俺にLINEの使い方を教えて欲しいと突然依頼してきた。俺は一瞬キョトンとしてしまったが、どうやら真緒ちゃんとリアルタイムでコミュニケーションを取りたいらしい。俺は自分自身は利用していないが導入の仕方や利用方法については理解していたので、真緒ちゃんママの歩速で15分程かかる家路の時間を利用して、その方法を詳しく紹介してさしあげた。

 しかし今世間を賑わしているLINEを始めとしたメッセージアプリ絡みの如何わしい事案の事を考えると、安易にお伝えして良かったのかどうか不安になった。それともツイッターの方にすればよかったのか。だがツイッターは先に述べたとおりだし。俺はなんだか奇妙な重い責任感を担いでしまい、にわかに身動きが鈍くなるのを感じた。

 そして俺がそんな心配を絡めつつ、日本語でOKと返されそうな説明話を進めていると、真緒ちゃんママはハンドバッグから自分の携帯端末をとりだして、操作しながら説明を聞きたいと言った。だが俺はその時ここまでの説明が全て無駄なことに気付かされる。取り出された真緒ちゃんママの携帯端末は、ガラケーだったのだ。

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