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6・女縁なきオタクと周辺の様々な人たち

(2024.10.13)

アパート住人の「麻生茂美」を『渡部香月』に変更しました。内容に変更は全くありません。

 帰途に着く電車の中で、俺は『舞鶴貞徳個展「夏展」・門下生グループ展併催』の紹介リーフレットを読んでいた。先日真緒ちゃんママと一緒に居た長身イケメン男が舞鶴貞徳本人であったことが判明したが、それよりも引っかかった事があった。それは受付係のメガネ女性・モチモチさんが口走っていた話、専属のモデルさんという部分だ。

 その話を聞いた時は瞬時に専属モデル=真緒ちゃんママと結びついたわけではなかったが、今こうして冷静にリーフレットに目を通しながらあの時の会話を回想してるうちに、ひょっとして?とそういう妄想が脳裏に生えてきたのだ。だが今冷静に思い返せば、モデルにしたその絵からはどれも真緒ちゃんママの面影を感じ取ることはなかったし、同じモデルを描いたモチモチさんの絵からもやはり感じ取れてはいない。

 但しそれはその時『モデル=真緒ちゃんママ』という認識がなかったからに過ぎない可能性だって考えられるし、言われて見れば何となく身体的特徴は合ってそうな気もする、程度には感じたかもしれない、但しチン○を除く。

 リーフレットに掲載されてる絵の写真は小さすぎて顔の表情を確認する事ができず、また実際に現場で見た絵の顔部分を鮮明に思い出せないでいる。もしその時瞬時に真緒ちゃんママの事が脳裏に浮かんでいたならば、もっとハッキリシッカリ細部を観察していたかもしれないし‥‥。

 そして更に曖昧なことに、門下生8人の紹介が記載されていないことが更に解らなくしている。つまりその8人の門下生の一人に真緒ちゃんママがいる可能性だってある訳だし、モヤモヤとこんがらがってしまう。


 俺はこれ以上解らないことを妄想しても仕方がないので、リーフレットをカバンに仕舞い込んで目を閉じて俯いた。小刻みに揺れる車内でレールの継ぎ目を叩く車輪の音とモーターの唸り音を聞きながら、今となっては門下生のお弟子さんと思える例の3人の女性のゴシップ談話から妄想したあの件を性懲りもなく再び構築していた。

 だが、結婚式だの披露宴だのの話があの場所に居た誰かのことである確証なんてそもそもない訳だし、共通の知人の話かも知れない訳だし。あの場に真緒ちゃんママがいたことに関しても結局何ら情報も手がかりも得られていない以上、あの時の根拠なき妄想はいい加減脳内からワイプせざるを得なかった。

 そんなオチどころの無い不毛な考え事はこの辺でやめて、俺は次にヲタ女・モチモチさんの件について考え始めた。俺はシャツの胸ポケットに仕舞っていた彼女からもらったお手製の名刺を取り出す。俺の汗の湿気で若干フニャってるその紙切れに、コミケで出店するブースの座標が手書きで添えられていた。


  ◇


 自宅最寄りの駅につき電車を降りる。そして駅前のスーパーで買い物しようとして思い直してやめておき、そのまま手ぶらで自宅アパートへ向かう。駅前スーパーはお得感にかけるし今夜もゲストの分まで必要になる可能性があるから、確認して再度買い物に出ようと考えた。

 時計に目をやるともう夕方4時半頃を示しており、西に傾く太陽がダメ押しの熱射を振りまいていてそれが俺の背中にダイレクトに当たっている。家の冷蔵庫内の友人B差し入れのハーゲンダッツがまだ残っていた様だから、気持ちだけでも早く冷却したかった。

 やがて自宅アパートに到着すると、ゴミ置き場を掃除している年配男性の姿が目に入った。俺はその人物をよく知っている、このアパートのオーナーだ。今となっては俺の身辺で最も長い付き合いの人物となっていた。俺が専門学校生時代からの付き合いだからザックリ20年近い。

 俺はオーナーに挨拶すると、オーナーも元気そうに返してくれた。こと女性や見知らぬ他人に対してはナカナカ声をかけられない俺でも、サスガにこれだけの長い付き合いであれば家族同様のノリで会話も可能なのだ。

 俺の親父と幾つも変わらない御年70歳後半になるとの事だがどうやら変わりなさそうで安心だ。オーナーはさっき俺の自宅を訊ねたという。そしたら俺じゃない人物が出てきて、ここの住人の友人だと言っていた旨を話すので、ソイツは間違いなく俺の友人だから安心するよう促した。

 訊ねた要件は、月末だからいつもの要件があると思うが、土曜日の夕方から日曜日夕方まで不在である事を伝えに来たのだという。俺は、そうかもうそんなタイミングかと改めて日時の感覚を世間のソレに同期した。それでは明日の土曜日の昼前にオーナー宅を訪問するとその場で伝えた。いつもの要件と言うのは、家賃の支払のことである。

 ちなみにオーナーにその2日間にわたって不在の理由を訊ねると、なんとお孫さんが婚約したとのことだ。そこで明日の夕食会に同席するために出かけるのだという。場所までは訊かなかったが、その食事会の後はどこかに一泊してのんびりと帰宅するという日程だと言う。


 もはや習慣付いてしまった、アパートの俺の部屋に入る前に真緒ちゃんの部屋の様子を何となく感じ取る所作。我ながら傍目に怪しい行動であるなと自覚はしているものの、心のなかでひっそりと心配しているのだ。ソレがキモいのだと言われる事は承知のうえだ。

 真緒ちゃんの部屋は窓越しにデスクスタンドらしき小さな明かりがうっすら見えるいつもどおりの事に加え、同じくらいのか細い光がチラチラするのが伺えた。ソレが何だかは解らん。

 今日のこの発言で最後となるであろう、ただいまの挨拶とともに部屋にはいると、友人BがiMacを抱えた姿勢でおかえりと返した。どうやら丁度撤収作業に入っていた様子だった。俺は台所の水道で手と顔を洗ってヤツに同人誌制作の進捗を訊ねた。返ってきた返事はまァボチボチだという素っ気ないものだったが、来週中頃には入稿に辿り着けそうだと言う。そして顔と手を洗ったばかりの俺にそこに積んである荷物を運ぶのを手伝って欲しいと頼んできた。

 友人Bは、自分の愛車のベンツを近くのコインパーキングに停めていた。まるまる2日間停めていた事になるが、駐車料金が心配になる。ソレをヤツに問うと1日800円の1600円だというので、何だか微妙に思いながらもビックリする程の高額でなくて安心した。


 車に荷物を積んだ後部屋に一旦戻り、友人Bは最後にこの後の事を説明した。残りページは随時描いていき今までどおり背景の描き足しをお願いするという。そして来週の水曜木曜くらいにはネット印刷所にデータ入稿したいと語った。俺もよっぽど仕事が依頼されない限り手伝えることは申し伝え、あ、そうそうと話を切り返してサークル『鏡餅』のモチモチさんのフニャフニャになった名刺を取り出してヤツに見せた。

 サークル鏡餅の事は友人Bは知らないらしい。勿論モチモチさんの事も同様。ただどんな絵を描くのか興味があるらしく、俺はグループ展に展示されていた彼女の絵を言葉で説明した。ただフタナリ属性の部分にはサスガにヤツも笑ってしまう。そしてネットにサンプルを挙げていないか見てみようと言い出した。

 俺は自分の仕事用のiMacの電源を入れ、立ち上がるとモチモチさんのサークル名をググる。すると結果表示の最上部にサークルのホームページが表示された。ココからはリンクを次々にクリックして内部に入り込んでいく。やがてサンプル画像がストックされたページに来ると、そこにはグループ展で見たあの日本画の雰囲気とは全く異なるキャラクターのイラストが並んでいた。どれも版権のある二次創作イラストでシッカリとチン○も描かれ、黒い海苔のような帯で際どく修正を施してあった。

 俺たちは当日、もし機会があれば彼女のサークルを訪ねてみることで意見が一致した。


  ◇


 走り去る友人Bのベンツを見送る。見えなくなったところで俺は自宅に向かって歩き出した。その時、去り際にウインドウを開けてヤツが一言念押した、明日土曜日は友人Aの出世祝いだから忘れるなよという言葉を思い出していた。友人Aがキャラデザインを担当するアニメが来年公開されるという前情報に関するおめでとう会である。

 俺は部屋に戻ると先日もらった友人Aのコミケ販売用の薄い本サンプルをもう一度見ようと思い、デスク周辺を見回すが見当たらない。おかしいな、どうしたんだっけ?と記憶を辿ると、そう言えば先日濡れ猫状態の真緒ちゃんを介抱しようとして部屋の中の物騒な危険物一式を片付けた際、その中にソレも含まれていたことを思い出した。俺は既に押入れに押しこんである如何わしい薄い本を詰めたダンボールに入れた事を思い出し、押入れの戸を開けてガサガサかき回すと、思った通りその中から発見した。

 俺は押入れの前に立ったままその薄い本をペラペラめくる。友人Bのあの卑猥さに負けず劣らずの内容ではあるが、アイツは受け専門なのに対しコチラは攻められているので風景表現は逆だ。だがこの可愛らしい感じの絵がテレビ画面上で動くことをニワカには想像し難い。もっともこの絵が猥画なのが一つの原因だろうが、いずれにしてもそれは俺たちの間にとっては途轍もない大出世な出来事であるのは揺るぎない事だ。今更なんだかスゴイ事だなと実感した。


 感慨はその辺にし薄い本を元の場所に片付け、押入れの戸を閉めようとした時、俺は押入れの中の荷物の様子が妙な事に気づいた。ガンダムエースの本が数冊抜けているのは解っている、真緒ちゃんにレンタルしているものだ。だが全く覚えがないことに『魔法少女まどか☆マギカ』のDVDが一式なくなっていた。

 恐らく友人Bが同人誌制作の作画の資料にでも持ちだしたのだろうと思って、俺はヤツのスマホに電話して確認しようとして、やめた。今ヤツは運転中だし、さっき荷物を車に運ぶのを手伝った際にソレらしきパッケージがあったような気もしたのだ。まァ家に辿り着いた頃合いを見計らって再度電話するかメールでも飛ばしておこうと思い、その件は一旦保留にした。


  ◇


 仕事の担当者に今日の取材の内容を報告する内容と、この後の予定と段取りを確認するメールを送った所で、俺は今日の夜飯の買い物に出た。そう言えば朝、友人Bの買ってきたコンビニの冷やし中華を食ったっきりで今日は何も食べておらず、今かなり腹が減っていた。さっきの濡れ猫真緒ちゃん介抱事案の回想ではないが、あの後に家の鍵を探しに出た際も腹をすかしてヘロヘロで、俺はこうして度々欠食して腹を減らしているにも関わらずこのブヨブヨな体型なのが甚だ謎である。

 あの時も探しものをしていたし、今回は舞鶴貞徳の個展を見ていたりしてて、結局何かをしていて意識が空腹に向いていないのがひもじさを薄くしたのだろう。俺は先日買ってそのままになっているレトルトのカレーを今回消費する事とし、付け合せのとんかつを2枚購入した。


 その後はいつもの俺の一人暮らしの日常が展開される。風呂に入り飯を食い、仕事の内容を確認し作業を進める。今日の取材内容を振り返り、資料やお店担当者の話を録音した音声を聞き直すなどして文章をまとめる。そしてそれを確認のため担当者にメール送付。そんな作業を時折休憩をはさみながら一頻りまとめ、時計を見ると深夜11時丁度であった。

 その後は、造作も無い最後の仕上げ、製作中のマップの中に今秋取材したお店のポインタを追加する。今日の分の仕事はコレにて終了。この後は眠くなるまでは友人Bの手伝い作業を進めることにする。

 そんな一頻り区切った時に、ふとお隣の真緒ちゃんママが帰宅した様子の物音が聞こえてきた。実際俺の部屋からのお隣さんの生活音は殆ど聞こえないが、真緒ちゃんママが帰った後はそれなりの音は微かに聞こえる。いつもこんな時間まで働いているのか、真緒ちゃんは一人ぼっちでさぞ寂しかろう。確か昼は学校で資格取得のための勉強をし、夕方からこの時間までは働いてるとのことだったが、色んな諸事情を鑑みて水商売なのは察しがついてはいる。だがやはりどうしても品川で見かけたあのシーンが気になって仕方がなかった。


  ◇


 翌日土曜日、俺は朝10時前頃に家を出た。今日のこれからオーナーさん宅に家賃の支払に行くのだが、実はこの20年という大家店子の関係で家賃の支払いを振込や引き落としなどにしておらず、現金手払いを続けてきた。だが俺は日常的に高額の現金を持ち歩く習慣がなく必要な時はその直前に卸すなどしているため、これから家賃支払額を卸しに行く。本当は昨日気がついていればその時調達した筈なのだが忘れていたのだ。

 駅の向こう側に俺の取引口座のある銀行のATMがある。俺はその駅前に通じる道の交差点で赤信号に捕まる。まァ急ぐ用事ではないので一休みがてらその長い赤信号が青に変わる時間を持て余していると、背後から女性の声が俺を呼んだ。

 ハッとして振り向くとそこに真緒ちゃんママの姿を見る。彼女のおはようございますのご挨拶に、俺もお約束のように慌てて返事を返す。またしてもみっともない挙動を見せてしまい頭を掻くと、今日も仕事かと訊ねられた。俺は今回はウソを付く必要など全く無いため正直にATMに用がある旨回答すると、真緒ちゃんママは土曜日も授業で学校へ行くのだと言った。

 すると俺は思わずその後は仕事があるのかを質問してしまった。真緒ちゃんママはそのとおりだと肯定したが、ならば休みはいつなのかが気になったものの詮索するようなので控えた。

 その後俺と真緒ちゃんママは駅の改札前で別れた。俺は少しの時間だけ彼女の後ろ姿を見送ると、ATMのある反対側の駅出口へと足を運んだ。


 家賃と、今日の夜は友人Aを囲っての飲み会費用が必要で、週末の生活費として数千円を足した総額を卸すと、口座の残高がいよいよ心細い数字を示した。今の仕事をもっと拡張しなければ収入増は見込めないが、如何せん現場一筋の俺は営業という商売の基本すらおぼつかなく、知恵も経験も実績もありゃしない。そもそもこの手の職種は飛び込み営業などと言ったドブ板的なソレは馴染まないのだ。

 そんな今考えても仕方ない事は棚に上げ、俺はスッカリ落ち込んで足取り重めで自宅に戻る。そして棚の引き出しから茶封筒と家賃支払の手帳のような帳面を取り出し、家賃分の紙幣を茶封筒に入れて今度はオーナー宅へ向かう。


  ◇


 オーナー宅はアパートのバルコニー側から見える、用水路の桜並木と遊歩道を挟んだ反対側にある日本家屋だ。俺は土塀に囲まれたお屋敷の門扉を勝手に開けて中に入ると、母屋の玄関から人が出てきてコッチに向かって歩いてくる。俺はその人に見覚えがあった、アパートの謎の住人、反対側の角部屋の女性だ。

 この暑いのに長袖の黒いシャツを着ており、長い黒髪を束ねてツバの広い帽子をかぶっていた。タイトなジーンズ姿も相まって、背が高く、暗いというか何だかミステリアスな雰囲気を醸し出してるその姿は、例えるなら『Fateのライダー』みたいなイメージだ。

 彼女は俺に気づいてすれ違いざまに会釈し俺も同時に返した。当然向こうも俺の事は多分知ってるだろう。年に数度も合わない珍しい人物なだけに、俺は彼女の後ろ姿をしばし見送ってしまうと、ハッと本題を思い出して母屋の玄関の呼び鈴を押した。


 オーナーの奥さんに応接用のお座敷に通され、毎度のように俺は座布団の上に正座して家賃の封筒と帳面を出してオーナーさんを待つ。おそらく丁度今しがたまでさっきの住人さんと何やら要件を話していたのだろう、お座敷にはそんな気配がまだ残っていた。

 俺は理由なく何気に目線を動かしていて、ふと座卓横に積んであった書類に目が止まった。俺は全く悪気はなくその書類に記載されている手書き文字を読んでしまった。そして俺はそこに書かれていた文字に尋常ではないレベルで驚き、その書類に顔を近付けて内容をシッカリ読み込んでしまった。

『契約更新書 甲・渡部香月(わたべかつき)』と表紙の真ん中に表記してある。彼女のフルネームであろうその〝わたべかつき〟の振り仮名に、俺はこんな偶然が世の中にはあるのかという驚きを隠せなかった。

 丁度そのタイミングで、昨日も会ったオーナーが書類と冷えた麦茶を持って座敷に入ってきた。その時に俺が他人様の書類を覗き見ているシーンを目撃したに違いない、俺は慌てて姿勢を正すと、正直につい見てしまったことを謝罪する。するとオーナーはそこまで恐縮することはないと言い、その書類に書かれた氏名が俺の本氏名と極めてソックリなせいで興味をもったのであろうと図星を付く。その言葉に俺は重ねて不届きをお詫び申し上げた。

 そこからは家賃の支払の手続きを進める。家賃丁度の金額の入った封筒と、金額を記載した領収書を互いに交換する。そして家賃支払帳の帳面に今日の日付の入った領収印が押される。コレで支払いは完了となる。この毎月のお決まりの手順を取ると仕上げにお茶をすするところまでが恒例となっていた。

 その後は他愛もない雑談をいくつか挟んで家賃支払の義は終了するのだが、今回の雑談は殆どがお孫さんの結婚に関する話題だった。どういう訳か結婚式は挙げずに身内同士による会食で済ますのだという。お相手のご家族と会うのは初めてではないらしいが、その上の代・つまり先方のお爺さんお婆さんと会うのは初めてで、自分らと同じ世代がどんな人達なのか楽しみだという。そんな社交的な性格はまさしく俺のソレと間逆な感覚であり、何だか羨ましくも感じるのだった。


  ◇


 オーナー宅を後にする俺は、オーナーとの雑談を思い返していた。謎の反対側住人・麻生茂美さんという名前がバレたのは事故だと言いたいのだが、まァ名前が知れたところで実害はないし起こすつもりも更々ないしあり得ない。だがオーナーもお歳だし長い付き合いである事で気心知れてる間柄で気が緩んだと思われるが、彼女の職業について口を滑らせてしまったのだ。

 と言っても麻生さんの職業は看護師で、それも夜勤・休日勤務を専門にしてるらしいこと。タイミング的には朝から昼過ぎまでは寝ていることになり、どうりで日中顔を合わせることが極めて少ない訳だと納得してしまった。だが俺もコレ以上のことは慎むべきとなるべく早めに脳内の記憶から排除する努力をする。名前についてはシッカリ刻み込まれてしまったが‥‥


 アパートの自室に戻ると、俺はつけっぱなしだったiMacの画面上のメーラーが飛び跳ねているのを見て、新着メールを確認する。すると友人Bの他愛もない雑談メールと一緒に送られた作業データと、仕事の依頼主から例の品川マップについての修正依頼が届いていた。修正依頼はそんな大した内容ではないものの作業的に些か厄介なものだった。幸いにも納期が休み明け来週の火曜日となっている。俺はその内容を確認し納期には間に合わせる旨の返信を担当者宛てに返信した。

 今日の飲み会の時間に合わせ家を出るのは午後4時過ぎ。俺は友人Bのソレは後回しにして自分の仕事を優先させた。修正依頼の内容はここまで創り上げてきた品川マップの汎用性を高める意図で、指定されたランドマークや道路などを抜き出した簡易版の制作だった。いわば今まで創ってきたのが精密版、依頼された追加ネタが簡易版って解釈だ。まァ土台は精密版があるのでソレを流用するとして、簡易版は何をどの程度簡易化すれば良いのかがコチラの判断となっていたため、仕上げたものに対する修正の度合いも色濃いだろうと予想した。当然作業工賃を上乗せして欲しい訳だがこの申し出が通るかどうかは怪しかった。


 そして一頻り作業を進めていると時計は早くも夕方4時になろうとしていた。俺はこの辺で一旦作業を中断し、飲み会に出かける準備をする。iMacの電源を落とし、着替えを済ませてバルコニー側の窓の施錠を確認しようとして、俺は洗濯物を干す物干しハンガーに奇妙な袋が結び付けられているのを発見する。俺はスーパーの袋に入れられたソレがココから〝ガンダムエース〟だと確認できた。真緒ちゃんに貸した3冊ともが返却されていた。恐らく家賃支払いで出ていた時にホットラインを通じて返しに来たのだろう、もしその時在宅していれば、iMacの横に置かれていた例のヨックモックを交換的に返却できたのに、またしてもタイミングを逃しヤレヤレと溜息を放出する。


  ◇


 呑み会でアキバに来ることは以前に比べればだいぶ少なくなった。と言うのもその昔はアキバは電気街でパーツやらジャンク物を始めとしたあらゆる電気関連のそれらが安く買える、ココに来れば必ず手に入るという街であったが今は違う。その流れではあるもののすっかり萌オタク趣味の街に変貌した。誰かが首都を捩って〝趣都〟と表現したこともあったがその様なカンジだ。だがソレならまだ良い方で、現在のアキバはそう言う萌オタク趣味の街を傍から見物する・体験する『観光地』となってしまったのだ。

 勿論昔ながらの電気関連も残ってるしパソコン関連の機器品物だってメインで店先に並んでいる。そしてそれらの間を埋めるように二次元・三次元の萌趣味がらみのアレやコレやがサンドイッチの具材のように並んでいるのだ。だが商品関連は今やネット通販が主流で、店先で買い込んでいるのは大体が外国人観光客や、国内の地方から物見遊山に来てお記しばかりに何か買っている同じく観光客、そして現物を自分の目で見て確かめて購入する現場現物主義のこだわりを持つ人。そんな感じだろうか。

 そう言うわけだから、アキバの飲食物は目に見える範疇にあるそれらは観光客向けとなるのが必然、その後は言わなくても諸々ご承知いただけるだろう。


 待ち合わせの店も、結局はそう言う感じのチェーン店だ。個人的には、岡部倫太郎やダルなどが通うオタク御用達の裏路地の店が希望ではあったが、人数が長時間飲み食いダベる目的にはそぐわないので仕方がない。

 そして待ち合わせの店にたどり着いたのだが、入り口で律儀に友人Aが迎えいていた。

どうやらゲストは俺の到着で全員揃ったとのこと、決して遅刻したワケじゃないが皆彼の話を早く聞きたいのかもしれない。

 だが、いざ店の座敷に上がってみるとそこにはたった5人しか面子が居ない。コレで全員かと念を押すと友人Aは何を勘違いしてるのかと逆に問われてしまう。当初は俺と友人Bと、友人Aを担当している出版社の人の4人であったらしい。

 で残りの面子は、今回の例の案件に関わるにおいてアシスタントが就いたとのことで、初顔であるアシスタント氏と、もう一人は友人Aの中学高校時代の同級生で今も交流のある友人で、ソレこそ知り合った頃から友人Aのファンですらあるという人物。その友人Aのファンはまさしくキモヲタと部類される種族の臭気を醸し出していて、テンプレ通りのチェックのシャツをケミカルウォッシュのジーンズの中に入れた出で立ちだった。お前が言うなと返されそうだが、イヤ見た目そうなのだから仕方がない。友人Aのファンはどうしてもお祝いがしたいというので加わらせて欲しいとお願いしたそうだ。まァ俺的には別に構わないのだが‥‥


 さてそんな面子で飲み会が始まった訳だが、当初気になっていた友人Aのイラストがキャラデザに採用された経緯は、単純に出版社担当が制作会議内で提出した中で選ばれたのだという。その辺については予想通りだったが、実際のアニメの原作は友人Aが担当したラノベ作品ではなく新規オリジナルとの事だった。

 そしてアシスタント氏はその出版社付きではなく、実はアニメ制作会社関連の人らしい。その辺の裏の細かい事情は俺達一般が知る由もない事なので正直良く解らんかったが、いずれにせよこの2名からはアニメや二次元のそれらを始めとする話で大いに盛り上がることはなかったのだ。何故なら新作アニメに関しては当然情報管理されてるし、担当者やアシスタント氏が必ずしもアニヲタ・二次元ヲタだと限ったことは決してないからである。結局お互いが知る範疇での会話で終始することになる。

 簡単に紹介しておくと、担当者はドルヲタ、アシスタント氏は去年度美大を卒業して今の職に就いたという声優ヲタであった。いずれも俺の所轄範囲ではない。だが友人Bとは両氏とも比較的話が弾んでいた。

 とはいいうものの、担当者は自分がドルヲタである自覚はないと否定した。そもそもオタクというレベルに達しておらず、自分が知る範疇の人物のカタログスペックを認識している程度だと謙遜した。アシスタント氏はそれなりに声優ファンを自称していて今の職に就いたのも目的はソレだったらしい。だが予想通りアニメ絡みの職に就いたからと言ってそう簡単に問屋が卸す筈もないのは知れていて、わざわざデスク職を得て今はこのザマだとワリと友人Aらに失礼な空気を浴びせてしまい、慌てて自己発言をかき消して乾杯の音頭を取り誤魔化していた。

 だがココに来て特筆することがある。言うまでもない、残った友人Aのファンだ。彼の主戦場は何と俺と同じロリコンであったが、正直言葉にすると犯罪一歩手前の域に達する猛者であった。俺なんか足元にも及ばないそのハイレベルな趣向の本柱は〝女児の衣服〟なのだという。そうつまりシャツやスカート、ソックスにショーツ、体操着にスク水と言った布製品全般である。その話が出た時、俺は思わずヨックモックをイメージしてしまった。全くの無関係なヨックモック社には大変不謹慎千万で申し訳なく、謹んでお詫び申し上げる所存である(このセリフ何度目だろうか)。


  ◇


 だが正直な話、友人Aのファンのロリコンぶりは相当色濃いものであったせいで、俺はすっかりその話に魅了されてしまった。イヤ内容がどうのこうのではなく彼の話ぶりは実に面白いのだ。これはいわゆる話術という技術なのであろう。キモヲタにしておくのは勿体無いばかりか、それで飯が食えるのでは?とすら思わされた。ラジオ漫談とかどうだろう? ラジオならビジュアルは問わないわけだし。

 彼は今、関東郊外の被服製品縫製工場で働きながら、独自の子供服ブランドを立ち上げるのが夢だと語った。俺はその時、店の窓から転落しそうになるくらい驚いたものだ。ロリヲタが子供服だと? 常識的にソンナモン誰が買うというのか‥‥ まァ事情を知ってしまえばの話だろうけど。

 友人Aと知り合った中学時代、当然のごとくソッチの趣味で意気投合したとの事だったが、友人Aのファンは実はキャライラストや漫画はあまり描けなかった。従って美術芸術・デザインの方向には進まなかったが、幸い図面を引くレベルの作画は習得できたために今の路線に落ち着いたらしい。とにかく『ロリコン』+『可愛い服が好き』の世界で満たされた彼の中身であった。


 ココから先はチョッときな臭くなる物騒な話だ。友人Aのファンは当初、公私立小学校の制服に興味を持ち、それこそ日本中のソレを研究したのだという。写真に撮りそのデザインをスケッチし図面に起こしたりと、いわゆる研究記録データ作成の本領がその辺から芽生えた様子だ。ただ写真を撮るのはマズかったようで警察の厄介になってしまい(そりゃそーだ)、その後はホームページや目視した記憶だけを頼りにその記録作成を勧めることとなり、コミケで出品したこともあるらしい。機会があれば見てみたい気もした。

 そして友人Aのファンはその後、不幸なことに病に倒れる。何の事はない『痔』だと、食事の席に相応しくない事を詫びながら話してくれた。ただかかった病院がヤブかったのか病状が芳しくなかったのかは不明ながら、手術後2ヶ月以上も尻からの出血と粘液状の分泌物の漏れに悩まされたらしい。ソレこそ最初の尻からの大量出血には死をも覚悟したと言う‥‥

 よく言われる、痔の出血に生理用ナプキンを宛てがう話。コレは事実だそうで彼も母親に頼んで世話になったらしい。だがそこから今度は女性の下着→女児の下着へと趣向が展開していくこととなった。そのナプキン自体に興味を示すことはなかったが寧ろパンツの方にソレがあった。何故なら男性用ブリーフでは固定用粘着テープ付きのナプキンを脱着していると繊維を痛めてしまいすぐに穴が開くため、女性用のソレには何か秘密があると悟ったらしい。‥‥とまぁこの辺の話は面白いのだが長いので機会があれば後述する。彼の〝女児の下着愛〟に掛ける思いの凄まじさがゾッとしながらも胸熱な話である。


 その呑み会でもう一つ収穫があった。それは俺と友人Aのファンとの女児の会話で盛り上がってる時、隣で友人A・B、担当者とアシスタント氏の4人が何やらコミケの話になって、何かの節に『モチモチさん』の固有名詞が出た時、友人Aのファンが反応した。どうやら彼女の初期の作品をコミケで何冊か入手したことがあるらしい。

 モチモチさんは、俺が先日出会った時はフタナリ属性で、彼女のPIXIVアカウント内のイラストも色んな既成キャラの二次創作でソレ属性が確認されていたが、彼が言うには以前は〝ショタ〟だったらしい。そのイラスト集を女児と見間違えて数冊購入したと経緯を話してくれた。確かに年少の男の子を描くと間違えそうな感じではあるなと予想はできた。彼ももうすぐ催される夏のコミケで友人Aの手伝いをしつつブースを出すのだと言うので、その際に全国ガールズジュニアスクール制服の図解集と一緒に見せてもらえる約束をはたした。次回のコミケでは横の繋がりが思わず2箇所も展開した事になる。

 何というか、こういう世界においても俺みたいな内向的引きこもりがちな日常においても、這える根は意外な所に伸びるもんだなと、何だか不思議な気分になった。

登場人物

【オーナーさん】俺が専門学校に通うため田舎から上京し、2回目に住み始めた今のアパートの大家管理人。この地域の地主で俺が住んでるアパートの他に、自宅のある旧来の日本家屋を挟んだ反対側にマンションを2棟持っている。長い付き合いで俺の首都圏における人間関係では最も長い。家賃はいつも直接現金を手払いしていて、それも20年来続いている。


【渡辺香月】俺のアパートの、結城真緒ちゃん母娘が住む部屋の反対側角に住んでいるナゾの住人。それ程前から住んでいた様子はなく概ね5・6年程度と思われる。その間2回程度しかその姿を目撃したことがなく、日中も留守がちで終末も在宅してる様子はないため、俺より少し若いくらいの年代の女性だという事しか知らない。


【担当者】友人Aのアニメキャラ制作に関して担当する出版社の人。本人曰くアイドルオタクらしいが、そうは言うものの職務に関する最低限の知識のみで、オタクというレベルではないとの本人談。


【アシスタント氏】友人Aのアニメキャラ制作をサポートする役割だが、アニメ制作会社から付けられた人。声優オタクが高じてこの職に就いたらしいが、実際は声優と絡むことがあまりなく職務に少々不満があるらしい。


【友人Aのファン】友人Aの中学高校時代の同級生。ガチのロリヲタで守備範囲は少女とその服全般・布に関するもの全て。この物語内では最もディープなオタクでビジュアルからしてまさしく〝キモヲタ〟。子供服に造詣が深く特に下着や体操着・スク水といった直に肌に触れる衣服には思い入れが深い正真正銘の変態。郊外の縫製工場で働いていて夢は女児服ブランド立ち上げという大逸れたモノ。だが話術に長けてて人を引きつける魅力もある逸材。内職でコスプレ衣装を制作し売って生計の足しにしている事は周囲には内緒。

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