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4・ロリヲタに於けるお隣さん(女性)との関係について

 明けて水曜日の朝。時計の針が午前9時半を示す頃、俺はむっくりと起床した。結局昨夜は友人Bの同人誌制作作業を2ページ分程進めて、今日の事を考えて作業途中で自主的に床についたのだ。それでも深夜3時過ぎに寝て、この時間までシッカリ6時間寝た。

 ちなみに友人Bの同人作品における俺が手伝う役割とは、単に各コマの背景を描くだけだ。街や室内、エロマンガなのでベッドや布団の上とかのシチュエーションが多いが、何もなくていいコマには着彩したり適当にスクリーントーンを貼るくらい。つまりヤツは人物・キャラクターの絵柄以外は全くに近いレベルで描けないというのだ‥‥

 それはともかく、俺が起き上がって最初にしたこと、それは昨夜の真緒ちゃん衣装の乾燥具合の確認だ。サスガにジーンズ生地の7分丈のズボンだけは微かな湿気を残していたが、他の4点はすべて乾燥完了していた。本当は今日昼前に出かけるタイミングで返却が叶えばベストだったのだが、その返却手段の作戦ほとんど立案されていないので、ジーンズの乾燥が終了するであろう今日中にソレも予定しておかねばならない。そう言えば真緒ちゃんカレーのボールもまだ返却していない事も思い出した。


 俺はサクラとして使用した自分の衣類は外に干していたので、それを取り込むために狭いバルコニーに出る。その際何気にお隣の結城さん側の方を見たのだが、仕切りの壁伝いには特に生活音等は聞こえてこない。真緒ちゃんはまだ寝ているのか、夏休み中で越してきたばかりでまだ友人も居ないだろうし、9月までのあと1ヶ月を独り寂しく過ごさなければならいのが、余計なお世話だろうが不憫な気がした。

 俺は自分の洗濯物を集めて部屋に戻ろうとした時、その結城さん側バルコニーの窓が開く音がしたので、思わずソッチの方を再度見てしまった。すると窓が開いてすぐに世帯を区切るその仕切の壁の下の方がガタガタと動くので、何事かと目線を下げるとその部分がパカッと取れて、その向こう側に真緒ちゃんがしゃがみこんだ姿勢でコッチを覗きこんでいる姿と対面した。

 思わぬ出来事にお互いしばしの間フリーズしてしまっていたが、先に我に返った真緒ちゃんは再びその壁をガタガタと元に戻し、その後窓の開け閉めの音とともに気配も消えた。壁にはコチラ側から見て『避難時にここを蹴破って脱出してください』的なエマージェンシーノートが表記されている。それはさっきまでなかったもので、真緒ちゃんがもとに戻す際に表裏逆にしてしまったようだ。


 もうすぐ昼だというタイミングで俺は自宅を出た。ドアに鍵をかけていると、結城さん側の玄関ドアが開き真緒ちゃんママが出てきた。俺はまたしても予想外の出来事に、オロオロどもりながら昼前なのに朝のご挨拶を申し上げると、真緒ちゃんママも丁寧にご挨拶くださり自分もこれから外出ですと言った。俺は自分自身にいい加減慣れろと心の中で叱咤すると、気を取り直して雑談を試みた。それは非常にナチュラルでありきたりと自分では思って発した、遅めの出勤に関する内容だった。すると真緒ちゃんママは律儀にその通り、これから品川まで向かうという旨を話してくれた。

 俺はその時、体幹部にヒヤッとした何かが走るのを覚えた。品川、何とこれから俺が向かう目的地と同じではないか。お互い家を同じタイミングで出て同じ目的地で、お仕事頑張ってくださいそれではこの辺でと別れるのはあまりに不自然というか余所余所しいというか、避けてるようでとにかく気まずいだろう。俺は性懲りもなくまた戸惑ってしまう。

 俺は焦りながらも、自分もこれから仕事の打ち合わせで出かけるところだと事実を開示してしまった。すると真緒ちゃんママは、それでは駅までご一緒しましょうと仰るので、これを拒否する正当な理由が全く無いため、俺は怖気づきながらも承諾してしまう。そして俺は何というか、またしても人生初の体験、異性と並んで徒歩10分余を過ごすという経験をするのである。


  ◇


 アラフォーというカテゴリーに程近い歳になって〝女性と並んで談笑しながら歩く〟童貞をマンマと捨ててしまった俺は、駅に着くまでの間が全く違う意味で試練となった。今日も暑い一日になりそうな昼時、ノースリーブで肩丸出しの涼し気な衣装の真緒ちゃんママと、豚というにも豚に失礼と思われるブヨブヨの二の腕を露出した半袖シャツに脇汗ジットリの俺は、実際何を話したのか全く記憶に残らなかった何かを話しながら駅に着くと、俺の方からウソの告知をした。

 改札の前で、俺はこれから所要で市役所に向かうと真緒ちゃんママに申しあげ、俺と真緒ちゃんママはそこで別れた。彼女には俺が同じく品川へ向かう件は告知していなかったのが幸いしたのだ。俺は彼女が改札を通って上り列車のホームへ上がるエスカレーターに乗るシーンを見届けると、一旦駅反対側出口のタクシー乗り場に向かう。そしてタクシー乗り場まで来てクルリと反転、再度改札に向かってゆっくり歩を進めた。

 俺も改札を通過して上りホームへ向かうエスカレーターに乗る頃、当該の電車がホームに到着し乗客の乗り降りが始まっていた。真緒ちゃんママは恐らくその電車に乗り込んであろうと確信した俺は、その電車が発車したタイミングでホームに上ってきた。俺はキョロキョロと周囲を見回すと、降車した数人の客以外に真緒ちゃんママらしき人影はないことを確認し、意味不明の安堵の溜息をつく。


 それから約10分程度後にホームに入ってきた電車に乗り込んだ俺は、空いている座席に腰を下ろしタオル地の布巾のような大判ハンカチで顔汗と手汗を拭う。チョッと回想してみると、真緒ちゃんママと並んで歩いてた時は何だかフレッシュないい香りがしていたのが、まさか彼女に俺の体臭で鼻が曲がる想いをさせていないか心配になった。そしてこの後の懸案を悶々と考え込んでいた。

 俺はこれから品川駅界隈の取材に行くのだが、同時にクライアントの担当者と小打ち合わせを予定していた。先日請求書を渡した力士の同僚でコチラはゴボウのような細身の人物なのだが、今回の品川マップの案件を依頼した担当者だ。打ち合わせの後品川界隈のグルメ関連の取材をする際に付き添う。

 その懸案とは、真緒ちゃんママが仕事現場と言っていた品川、コレが品川駅なのか品川区なのかで事態が異なる事だ。実は品川駅は港区で品川区ではない。なので彼女が品川区のどこぞを意図する発言ならこれからの行動でバッタリ出くわすなんてことはない。前者ならその可能性がゼロではなくなる。

 俺は勝手に真緒ちゃんママのパート先が飲食店、恐らくは夜のお店という偏見を持ち合わせていたので、こんな奇妙な心配をしてしまう。今日は上品な夜の飲み屋、と言うかディナーレストラン関連の店が取材の中心だからだ。


  ◇


 小一時間あまりの乗車で、ようやく品川駅に降り立った。JRのホームは熱気がこもって非常に暑く、駅舎の方へあがっても人の多さで暑苦しさが増幅されていた。待ち合わせは駅構内にある高そうな喫茶店だ。

 予め10分程度遅れる旨を担当者のスマホ宛にメールしておいたのだが、実際には3分程度遅れただけで済んだ。客席の一番端っこでノートパソコンをカタカタ叩いている担当者を発見。遅れて済まない旨を挨拶代わりに切り出すと、彼は手をひらひらさせてソレには及ばないと示した。担当者はこう云う所で相応のサボりを企ていた様で、約束の30分以上前に来てマッタリしていたと暴露した。


 まずは今日のスケジュールの話が切りだされた。全14軒を予定していたお店の取材が、事前の電話アポで5軒のキャンセルがあり9店に減った事、夕方4時半に別の打ち合わせで帰社しなければならないため、その時間を目処に済ませたいとのこと、もしこぼれた場合は俺に継続を依頼したいとの事だった。

 俺たちは喫茶店で一頻り涼んだ後、やおら店を出て行動を開始した。街の紹介マップに貴店を掲載してよいかの確認、OKの際の店先と店内、可能であれば料理などの簡単な説明とスナップ撮影、所在地と営業時間とおおまかな予算感の確認。ソレが1セットで各店を回る。関係者のインタビュー的な取材ではないので1店当たり10〜15分もあれば完了してしまう、至極簡単な現場取材だ。

 今日も暑い一日で、俺たちはお店を回るごとにアイスコーヒーやら清涼飲料などを都度注文してしまっていたが、この場の会計はすべて担当者が経費に充填すると言うので、俺の出金はゼロであった事は幸いした。何というか、アイスコーヒー1杯が俺の2回分の食事予算に相当する額だったりしたから非常に焦ったのだ。そして暑さで脳の活動もいささかだらけていたのか、この間俺は真緒ちゃん親娘の一件はコロッと忘れていた。


 そして夕方4時半丁度、予定していた店舗のうち1軒を残して時間切れとなった担当者は、プリンスホテルの前で俺と別れて駅に向かった。俺は残った取材を引き受けその目的のお店に向かう。

 対応に出たお店の職員は事前に内容を電話で打合せているとのことで、殊の外取材は円滑に進んだ。ひと通りの取材を終えるまでに15分とかからず、お店側もクリームソーダをご馳走してくれた。最後のお店だけはその辺自腹を覚悟していたが、経済的にも大助かりだ。なにせワンコインでは到底ありつけないセレブ価格のソレなのだからして。

 かくして今日の俺の外出仕事は終了した。この後帰宅してから今日の内容を簡単にまとめて報告書の代わりのメールを担当に送る。その後で手を休める意味で友人Bの同人作品にかかる。そう脳内で整理をし、頂いたクリームソーダを余すことなく吸い上げてお店に重々お礼を申し上げお店を出た。

 この仕事のその後のスケジュールは取材内容を反映したマップの制作を仕上げ、来週にPDFを送って一旦区切れることになっていた。


  ◇


 品川駅に向かうやや下り坂を汗を拭き拭き歩いていると、向かう先の少し離れた駅近の高級ホテルに通じるビル・エントランスから、女性の団体が4人、少し遅れて背の高い男性が1人出てきた。その女性4人の中によく知る人物の姿があり、俺は驚いて思わず街路樹の影にはみ出つつも隠れてしまった。悪い予感が的中したようである。

 5人は出た路上でしばし談笑していたが、その中の3人の女性が1人の男性に深々とお辞儀をして駅の方に歩き出した。その男性というのがこの糞暑い中スーツでめかし込んでおり、よくよく観察すると相当なイケメンでもある。女性達はその取り巻きとでも言うのか。て云うかこんな偶然がそうそう起こるものかと目を疑うわけだが、その中の1人に俺は真緒ちゃんママの姿を目撃してしまったのである。まァ確かにフラグは立っていはいたんだが‥‥

 真緒ちゃんママと背高男性は再び元来たところを戻っていく。俺は思わずその後を追うように建物の陰に近づいてそちらの様子をうかがう。すると高級ホテルに通じる建物の谷間の遊歩道の人波の先に2人と思われる人影を発見し、体が勝手に後を追って動き出してしまう。だが建物のガラス張りの入口を中に進んだところで見失ってしまった。その先で何か催しでもやっているのか、立て看板に何だかよく判らない展示会的な案内を掲げてある。二人はソチラに向かって行ったかどうかは解らない。丁度プリンスホテルの高層ビルに挟まれた空間である。

 結局俺はソレ以上のことは控えて、他人のプライベートを詮索するようなマネして何やってんだと自分を窘めつつ品川駅に向かった。


 相変わらず混雑した品川駅の雑踏をかき分けるように改札を通りホームに降りる。するとまたしても偶然とはいえ誰かに仕組まれてるのかと勘ぐりさえする程の偶然で、さっきの女性3人が談笑している場に差し掛かってしまった。俺は何を思ったか何故かその3人から付かず離れずの場で電車を待った。声高に談笑するアラサー位かと思われる3人の女声の会話から、ヤケに意味深な単語が聞こえてくる。

 あの二人はまだやってるのか、年末に開催される披露宴の案内が来たが日付がクリスマスで何考えてるのか、そもそも披露宴の日取りまで決まってるのにサスガに終わっているだろう、などと言う断片的な内容で俺には何がなんだかサッパリ判らん。当然だ。だが、世のご婦人方の大好物かどうかは知らんが妙なゴシップ目線で想像すると、まさかあの男は真緒ちゃんママと宜しいご関係だったりするのか?という内容を妄想する。ソレが前提であればその断片的な内容がイメージで補完した上でストーリーが出来上がるのだが。場所が品プリ付近だったという事実も妄想に拍車をかける。俺はその妄想の域を出ることはないストーリーの中に、まさか真緒ちゃんはあの男の娘なのではないか?と言う内容もうっすらとイメージしてしまっていた。


  ◇


 帰路の電車内で先ほどの件について奇妙な妄想をしているうちに、気が付くと電車が降りる駅に到着していた。俺は慌てて降車する。考え事をしていると時間が経つのが早い。ついでに腹も減る。俺は駅を出ると正面のビルにあるマクドナルドで間に合わせに腹に入れる事にした。

 ハンバーガー、ポテトS、アイスコーヒーの3つで350円。今日の取材先で飲みまくった飲料1品価格の半分以下だ。俺にとってはコレで充分だ、てか贅沢は敵だし。貧乏臭いと言うとマクドナルドに失礼だが、そんな事を思いながらポテトを連射的に口に運ぶ。そして今日の出来事をもう一度回想する。

 披露宴と言っていた。真緒ちゃんママはあの男と結婚しその披露宴がクリスマスなのか。確かにクリスマスは各自プライベートイベントが組まれる日なのに、そう言う意味では迷惑な話だ。だがやってるとか終わってるとか何の話だ? 主語は何だ? やがて俺はいい加減アホらしくなってハンバーガーとアイスコーヒーを流し込み、マクドナルドを出た。出会って翌日にあんな事(大雨で濡れた真緒ちゃんを介抱したり失くした家の鍵を探したり)があったので、ロリ体質な事もあって早くも情が移っているようだ。


 駅前のスーパーで今日は適当に出来合いのお惣菜を購入、飯を炊いて今日の夕食にする。日も落ち加減で街灯に明かりがつき始めた。アパートに着くと真緒ちゃんの住む部屋には明かりがついていない。だが共用廊下を通り部屋の前の窓越しには、小さな明かりが灯っている様子が確認できた。勉強机のデスクライトみたいなカンジだった。そしていつもは真っ暗な一番手前の住人の部屋に明かりがついてて、寧ろそっちが珍しい光景だ。

 部屋に戻って、まずは真緒ちゃんのズボンの乾き具合を確認したがサスガに乾燥完了していたので、飯を炊く準備をしてから真緒ちゃん衣装の返却の準備をする。すべての作業のスタート合図よろしくエアコンのスイッチを入れた。

 今日はこの件も作戦立案しなきゃならなかったのに完全に失念していた。だが作戦を練るまでもなく普通に、これは先日の雨で濡れた真緒ちゃんの服ですとシャキッと返却すればいいのだ。変に体裁を取り繕うからボロが出る。ナチュラルに、スマートにだ。オタクってのはイチイチ余計なことを考えるから余計に怪しくなるし巧くいかないのだ。


 真緒ちゃんの衣装をセットする。この時俺は自分でもビックリするくらい普通に真緒ちゃんの女児ショーツを扱い、クロッチ部分を折り返して腰ゴムに挟んで固定する技を繰り出していた。他の衣服も衣料品店の平棚に積んであるソレと同じ様に畳んで積み重ね、入れ物はとっておいたヨックモックの紙袋を取り出してその中に詰めた。

 ここまでの作業がひとしきり終わると、俺は小さき溜息を付く。つい先日までは人生最大レベルの危機を感じつつ、爆発物を取り扱う自衛隊の不発弾処理班的な対応していたのが、時間が経ったせいなのかはワカランがこうもアッサリと処理してしまえたのも不思議な感じだ。そしてその袋詰された真緒ちゃん衣装をなんとなく仕事用デスクの端において、畳の床に寝転んで脳内は性懲りもなく再び例の目撃案件を回想していた。これは独り暮らしの独男には良くある事で、独りで居るせいで周りに気を使うことがなく、また他にすることがないので自ずと自分の身の周りのことばかり考えてしまうのだ。


  ◇


 不意に、バルコニーの窓ガラスに何か物が当たる音がした。ただその音が短く連続して複数回なったのが気になり、上体を起こして振り返るようにして目線をそっちに向ける。するとそこに見たものは、真緒ちゃんがガラス越しにコッチを覗いているシーンだった。

 ソレを見て俺は思わず驚いて、うわぁ!と声を上げて後ろに仰け反って尻餅をついた。まるでお化けか何かを見たようなその反応に、俺は少しして状況を認識した時いささか恥ずかしくなって取り繕う作業に追われたが、真緒ちゃんはノーリアクションでその場で引き続きコッチを覗いていた。

 俺は落ち着きを取り戻し小さく咳払いをして再度正気を確認し、バルコニーの窓の鍵を上げて戸を開けると、真緒ちゃんに何用かを訊ねた。すると真緒ちゃんは先日読ませてもらったガンダムエースの続きが読みたいという。俺は予想だにしない申し出に一瞬ポカンとしたが、そんなのお安いご用だとばかりに数冊を見繕って渡す。真緒ちゃんはピョコンと小さくお礼を述べて、朝方覗きこんでいた仕切りの板が外れた所をくぐって、仕切り板を戻して自室に帰っていく。今度は板は正しい方向を向いていた。

 そもそも何か用事があるなら、この時間でも俺的には構わないから玄関から尋ねてきて欲しいのだが、何だか角が立ちそうと言うか巧く言える自信は当然ある筈もなく、それに相手はJSということもあり何も言わずにおいた。かくして俺の身上とは裏腹に、気が付くとこんな所に俺と真緒ちゃんのホットラインが出来上がってしまっていた。俺は今後コレの存在の取り扱いについて苦慮することとなる。


 俺は自身の正気を奮い立たせ、今日の取材レポートをまとめるべくiMacの電源を入れる。OSが起動しメーラーが立ち上がると1件の新着を知らせる。以前は広告DMを含め十数件の新着があったのに、不景気というヤツはこんな所にも爪痕を残す。そのたった1件の新着メールは、友人Bが新たなページをドロップボックスに格納している旨の連絡だった。

 今日の取材レポを小一時間も掛けてメール本文に纏めると、同じ内容でWord文書にしたものを添付書類として今日の担当者宛てに送付した。後は平行して案件の品川マップ制作を継続するつもりだったが、その前に友人Bの原稿を確認すると、既に仕上げたページは引き上げられ新たに2ページ分のファイルが格納されていた。

 友人Bの原稿をPhotoshopで開くと、内容はいよいよ核の部分に差し掛かっていて、ヤツの筆のノリも快調さを示すように細かい描写となっていた。だが、俺が既に仕上げていたページは確か〝旧日本海軍の艦船を美人化した某作品と、近未来のバーチャルなアクションゲーム内で騒動に巻き込まれた美男美女カップルの某作品のチャンポン〟だったのに、旧日本海軍のソレは〝異世界ファンタジーでお馴染みのドラゴンが巨乳美女&美幼女に扮して登場する作品〟のものに挿げ替わっていた。

 版元も原作も異なる作品がこのように一つの作品の中で相まみえるのも同人の醍醐味だが、この短時間でよくまァ描き直す力量があることに関心しか出来ない。俺の歳ではそういうのはひたすら面倒くさくて仕方がないのだが。コレがエロの力なのかと‥‥ オレは送られてきたメールに対しそのまま返信ボタンを押して、返す内容としてシッカリ描かれている局部の解像度調整・モザイクや塗りつぶしの海苔貼りはどうするか質問した。


  ◇


 今日の夕食に買ってきたお惣菜をレンジで温め、炊きあがったご飯と一緒に食していると、再びメーラーが新着を知らせる。俺は食事の手を一旦止めて確認すると差出人は今日の取材担当者で、送ったレポートの確認と、今日キャンセルのあったお店の1店がキャンセルを撤回して取材に応じる旨の連絡があり、明日が定休日のためそれ以降であれば応じられるとの事で代わりに行ってくれないかとの依頼だった。俺としては街の紹介マップのネタが増えるのは都合が良いと考えているので、その件については予算の増額を期待しつつ了承した。

 再び食事の手を再開すると、そう言えば真緒ちゃんは夕食はどうしているんだろうと大きなお世話を焼く。山ガールをテーマにした某アニメのJCは、共働きで母親の帰りが遅い時にコンビニかどこかの弁当を母娘で食しているシーンが描写されていたが、彼女もまたコンビニ弁当を独りで食べているのだろうか。俺はどうしても二次元のソレと現実を重ねてしまう癖が抜けなくて、自分勝手ながら暗い気分になってしまう。まァだからといって何かできるワケもなく、食事を終えて後片付けした後、諸々の案件を再開すべくデスクに座る。すると真緒ちゃんの服が入ったヨックモックの紙袋が目に入り、さっきガンダムエースを貸し出す時に一緒に渡せばよかったことに気づいて頭をかき回した。


 飯も食い終わり、ぬるめの風呂を浴びた後に仕事を再開しようと考えていたが、今日配信されるアニメを観てしまう。今月から新作が順次配信されているが、テレビアニメの配信版は大体1〜2週間遅れて配信されるため、チマタのファンサイトなどではネタバレ含みイロイロな話題で盛り上がっている。俺はそんなネタバレを避けるため掲示板サイトなどには近づかないのだが、今視聴した作品は異世界物で第1期が比較的好評だった作品の2期目でそれなりに期待してたが思いのほか微妙だったために、ついそのサイトの内容を見てしまった。そして案の定同じような感想が綴られた文章で掲示板が埋め尽くされていた。

 期待していたものがそれにそぐわない事など幾らでもあるのだが、実際よくよく分析すると制作側が調子に乗ってしなくていい事をして墓穴を掘るケースが散見される。今回もそうで、サスガにラッキースケベとは言えお兄ちゃんにパンツを履いていない少女が顔騎するなんて事は、エロアニメ以外では創作上ですらあり得ないのだが、それを強引にやってのけた事が災いしてると分析されていた。

 俺はそこで、とある書き込みの中にあるリンクに目が止まった。先日捕まったロリ犯罪を扱いて捕まった小学校教員の自宅をガサ入れした際の、押収物を広げた写真に辿り着くそのリンク先にある画像。そこにはこのアニメ1期のブルーレイ全巻と購入特典ポスターが、ギリギリ認識できる程に極めて小さく映り込んでるらしかった。写真自体のメインは女児の服や下着類、夥しい数の隠し撮り写真とソレをファイリングした〝隠し撮り帳〟が4〜50冊‥‥

 ソレを見るにこの教師もかなり年期の入ったロリコンであることが伺える。だがそれらはほとんど全て三次元リアルの逸物で、二次元に分類されるものはその微かな映り込みだけのようだ。さらにその報道記事には、容疑者の教師は教え子の女児を自分の居室に日常的に招き入れていたらしく‥‥ 俺はその記事の締めくくりに記述されていた内容に、思わず体温を下げさせられてしまったのである。


  ◇


 俺は品川駅界隈のマップ制作を継続していた。と言ってもこの仕事、実はもう3週間以上継続していて基礎マップはとっくに出来上がっていて、ランドマークをポチポチと落としていく作業を延々継続しているのである。それも今回のお店紹介部分を最後に、予定の内容はすべて網羅され仕上がりを提出するだけとなっていた。もっとも明日以降はそこにもう1店追加する予定があるが。

 そんなわけで言っちゃ悪いが惰性の作業然としたその眠くなるような作業を一頻り纏めると、明け方5時頃に就寝に入った。ほとんど明け方で明かりを消してもうっすら明るくなった部屋の天井を眺めつつ、さっきの掲示板のリンク先をにわかに思い出す。そこには、たとえ知人や教え子であっても家族ではない他人の子供を自室に入れることはいかなる理由であっても犯罪認定される、そういった内容だった。俺は今更嫌な記述を読んでしまったと後悔しているが、まァそんなの俺や真緒ちゃんが公に開示でもしない限りは咎められる事はないわけだ。


 お世辞にも俺の日常生活は健康とは言えず、寧ろ厚労省の保健担当部署からお咎めを受けそうな惨憺たる状況である。今日も今日とて明け方5時に寝たかと思えば8時前に目が覚めてしまいそのまま二度寝もおぼつかない。今日は出かける用事がないため俺は仕方なく起きてイロイロ雑用を片付けることにした。

 起きてトイレへ、そして台所で歯を磨くという決まったルートを

辿る。そして流し横の籠の中の〝真緒ちゃんカレー〟が提供された際の入れ物のボールに目をやる。今日こそは忘れないうちにコレとヨックモックの紙袋の中の物を返却せねばなるまい。

 昨日は昼近くにお出かけだった真緒ちゃんママは、平常時は恐らくこの時間くらいには通学・出勤すると思っていた俺は、その後すぐに返却荷物2点を携えてお隣・結城さん宅の玄関の呼び鈴を押す。だがナゼか何も返答がなく、居る筈の真緒ちゃんの気配も感じられなかった。俺はいささか不思議に思いつつも仕方なく自分の居室側へ戻った。


  ◇


 こう云う自営業を営んでいると自堕落な生活に陥りやすい。俺は自分の性格を鑑みてその危険性が高いと認識しており、自身をシッカリ規律正しい生活に置かんと努力しているつもりだが、前述のとおり不規則極まりない。それでも朝は起きて日中は作業をし、昼は飯を食って必要とあれば宅内の雑用をこなし、休憩をはさみ引き続き仕事を進めつつ夕方の頃合いには夕食などの買い物に出たり、夜にはまた飯を食って残りの作業をこなし、眠くなったら寝ると言う毎日のレギュラースケジュールをこなしている。

 だがその内容は、結局は勤め人時代のソレとは何ら変わりがなく単に場所が会社か自宅かの違いでしかない。しかも会社勤めに比べて自由度が高いせいで、他者から見れば無職ニート引きこもりの類と何ら変わりない状況となる。そういう意味では自分の今の状況を実はイロイロ憂いているのが実態だ。まァそんな気持ちをごまかす意図もあって午前は仕事の続きを進めていた。


 そこへ、またメール着信を知らせるアラームが鳴る。友人Aからだ。よく見るとCCで何人かに同文が配信されていて、その中に友人Bも含まれていた。内容は、今週末土曜日に秋葉原の飲み屋に集まらないかと言う誘いだ。

 俺はカバンの中の入れっぱなしの財布を取り出し、千円札の枚数を数えた。相変わらず乏しい枚数にため息も止められないのだが、ココは正直に軍資金不足による途中参加・途中退場で頼むと返事を返した。すると5分と経たぬうちに返信が来て、無理をするには及ばないという内容を目にする。その続きに、チョッとした重大発表があるのだという、その集まりの趣旨を簡単に紹介していたチョッとした重大な、ってドッチだよと言うツッコミはさておき、俺はかたじけない旨の返信を返す。そしてほぼ同時に、友人Bからの合点承知の助メール、そしてクライアントからの品川マップに関する修正の件を受信した。


  ◇


 クライアントからの仕事に関する内容は大したことはなく、現時点での進行に合わせて留意するのみだったので問題ないのだが、作業量的に若干負担が増えた。それは粛々と進めていく他ないので、そう言う意味では仕方がないので進行する。そんな所へ友人Bがいささか厄介な相談を持ちかけてきた。

 今日は木曜日で、ヤツの両親が経営しているクリニックが休診日なのだが、当日予定されていた学会がキャンセルされ両親共に在宅しているらしく、その中で自室とは言え気が散って作業に集中できないので俺のアパートで作業させてくれないかと言う話だった。俺は少なからず困惑したが、お人好しが災いして断る作戦に事欠いてしまい、やむなく承諾するしかなかった。そりゃまァこんな如何わしいマンガ作品を執筆しているのが親バレしたら、サスガに気まずいだろうし(確か親は小児科医だったか?)。俺はせめて友人を家に上げる準備のため、そこら辺を少しだけ片付けてエアコンの温度を下げておいた。


 友人Bは昼前ぐらいに俺の自宅アパートにやってきた。しかも何とiMacを担いで来やがった。部屋の隅に置いている小さいローテーブルにそのiMacと愛用のペンタブレットを据え付けると、お礼を兼ねて途中のコンビニで買ってきたらしいハーゲンダッツアイス12個を、自分と俺の食う2個を残して冷凍庫に放り込んだ。

 何というか図々しい感じではあるが、実はヤツは全く同じ行動を以前にもやったことが有り今度が2度目だ。サスガに当初はびっくりもしたが、ヤツは作業に集中するとホントに静かに黙々と専念し、時に存在を忘れる程に存在感が薄くなるので次第に気にならなくなるという不思議な素質があった。

 友人Bは俺の住まいに自分の居場所を即席に構築した後、ハーゲンダッツアイスを1個食い終わると早速作業に没頭した。


 俺もヤツに合わせて自分の仕事に専念しようと仕事テーブルのiMacに向かって作業をしていると、品川のマップ制作担当者からのメールが着信した。昨日送ったレポに沿った各お店の紹介本文の原稿上がり予定と、それを組み込んだ本体マップのデータ仕上がり予定のスケジュール確認だ。俺は明日の1店取材の後、全10軒分の本文コピーの確認原稿の提出は来週月曜日午後になる事、そして確認・承諾を得てマップデータ内に落としこむ作業に更に1日を予想し、早ければ来週火曜日の夜、遅くとも翌日水曜日朝には送る旨を返信した。

 メーラーの送信ボタンを押し、ふぅと一息つくと、にわかに友人Bが質問した。今進めている仕事に関する事だ。俺は品川の駅周辺の紹介マップ制作の件を伝えると、その制作作業の内容がよく解らないせいか、ふぅんと空返事を返して再び同人誌制作の手を動かす。そして手を動かしながらそのギャラの話になると、サスガにこの仕事だけでは食えない旨説明した。当然、ならばどうするのかとの質問が返されるが、ソレについては運任せだと答えた。この業界の環境や事情はヤツもたった1年余りだが所属した経験はあるのだが、そんな昔のことはとっくに忘れただろうし。

 そして仕事つながりだろうか、友人Bは友人Aの話題を出した。そう言えば今朝メールが来た旨を話すと、ヤツはパタッと作業の手を止めた。勿論行くんだろうと言う問いに、俺は情けなくも経済的理由で参加するものの半ドンで勘弁してくれと申し出たことを話す。するとヤツはヘラヘラ笑いながら同人誌制作を再開しつつ、友人Aが明後日土曜日の催しの際に開示する筈だった秘密をリークした。

 それは、友人Aが来年放送予定の新作アニメのキャラクターデザインに抜擢された、という内容だった。

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