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1・ロリヲタの巣窟にJS少女降臨

 その日の白昼、俺は秋葉原の喫茶店のテラスに友人と居た。

 友人は俺に訊ねる。今更で恐縮だが氏は何故この〝国〟に?と、手持ち無沙汰で唐突に切っ掛けを問うた彼に、俺は手にする同人誌に向けた視線をそちらに切り替えた。そしてチョットだけ記憶を遡り質問の答えを過去の思い出から探りだし、コレコレこうだと間接に返答した。

 すると彼は、大筋予想通りと思った様だが少し違ったと言う風に微かに眉を動かすと、次に俺が今手にしている同人誌の内容の感想を求めた。ソレについては、俺は特に内容に不備や難点はなく及第評価を返しつつ、ついでに俺個人の趣向を参考として添えた。すると彼は今度はニヤリと口角を上げる表情を挨拶に替えて、その見本はお礼だと言い残し秋葉原の雑踏に消えた。

 季節は例年通りとっくに梅雨も明け、世間は夏休みに入った真夏真っ盛りで、痛い程の直射日光と煮えたぎる地表からの熱気で、焼豚だか燻製だかの気持ちを思い知る。そんなだからこの見本誌も早速手汗でシナシナによれている。

 俺はそのあまり一般に大っぴらに出来ない一物をさっさと鞄に仕舞って、夏休みでいつになく混雑を極めた秋葉原の街のどこぞにさっさと消える事とした。今日も今日とて俺もあまり暇ではないのだ。いつものPCショップで部品を購入し、いそいそと帰宅の電車に身を詰め込むと、二回の乗り換えを挟んで小一時間の後には自宅への最寄り駅に到着する。

 最寄りの駅からは真っ直ぐ家路に付かずに寄り道をする。駅前のスーパーはお得感がないので自宅のアパートをやり過ごして更にその先にある別のスーパーへ買物に行くのだ。そこで中肉中背の俺の燃費に合わせて可能な限りの節約をもって必要最小限の食材を選別し、レジを通すとそこからやっと帰路につく。ソレが今日の俺のスケジュールだ。


 生まれた時から『タイミング』ってヤツに残念なくらいに縁がなく見放されまくり、これまで出来そうで出来ず、もう一歩・今一つ足りず惜しい思いをし、チャンスを掴み損ねてはクリアレベルに届かない不運を重ねて今日まで生きてきたが、今日はそのバッドタイミングも暑さのせいではなかろうが臨時休業だった様だ。

 いつもは俺が買い物に来るたびに売り切れている『単身者向けカット野菜・野菜炒め用』が、今回は最後の2袋をゲットできた。愛飲しているジンジャーエールの1・5リッターペットボトルが118円のセールだった。また他にも、いつも鼻先で閉められてしまう電車にも無理なく乗れたり、信号が青だったりと、それだけで『幸運の燃費』が悪い俺にとっては向こう2〜3週間分のグッドタイミングを前借りした様な一日だった、と振り返ってそう思う。そしてその極めつけと言うべきか、イヤ寧ろ幸運を使い果たしたと言うか、ソレに匹敵する出来事がこの後待ち受けていたのだ。


  ◇


 築30年以上の古いアパートの2階にある俺の自宅。その入口ドア前に誰か立っている。見た感じ若い印象の女性だが、その出で立ちでパッとイメージするのは新興宗教の勧誘の者。そんな感じだ。

 また面倒なヤカラが居やがんなぁ、と思った俺は、やれやれと思いながらもソッチへ歩を進める。新聞やNHKのソレの場合は対応がイチイチ面倒くさいので、やり過ごして居なくなったタイミングで家に入るんだが(俺の自宅にはテレビをはじめワンセグ等放送電波受信機器が無いため受信料を払う義務はない)、俺は相手が女性だと油断した訳ではないが今回はそうしなかった。カンカンと金属音をわざと立てるように階段を登り、真っ直ぐにその女性に近づいていき、少々威勢の良い、いつもとは全く異なる覇気のある口調で何か御用ですかと尋ねた。

 すると女性はチョッとびっくりした様子で俺を見ると、てか俺はいつも女性にはびっくりされるので今更慣れっこだが、話を聞くにどうやら隣に越してきたのでご挨拶に伺ったという。

 このアパートは2階建てで全3世帯、1階は駐車場と納屋の様な普段使っていない1室、2階に3世帯分の居住室がある。俺はその東側の角部屋、手前の西側の角部屋は今は誰が住んでるのかは不明だが単身者が入居している。その真ん中の部屋はここ1年位空き部屋だった。ようやく部屋の居住者が決まったと言う訳か。この古アパートのオーナーは向かい側にある1戸建ての立派な民家に住んでいる御隠居様だ。その邸宅の反対側には中層のマンションが建っており、そのオーナーでもある。御隠居様は俺が学生の頃にこの部屋に入居して以来の付き合いだ。古いとは言え部屋が全部埋まって肩の荷が下りた、みたいな気分だろうか。それはともかく、そう言う訳でお近づきの印というので、お決まりの蕎麦と菓子折りを差し出すので、俺は有りがたく頂戴した。


 俺は買い出してきた食材を冷蔵庫に整理しながら、貰った蕎麦を手にしてチョッと回想してみた。

 女性は苗字を『結城』と言っていた。今思い返すに、ワリと美人に属する顔立ちではあったが、ただ何となく水っぽい印象と言うか、幸薄そうなと言うか、何だかソッチのイメージが付属しやすい傾向にある、的な感じだった。差し詰めアニメやゲームに出てきそうな暗い影のある母親キャラ、みたいな感じか。後々死亡してしまう役回りにあるというか‥‥

 勿論そういう人物が隣に越してきたと言うだけで要らん妄想の素材にはなったりもするんだろうが、俺はその手の虚しい行為はとっくに卒業したので今更どうってことはない。そもそも3次元には興味が皆無なのだから尚更だ。

 唯一引っかかったのは、今日俺が出かけたのは昼頃でその時には人の気配はなかったが、そしてさっき帰宅するまでの間に引っ越しが終わっていたことだ。引越し業者のトラックなどとも出くわしてないし、まァ単身者の引越しなんてそんなモンだろう。


  ◇


 さて今日の夜飯は、長崎ちゃんぽんのスープに野菜と飯を入れて煮込んだ『ちゃんぽんメシ』だ。サイドメニューに頂いた蕎麦を添えた。

 美味いのかどうかは判らん。自分が自分に作った飯が美味いかどうかなんてそもそも判断できん。第一自分メシが今まで美味いと思ったことはない。勿論誰かが俺にメシを作ってご馳走してくれたことなんてのもないし。あ、専門学校の行事で一度だけドコかの山中のキャンプでバーベキューやったことはあったが、そんな昔の話はもう忘れた。

 今日も変わらぬ寂しい独り飯をセッティングした時、台所の窓越しに先程のお隣さんの声がかすかに聞こえた。思わず耳をそばだて受信感度を上げてしまったのだが、どうやらさっきのあの女性はこれから出かけるため同居人に気をつけて留守を預かるよう指示している様な内容だ。一人暮らしではなかったと云うことだ。

 そして、次の瞬間に俺は背筋の神経と心臓に電気信号走るのを覚えた。その指示を受け承知仕ったその相手は、紛れも無く子供、少女の声だ。何だあの女性、子持ちだったのかと今更妙な気分になったのだが、俺自身がなぜそんな反応を示したのかが解らなかった。あるいはロリコンという種族が持つ一種の習性みたいなものか。第一どーでもいいことだ、お隣さんが独身だろうと子持ちだろうとどんな素性であろうと。俺は自分で左右の頬を戒める様に叩き、その後は何事もなかった様に一人飯にありつく。


 俺は自営でグラフィックデザイナーと言うエラソーな耳障りの仕事をしている。と言っても結構手広く色んなことをやっているのだが、今回の仕事は品川区の精密な地図を作成する仕事だ。地味で地道な作業が悶々と続く。そして出来上がったそのデータの対価はまさに雀の涙だ。今日買ってきた980円の光学マウスも、古いヤツの息の根が止まりやむなく仕入れてきた安物だし。

 全くなんて世の中になっちまったんだろうと、作業を進めながら衰退の傾向を強めるばかりの今の日本経済社会を恨めしく思っている。俺がこんなことしてる間にも一部のこんな世の中にしてしまったド偉い連中各位は、豪勢な酒と食い物と女で面白おかしい夜を過ごしているんだろう。想像しただけで虚しい怒りがこみ上げては次の瞬間虚しく消える。ブラックの代表格・不遇の象徴のアニメーター職は世間が話題にしてくれるだけまだマシで、俺達のように日陰で人知れずキツい思いをしている者はゴマンと居る。


 そうしていると、さっきの少女の声がふと蘇る。そして手がパタッと止まり、今日秋葉原で会った知人から貰った同人誌の見本をカバンから引っ張りだした。パラパラとめくるとイイ歳して何やってんだと言う思いはあるものの、こういった薄い本やそれらを売りさばく一大催し『コミケ』がこの後待ち受けていることに対しても、自分の中では重要度が年々少しずつ低下していくのも自覚していた。

 この同人誌の内容で個人的にマイナスなのは、野郎が幼い女の子をアレコレといじくり回して、そして女の子が決してソレを受け入れず寧ろ拒否姿勢であるにも関わらず一方的に手籠めにする内容であることだ。俺的にはそう言う弱者から詐取・搾取する強者>弱者の構造が到底受け入れられない。ソレは二次元世界の中の同人世界であっても然りである。

 理想とするのは、こう云うアレであっても双方ともに利益を得ると言うかウィンウィンであること、もしくは強者と思しき側が足元を救われる転倒パターンだ。他には女同士のユリとかレズとかフタナリの類とか。いやズバリ『野郎』と言う存在自体、俺の妄想世界にとっては無価値無要で影も形もないと言い切れる。

 なんと言うか、例えそう云うモンであってもやはり中身はお気楽極楽であって欲しいってのが心情なのだ。そう言う場に於いて被る悲しみや苦しみがあってはコチラとしても気持ちのやり場がないのだ。多分俺だけだろうな、そう思うのは。それを語った時の友人の表情が、お前はそう云うヤツだよな、だが俺や世間の趣向する世界はこうだと言うのがこの本であるから。事実彼の本はソコソコ売れる。そしてソイツは実は、メジャー誌に挿絵を担当するその筋ではワリと有名な絵師でもあった。


  ◇


 古いアパートではあるがエアコンだけは装備していて、この夜も暑がりな俺に涼しい風を送ってくれるファンの音が微かに部屋にこだましている。

 時計に目をやるともう12時を示そうとしている。勿論夜中だ。自営業ってのは労働時間も始業終業も決まっておらず自由だが、それは24時間稼働している様なモンだ。こんな時間でもお隣には少女であろう人物がたった一人で健気に自宅警備の任務を遂行してるんだろう。お互いキツイ任務を粛々と果たさざるをえない、共に頑張ろうと声をかけてやりたい気分だ。言わば、同じ境遇の中で戦う戦友だ。

 いや違う、さすがに言い過ぎた‥‥

 寧ろ、そんないたいけな少女を独り置き去りにして、母親はドコへ行ったのかが気になる。俺の妄想の中では既に可哀想な少女像が構築されつつあり、そんな彼女がお困りのご様子なら助けてやりたいとロリのクセして自惚れた妄想も展開するが、そう言えばあの女性も訳有りな雰囲気を醸し出していた。そうなると俺の妄想は俄然活気づくが、サスガに自分でもウザいから省略する。まァさっきは重要度が低下してるとか言いながら、未だ俺の趣味としてのソレは小さいながらも依然ハッキリと存在していて決して消えてはいないのだ。

 などと、畳床に寝っ転がって独り悶々としてると、アパートの共用廊下の方で人気がした。どうやら母親が帰った様だ。壁越しに隣の部屋で少女が母親を迎えに玄関に駆け寄る音がかすかに聞こえた。丁度少女が母親の腹部に抱きついて頭の上にオッパイが乗っかってる様なシーンを想像する。やれやれコレで一安心だ、何が一安心なのかは知らんが。時計の字幕は夜中の1時前を表示していた。

 安心したせいか、その日俺はそのまま眠ってしまった。


 翌日は月曜日だ。俺は仕事の請求書を届けるために家を出る準備をしていた。大体こう言うのは郵送で片付けるモンだが、俺はその辺は古い慣習の仕来りを重んじていて、キチンと担当者に手渡しする。そうやってメールと電話ばかりのやり取りで、生身の人間同士が膝を突き合わせることなく電子的に事のやり取りを済ませる、無機質な人間関係にならない様にするのが意図だ。そう言った弱い関係は、ある日風が吹いた程度の何でもない経緯で消滅してしまったりするのを何度か経験している。

 最低限の小綺麗な格好をしカバンを持って部屋を出ると、偶然にもお隣さんも同時に部屋を出てきた。例の女性・母親と、遅れて出てきたのは、昨晩孤独な夜を壁越しに共に過ごした少女のご尊体だ。俺の念願かなって?のご登場だ。

 その姿はどうだ、まるでキャラクタードールの様に整った体型、ショートの黒髪にロリロリしい衣装に少々使い込んだ風合いの青色のランドセルを背負った少女の姿は、まさに幼神とも言うべき神々しさだ。まるで某有名ロリアニメからマンマ飛び出してきた様な可愛らしさではないか。三次元には興味なかった筈の俺は、どう云う訳かその少女に魂を吸い込まれてしまう感覚を体験した。

 俺の存在に気づいた母親が、昨日はどうもと会釈しながら朝の挨拶をするので、俺も案の定キョドり加減に朝の挨拶を返した。この有様が俺の女性に対するデフォルトだ。そこで少女に対して、娘さんですか可愛いですねと一言添えるべきだったかどうかは解らない。イヤそんなこと言ったら寧ろキモがられ警戒されるに決まってるだろう。その位は弁えている。

 俺たち三人はアパートの下から路地まで来ると、母親は娘を見送り、娘は学校のある方向へ、俺はその逆の駅の方へと別れた。俺はしばらく歩いてふと振り返ると、母親の女性はまた自室の中に入っていく様子が見えた。


 母子家庭か。今どき珍しくもない。ダンナと別れて娘を連れて引っ越し、しかし女手では収入が低いためあんな古アパートで我慢せざるを得ない。或いは、ダンナとは死別かもしれない。借金があるのかも知れない。ヒョッとすると不倫の挙句の婚外子なのか?

 ん? ちょっと待て、いま世間は夏休み期間中ではなかったか? 或いは休み中設定されている登校日とかだったのか‥‥ お得意先の受付フロア内の応接コーナーで担当者が出てくるのを待ちつつそんなことを妄想してたら、担当者がタオル地の大判ハンカチで汗を拭いながら応接コーナーにやって来た。スマンスマン待たせたなと右手の先で空中を突き上げる動作はこの担当者の癖だ。俺もお世辞にもスリムとは言い難い体型だが、彼はほぼ力士だ。

 請求書を渡し次回の仕事の目星を問うと、特に無しと返され薄ら寂しい気分を持ってお得意先を後にした。今月の収入は今年度始まって以来のワースト記録を更新した。いつもなら帰路の途中で手短に食事を済ませようと立ち寄る日高屋も今回は通過した。今日はその他に用事がないためこのまま帰路に付く。時計はまだ午前を示していた。


 帰りの駅の自動改札が俺の通過を遮断した。理由はパスモの残高不足だ。全くこんな時に付いていないなと嘆くが、コレこそ即ち俺の日常だし実状だ。いい加減慣れるべきだが非常に難しい。やむを得ず千円だけチャージした。所持金も紙幣が無くなり小銭で800円程度となり、今日の食事はどうしたものかと悩む。

 まァソレは家に帰ってから取り組む懸案にするべく、とにかく俺はホームに上ってスマホで今日のニュースを一覧する。すると、冒頭で話した例の小学校教諭の少女淫行事件の続報が赤いゴシック体の文字で掲載されていた。何と奴は余罪が十数人にも及ぶことが報道され、しかも直接容疑のかかった事件は去年の秋頃に及んだ犯行で、その前後にそれぞれ同じ手口で数名の被害者が居ることが判明したと言う。今後もっと具体的に自供を促しつつ家宅捜査なども行い、事件全容を解明したいとしている。泳がせた挙句の被害者増大ともなれば、被害者並びに関係各位の心中如何ばかりか。

 それより俺はその家宅捜索と言うヤツが甚だ気になる。下手人の自宅からイカガワシイ何かが発掘されるやも知れぬ。場合によっては俺らその筋の趣向愛好者が根こそぎ漁網に絡まるやも知れぬ。イヤそもそも今どきはそう云うルートが鉄板化した様なモンだし、そうなった場合は俺らも何らかの影響は免れまい。


  ◇


 俺の不運の星は、常に第一等星の輝きを持って俺の頭上に君臨していると断定する。ソースはこれまでの不運の数々を含めた上での今のこの惨状だ。

 自宅への帰途、最寄り駅へ降り立ったその時、バッチリタイミングを合わせて猛烈な雨が降ってきたのだ。いわゆるゲリラ豪雨と言うヤツだ。雷もその不運をあざ笑う豪雨の雨音の賑やかさに重低音を添えている。忌々しさこの上ない。

 勿論傘なんかない。イヤこれ傘あっても役に立たないだろう。そう思った人々、皆揃って駅舎の軒下にて雨宿りを決め込んでいて、駅のホールはにわかに混雑していた。俺は諦めてナケナシの財布の小銭を工面して、コンビニコーヒーを買ってそのコンビニ内の一角のカウンター席にて雨が止むのを待つことにした。500円の傘なんか買ってられないし。

 バケツの水をひっくり返した様な雨。そんな例えそのまんまの様相だ。駅前のロータリーが幾分水に浸かって浅い池の様になっていた。迎えに来る車やタクシーやバスが派手に水を跳ね飛ばしている様子で、どれだけの水量が流れきれずに溜まっているのかが解る。長年この地に住んでいるが夏の風物詩なゲリラ豪雨も、コレ程のものはココ数年の記憶にある中でもかなり稀な方だ。

 そうこうしていると、サスガに上空の積乱雲も雨水タンクがカラになったのか、みるみる雨量が減少し、しとしと雨に変わった。俺は再びドジャ雨になられても困るので、どうせ帰ればシャワー浴びて着替えられるので、多少濡れても構わんとすっかり勢い弱まった小雨の中に突入した。自宅アパートまでは徒歩12分。急ぎ足で10分程度。そこそこ濡れそうだが、そう云う訳だからまァ良い。

 腹も減っていて、家の冷蔵庫に何が入っているかを思い出しつつ、程なく自宅アパートにたどり着く。頭とシャツはもうスッカリ濡れ加減となってしまったが、川に落ちた様なズブ濡れという訳ではない想定内の濡れ加減だ。ヤレヤレ、全くいつもの不運とは言え決して気分は良くないものだ。そう思いながらアパートの階段をあがると、俺はその視界に予想外の物体を捉えた。


 お隣さんの小学生の娘だ。自宅前のドアにもたれかかって座り込んでいる。しかもよく見ると、それこそ川にでも落ちたかの様な全身濡れネコ状態ではないか。そうか、さっきの豪雨にヤラれたんだろう、学校からの帰り道に突然降られた、的な。濡れた服から滴り落ちた雨水が共用廊下の床を伝って反対側から下へ流れ落ちている様子からして相当な濡れ加減で、黒髪もワカメみたいにペソペソに顔や服にはり付いていて、サスガに体が冷えてしまったのかガクガクと小さく震えていた。

 ただ、どうしてだ、家に入らないのか? ソレはまぁ状況からして察しがつく。入れないのだ、家の鍵を無くしたか、或いは‥‥

 とは言え、目の前に極めて大きな懸案事項が立ちはだかる。コレ見て見ぬふりなんか出来る訳がない。俺の部屋へは彼女の前を通過しないと辿り着けない。イヤしかし困った、多分今の彼女以上に俺の方が困っていると思う。何と言うか、こう言う事態を想定した人生ではなかったせいでシミュレーション出来ていないのだ。掛ける言葉や行動、そう言った基本的な知識が索引に収納されていない。

 彼女の惨状を目撃してここで立ち止まって、多分3分程度経過した頃、俺は脳内に記録が残っている幾つかのアニメ作品に似た様なシチェーションの描写がなかったか、大急ぎで検索再生を始めた。そこから得られた幾つかの情報はどれも似通っていて、俺は他に知識がない以上その情報通りに行動せざるを得ない。ただソレが問題行動なのかどうかの検証はできなかった。アニメなんて所詮フィクションであるからだ。

 俺はSL機関車のソレっぽく鼻息で気合を入れると、残り9段の階段を上がり、今まさにオヤ偶然バッタリ出会った、かの様な振る舞いで、彼女にどもりながらもどうしたのかと精一杯のか細い声をかけた。すると彼女は力なくやんわりとコチラを振り向くと、俺と同じくらいのボソボソ加減で最小限の文字数の言葉で、さっきの俺の予想通りの経緯を語った。鍵を無くした所までドンピシャだ。

 ただ、俺としての試練は寧ろこの後の言動にある。イヤイヤ、コレは実に勇気が要るものだな、プロポースの時の身体状況ってまさにコレに近いものがあるのではないか? 最も俺はコレまで女子に縁がなかったのでプロポどころか女子に告白は勿論、てか手を握ったこともなければ肌に触れたことすら一切ない。小中学校時代の体育祭のフォークダンスでは、露骨に避けられ半径1メートル以内にすら入ってこない女子連中。そうなのだ、俺は風体からしてキモいだけで謂われなく異性から避けられる存在だったのは当時から自覚している。そんな俺が、30代後半戦真っ最中のこの俺が、目の前の濡れそぼって震えている小学生女子に向かって、これから一大告白するのだ。

登場人物


【俺】物心ついた時からの二次元ヲタ。アラフォー独身。守備範囲はJS〜JCのいわゆるロリコン。だが三次元にはほとんど興味がなくこの歳で童貞である。フリーランスの売れないデザイナー職。物心ついた頃から自分の容姿や人間性に自信がなく、いじめられっ子で、特に周囲の女性からの視線から逃げるために二次元に執着していた。やがて上京し専門学校に通う頃に、同じ趣味趣向の友人らと過ごすことでそんな性格も段々ほぐれてきた。だが未だに彼女いない歴=年齢なのは相も変わらず。


【友人A】俺の専門学校時代からの数少ない友人の一人。二次元オタクでロリコンだが、マンガ・アニメ・ゲームなどその媒体範囲は広い。そして当然三次元には興味を示さない。専門学校卒業後マンガ家のアシスタントを経てラノベの挿絵師となる。高校生の頃から同人活動を続けており、現在はラノベ絵師の実績もあって壁サークルを仕切る程の人気絵師となった。そのラノベ出版社の強引な評価でアニメのキャラデザを受ける事となったのだが‥‥


【お隣さん親子・結城さん】ドコからともなくアパートの隣に引っ越してきた。一見してワケあり臭がするが、よくある話・テンプレ通りに母親は日中ほとんど不在で、その子だけが独り孤独にお留守番しているせいで、非常に気になる存在である。

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