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うつりたがり

作者: 黄輪

 彼が最初にテレビに映ったのは、小学校の頃。よくある学校訪問のテレビ番組でほんの5秒か6秒、出演しただけだった。

 しかし彼は、テレビに5秒だけ映った自分の顔を見て、これまでにない感激を覚えた。

「俺、テレビに映ってる! これ、日本中に映ってるんだよな!? すっげー!」

 これがきっかけとなり、彼はこう志すようになった。

「俺は絶対、日本で一番テレビに出るような、すっげー人気者になってやる!」




 彼が中学生になった、初めての夏。彼は甲子園の試合をテレビで見て、志を新たにした。

「あいつら試合の間中、テレビに映ってるんだよな? じゃあ、俺も高校に入ったら野球部に入って、甲子園で活躍してやる!」

 こう決意した彼は、中学3年間を野球に費やした。その甲斐あり、彼は高校野球の名門校に入学。すぐにエースとなった。

 そして長年の夢を叶え、彼は3年間、甲子園での雄姿を全国中に見せ付けた。


 それだけの活躍もあって、彼はドラフト会議で1位指名を受けた。

 勿論この様子もテレビでじっくりと放映され、彼の名誉欲――いや、「被放映欲」を存分に満たしたのは、言うまでもない。




 彼はプロ野球選手として、獅子奮迅の活躍を見せた。

 しかし10連続奪三振も完全試合達成も、沢村賞の獲得も、彼の欲を満たしてはくれない。

 依然として彼の中には、「テレビに映る」と言う欲求が根強く残っていたからだ。

 いや、弱まるどころか、その欲望は歳を経るごとに強まっていた。


 そしてその欲望を満たすための努力は、一瞬も怠っていない。

 ある時、自分の先輩が珍しく活躍し、お立ち台でしゃべっているのを見て、内心こう毒づいた。

(あーあー、だっさいなぁ……。何が『ポーンと来た球をですね、こう、ドカンとやったんです』、だよ。

 もっと気の利いたこと言えないのかなぁ、全く)

 その語彙力の無い先輩は、この後オフシーズンに入るまでの3ヶ月、まったくテレビに映されなくなった。何故ならあまりに中身のない発言、愚鈍な応答が多く、テレビ局側が「彼を映しても数字が取れない」と見切りを付けたのだ。

「もっとテレビに映る」と言う彼の欲望を満たすためには、そんなつまらない扱われ方をされるわけには行かない。

 彼はもっと多数の人間の興味を集めるため、インタビューを受けるたびに面白く、気の利いたことを言うようにした。

 その努力は功を奏し、彼は次第に野球中継以外でも、テレビに出演する機会が多くなっていった。




 テレビ映えする逸材となった彼を、芸能界が放っておくわけも無い。野球選手を引退した後、彼はテレビタレントに転向した。

 元スポーツ選手らしいさわやかさ、体力、そして長年培ってきた巧みな話術で、次第にファンの数を増やしていった。

 勿論その間も、「テレビに出続ける」と言う欲望を満たすための努力は欠かさない。流行を敏感に追い、時事問題にも細かく目を通し、一方で機知に富んだ意見も仕入れておく。

 その努力も次々実り、彼はやがて、いくつもの人気番組にレギュラー出演するようになった。


 さらに野球引退から5年後には、ニュース番組のコメンテーターも務めるようになり、すっかり朝の顔になっていた。

 それでも彼は、まだまだ努力を欠かさない。

「もっとだ! もっと俺は、テレビに出たいんだ!」


 とある番組において、彼は一流の評論家や代議士と真っ向から討論し合い、そしてなんと、言い負かしてしまった。

 この一件が話題を呼び、彼にある政党から選挙出馬のオファーがかかった。

 政治家として重職に就けば、より世間の注目が集まる。ひいてはこれまでよりもっと多く、テレビに映る機会が増える。こう考えた彼は、政治家への道を選んだ。




 彼はこれまで以上の努力を重ねに重ね、そして見事、政治家に転向。50歳になる頃にはなんと国会議員、大臣職を務めるほどに出世した。

 テレビは「あのタレント議員が大臣に!」と騒ぎたて、連日のように彼の姿をカメラに収めた。

 しかし、流石に代議士活動は忙しい。以前よりテレビに出る機会は、若干減ってしまった。当然彼にとっては、それはどんなことよりも気に食わない。

「もっともっと、私はテレビに顔を出したいのに!」


 いよいよ膨張する欲望を満たすため、彼は自らスキャンダルを作り、その情報を流すことにした。

「大臣、愛人53人!? 週代わりの恋人たち!」「今度は裏金!? 連日の接待、密会、談合!」「度を超した恫喝! 『俺に逆らえば海に沈める』発言の真偽は!?」

 彼の目論見は当たり、連日、テレビで彼の行動が取り沙汰されるようになった。最早、彼の顔がテレビに映らない日は無い。

「やった! 私は日本一テレビに映っている! 日本一テレビを独占する男になったぞ!」

 彼は狂喜乱舞し、喜びを一人噛み締めていた。




 だが、これほど浮ついた噂が流れれば、彼の政治家としての信用は大きく損なわれる。当然、彼は失脚した。

 しかし政治家としてあまりにも顔と名前が売れてしまったために、今さらタレントとしての扱いは受けられない。

 どこにも出演の場は立たず、一時の人気が嘘のように、彼はテレビに映らなくなってしまった。

「こんなことでは駄目だ! 私はまだ、テレビに出たいんだ! 何をしてでも、テレビに映ってやるぞ!」


 半年後。彼は久しぶりに、ニュースに取り上げられた。

「……容疑者は今朝、警視庁によって身柄を拘束、逮捕されました」

 留置場に運ばれる途中で見たテレビには、頭をジャケットで隠された彼の姿が映っていた。

 これを見て、彼は叫んだ。

「おい、私の顔が映ってないぞ! 何のためにテレビに出てやったと思ってるんだ!」

 既に60近くになっていた初老の彼は、あまりに憤慨したためか――逮捕から3日後、拘置所で心臓麻痺を起こし、そのまま死亡した。




 それから2年後。


 とあるバラエティ番組の、心霊写真特集。

「では次、こちらの写真です」

「ん?」「うわぁ」「きゃっ!」

 出演者らの後ろにある巨大なディスプレイに、その写真が映し出される。

「どうですか? くっきり写ってますでしょう?」

「ええ。こんなにはっきり見えるなんて」

 司会者がパネルを取り出し、写真の解説に移る。

「こちらはですね、ある元政治家の屋敷跡でですね、撮影されたものなんですけどもね」

 掲示された写真には、彼の姿が写っている。


 その顔は――「やったぞ! 私はまだ、テレビに映ってるぞ!」とでも言いたげだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  芸能人は自己顕示欲の塊だと、ある先生に教えられてことがあります。もしかしたら、幽霊ってのは、その上をいく存在なのかもしれないと、この作品を読んで思いました。  楽しませて頂きました。
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