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閑話……『Remember Me』

 僕は粟飯原遼一あいばらりょういち

 年は10歳。

 両親の名前を一文字ずつ貰った。


 今は、ママは側にいない。

 なぜかと言うとママは、海外にいる理央りおう兄さんと祐実ゆみ姉さんのところにいるから。


 父さんは、昔はダメだって言ってたけど、最近僕をお店に連れて行ってくれる。

 父さんのお店はお酒をお客様に出すお店。


「パパとママはここで出会ったのよ」


と、いつもママは頬を赤くして照れ笑う。

 ママは父さんが大好きだ。


「遼一? 眠くはないかな?」

「大丈夫だよ。僕は子供じゃないよ!」

「眠くなったら言うんだよ? いいね?」

「はーい」


 慌てん坊のママは良く忘れ物とか、おろおろするけど、父さんはどっしりしてる感じ。


「うーん。今日は、どんな曲にしようかな?」

「『リメンバー・ミー』がいい!」

「えぇぇ!」


 父さんは振り返る。


「遼一は、あの映画を見たんだっけ?」

「うん! ママと見た。ママがずっと泣いてた。父さん。いつも映画見に行ったら、ママ周りがジロジロ見るくらい泣くんだよ。『聞こえないからママ寝てて、僕一人で見るから』って言おうかと思ってるんだけど、父さん言ってくれない?」


 彰一しょういちは息子の一言に、がはっと胸を押さえる。

 小さい頃は周囲に愛想を振りまいて、可愛い可愛いと言われていた末息子が、最近大人びたと言うか全てに対して塩対応である。

 しかし一回、母のはるかにその言葉遣いで対応したら号泣され、もう一人の母代わりの優子に正座で三時間お説教された。

 それ以降、遼には塩対応……反抗期はしないようにしているらしい。


「ねえ、父さん。この『糸瓜忌』って何?『いとうり?』」

「違うよ。『糸瓜忌へちまき』と言って、近代俳句の祖と言われている正岡子規まさおかしきが35歳で亡くなった日だよ。1902年(明治35年)9月19日。亡くなる前に苦しい中で『絶筆糸瓜三句ぜっぴつへちまさんく』と言われる三句を書いて、そのまま亡くなったんだ」


 彰一は、小学生だが頑固で、大人扱いを希望する息子に、丁寧に教える。


「『糸瓜咲へちまさきたんのつまりし仏かな』

『をととひ(おととい)の糸瓜へちまの水も取らざりき』

痰一斗たんいっと糸瓜の水も間にあはず』

 だったかな。正岡子規は当時は治らない病気と言われていた肺結核になって、悪化してカリエスになり、寝たり起きたりしつつ、その場所から見える風景や、昔を思い出して十七文字の世界を作り上げたんだよ」

「すごい! 十七文字……うーんと、『ママは良く泣くからパパに預けよう』」

「……俳句の十七文字は季語がいるんだよ。ほら、同じ正岡子規が詠んだ『柿食へば鐘がなるなり法隆寺』があるだろう? 柿が季語……季節を示すものだよ。季語がないと俳句じゃないんだよ」

「うーん、うーん……」


 持ってきていた鉛筆でノートに落書きをしている息子に、苦笑する。

 すると、扉が開き、雄洋たけひろと大輔が顔を覗かせる。


「こんばんは」

「ようこそ」

「あれ? 遼一も来てたんだ。何してるんだ?」


 大輔はノートに何かを書いていた遼一に声をかける。


「あ、大輔兄さん、雄洋兄さん、ようこそ!」


 立ち上がると、おしぼりを渡す。

 遼一のいる場所は、父の横。カウンターの内側に、プラスチックの酒瓶入れをひっくり返して、座布団を敷き、その上に座っていたのだ。

 表はお客様と、彰一の移動スペースである。

 邪魔をしてはいけないと、小学生ながら理解している。


「『泣き顔を隠して忘れな草おくる』は? 遼一。これ、誰かに教わったの?」


 雄洋はノートの文字を読み、驚く。


「えっ? 違うよ? 僕が考えたの。『リメンバー・ミー』は英語で『僕を忘れないで』って言う意味なんだって。だからね、ママとお兄ちゃんたちが早く帰って欲しいなぁって」




 実は、遼は子宮を失った祐実の代わりに代理母出産の為、日本を出国している。

 祐実は、過去の恋人のDVで子宮を失ったものの、家族の希望で卵巣を残していた。

 10年夫の理央と2人で過ごしてきたが、周囲には子供のいる夫婦もいて、養子を迎えるか、代理母出産をと一度帰国した時に相談した二人に、遼が、


「じゃぁ、私が代理母になるわ。歳はおばさんで高齢出産だけど、それでも、何とかなると思うの」


と言い出したのだ。

 そして、外国の病院に行き、自分の身体が出産ができないかと確認検査を受けた。

 すると、


「日本人の身体は小柄ですし、年齢的にも難産の可能性があります」

「でも、まだ産めるでしょう? お願いします! どうか私の息子と娘に、二人の子を抱かせてあげて下さい! 私も頑張ります。ですからどうか!」

「お母さん! 私達は……」

「嫌よ! 私は理央くんと祐実さんのお母さんだもの。どうしても二人の孫を抱きたいの! 私のわがままを聞いて欲しいの」


遼の気迫に、彰一は反対をやめた。


 妻が生むのは息子夫婦の子供と言う複雑な関係になるが、日本で出産するのではなく、なるべく両親になる理央たちの側で二人と子供たちが一緒に過ごせるようにと、妊娠してすぐ二人の元に出向いて行った。

 今は、8ヶ月になると言う赤ん坊は双子らしく、


『ほら〜、りょうちゃーん。お腹ぽんぽこよ〜。祐実ちゃん大変だわ〜』

『お母さん……』

『祐実ちゃんと一緒に出産なのよ。ね?』


とテレビ電話の向こうで笑っている。


『彰一さん、孫が増えるわよ〜? あ、男の子か女の子かは内緒』

『お母さん。後ろのぬいぐるみで分かっちゃうよ〜?』


 理央はカップを持ってくる。


『はい、お母さんと祐実のホットドリンクと、僕は紅茶。それと父さんと遼一。僕たち子供たちが生まれて、落ち着いたら、日本に帰国するから』

「帰国? 一時的かな?」

『ううん。ほら、前に相談して靫原ゆぎはらの会社一つ買ったでしょ? 昨日も工場買ったんだ。もうあの会社の殆どの主だったものは僕と大輔と雄洋さんで買い取った訳。会社で働きながら、その会社運営難しいでしょう? それに、今までは祐実が手伝ってくれていたけど、子供たちの子育ても大変だし。だから、僕は家族で戻って、父さんたちに面倒かけるかもしれないけど、会社を色々運営しなくちゃだし』

「戻るの?」

『うん。10年も自由にしてごめんね』


 苦笑する息子に、微笑む。


「何を言ってるんだい。嬉しいよ。あ、そう言えば、病院は……」

『あ、病院は父さんと僕たちの名義だよ。父さんが理事長でしょう? 僕たちは理事として運営するからね』

「賢い息子が自慢だよ……」

『遼一も自慢の弟だからね? あ、今度会う時には、遼一の大好きなゲームしようね』

「うん! 理央お兄ちゃん! お姉ちゃんもえっと『Remember Me』」


 弟の言葉に目を見開く。


『遼一、英語分かるの?』

「うん。でも、『Remember Me』だと『忘れるな』になっちゃうんだって。お兄ちゃんとお姉ちゃん、ママに、僕と父さんのこと忘れないでねって言いたかったんだ」


 遼と祐実はテレビの向こうで涙ぐみ、理央はその二人を抱きしめる。


「遼一、それに父さんのことは忘れてないよ。赤ちゃんが生まれて落ち着いたら、戻るからね? 遼一は優しくて強いから赤ちゃんと仲良くしてね?」

「うん! 僕可愛がるね!」




 いつのまにか寝入ってしまった息子を、抱き上げ奥に寝かせると戻ってくる。


「最近は、本当に子供だ子供だと言っても、もう私には塩対応なんですよ」

「あはは……でも、理央や祐実さんとか、巴にはそんなことないですよね?」

「母や宜子のりこにもね。一回、うちの母に説教されたらしいから」


 雄洋は苦笑する。


「『うちの旦那みたいに馬鹿になりたいの? りょうちゃんは先輩……りょうちゃんのパパと、遼ちゃんの子供なんだから、二人みたいに賢くてかっこ良くて優しい人になるのよ!』ってね」

「あはは……あれ? マスター。今日のお酒は?」

「えとですね……『Remember Me』に意味の近いカクテルがありましたから、作ってみたのです」

「へぇ……」


 音楽は流れる。

 差し出したカクテルを受け取る二人に、


「ヴァイオレットフィズです。私を覚えていてと言う意味だそうです」


そして三人のスマホが鳴った。

 取ると、理央からで、


『生まれました!


 生まれたのは三つ子です。女の子が二人、男の子が一人です。小さいけれど本当に本当に可愛い……。母さんに感謝します。こんな僕を父親にしてくれて、祐実がずっと諦めていた夢を叶えてくれて……それに、僕たちの夢に背中を押してくれた父さんと遼一、親友の大輔と雄洋兄さん、宜子さんたちにお礼を……まずは連絡です。

 理央、祐実』

「生まれた! やったぁぁ!」

「良かった……良かった……」


親友二人は涙ぐむ。

 ゆったりとした音楽を聴きながら、自分用のヴァイオレットフィズを作った彰一は、


「おめでとう……。そして、遼。お疲れ様」


と呟き、涙を隠したのだった。

Remember Me……僕を忘れないで。日本語訳は優しい。僕を忘れるな!が近い意味。


バイオレットフィズ

カクテル言葉……私を覚えていて

バイオレットリキュール ― 45ml

レモンジュース ― 20ml

砂糖 ― 1tsp

炭酸水 ― 適量

ショートシェイク


炭酸水以外のものをシェイクしてグラスに注ぎ、そこに炭酸水を加えて軽く混ぜる。

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