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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
6/66

『花~すべての人の心に花を~』

 クリスマスも終わり、マスターは忘年会、新年会で来なくなったお客さんを待つよりも、のんびりと大掃除をしていた。

 当然、音楽を聴きながらである。

 今日は、おおたか静流しずるさんの歌う『花~すべての人の心に花を~』である。

 沖縄の歌手、喜納昌吉きなしょうきちさんの曲であり、様々な歌手がカバーリングしている。

 しかしマスターは、喜納昌吉さんかおおたか静流さんが好きらしい。


 棚にはアンティークとまではいかないものの、マスターが外国に行って蚤の市で集めたヴィンテージの置物や実はテディベアが一体飾られている。

 素朴だが珍しい色をしたテディベアは、マスターの相棒である。

 少し古ぼけたテディベアは首を傾げている。


 扉のベルが鳴った。

 棚を拭いていたマスターは振り返ると、微笑む。


「お久しぶりです。日本酒ですか?」

「あぁ、良いのを持ってきたんだ」


 にっと笑うのは、マスターと腐れ縁と豪語する酒屋のオヤジである。


「……毎年忙しいでしょうに……」

「あぁ、店に半月前に閉めたんだ……」

「はっ? 最近まで……」


 一言もいっていなかった高坂こうさかは、首をすくめる。


「う~ん、マスターの所は、俺が店を譲ったあいつに頼んでるから安心してくれ」

「いえ、それはいいのですよ、辞めたと言うのは……」

「う~ん……何て言えばいいのか……。田舎が嫌で幼馴染みと結婚してたんだが、実家に置いて飛び出したんだ」


 カウンターに酒を乗せる。


「今月、親父……が死んじまって、実家に戻ったら『娘』がいて、妹と弟にぶん殴られた。嫁は……今は高齢者施設にお袋預けて、娘育てながら必死に働いてたらしい……半年前倒れて……過労だって言われたそうだ。妹たちが嫁に『離婚』をして幸せになってくれと何度か言ったらしい。だが『夫が戻ってきた時に……何をしているんだと言われては困りますから』と……」

「お酒を引き受けますよ」

「……どーすればいいのか、解んねぇ」


 渡されたおしぼりで顔を覆い、呟く。


「……『娘』ってのも……それにずっとほったらかしてた嫁が……まだ実家にいたなんて……」

「いてくれた……でしょう?」


 優しく告げると、そっとグラスを差し出す。


「はい、どうぞ」

「ん? 何だよ……」


 熱燗かと思うと、甘い香りがする。


「『オレンジ・サキニー』です。日本酒の温かいカクテルですよ。どうぞ」

「……俺は、そんな甘ったるいものは……」

「オレンジと言うよりも、橘のカクテルはないので……貴方が持ってきてくれた日本酒で作ってみました」

「橘?」


 一口口にした高坂に、


「橘はミカンの原種といってもいい果物で、古事記等では垂仁天皇すいにんてんのう田道間守たぢまもりに命じて探させた不老不死の果実だそうです。同じく、中国の秦の始皇帝が徐福に探させたのも同じです。常葉樹で、花言葉は『永遠』です」

「『永遠』……」

「それにいつも、毎年貴方が持ってきてくれるこのお酒は……故郷の地域の古い酒屋さんのお酒ですよね。知っていますか? 『古今和歌集』夏、詠み人知らずの『五月さつき待つ花橘はなたちばなをかげば昔の人の袖の香ぞする』……懐旧の情、昔の恋人への心情だそうです」


今回は自分の分を用意していたマスターは、こんっと長年の友人のグラスに合わせる。


「……家族の元に……戻ってあげて下さい。さようならは言いません。私たちの友情は『永遠』であり、いつの日か……また……」

「……ありがとう……マスター」

「……あ、来年から、向こうから贈って下さいね? 待ってますね」


 ウインクをするマスターに、にじむ涙をぬぐいながら、


「……娘の名前……『花橘』って書いて『はなな』って言うんだよ……マスターに教えて貰って、ようやく意味が解った……情けねぇ……」

「『花橘』さんですか……高坂さんに似ていないと良いですね」

「うるっせー! 似てねぇよ。それに口も聞いてくれねぇ……」

「花橘さんも、花が咲くと良いですね……」

「嫁にはやらーん!」


マスターはクスクス笑うと、優しく囁く。


「奥さんが元気になって花橘さんが成人したら、このカクテルのレシピを教えますから、3人で飲んで下さいね?」

「……ありがとう……」




 大晦日は、静かにグラスを傾ける友人同士がいたのだった。

オレンジ・サキニー


・日本酒 : オレンジ・ジュース = 1:1(約240mlになるようにするのが良いらしい)

・砂糖 = 1tsp


日本酒とオレンジジュースを温め、お砂糖を小さじ1杯を入れて軽く混ぜる。

温かいお酒です。

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