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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
5/66

『Love is all』

 今日は、マスターは珍しくうんざりしていた。


 クリスマス直前だと言うのに、学生時代の友人が、他の店で飲んで悪酔いのままやって来たのである。

 来てくれるのはうれしいが、くだをまく姿は見られない……。

 共にいるのが息子らしい。

 彼が小さい頃に会っていたが、大きくなると、面影はあっても目を見張るものである。


「だからな……えーと、そうなんだ! 最近は不景気で本当に駄目だ!」

「父さん! だからやめよう、ね? 恥ずかしいから」

「何が恥ずかしい! 私は必死に働いて……働いて、働いてきて……お前に譲ろうと思っていたのに……」

「景気が悪いんだから仕方ないよ」


 隣に座っている青年は苦笑する。


「父さんは、ちゃんと働いてきたんだから……」

「……家族も省みず……お前にも、別れた嫁さんにも……」


 酒の勢いのせいか、泣き出す。


「どうしてなんだ……こんなはずじゃなかったのに……本当は……」

「……温かいおしぼりをどうぞ」

「ありがとうございます。はい、父さん」

「うぅぅ……」


 鼻はかまないが、涙をぬぐう父の肩を撫でながら、息子は流れている音楽を聴き呟く。


「徳永英明さんの『Love is all』ですね。たしか湾岸戦争の頃に……」

「そうですね。確か雄洋たけひろさんでしたか? お父さんには肩掛けを用意いたしますから、こちらをどうぞ……」


 二人の様子を静かに見守りつつ、何かを作っていたマスターはグラスを差し出す。


「これは……」

「『クリス』と言うカクテルです」

「『刀剣クリス(Kris)』……ですか?」

「『クリスマス(Christmas)』『サンタクロース(Santa Claus)』の『クリス』ですよ。ブランデーベースのカクテルで、シェイカーは使わないものです」

「ワシが飲む……」


 手を伸ばす友人に、


雄堯たけあきは、これにしろ」


と、柚子茶を渡す。


「いただきます」

「どうぞ」


 ようやく大人しくなった父親の横で、カクテルを手にして、


「大きいですね、グラス……」

「トニックウォーターで割っているので、ですが自信作ですよ」


ゆっくりと飲み干した雄洋は、目を丸くする。


「……美味しいです! 私は日本酒とか、焼酎の緑茶割りとか烏龍茶割り……だったので」

「あぁ、焼酎割りも一工夫加えると美味しくはなるのですが、甘いものは?」

「好きです」

「じゃぁ、炭酸ジュース割りなどは? 焼酎にも味の好みは分かれますので」

「そうなんですか……」


 少し嬉しそうな顔をする。


「お酒は飲みすぎるとダメですが、ここでは楽しんで飲んで戴けたらと思います」


 柚子茶と飲みすぎのせいだろうか、寝入ってしまった父親の背中を撫でながら、雄洋は呟く。


「父の背中は……本当に大きかったです……強くて働き者で、自慢の父でした……」

「……」


 グラスを拭きながら、青年の声に聞き入る。


「やっぱり景気が悪くなって……人件費を削減しようと、母も僕も必死で……でも、母は疲れてしまって……妹の家に……。妹の家にも小さい甥に姪もいるのに……実家には帰れないし……戻ってくれと言うのですが……父も母も意地を張って……。離婚届は出してないんです」

「……雄洋さんは……大変ですね」

「……慣れてますから」


 苦笑とも、諦めともつかぬ微妙な表情で目を伏せた。


「戦いで残るのは荒れ果てた大地に濁った水、埃っぽい空気……がれきを取り除き、一からよりマイナスからです。父は……心配してくれる母や妹がいるのに……もっと……自分を責めないで欲しいです」

「……次は、少し、楽しめるカクテルをお出ししますね。ゆっくりされてください」

「ありがとうございます……」


 音楽を聴きながら、氷のカラカラという音が優しく響いたのだった。

クリスは『サンタ・クロース』のことであり、『刀剣クリス』などのことではない。

ちなみにイエス・キリストを英語読みはジーザス・クライスト。

クリストファーやクリスクリスティンといった名前はイエス・キリストやクリスマス、サンタクロースから来ているとされる。


用量


ブランデー = 45ml

ドライ・ベルモット = 10ml

アマレット = 10ml

レモン・ジュース = 5ml(?)←1tspではなくmlということで、量は変更可能らしい。ジュースよりも、レモンを絞った方が美味しい。

シュガー・シロップ = 1tsp

トニック・ウォーター = 適量


Krisクリス……クリスは、インドネシアやマレーシア、ブルネイ、タイ南部、フィリピン南部の、独特の非対称の短剣。英語では『Kris』ないし『Keris』と表記される。武器であり霊的なものでもあると言われ、幸運もしくは悪運を持つ存在と言われている。

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