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『a little waltz』

 マスターの店は常連が来ることが多いが、少しずつ入れ替わり、新しく常連になる人もいる。

 去年から、時折顔を見せる祐実ゆみもその1人である。


 前に来た時には、


「出張が多くて、困るのよ」


と笑っていたのだが、今日は表情が暗く、その代わりに華やかなピンクのスーツを着ていた。


 今日はDREAMS COME TRUEのバラードアルバムをかけていた。

 DREAMS COME TRUEは、現在押しも押されぬ歌手だが、声だけでなく歌詞も素敵なのだとはるかは告げる。


「いらっしゃいませ」

「お久しぶりです。祐実さん。来て頂いて嬉しいです」

「マスターだけよ、そう言ってくれるのは」


 珍しくサングラスをかけ現れた彼女が持っていたのは、結婚式の引き出物の大きな袋。

 最近は好きなものが選べるようギフト冊子なども多いのだが、祐実の持っているものは、陶器や食器などらしい。

 重そうなはずである。


「こちらに置かれて下さい」

「あぁ、良いの。もう帰りに捨てようと思っているの」

「えっ……」

「あ、それよりも、マスターにいつもお世話になっていたから、差し上げるわ」


 作り笑顔で祐実は紙袋を差し出す。


「あ、はい、ありがとうございます」


 紙袋を受け取ると、祐実は手を振った。


「あぁ、重かった。お返しなんて商品券でいいのにね。それとか食べ物。何で陶器にグラスなのかしら、割れたら終わりなのに」


 席につきながらぼやく。


「ワインもありますね……うちでは取り扱っていないものですが」

「そりゃ、持って来たのは安物でしょ?それにラベルを貼り変えてるのよ」


 確認すると、ワインの名前ではなく、新郎新婦の写真と名前の入ったラベルとなっている。


「あぁ、重かった。それに笑顔でって言うのが、一番面倒だったわ。何で呼ぶのかしらね。優越感に浸りたいから?一応は同じ職場だから全員呼ぶとか言っておきながら、私たちのテーブル冷めてたわぁ……」


 苦笑する。


「会社の同僚の方の結婚式だったのですか?」

「そうよ。と言うか、私はもう辞めてるけど」

「そうだったのですか。最近お会いできなかったので……」

「仕方ないわ。カナダに行ってるから」

「カナダですか。祐実さんにぴったりですね」


 マスターはそっと告げる。

 すると、肘をカウンターについた祐実の笑顔が崩れる。


「違うわ。本当は、今日の主役の片方と行くはずだったのよ。今日の新郎、元私の彼氏だったから」

「……そうでしたか……」

「結婚も大体決まっていて、彼がカナダに転勤になると聞いていたから、前もって準備にと自分も転属願いを出したの。私はついて行くだけのつもりだった。でも、私が転属願いを出したから……彼は転勤が取り消しになったって……言い出したの。私はそんなつもりはなかった。それに、会社の方もそう言う風には言ってなかった。でも、彼は自分の出世を奪ったって怒鳴られて、殴られ蹴られて……最後には私の親友と結婚しちゃったわ」


 泣き笑う。


「でもね?笑っちゃうのは、二人共私と別れる前から付き合ってて、今日の式で子供ができましたですって……元の彼女の私を招待したりしたのは、見せつける為だったのね。でも、私の顔を見て真っ青になってたけど」

「真っ青……?」

「えぇ」


 華やかなスーツに不似合いの大きなサングラスをかけていると思っていたが、それを外すと、整っていた祐実の顔に……幾つもの手術の跡が残っていた。


「それは……」

「片方の目がほぼ失明。もう片方は何とか見える。お腹も殴られたから子宮も取り出したわ。卵巣は助かったけれど……子供も無理ね……あぁ、ごめんなさい。酷いものを見せてしまって……」

「酷いのは相手です。訴えるとかしないのですか?」

「……私が嫌なの。心が残っていそうで……嫌なのよ」


 頰に涙が伝う。


「一応、この顔を式場で見せたわ。サングラスを外せって取られたのよ、新郎に。嫌だったのに、出席しろって新婦の早希さきの家族に言われていたし……早希の両親は、早希の旦那が私の元カレだって知らないから。両親は反対したわ。早希のこと……その夫であるかけるのこと、許してないから。顔を見られるなんて……屈辱だし、辛かった……」

「祐実さん……」

「でも、思ってたよりも、二人を見るのは辛くなかったわ。それよりも、自分自身よね……」

「警察と弁護士を紹介します。訴えた方がいいと思います。貴方の人生を滅茶苦茶にしたんですから……」


と、扉が開き現れたのは、白いタキシードの男とウェディングドレスの女。


「何で来たんだ!」


 怒鳴りつける男に、祐実はサングラスでチラッと見ると、


「マスター。お願い。私にお酒を下さいな」

「体には触りませんか?」

「だって、マスターのお酒を久しぶりに飲みたいんですもの」

「少々お待ち下さいね?」


奥に消えるマスターを見計らい、近づき、肩を掴む。


「おい!何で来た!」

「痛い!やめてよ!こっちはもう、三回も手術しているのよ!」

「うるさい!俺は呼んでない!早希もだ!」

「早希の両親に、娘の門出には是非祐実ちゃんも祝ってくれって言われたのよ?私は断ったわよ?でも、一緒に賛成したのは早希でしょ?どうせ昔のように、私のものを取り上げたりするのが嬉しいんですものね」

「俺の妻に何てことを言うんだ!」


 拳を振り上げる男に、奥から現れたマスターはカウンターを周り、翔の腕を捻りあげる。


「いい加減にしろ!人に暴力を……特に、怪我人に暴力を振るって楽しいか!」

「痛い!」

「何が痛い!ここは私の店!この店を訪れるのは私のお客様であり友人。その友人に手を出すようなら、それ相応の覚悟を持って来なさい!」

「うるっさい!このジジイ!」

「誰がジジイだ!マスターに!」


 扉が開き現れたのは、親友コンビの谷本と森田である。

 森田はお盆の為、帰省したらしい。

 海外赴任中交通事故に遭い、大怪我をしたが何とか回復したようである。


「どうしたんですか?」


 谷本はマスターの手から翔を掴み、柔道の投げ技と絞め技をかけ抑え込む。

 その横から森田は、引きずる足で祐実に近づく。


「大丈夫ですか?」

「……あ、森田さんですか?前に仕事でお会いした……それに、谷本さんですよね?」

「えっ……もしかして、光宗みつむねさんですか?あの、私たちの会社と行き来のある……」

「はい、お久しぶりです」

「それよりも大丈夫ですか?」


 森田は心配そうに肩を撫でる。


「私は……それよりもマスターは?」

「私は何ともありませんよ。まぁ、谷本くん程ではありませんが、それなりにです」

「マスター素敵。奥様が羨ましい」

「あ、そう言えば、マスター。結婚おめでとう。俺と森田、仕事で出席できなかったから、お祝いと久しぶりに一緒に飲みに行こうって来たのに、これとは思わなかったよ」


 押さえ込む為に背中の上に乗った谷本は、ウェディングドレス姿の早希を見る。


「あんたの旦那?」

「そ、そうよ!」

「ふーん。威張ってもあんたの旦那は、人の店に来て騒いで、暴力を振るうような人間だ。最低だな」


 しばらくして、パトカーのサイレンが響く。


「なっ!何で!」

「私の店の中で、私のお客様に暴力を振るおうとしたからです。店主として、大事なお客様に怪我があっては困りますので」


 冷たく言い放つ。


「訴えますのでご安心下さい」

「折角の結婚式に暴力沙汰か……きっと、一生心に残る出来事だろうな」


 谷本はニヤッと笑う。




 到着した警察官に事情を説明し、二人を追い出す。

 被害者である祐実は体調が優れないからと、明日被害届を出すことに決めた。

 長期休暇を取っていた谷本が、付き添うと言う。


「光宗さん一人だと、不安だと思うので」

「私は大丈夫……」

「これ位させて下さい。前に僕はもう少しで会社にも、光宗さんの会社にも損害を与える所だったのを、助けてくれたんですから」

「あれは、気がついたからで……」

「でも、あそこまで丁寧に見ているなんてすごいです。それに、僕はカナダに転勤になったので……お会いできるなんて思いませんでした」


 3人で並ぶのを、カウンターの向こうからマスターは穏やかに微笑む。


「カナダですか?私もカナダにいたんです。今、一時帰国してます」

「転勤ですか?一緒ですね!」

「いえ……」


 躊躇いがちにサングラスを外し、俯いて、


「手術です。あの男に殴られて、蹴られて……三度手術しました」

「……っ!」

「あいっつ!女の子になんて事を!殴っとくんだった!」


森田が怒り狂う。


「……杖とかは……?」

「明日にでも診断書を提出しようと思って……それから……」

「警察に相談しようね。それに、絶対に訴えた方がいい。君の将来の為にも。僕もそうだから」

「えっ?」

「僕は、歩道を歩いていたら突き飛ばされて、足が良くないんだ。杖をつくとかはないけど、長い間冷房とか寒い時期とかは痛むんだ。相手には裁判を起こしたんだ」

「そうだったんですか……」


 祐実は黙り込む。

 そして、


「わ、私も、裁判を起こします。片目は失明、もう片方も視力が落ちました。お腹を何度も蹴られて、子宮も……それなのに、結婚式に呼ばれたんです」

「……!」


二人は顔を見合わせる。


「絶対に訴えた方がいい。絶対に」

「俺たちも証人になるから」

「あ、ありがとうございます。ほとんどお会いしなかったのに……」

「では、祐実さん。程々に飲まれますか?谷本くんも森田くんもどうぞ」


 マスターは差し出す。


「これは……?」

「メリー・ウィドウと言います。あぁ、曲が変わりましたね」


 軽やかなワルツの曲が流れる中、3人はグラスを傾けたのだった。

メリー・ウィドウ (Merry Widow) は、ジンベースとリキュールベースの二種類あるカクテル。

名前はオペレッタ「メリー・ウィドウ」による。


標準的なレシピ


・ジンベースのレシピ


ドライ・ジン - 35 ml

デュポネ - 25 ml

オレンジ・ビターズ - 1ダッシュ

- デュポネはキナ樹皮を使ったフランス産のアペリティフ・ワイン。



・リキュールベースのレシピ


チェリー・ブランデー - 1/2

マラスキーノ - 1/2



作り方


ステアする。

カクテルグラスに注ぐ。


ジンベースのレシピでは...レモン・ピールを絞りかける。


リキュールベースのレシピでは...マラスキーノ・チェリーにカクテルピンを刺して飾る。


カクテル言葉は『もう1度素敵な恋を』


『a little waltz』は好きな曲ですが、話が暗かったです……。

曲を変えようかな……。

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