『時の流れに身をまかせ』
宣子が買ってきた焼きそばを、自分たちの分は後でとマスターは遠慮しようとしたものの、
「マスター。食べないと油回っちゃうわよ。ギトギトで美味しくなくなるわ」
と宣子に指摘され、滅多にしないのだがお客とともに食事をとることにする。
カウンターで立っていては遼が座れないだろうとカウンターを出て、テーブルに向かい合って座ることにした。
水は一応二人にも、自分たちにも並べているので大丈夫だろうと食べ始める。
「あれ?普通の焼きそばと違う……?」
口にした遼は首をかしげる。
「ご当地焼きそばですって。冷えかけてるわね。でも、美味しいからよかったわ」
「へぇ〜本当に不思議」
「よね。あ、そうだわ。マスター。ごめんなさいね。そこのコート掛けに金魚をかけてるのよ。二人で取ったのよ。でも雄洋さんに負けちゃったのが悔しいわ」
「ちょっと待って下さい」
マスターは奥に行き、シンプルなガラスの大きなボウルを持ってくる。
「狭い袋から帰るまで出してあげましょう。もう一ついりますか?」
「いいえ、私の家には金魚を入れる水槽や金魚鉢がないのよ。雄洋さんの家にあるからって」
「じゃぁ、こちらに入れておきましょうか。カルキ抜きもありますし」
「準備がいいのね。飼っていたの?」
「いえ、カルキ抜きは遼が。色々買ってくるんですよ。子供が生まれたら手が回らないからというのですがね。まぁ、私も遼も、いつかは犬を飼いたいとは思っているんですけど」
マスターはボウルに水を足しカルキ抜きを適量たらし、しばらく置くと金魚をそっとボウルに移していく。
「わぁ……出目金ちゃんですね」
「そうなのよ。私が必死に取ったのに、雄洋さんはこんな器に金魚だらけにしてたわ。その中にしれっと入れてるの」
「運が良かったんだよ」
頬を膨らませる宣子に雄洋は、苦笑する。
「本当、本当。私も父に教えて貰ったんだよ。コツとか」
「あぁ、だから、女の子に教えてあげたのね。破れる寸前のポイで、その子3匹すくったのよ。本当に嬉しそうに『お兄ちゃんありがとう』って言われたのよね?雄洋さん」
「すくえなくても3匹貰えるって言っても、本人は残念だと思って。でも、飲み込み早い子だったからだと思うよ。一匹がギリギリかなって思ってたから」
4人が覗き込むボウルには、10匹の金魚が泳ぐ。
シンプルな赤い金魚と黒い出目金はそれぞれ、人間の目を楽しませる。
横から見るのも楽しいが、上から見ると泳ぎ方やヒレの動きが違い、それもまた愛らしい。
「わぁ……素敵です。見ているだけで涼しいですね。でも、エサがないです」
「少しなら大丈夫だと思うよ。焼きそばを食べよう」
残りの焼きそばを食べた後で、片付けながら微笑む。
「今日は遼が曲を選んだんですよ」
「だと思ったわ。好きよね〜」
「実は、題名と同じカクテル言葉のお酒があるので、焼きそばのお礼に作りますね?」
テレサ・テン……中国圏では鄧麗君の名で活躍していたアジアの歌姫。
台湾出身で、日本にも影響を与えた人である。
「と言うか『つぐない』とか『別れの予感』とか歌うけど、どうして昔は泣きそうだったのに、今じゃニコニコ歌うのかしら。まぁ幸せなのよね」
「胎教に悪いかなぁって。私の声は大きいので直接響きそうで、赤ちゃんが出てきた時に『歌とか泣き声うるさい』って言われちゃったらどうしようって思うんですよね……そう言ったら、彰一さんが大笑いしたんですよ。私は心配してたのに……」
「と言うか……赤ん坊は生まれてすぐ喋らないよ?」
「解ってます。でも、絶対、皆、お腹の子は彰一さんに似ると思うから、賢い子だろうって。だから、お腹の中にいた時のこと、いつか話しちゃったらどうしようと思って……」
その言葉に、宣子と雄洋は噴き出した。
「遼ちゃん〜それはいいわぁ……可愛い」
「遼さんと話すと癒されるってこれかぁ……」
「でも、葛葉と遼ちゃんと3人で、雄洋さんも癒し系だって言ってるけどね」
「保名さんじゃないの?」
「……今でこそあれだけど、昔の保名は根性悪かったから。葛葉の前だけよ、あの顔は」
宣子が説明していると、タイミングを計っていたマスターは微笑みながら、出来上がったカクテルを何かを絞り2人に差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう。マスター」
「これは……?」
「アキダクトと言います。水道橋のことなんです」
手にするとふわっと漂うのは……。
「まぁ、マスター。オレンジの皮を絞ったの?」
「えぇ。どうぞこの曲と楽しんで下さいね」
「『時の流れに身をまかせ』……?」
「カクテル言葉なんですよ。耳で、舌で味わって下さいね」
その言葉に、2人は見つめ合いグラスを傾けたのだった。
その後、余り時間をおかず、マスターの元に同級生の雄堯から、
『息子が彼女を連れてきた!会社の先輩だが、お前のお店に連れていってくれたと!ありがとう!』
と嬉々とした電話がかかり、ちょうど、店が終わり眠ろうとしていたマスターは、
「雄洋さんは良いが、お前はうるさい」
と電話を切ったのは、裏話である。
アキダクト(アクダクト)とは、カクテルの1種であり、ショートドリンク(ショートカクテル)に分類される。正式名称は、アキダクト・カクテル(アクダクト・カクテル)だが、通常、アキダクト(アクダクト)と省略するので、本稿では、以降、アキダクトと記述する。なお、アキダクトとは、水道橋のことである。
目次
標準的なレシピ
ウォッカ : オレンジ・キュラソー : アプリコット・ブランデー = 2:1:1
ライム・ジュース = 1tsp
オレンジの果皮 (香り付け用)
作り方編集
ウォッカ、オレンジ・キュラソー、アプリコット・ブランデー、ライムジュースをシェークして、カクテル・グラス(容量75〜90ml程度)に注ぎ、最後に、オレンジの果皮より精油を絞りかければ完成である。なお、ライムジュースは、その場でライムを絞ったものを使用するのがベストであるが、市販のジュースを用いても良い。
カクテル言葉は:時の流れに身をまかせて
テレサ・テン(鄧麗君)
(英語: Teresa Teng, 1953年1月29日 - 1995年5月8日、中華圏で使用された名前は鄧麗君〈普通話: デン・リーチュン、台湾語: テン・ルクン〉)は、中華民国(台湾)雲林県出身の歌手。台湾のみならず日本、中国大陸、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、北朝鮮等で人気を誇り、「アジアの歌姫」と呼ばれた。




