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閑話休題:花火大会にて

 夏祭り、盆踊りの間にあるのは花火大会である。


 雄洋たけひろ宣子のりこは会社関係の集まりで花火大会の席で、花火を眺めながらお酒を飲んでいた。

 一応、上司がタクシーチケットを手配してくれたので飲み放題、食べ放題で花火が見られるとあって期待したが、食事も料理というよりも冷たくなったおつまみ系のみ、お酒もビールや日本酒、チューハイ位で、マスターの店で舌が肥えた二人……特に宣子は飽きてしまった。

 折角浴衣を着て来たが、同期はほとんど結婚しこのような場所にはいないし、いるのは未婚の雄洋と後輩、そして上司たち位である。

 しかも、男女の後輩たちがいるが、男たちは後輩の女の子たちの珍しい浴衣姿に色めきだち、一方の女の子たちは、雄洋に色目を使っている。

 雄洋は穏やかな青年だが、入社して一年にも満たないのに優秀な成績を残し、上司たちからも信頼が厚く、先に入っている宣子にとって後輩にもなる者たちにも好かれていた。


「宣子先輩……」

「なぁに?」


 後輩の一人に声をかけられる。

 ワイワイと騒ぎガブガブとお酒を飲んでいた、まだ若い子達である。


「先輩〜。皆が、俺をガキ扱いするんですよ〜」

「あら、いいじゃない。若いのは良いことよ?先輩ぶりたかったら来年までお待ちなさいな。それまでに仕事を覚えなさいね」


 素っ気なく切り返す。

 お酒を飲まない時の彼は、仕事を全く覚えず失敗ばかりで、フォローする立場の宣子や雄洋が仕事を止めて彼を手伝う。


「えぇ〜?先輩もですか。俺だって頑張ってるのに……酷いですよ。俺泣きます」


 鬱陶しいとは思ったが答える。


「ほら、見なさい。花火を。折角の席なんだから楽しまないとね」

「えぇ〜?先輩と喋りたいです〜良いでしょう?ね?」


 絡んでくるあたり、この程度で酔っているらしい。


「私は花火が見たいのよ。騒ぐならあっち行きなさい」

「じゃぁ、喋りながら一緒に見ましょうよ〜?ね?」


 おねだりポーズも20代の酔っ払いでは、可愛くも何ともない。

 逆にねっとりと絡みつく手に、軽くポンっと叩き、


「はーい、邪魔邪魔!向こうの誰かと、賭けてるんでしょ。御局様に何をさせるの?あっち行きなさい。私は花火を見に来たのよ」


と普段通り職場での喋り方で突っ返すと、怒り出す。


「何だよ!俺が言ってやってるのに!このババア!」

「私はババアじゃないし、今日は花火大会よ。皆の迷惑になるわ。やめなさい」

「お、俺は間違ってない!」

「お酒の勢いで虚勢を張っても、お酒が覚めれば後悔するだけよ。大人しく向こうの席に戻りなさい。皆が見てるわよ」


 穏やかに正論を述べるものの、男は逆上する。


「何だよ!可愛げがねぇババア!」

「先から聞いてて不快なんだけどな?」


 宣子に食ってかかろうとする男を後ろから捕まえる。


「宣子さんに何を言っているのかな?それにお酒に飲まれているのが解らないのかな?」

「なっ!」

「いい加減に酔いを冷ませ!これ以上暴言を吐くなら、会社にいられなくなるよ」


 雄洋は細身だが、元の仕事は工場の経理と現場も担当していた。

 それに元々、趣味がボルダリングやサイクリングで、それなりに引き締まった体をしている。


「君がしていることはセクハラだよ。それに女性に対して失礼だし、職場では与えられた仕事をきちんと終わらせることができない。先輩である宣子さんに泣きついてはサポートして貰って、感謝するなら兎も角、失礼じゃないかい?」

「酒の席じゃ無礼講だろ!」

「無礼講の元々の意味は、違う。ある程度節度は守るべきだよ。勉強してくるんだね」

「おい、橋本!」


 離れて見守っていた上司が、騒ぐ男の名前を呼んだ。


「何をやっている!折角の花火大会で騒ぐな!それに、いつもお前の失敗のフォローをする大野に何を言ってるんだ!バカモンが!」

「はっ!はい!」


 離れていく青年に、ため息をつく。


「大野、古西。本当に済まなかった。このままいてもつまらないだろう。先に帰っていいぞ。ここの支払いは橋本にさせておく」

「解りました、課長。じゃぁ、宣子さん。帰ろうか」

「失礼します。課長、ありがとうございます」


 宣子は雄洋に手を取られ、離れていく。

 行きの時に渡されていた地図を確認し、タクシー乗り場まで歩いていくことにする。


「全く、何が無礼講だよ。常識がない」


 ブツブツ漏らす恋人に、クスクス笑う。


「そんなに腹を立てなくても。昔から言われていたし、気にしないわ」

「私が気になるんだよ。宣子さんに何てことを」

「ねぇ、ちょっと二人で食べちゃわない?焼きそばがいい?ほら、B級グルメの屋台があるわよ。冷たいおつまみは飽きちゃった。買って行きましょうよ」

「うーん、そうだねぇ。いつもなら食べないけど、何か焼きそば食べたくなるね」

「でしょう?あっ!金魚すくい!やりたいけど、うちには金魚を入れておく水槽がないわ」


 うむむ……


悩む宣子の横から、


「すみません。ポイを二つ下さい」

「えっ?やるの?」

「うちに空いてる水槽があるから。それに、勝負しようか?どっちが多くすくえるか」

「よーし、勝っちゃうから。それに黒出目金をすくうわよ〜!」

「難易度が高くない?ポイの紙が破けると思うよ?」


 雄洋は忠告するものの、宣子はやる気に満ち満ちており、


「じゃぁ勝負!」

「はいはい。頑張ってね」


と、返事した雄洋は適当な金魚を狙うことにする。

 しばらくして、


「やったぁ!黒ちゃんゲット!」

「えぇぇ!そんなに簡単にすくえないと思うんだけどね」

「ふふふっ、コツがあるのよ」


とガッツポーズをするが、ポイには大きく穴が空いている。


「もうそれじゃ無理でしょ?」

「何言ってるのよ。これからが楽しみなんじゃない」

「勝負師だね」

「負けず嫌いなのよ……って、雄洋さん、あの間に幾つすくったのよ!」


 器に際限なくぎっしりの金魚のその数にギョッとする。


「ん?持って帰れるのは5匹だから、どれだけすくえるかと思って。結構すくえるよね」

「私より勝負師じゃない。負けないわよ」


と二人がすくい上げる様子に周囲が集まってくる。


「すげぇ!」

「あれだけ、よくすくうな〜」

「それに、あの姉ちゃん黒出目金すくって穴空いてるのにぽいぽいすくってるし」

「兄ちゃんすごいなぁ……」

「あぁぁ……もうだめだわ」


 完全に空いたポイを目に当てて虫眼鏡のようにして雄洋を見る。


「負けちゃったわ〜。でも、結構すくえたわよね」

「こっちはまだうっすらとしか破れてないけど、これ以上すると金魚が可哀想だから……それに」


 二人の横で必死にすくっていて、一匹も成果がなく落ち込んでいた少女に、


「ねぇ、君。お兄ちゃんがすくい方教えてあげようか。このポイで。おじさんいいですか?」

「あぁ、構わないさ」

「じゃぁ……」


と、手渡し教えると、少女はゆっくりと背を向けている金魚をそっとすくい上げ、水の入った器に入れた。


「は、入った!すくえた!ありがとう、お兄ちゃん!」

「どういたしまして。もう一匹すくってみる?」

「うん!」


 その後2匹すくった少女は、それを袋に移して貰い家族に見せると、


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!バイバイ!」


と二人に手を振った。


「バイバイ!」


 振り返した二人はそれぞれ5匹ずつ、しかもあぁいいながらちゃっかり雄洋も黒出目金をすくっており、それの入った袋を二人で下げて歩き出した。

 もう一度焼きそばの屋台に戻ると、宣子は声をかける。


「焼きそば四つ〜お願いね」

「よっしゃ。姉ちゃん。ちょっと待ってな」


 コソコソと恋人に問いかける。


「そんなに食べるの?」

「マスターの店で飲み直すの。確か、マスターたちは遼ちゃんと一緒だし。りんご飴とかでもいいけど、あったかいのが食べたいのよね〜」

「そうなの。あぁ、良かった。一人で全部食べるのかと思ったよ」

「そんな訳ないでしょ。まぁ、私は大食いだけど」


 受け取った袋を金魚とは別の手で持ち、そのまま二人でタクシーに乗り、マスターの店に到着した。


「いらっしゃいませ」


 扉を開けて聞こえるのはマスターの優しい声と、優しいメロディ。


「花火大会に行かれてたのですか?」

「えぇ。マスター。遼ちゃんいる?」

「はい。奥で編み物をしています」

「あ、いらっしゃいませ。宣子ちゃん、雄洋さん」


 奥から出てきた遼が微笑んだ。


「花火会場で席を取って飲み放題だったんだけど、ダメね。魅力がないわ。マスターに美味しいお酒をお願いしたくて。あ、お土産よ。まだ暖かいと思うから食べましょうよ」


 宣子は焼きそばの袋を見せたのだった。

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