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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
29/66

閑話『ハジメテノオト』

 《後日譚》


 元酒屋の店主、高坂政義こうさかまさよしは、田舎に帰ってすぐ近くの町で酒屋を始めた。

 自宅には大分良くなった妻の彩和さわが花を育てたり、家庭菜園を楽しむようになり、そして娘の花橘はななは、高坂の車で毎日高校に通学していた。

 部活に入っている花橘の帰宅時間には店を閉めて迎えに行き、一緒に帰る、それが少しずつ親子の距離が縮まっていった。


 最初は何を言えばいいのか困っていた高坂に、そっけないものの、


「父さんは、何してたの?」


花橘は問いかけ、高坂はたどたどしく、


「オープンした店より大きいのをな。何人か若いのバイトとか、それに、店を譲った美鶴みつるも……」

「女性?」

「違う。男だ。高校時代からバイトしてたんだが、体はでかいが気が弱い。でも、ばあちゃんに育てられた、今時のバイトにはいない素直で真面目な奴でな。大学も店にバイトに来てた」

「そのまま?」

「いや、就職先がブラックで、あいつには無理だった。泣きながら相談に来たあいつを、じゃぁ、給料っていても大卒の平均給与は払えないが、辛いなら辞めてうちに戻ってこいって。美鶴の親は家のことにと怒ったが、ばあちゃんが一喝してな?」


思いだし笑う。


「うちが育てた美鶴の道に、口を挟むんやないわ‼育ててからいえ‼それに、高坂さんが心配する程、美鶴は昔の美鶴じゃない‼昔の美鶴に会いたい‼言うて、泣いてくれてな……。で、副店長として他のバイトとあれこれ調整してくれてた」

「……帰って良かったの?」

「店は美鶴に預けた。あいつは自信がないだけで、本当の力はこんなものじゃないと思ってな。時々美鶴から届くだろう」

「絵はがきね。綺麗よね」

「ばあちゃんの趣味らしい」


 この会話から、少しずつ会話が弾み、


「そういえば、この間お母さんと飲んでたお酒は?」

「ん?オレンジサキニーっていって、父さんの友人の、バーのオーナーがレシピを教えてくれたんだ。お前が20になったら三人で飲んでくれってな。お前の名前の花橘の橘は、柑橘だろう?オレンジと日本酒を使っているんだ……」

「すごいなぁ。父さんのお友だちのオーナー、素敵だね」

「お前の名前を素敵だと言っていた。お前は、父さんや母さんの絆であり、大切な存在ですよ。帰ってあげて下さい。そして、遊びに来て下さいとな……父さんよりも年上で、でも、物静かで聞き上手。はぁ、父さんはお前に何を言えばいいのか、マスターに習っておけば良かったなぁ……」


花橘は父を見て、


「母さんが言ってた通りだし……父さんは父さんで良いよ。母さん嬉しそうだもん」

「えっ?」

「それに、20歳になったら、一緒に飲んでくれるでしょ?オレンジサキニー」


高坂は助手席の娘に手を伸ばし、頭を撫でる。


「わぁぁ、父さん。酷いじゃない‼髪がグシャグシャになっちゃったじゃないの‼」

「アハハ、悪かった悪かった。本当にお前は……お前と彩和さわは父さんの宝だ」




 車から降りると、


「お帰りなさい。貴方、花橘」

「ただいま」

「母さん、ただいま‼」


と近づいていく。


「貴方?貴方と私と花橘宛に手紙が届いたんです。でも、知らない方なので、貴方に聞いてからと思ったのですわ」


 差し出された封筒の送り主は、


「あぁ、マスターだな。ん?りょう?」


家族で家に入り、封筒を開けると、


「はぁ‼マスター、結婚するのか?『つきましては、友人である皆様と共に一時を過ごしたいと思います。もしお時間がありましたら、よろしくお願い致します』だそうだ。で、奥さんが遼と書いて『はるか』さんというらしい。この日は……確か花橘は学校は休みだな」

「母さん。行ってみたい‼父さんのお友達でしょ?お祝いしてあげようよ、ね?」

「良いかしら、初めてお会いするのに……」

「良いさ。マスターが来てくれって言うんだから。それにしても、マスターの苗字は知ってたが、名前が彰一しょういちとは思わなかったな~」

「知らなかったんですか?」

「ん?聞き上手だが自分のことは話さない人だから、あえて聞かなかった。それに、悪い人じゃないってのは解ってたし」


読みながら高坂は微笑む。


「会いに行きたいと思ってたんだ。3人で行こう」

「やったぁ‼」

「何か出会いは、奥さんがテディベアを趣味で作っていて、あぁ、マスターの店に立ち寄った奥さんがマスターの店のテディベアを修理したのがきっかけらしい。自分達の写真は恥ずかしいから、ウェディングベアの写真だそうだ」


 中に入っていた写真を花橘に見せると、


「あっ!新郎ベアは知らないけど、新婦さんのこの子知ってる‼限定ベアよ?ほら、足の裏に刺繍があるし……わぁ」

「限定ベア?」

「うん。何年か前にテディベアメーカーで日本限定1500体のベアで、この青緑色はあるキャラの髪の色で、欲しいって思ったもの。ほら、前にネットで見たから撮っておいたの……」


新品のスマホを操作して、写真を見せる。


「はぁぁ‼たかがぬいぐるみにその値段か?」

「たかがじゃなくて、限定なの。父さん、夢がないんだから……欲しかったんだ」

「……ちょっと待て」


 高坂は自分の携帯をだし、躊躇ったもののマスターの私用の電話にかける。

 すると2コールで出る。


「もしもし」


 コロコロとした女性の声に驚くものの、


「あ、申し訳ない。私は高坂と言いますが、マスター……粟飯原あいばらさんは……」

「あ、すみません。高坂様ですね。私は遼と申します。マスターに変わりますね」


しばらく電話の向こうでやり取りがあり、マスターの声が響く。


「もしもし?高坂さんですか?お久しぶりです」

「久しぶり、元気だったか?それと結婚おめでとう」

「ありがとうございます。この年でとも思うのですが……」

「奥さんも優しそうな人みたいだな」

「危なっかしい人ですよ。目を離すと危険に飛び込んでいきそうで……」


 苦笑する声に、高坂は、


「招待ありがとう。3人で出席する。葉書も送り返すんだが、あのな……良く解らないんだが、写真のテディベアを見て花橘が花嫁ベアを昔探していたって……今まで何もしてやれなかったから、でも、何か限定とかでないんだよな?どこかで売ってたりするのか教えてくれないかと思って」

「あぁ、ちょっと待って下さい」


電話の向こうで話し声がする。

 そして再び、


「あ、今、遼さん……遼に聞いたら、偶然縁があって二体持っていて、未開封の方があるそうです。全く開けていないそうで」

「未開封?」

「いえ、遼は宝物をし舞い込む癖があって……今、引っ越しの真っ最中なんですが、クローゼットの中には箱がぎっしりで……誰かに譲らないかと話していたんですよ。良ければお譲りしますよ。遼も喜んでます。今度お渡しします」

「えっ?良いのか?高いだろ?幾ら位するんだ?ネットでは……」


高坂は問い返す。


「いえ、お金はいいそうですよ。それに、遼のテディベアは限度が越えてて……えぇ。差し上げますだそうです」

「……おい、花橘。遼さんが、そのテディベア、お前に贈ってくれるだと」

「えっ?本当に?だ、だ、だって、もう発売終了……」

「偶然二体持っていて、未開封一式揃ってるらしい。今度会う時に渡すからって」


 花橘は目を輝かせる。


「わぁぁ‼う、嬉しい‼おじさまと遼さんにありがとうって……。あ、父さん。遼さんなら知っていると思うから、今度お会いしたら『ハジメテノオト』って言う曲を贈りますって伝えて?」

「『ハジメテノオト』?……あ、マスターと言うか、彰一でいいか。何か娘が『ハジメテノオト』って言う曲を贈りたいって言ってるんだが、俺は歌とか良く解らないから、伝えてくれるか?」

「『ハジメテノオト』ですか?あ、目の前で喜んでますよ。好きな歌だそうです。ありがとうと花橘さんに伝えて下さい。奥さんの彩和さんにも、気軽にとお伝え下さい」

「あぁ。伝わったようで良かった。じゃぁ、当日に会おう」

「えぇ。お待ちしています」




 電話口で友人が楽しく言葉を交わしたのだった。

はい。今回は、お酒は出てきません。


で、曲はご存じの方も多いと思われますがテディベアも発売された初音ミクちゃんの曲の『ハジメテノオト』です。


私の好きな曲だったりします。

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