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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
26/66

『元気を出して』

 バレンタインデーも落ち着き、ミモザも時期が過ぎ、梅ももう散っている。

 今年は寒波と共に強風が度々吹き上がり、梅の花びらが舞い上がりヒラヒラと散っていった。

 その梅の枝にいたのは不如帰ほととぎすではなく、メジロ。

 しかし、ムクドリだろうか?

 二回り大きな鳥が集団で追い払う。

 その横には山桜が満開で枝が重みで垂れ下がる程、濃いピンクの花を咲かせている。


 春は近いのだ……いや、確実に近づいている。

 所々、道端につくしが頭を出している。

 成長すると『スギナ』と呼ばれ、雑草となるのだが、つくしはこの時期食べられる野草の一つで、はかまと呼ばれる部分を取り、卵とじにすると美味しいものである。


 まぁ、マスターはそんなに自分の食事に凝ることもないし、ここはペットの散歩コース……微妙である。




 今日は、少し肌寒い……。

 寒波が居座っているのだろうか?


 今日は竹内まりやのアルバムを選んだ。

 曲をかけると暖房を入れ、長い夜を待とうと扉を開けた。

 すると……、


はるかさんじゃないですか……どうしましたか?」


しばらくぶりに会った常連さんは、何故か目の下にくまが出来、髪の毛がバサバサ、表情も暗くどことなく顔色が悪い。

 服装もコートもなく、トレーナーにデニムパンツだけである。


「遼さん。寒いでしょう。どうぞ……」


 店に導き、カウンターの椅子に導くと、


「お茶と昆布茶と梅昆布茶、どれがいいですか?」

「……」


眼差しには、先日のようなキラキラとした輝きはない……そして気がつく。


「遼さん?テディベアはどうしましたか?テディガールや……」

「……」


 黙ったまま首を振る。

 ただ、元々猫背だが、完全に頭を丸めてしまい、テーブルに額を乗せている。


「……梅昆布茶ですよ。どうぞ」


 マスターはお茶を少し離れた所に置くと、恐る恐る顔を上げ、だぁぁっと涙を流し始める。


「い、いなくなっちゃった……いなく……あぁぁ、うわぁぁん‼」


 号泣する遼。


「私は、馬鹿だから……何度も何度も、同じ馬鹿を繰り返して、人を信用して裏切られて……もう信じない……もう絶対に家族にも心を許さないって思っていたのに‼信じてたのに‼宣子のりこさんや雄洋たけひろさんにも忠告されていたのに……忠告聞かずに突っ走っちゃった……うわぁぁん‼」

「……」


 実は、数日前に、宣子から聞いていた。

 遼は優しすぎるから、心配だと……。

 騙されているみたいだと……。


「う、うわぁぁん……もう駄目なんだ。私は馬鹿だから……また騙されて……もう、5度目……」


 マスターは顔をひきつらせる。

 どれだけ騙されているのか……。

 しかも、騙す相手も相手である。


「宣子さんに嫌われる……折角、お友だちになってくれたのに……」

「テディベアがいなくなったんですか?」

「……ふえぇぇぇ……。皆、いない……いる訳ない……私はいらないんだもん。お金や人数要員、仕事を押し付ける存在だもん。だから……もう嫌だぁぁ……恐いし嫌い‼私を嫌いな人、利用して笑ってる奴なんて、いなくなっちゃえばいいんだ‼」


 激しく泣きじゃくる遼は、ポツッと呟いた。


「生まれてくるんじゃなかった……それよりもあの時、飛び降りておけば良かった……」


 しゃくりあげ、それから言葉は意味をなさず泣き叫ぶ遼に、奥から毛布を持ってくると背中を優しく包む。


「遼さん?泣いて良いですよ……沢山泣いて下さい。それに、宣子さんたちは貴方を嫌いになったりはしませんよ。私も貴方の笑顔が大好きですよ。だから、涙が止まったら笑って下さい」

「ふえぇぇぇ……マスターは優しい……から、甘えに来ちゃった……駄目なのに……役立たずなのに……知られたくなかったのに……」

「……何がですか?遼さんは、私の相棒の親友でしょう?」

「マスターは、知ってるでしょう?私は小銭しか出さないこと……」

「お釣りが出来て、両替に行かなくて済みますよ?」


 とんとんと優しく背中を叩き、


「遼さん?ちょっと一杯口にしませんか?お話ししませんか?この曲のように、笑顔の貴方がみたいです」


と告げる。

 遼は渡されたおしぼりで顔をぬぐいながら、


「……竹内まりやさんの『元気を出して』……」


と鼻声で呟く。


 ひっくひっく、としゃくりあげつつ毛布を抱き締める姿に、マスターはゆっくりと準備をする。


「どうぞ。遼さん」


 ロンググラスに氷を入れると、注いで作ったものである。


「こ、これはっ……ひっく……?」

「『グラン・マルニエ・オレンジ』です。他の皆さんに合わせて飲まれますが、本当は甘いお酒が好きですよね?飲みませんか?」

「……うぇぇぇん、マスター、何で知ってるの?」

「前に言ってましたよね?お家では杏露酒シンルーチュや梅酒、山桃酒などをロックで飲んだり、炭酸ジュースで割って飲むのだと」

「うえっ……」


 涙をにじませながら、口にして、


「お、美味しいです……」

「そうですか。じゃぁ、今度、宣子さんたちと来て下さいね?大丈夫ですよ。これを飲んだのですから仲直りできます」


子供のようにうんうんと頷いた遼は、グラスの中身を大切そうに飲んでいったのだった。

・グラン・マルニエ・オレンジ (Grand Marnier Orange)


リキュールベースのロングドリンク(ロングカクテル)。

単にマルニエ・オレンジ (Marnier Orange) とも呼ばれる。


ベースとなるグラン・マルニエはオレンジの果皮から造られるリキュールなので、オレンジ・ジュースとの相性は非常に良い。



《標準的なレシピ》


・グラン・マルニエ - 45ml

・オレンジ・ジュース - 適量



《作り方》


タンブラーに氷を入れてから、 材料を全てタンブラーに注ぎステアする。


《備考》


スクリュー・ドライバーのバリエーションの1つで、ベースのウォッカをグラン・マルニエに替えたものである。

グラン・マルニエ以外のオレンジ・キュラソーもオレンジ・ジュースとの相性は良いが、グラン・マルニエ以外のオレンジ・キュラソーをベースにしたものには特に名前は付いていない。

カット・オレンジ或いはスライス・オレンジを添えても良い。

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