『白雪姫』
今日は風が強く、雪が舞った。
その上、地域によっては風の強さと雨が降らない日が続き、乾燥注意報が報じられ、火事で家が燃えたとニュースで報道していた。
マスターは珍しく家に帰り、掃除をして洗濯物を干し、クリーニングに出すものを纏め、クリーニング店に預けると店に戻ろうと歩き出した。
一人暮らしのワンルームマンションの自分の家とバーとだと、居心地は断然バーの方がいい。
雪が舞う空を見上げて、息を吐いた。
咲き始めの梅の花びらが風と雪に舞いあげられ、踊っている。
「白い肌と赤い頬……黒髪の美しい白雪姫のような妖精がいるのかな……私も、ファンタジーの頭になったか」
苦笑しつつ出勤する。
そして、前に来ていたお客様の一人に、
「自分は要らないし、マスターにあげる」
と渡されたCDの一枚を取り出した。
Flowerのアルバムである。
世代が世代だけに余り解らないが、聞いてみようと思ったのだった。
かけてしばらくして乱暴に扉が開き、一人の女性が、何故か純白のウェディングドレス姿で姿を見せる。
息が荒く、裾は後ろが長い為、たくしあげている。
しかし、肩の大きく開いたドレスはこの時期には寒いだろうと、奥から毛布を持ってくる。
「いらっしゃいませ。失礼します。こちらはクリーニングをしたものです。お使い下さい」
「あ、ありがとうございます……」
「それに、こちらに……暖かいですよ」
カウンターを勧める。
「本当に、すみません……突然……」
「いいえ、今日はお客様が、いらっしゃって下さって嬉しいですよ」
寒いだろうとおしぼりと昆布茶を差し出す。
「ありがとうございます」
おしぼりを顔にあて、
「あっ!化粧が……」
「大丈夫ですよ。ご安心下さい。まずは温まって下さい」
「い、頂きます」
涙をぬぐいながら昆布茶を口にする。
「ふぅ……暖かいです」
「良かったです。今日からさらに冷えると天気予報でありましたので……」
マスターが微笑むと泣き笑う。
「ありがとうございます」
「構いませんよ。逆に、私の普段飲んでいるもので申し訳ありません」
「マスターの私物だったんですか?いいんですか?」
「お茶や梅昆布茶、昆布茶は良く行く茶舗で選ぶんですよ。お茶のカクテルもありますし」
「そうなんですね……」
女性は周囲を見回すと、苦笑する。
「あぁ、貸衣裳さんに怒られてしまうわ。クリーニング代幾らかかるかしら……買い取りとか」
つまんだドレスの裾のレースを見つめ、悲しげに顔を歪める。
「……解っていたけど……もっと前に言って欲しかった……。結婚式の招待状が出来て、ドレス選びの今日に……」
瞳が潤み、一筋涙が頬を伝う。
「どうして……言ってくれなかったの。信じていたのに……途中で何も言わず居なくなって……戻ってきてくれなかった」
顔を覆うとすすり泣く。
「車で何も言わず出ていって……戻って……」
曲が変わる。
『白雪姫』である。
マスターはゆっくりと作り、カクテルグラスを差し出した。
「いかがでしょう?お召し上がり下さい」
「……あぁ‼バッグを持ってくるのを、忘れてしまいました‼お金……」
「構いませんよとお伝えしても気になされるでしょうから……いつでも構いません。今日は雪が綺麗でしたので、雪をイメージしました『ホワイト・レディ』と言います」
「……『ホワイト・レディ』……私も埃と砂だらけですけど、ホワイト・レディですね」
自嘲するように顔を歪め、一口飲むと、
「この歌の『白雪姫』のように、眠っていたいわ……もう、永遠に……」
と、呟いたのだった。
《ホワイト・レディ (White Lady)》
ジンをベースとするショートドリンク(ショートカクテル)。
誕生
このカクテルが、いつどこで誕生したかということには諸説あり、作者はシローズ・クラブ (Ciro's Club) のハリー・マッケンホルン(Harry MacElhone 、1919年、ロンドン)。当初はペパーミント・リキュールをベースとしていた。
しかし、パリのハリーズ・ニューヨーク・バー (Harry's New York Bar) に移りジンベースに変えた。なお、ジンベースに変更されたのは、1925年のこととされる。
また、サボイ・ホテル (Savoy Hotel) にあるアメリカン・バー (the American Bar) によると、ハリー・クラドック (Harry Craddock) が1920年代に作ったとされている。
標準的なレシピ
ドライ・ジン - 2/4
ホワイト・キュラソー - 1/4
レモン・ジュース - 1/4
作り方
ドライ・ジン、ホワイト・キュラソー、レモン・ジュースをシェイクする。
カクテル・グラス(容量75〜90ml程度)に注ぐ。
備考
サイドカーのバリエーションであると考えて、ジン・サイドカーとも呼ばれる。
バリエーション
ジンの代わりにブランデーを使うとサイドカー、ラムを使うとX-Y-Z、ウォッカを使うとバラライカ、ウイスキーを使うとウイスキー・サイドカーになる。




