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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
22/66

『月のしずく』

 今日は、立春を抜け天気が悪い。

 しかし、しばらく雨もなく乾燥気味で、砂ぼこりがたつことも多い。


 マスターは、今日は柴咲コウのアルバムをかけていた。

 女優兼歌手でもあり、映画の中ではRUIと言う役柄で歌っていた。


 カラン……


ゆっくりと扉が開き、現れたのはカップルに見えない二人である。

 何故なら、


「だから、姉ちゃん方向音痴だからやめろって‼」

「そやさかいに……10年ぶりに図書館いこかおもて……」

「今何時だよ?」

「そやねぇ……何時ごろかいなぁ?」


着物姿の女性は首を傾げる。


「時計つけとる?」

「あぁぁ~‼もう、姉ちゃん‼何で来るんで‼妊娠しとるのにフラフラするなや‼」

「やっくんいけずやなぁ」


 頬を膨らませる。

 可愛らしいが、仕種は優雅である。

 弟らしいものの、年が上に見える青年が、スマホを取りだし耳に当てると、


「あ、かず兄ちゃん?姉ちゃん捕獲‼えっと、バーに連れてきた……うん。兄ちゃんは解るかな?えっと……」


マスターは名刺を差し出す。


「あ、ありがとうございます。……あ、かず兄ちゃん。住所は……で、ここにいるから」


と電話を切る。

 そして頭を下げる。


「ありがとうございます。助かりました。俺たち、10年位前までこの街に住んどったんですが、しばらく別の所にいて、姉ちゃん……姉の旦那さんの実家に帰ってきたんです」

「10年前までおりましたよってに、大丈夫やとおもとりましたん。でも、迷子になりましてん……。だんはんはおとうはんたちとおりたかろおもて……」

「かず兄ちゃんがおらんなった言うて、すぐに電話してくれて探し回ってようやく見つけたんです。俺も、これから兄ちゃんの家に帰れ言うたら困る……本当に、姉ちゃん頼むわ~‼もう、かず兄ちゃんに怒って貰えや」

「だんはんは怒らへんで?」

「だぁぁ‼かず兄ちゃん~‼連れて帰ってくれ~‼」


 どことなく良く似た顔立ちだが方言が違う、従姉弟らしい二人に微笑み、


「迎えの方が来るまで、こちらで如何ですか?」

「ありがとうさんでございます」

「姉ちゃん‼酒駄目‼」

「座らせてもらおかと思うて……」

「どうぞ」


カウンターに並んで腰を下ろした二人は、


「う~ん。やっくん。おおきゅうなったなぁ」

「背は伸びんかったけどな」

「会う度に大きゅうなって、一緒やのうて、悲しいわ」


哀しげに目を伏せる。


「仕方なかろ?親父は入院して、俺は親父とばあちゃんとこ、姉ちゃんたちは養女に行ったんや。時々会いに行ったやろ?」

「解っとります。でもなぁ……」

「あ、図書館言うて、あそこにいっとんやなかろな~?」

「……っ……」


 俯く。

 肩が揺れ、涙が零れ落ちる。


「やけん、絶対に姉ちゃんは泣くけん、行くなって言うたやろが‼忘れって言うたやろが‼どうして聞いてくれんのや‼」

「でも……す、姿だけでも……」

「見ても意味ない‼それに、会いたいって姉ちゃんが言うてどうすんで‼アホやないんか?向こうが悪いんや‼姉ちゃんが泣くことやないわ‼」

「……やっくんのいけず……」


 ハンカチを出して女性は涙を拭っていたが、すぐに迎えが来たらしく、青年が送っていくと戻ってくる。


「すみません。さわいで……」

「いいえ、お客様は優しいですね……」


 苦笑すると椅子に座る。


「俺は優しくないですよ。姉ちゃんに怒ってばっかりで……。姉ちゃんは優しいけど……と言うよりも甘いんですよ。それに弱い。いつも泣かしてしまって……」


 ため息をつく。


「姉ちゃんにとっても、俺ももう一人の姉ちゃんも。10年前から空港には行くんですけど、街には辛すぎて来んかったんです。10年前に両親が離婚して俺は親父に引き取られて、姉ちゃんたちは養女に。言葉で解ると思いますが、京都に行きました。姉ちゃんは俺の親代わりだったので、3歳違いなんですけど、今でも」

「兄弟仲が良いのですね」

「まぁ……姉ちゃんはこの曲みたいやと思います。いつも泣いてばかり……かず兄ちゃんに任せとったらエェと思たのになぁ……」

「あのなぁ……」


 扉が開き、現れた青年。

 地味な眼鏡姿である。


康弘やすひろ。えぇか?頼むさかいに、なかせなや」

「げっ!かず兄ちゃん」

「お邪魔します」


 礼儀正しく頭を下げた青年の後ろから、細身の青年が、


「康弘。龍樹たつきが『後でしばいたる‼』言うてたで?」

「のりにいちゃんまで‼姉ちゃんたちは?」

「俺の兄貴に頼んどいた」

「あっちゃぁぁ……」


頭を抱える康弘を見つつ、マスターは、


「お二人もいかがですか?」

「あ、構いませんか?」


席につくと、こづきあう3人の前に何か準備をしていたマスターは、グラスを置いた。


「どうぞ」

「これは?」


 康弘は首を傾げる。


「ブルームーンと言います。お姉さんのことを優しい月のようだと言われていましたので……。確か10年程前にブルームーンがあったと思いまして」

「ありました。な?実里みのり

「あぁ、見ました」

「こいつ、龍樹にスルーされて……アハハ‼」

「うるさいな。お前に言われたくないね」

「アハハ‼のりにいちゃん、お疲れさん‼」


 3人は顔を合わせると、笑いながらカクテルを手にしたのだった。

《ブルームーン(Bluemoon、Blue Moon)》


ジンベースのカクテル。

ドライ・ジン、レモンジュース、クレーム・イヴェット(後にクレーム・ド・バイオレットで代替)からなるカクテル。


同様に紫色を帯びるアヴィエーションとの類似性があり、マラスキーノを使用しない点が違いとして知られている。


標準的なレシピ

(1948年のThe Fine Art of Mixing Drinksに掲載されたレシピをクレーム・ド・バイオレットに置き換えたもの)


ドライ・ジン 30ml

クレーム・ド・バイオレット 15ml

レモンジュース 15ml


作り方


シェイカーのボディに、大体7分目まで氷を入れる。

ドライ・ジン、クレーム・ド・バイオレット、レモンジュースをシェイカーに注ぐ。

強くシェイクし、グラスへ注ぐ。

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