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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
20/66

『人魚』

 二月に入り、食事を買いに出たマスターは、途中で花屋で黄色の鮮やかな花を見つけた。


「この花は、ミモザですか?」

「いや、違うよ。と言うか、フランスのミモザ祭の花はこの花なんだけどね?本来ミモザはオジギソウのことだよ」


 商店街の花屋のおばあさん……マスターよりも年上である……は首をすくめる。


「これは、正式にはフサアカシアって言うんだよ。良く似ているギンヨウアカシアもあるけれど、花や葉が大きくて見映えがするからねぇ……それに花の時期が長いから、この時期の花屋にはありがたいものだよ」

「そうなんですか……では、二束お願いできますか?」




 帰ったマスターは自己流に使っていないグラスに生け、飾る。

 そして、食事をとると店を開けた。


 今日のCDは、NOKKOのアルバムである。


 カランカラン……。


音が響き、入ってきたのは一人の青年である。

 30代だろうか……年齢は大体解るが、マスターには彼を別の意味で知っていた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


 神経質そうでいて、かなり広い視野を持ち、IQも高いと聞く敏腕弁護士である。

 きりっとした眼差しでテレビで度々取材陣と相対していたが、現れた青年は温和勤勉といった感じである。


「どうぞ、こちらに」


 カウンターを勧め、おしぼりを差し出す。


「ありがとうございます……ここは温かいですね」


 周囲を見回し、


「フサアカシアですね……あぁ、今年は今月の15日から22日にかけて、南フランスのマンドリュー=ラ=ナプールで『ミモザ祭り』がありますね。本当はミモザはオジギソウのことですが、アカシアはオーストラリア原産で、入ってきた時にミモザと呼ばれたとか」

「お詳しいですね?」

「あ……すみません。自慢したつもりはないのです。趣味がガーデニング……とまではいかないのですが、自宅のベランダに色々と育てているのです。でも、小さいものとかですけどね」


内緒にして下さいね。


 照れくさそうに笑う青年に、微笑む。


「『ミモザ祭り』素敵でしょうね」

「教会でのソワレ……夕方の祝祭……から始まって『ミモザの女王』の投票にパレードがあって、最終日曜日には『花の戦い(バタイユ・ド・フルール)』と言う最大のパレードがあるそうです。12トンのフサアカシアが使われるとか……」

「では、街の中がこのアカシアの暖かな黄色で彩られるのですね……」

「行ってみたいものです……でも、一人では寂しいですね」


 苦笑する。


「お一人なのですか?」


 普通は聞かないのだが、ついぽろっと言葉がこぼれる。


「あ、えぇ……良くテレビに出ている女性は、幼馴染みで同僚なのですよ。一応昔、お互いの親同士が婚約をと口約束していましたが、彼女は結婚しています」

「あぁ、そうだったのですか……」

「それに、昔は仕事優先でしたから……恋人とか家族とか要らないとも思ってました」

「そうでしたか……」

「あ、曲が……NOKKOさんですね。私は好きですね。……弟も好きでした」


 青年の淡々とした表情だが優しげな声が、湿る。

 マスターは考え込む青年を見つめつつ、お酒の準備を始めた。


 曲が変わり、マスターは彼の前にカクテルグラスを差し出す。


「この曲は『人魚』ですね……。弟さんを思うのも優しさですが、貴方の『ミモザの女王』を抱き締めて差し上げて下さいね。きっと待っていますよ?」

「……そ、そんな人はいませんよ……と言うか、もう5年前の仕事関係で出会った方で……あぁ、何で思い出すんだろう……」


 頬がうっすらと赤く染まり、グラスをつかむとひと口飲む。


「これは……」

「『アカシア』と言います。植物のアカシアの花言葉は『友情』『優雅』。そして、アメリカ原住民の間で若い男女が告白をするのに使ったと言われていて『秘密の恋』とも言われているそうですよ」

「アカシア……か……」


 カクテルグラスを見つめ、呟く。


「……あの人がまた、泣いていないと良いのですが……会えるのなら……会いたいですね……」

「運命の輪は突然回り始めるものですよ……」


 次のカクテルを準備しながら告げたのだった。

《アカシア》


ジンベースのショートドリンク。

このカクテルは、古くから存在し、1928年にフランスのビアリッツで行われた、カクテルコンクールの優勝作品。その名の通り、植物のアカシアをイメージして作られたカクテル。


標準的なレシピ


ドライ・ジン : ベネディクティン = 3:1

キルシュヴァッサー = 2drop または 2dash


作り方

ドライ・ジン、ベネディクティン、キルシュヴァッサーをシェークして、カクテル・グラス(容量75〜90ml程度)に注げば完成である。


備考

キルシュヴァッサーを2dashとしている本と、2dropとしてる本がある。


《ベネディクティン(Benedictine)》


フランス産のブランデーをベースとするリキュールのブランド。

ベネディクティンには、ベネディクティンD.O.M.とベネディクティンB&Bが存在する。

1510年に、フランス・ノルマンディーにあったベネディクト派の修道院で作られたものが始まり。

フランス革命時にレシピは失われたが、1863年に復元された。

レシピが現存するものとしては最古のリキュール。

ジュニパー・ベリーやハッカを始め、27種類のハーブが使われている。

アルコール度数は40度。

アイスクリームにかけたり、洋菓子の風味付けにも使用できる。


《キルシュヴァッサー(ドイツ語: Kirschwasser)》


蒸留酒の一種。

種子ごと潰したサクランボ(ドイツ語: Kirsche)を醗酵させ、6週間前後寝かせた後に蒸留した無色透明のスピリッツ。ドイツ・シュヴァルツヴァルト地方の名産品。

キルシュと呼ばれることも多い。


なお、サクランボ果汁を醗酵させずに、サクランボをエタノールに漬けした後に蒸留させて作る場合のキルシュヴァッサーは、キルシュガイスト (ドイツ語: Kirschgeist) という。


《マチネ》


舞台興行の中でも、特にミュージカルの公演でよく使われる「マチネ」「ソワレ」。

「ソワレ」(soiree)は夕方・陽が暮れた後の時間を指す言葉。 昼公演を「マチネ」、夜公演を「ソワレ」。客層も反応も違う。


《アカシア(植物)》


今回のアカシアは『フサアカシア Acacia dealbata』です。フランスのミモザ祭に使われます。でも、本来の『ミモザ』は『オジギソウ』です。

良く似ている『ギンヨウアカシア A. baileyana』は葉が小ぶりで銀色かかっていて、生花に使われます。

ともに花期2~4月、花の色は輝く黄色。特に早い春に、1cm未満の球状の花が輝く黄色のたわわになって可愛いです。


NOKKOさんの『人魚』の最初のフレーズから選びました。

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