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あるバーのマスターの話  作者: 刹那玻璃
マスターの章
2/66

『恋しくて』

 いつものバーに行くと、古い曲がかかっていた。

 BEGINのデビュー曲『恋しくて』である。


「ねぇ、マスターって、どのような基準で曲を選ぶの?」


 カウンターの丸い椅子に座ると、カクテルを頼む。

 甘いものを今日は選びたかった。


「スクリュードライバーですか?」

「マスターってば、良く解るのね」

「私としのさんの付き合いでしょう?」

「ウフフ……そうね。だから、マスターのこと大好きよ」


 カクテルを混ぜるシャカシャカと言う音と共に、メロディーが流れる。


「『恋しくて……』かぁ……相手を好きで好きすぎて、忘れたい位泣いてしまうって言う感じの歌詞よね……」


 バッグを開け、久しぶりにシガレットケースと重たげなライターを取り出す。


「マスター……一本良い?」

「一本だけですよ?」

「ありがとう」


 ケースを開けて、細目のタバコを出すと口にくわえ、男物の重たいライターをシュッシュと親指を動かし火をつける。

 ゆっくりと口の中から肺にまで吸い込むと、ケホケホと咳をした。

 それはひとしきり続き、収まる頃にはスクリュードライバーが差し出されていた。


「大丈夫ですか?」

「喘息よ喘息。家系的に弱いのよね。やめようと思ってるんだけど、半日が限度だわ……」


 篠と呼ばれた女は頬笑み、マスターが寄せてくれた灰皿にギュッとタバコを押し付けた。

 そして、グラスを引き寄せ、手にする。


「やっぱり、マスターのカクテルは綺麗な色ね。じゃぁいただきます」


 ひと口口にすると、ホッとしたように頬を緩ませた。


「……おいしい。やっぱりマスターね。私の好みを知ってる……ちょうど良い塩加減……」

「篠さんの涙の味ですよ……今日は篠さんの貸しきりです。この曲を聞きながら、お好きなカクテルをお作りします。今日は貴方の為に……」

「……っ!」


 篠は瞳が潤み、ツツーッと涙が落ちていく。


「……彼氏と別れちゃった……。学生時代から付き合ってて……もう8年……もうそろそろと思っていたのに……そうしたら私の後輩との間に子供ができたんですって」

「……カシスオレンジにしましょうか?」

「結婚資金も共同で貯めていたのに、それも全部使ったんですって……私は貯金を全部そちらに入れていたから、パァよ……」


 いつもの癖なのだろうか、右の親指の下の部分で目の下をぬぐう。

 手の甲で拭いつつ、スクリュードライバーを飲み干すと、カシスオレンジに手を伸ばす。


「馬鹿だわ……もっと意思が強ければ良かった……意地を張らなければ良かった……」


 しゃくりあげ、両手でグラスを覆い、呟く。


「『好きと……』……本当ね……言えば良かった……あの人と向き合っていればもっと違っていた……」


 しばらくすすり泣くと、カシスオレンジを飲み干して、篠は真っ赤に泣き腫らした目で微笑む。


「ありがとう……マスター。また来るわ」


 レジを済ませ、出ていった背中を見送ったマスターが片付けようと篠が席についていたカウンターに戻り、気がつく。


「タバコとライターを忘れている……いいや、置いていったのかな」


 一応は忘れ物として置いておくことにして、グラスなどを片付け始めたのだった。

※スクリュー・ドライバー(screw driver)


ウォッカ - 45ml

オレンジジュース - 適量


氷の入ったグラスをステア(軽く混ぜる)か、シェイクする。


※カシス・オレンジ


クレーム・ド・カシス 30ml[1] - 45ml[2]

オレンジ・ジュース 適量


スクリュードライバーのウォッカがカシスになったものとも言われるが、甘めで女性に好まれる。


よろしくお願いいたしますm(__)m

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