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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『序章』~女帝からの誘い~
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第三章・プロローグ



 ――Side 幸希


 心地の良い安らぎの闇に抱かれながら微睡んでいた私は、やがて一人の幼い女の子の姿を瞳に映した。真っ白なフリルのスカートを風に靡かせながら、どこかのお庭をはしゃぎまわっている可愛らしい女の子。周りに保護者らしき人の姿はない。

 楽しそうにしているその女の子に声をかけようとしたけれど、私はある事に気付いた。

 視界が働いている。でも、私には動かせる身体も声もない、と……。

 ただ、目の前でどこかへと向かって走り出した女の子の背中を追って、私の視界も前へと進んでいく。


(これは……、夢? 今度は景色が庭からどこかの森に変わってる)


 蒼く柔らかな肩より少し長い髪を跳ねさせて、女の子は一直線に向かって走り続けている。

 どこに行くの? そう聞きたくても、やっぱり声は出ない。

 それに、この世界はどこか不安定……、というか、ぼんやりと輪郭を成さない朧気な部分もあって、私に出来る事は女の子の姿を見守る事だけ。

 暫く走り続けた先、森を抜けたその場所には……、高く天へと顔を向ける塔がひとつ。

 茨の蔦が所々螺旋状に塔の幹に絡みついていて、年代の古さを感じさせる建造物だった。

 その真下にひっそりと佇む扉へと近づいて、女の子は周りを不安そうに見渡す。

 きっと、この扉の奥に入ってもいいのかどうか、幼いながらに迷いがあるのだろう。

 けれど、好奇心が勝ってしまったのか、女の子は冒険に赴く勇者の顔で気合を入れ、扉を開く為の取っ手へと小さな手を伸ばした。

 

『きゃっ!』


 彼女がそれへと触れた瞬間、様々な光が入り交じった魔術の陣が扉の表面に現れる。

 まるで、塔の入り口を守る番人の役割を果たすかのように、きらきらと輝いて……。

 引き返した方がいい。きっとこの塔の中には何かがあるのだ。

 そうぼんやりと思ったけれど、女の子は怯まなかった。

 一生懸命に背伸びをして取っ手を掴むと、全力でそれを引っ張り始めてしまう。

 魔術の陣が、徐々にその光を弱め……、やがて扉はほんの少しだけ開いた。

 素早く中へと忍び込んで行く女の子を、私の視界が追っていく。

 最初は真っ暗だった塔の中、普通の子供なら怯えて泣き出していた事だろう。

 でも、蒼い髪の女の子は泣いたり不安の声を出す事はせず、声を大にこう言った。


『真っ暗なの嫌!! 光!! 光が欲しいの!!』


 まぁ、確かにそうなのだけど……。この子、結構主張性強いなぁ。

 ちょっとそのパワフルな訴えにある意味関心していると、暗闇の中に淡い光が灯った。

 誰かいるのだろうかと目を凝らしてみるけれど、誰もいない。

 女の子は望み通りになった事で上機嫌となり、塔の上……、ではなく、すぐ傍に見えた地下へと続く階段らしきものに意識を定めた。

 そこにもやっぱり魔術の陣らしき存在が行く手を阻むように静かな輝きを見せている。

 でも、やっぱり女の子には何の効果もないらしく、好奇心の妖精さんは階段の奥へと進んでしまう。ちょっとだけ小さな身体が震えていたけれど、それも徐々に好奇心の熱に呑み込まれていく。

 塔の中を照らしていた淡い光が彼女の前を照らし、導くように存在を維持し続ける。


『何があるのかなぁ~』


 この子、……本当に何か図太いというか無邪気というか、得体の知れない場所、それも、光が消え去ればまた闇の中に取り残されるという立場のにこの好奇心の強さ。

 徐々に自分を取り巻く世界に慣れてきたのか、楽しそうな声で宝物でも探すかのように歌い始めている。……ちょっと私のお母さんと性格が似ているかもしれない。

 怖い、だけど、その先が見てみたい。子供特有の無邪気で無謀な恐れ知らずという無敵のスキルだけでなく、私には何故かこう感じられていた。


(この子は、何かに呼ばれている気がする……)


 それに、さっきからどこかで見た事のあるような顔をしているなぁ、と思っていたのだけど……。

 階段の果てに到着した女の子がキョロキョロと顔をあちらこちらに向ける様子を眺めていた私は、ある事に気付いた。


(私だ……。幼い頃の私に、瓜二つ)


 他人の空似かも、と思ったけれど、どうしても違う存在には思えないのだ。

 石の壁が覆う広い空間の中、例えるなら……、禁呪の件の時に訪れた叡智の神殿と似た気配を醸し出しているこの場所には、中央に大きな魔術の陣が描かれていた。

 他にも、沢山の本があちらこちらに積み上げられていて、空間の一番奥には天蓋とベッドカーテン付きの大きな寝台がひとつ、設えられている。

 ここに至るまでの道のりとは違い、最初から不思議な気配を見せながら揺らめく灯火が何か所かにその姿を留めていた。

 女の子はここがどんな場所かわかっているのだろうか?

 興味津々に魔術の陣が描かれている冷たい石畳みに触れたり、本を手に取ってページを捲ったりしている。私とよく似た……、幼い頃の自分かもしれない女の子。

 彼女は本を置くと、今度は中の様子が隠されている寝台に近づき始めた。


『誰かいますか~?』


 流石に、こんな地下深くに眠っている人というのは、どう考えても訳ありだと思うのだけど……。

 女の子はベッドカーテンを避けて中に潜り込むと、真白に褥で眠りに就くその人の顔を見た。

 けれど、突然私の頭にノイズ音のような歪な気配が生じ、女の子と寝台の中にいる人の姿が揺らぎ始めてしまう。


『駄目だよ……、ここは』


 女の子を背後から抱き上げた誰かの寂しげな声音……。

 泣いているんじゃないかと思える程の切ない温もりが、その姿が、幼い女の子の目に映る。

 もう私には見えなくなった目の前の光景……。

 それでも、女の子が今何を感じているのか、不思議と伝わってくるような気がする。

 優しい仕草で抱き締めてくれているその人が抱く悲しみ、後悔……。

 どう声をかけていいのかわからない。だから、女の子は一生懸命に自分を抱くその人に温もりを押し付けてしがみつく。慰めたい……、その辛さを、少しでもなくしてあげたい、幼くも必死な想い。


『ごめんね……』


 自分を気遣ってくれる幼子の思い遣り。何故その人が謝ったのかはわからない。

 けれど、その辛そうな音を最後に……、私の意識は再び心地良い闇へと抱かれたのだった。

2015・10・18

改稿完了。

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