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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~
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感謝のガーデンパーティー


――Side 幸希


「おっ、姫ちゃ~ん!! ロゼ~!! こっちこっち~!!」


 晴れ渡る澄んだ青空の下、メイドさん達に付き添われてやって来た私達を明るい声で出迎えてくれたのは、ウォルヴァンシア騎士団の団長であるルディーさんだった。

 普段は濃いココア色の騎士服を纏っているけれど、今日は違う。

 純白の生地で作られた上下の騎士服と長いマントを纏い、それから金の房飾りが日差しを受けて輝いている。パーティーや国の行事などで着るウォルヴァンシア騎士団の正装なのだと教えてくれたのは、私の隣に立っているロゼリアさんだ。

 ただ、普通の騎士団員さん達との区別をつける為に、団長さんであるルディーさんやそれに連なる役職に就いている人達の正装はデザインがそれぞれに異なっているという事。

 それに、憩いの庭園……、もとい、正式名称は『エトワールの鈴園りんえん』というのだけど、今日のガーデンパーティーの舞台となっているこの庭園には、正装姿の人達が他にも多く集まっている。私もお母さんやメイドさん達に手伝って貰って、今日は可愛らしいドレスに身を包んでいるのだけど……。

 

(大人っぽいドレスは、まだまだ先、かなぁ……)


 穢れのない純粋さを思わせる真っ白な生地に、淡い水色が溶け込んでいるかのような色合い。

 このドレスを贈ってくれたレイフィード叔父さん曰く、『妖精さんみたいに可愛いユキちゃんへ!!』と、メッセージカードに書かれていた通り、全体的にフェミニン仕様だ。

 ドレスに合うようにと、王宮医師のセレスフィーナさんに髪やメイクも決めて貰った。

 だけど、だけど……!! 


「ユキ姫様、どうかなさいましたか?」


「あ、い、いえいえ!! 何でもありません!!」


 いつまで経っても、大人の女性に近づけない自分に対する悔しさが、悔しさが!!

 横でニコニコとしているお母さんは、大人の女性としての品の良さや滲み出る色香があるし、ロゼリアさんは騎士団の正装だけど、着ている物に関わらず女性としての美が感じられるというか。

 レイフィード叔父さんからの気持ちは嬉しいけれど、いつか必ずセクスィーな服やドレスを着こなせるような大人の女性になりたいと願ってしまう今日この頃だ。

 私はその胸の内に気付かれないように、ロゼリアさんを誤魔化して、ルディーさんのいる庭園の入り口へと近づいて行った。……背後のお母さんは、笑いを堪えている様子から見て、私の心情を理解してるんだろうなぁ。


「ルディーさん、今日は参加して下さってありがとうございます。美味しい料理を沢山ご用意してますから、楽しんで行ってくださいね」


「姫ちゃんの可愛いドレス姿で腹いっぱいって言いたいとこだけど、それも目当てで来ちまったんだよなぁ。味わって食わせて貰うぜ」


 ルディーさんの背後には、庭園中に配置された立食パーティー用の丸テーブルが幾つも並んでいる。

 私とお母さん、メイドさん達が力を合わせて作り上げたパーティーの準備はバッチリだ。

 狼王族の人達はお肉料理を特に好むと聞いていたから、満足して貰えるようにメニューもそれをメインに色々と飽きのこない物を考えた。

 だから、こんな風に早くパーティーが始まらないかな~と楽しみにしてくれているルディーさんや皆さんの笑顔を見ていると、計画して良かったなと思える。

 ルディーさんに挨拶を済ませた私は、ロゼリアさんとメイドさん達を残して、東屋へと向かった。

 けれど、開いている東屋の中に視線を向けた私は、……思わず固まってしまった。


「陛下、隣国よりお取り寄せをいたしました、ラズヴィルの茶葉を使ったものにございます」


「ユーディス様、こちらの茶菓子も如何でしょうか? きっとお口に合うかと思います」


 ――煌びやかな正装姿の王族兄弟様達が、美人のメイドさん達に取り囲まれて、絵に描いたようなハーレム天国を味わっている! 

 しかも、給仕されて侍られる事に慣れている生粋の王族様だから、挙動不審になったり動揺を抱く事もなく……、あ、お父さんに美人メイドさんの一人がぴったりと密着を。

 瞬間、ぞくり! と、背後で感じた強い殺気の気配。

 恐る恐る振り向こうとした私の動作よりも早く、お母さんが東屋の奥に乗り込んで行ってしまった。

 顔は殺気のさの字も浮かんでいない、余裕たっぷりの笑顔だ。

 けれど、それが取り繕われたものだという事を、私を含めた一部の人達は気付いている。

 

「ごめんなさいね? 夫の隣に座りたいのだけど、いいかしら?」


「は、はいっ!! ど、どうぞ!!」


「な、夏葉……」


 流石、お母さん……。その笑顔ひとつに凄まじい迫力を滲ませて美人メイドさんを退散させてしまった。美人メイドさんが脇に控えた後、当然の権利だとばかりにお父さんの隣へと。

 浮気をしたわけでもないのに、ニコニコと内心で嫉妬の炎を燃やしているお母さんに恐れ戦いているお父さんが、差し出されたクッキーを引き攣った笑いと共に食べ始める。

 向こうの世界にいた時から、何年時が経っても互いに恋をし合っている仲睦まじい夫婦だから、放っておいても大丈夫。私はレイフィード叔父さんの傍へと歩み寄って行くと、ドレスの裾を摘まんで一礼した。


「レイフィード叔父さん、ドレスのプレゼント本当にありがとうございました」



「ふふ、こちらこそ! 素敵なパーティーへのお招き、本当に有難う。ユキちゃんやナーちゃん達が作ってくれた料理とこれからの楽しいひとときを、心行くまで楽しませもらうよ」


「はい!」


 私のドレス姿を満足そうに見た後、レイフィード叔父さんは外で遊んでいた三つ子ちゃん達を中に呼び寄せて、『記録シャルフォニア』という撮影用の術で私達の姿を撮り始めた。

 王子様の正装を可愛らしく着こなした三つ子ちゃん達と私を絡ませ、プロの写真家の如く嬉々とした様子で相好を崩しているレイフィード叔父さん。

 パーティーが始まる前から、もうデレデレだ。


「やっぱりいいよね~。可愛い息子達と姪御ちゃんが一緒に目の前で微笑んでくれている姿を見られるなんて、人生最大の幸福だよ~」


「そんな大げさな……。でも、喜んで貰えて、私も嬉しいです」


「「「ぼくたちも、うれしいよ~! ゆきちゃん、むぎゅ~!」」」


 幼い頃の記憶を封じられている私には、この異世界エリュセードは見知らぬ世界同然で……、頭では仕方のない事だと納得はしていたけれど、移住して上手くやっていけるかどうかは不安だった。

 元の世界での何もかもを諦めて、新しい世界で歩み始めた第二の人生……。

 今、こうやって心からの笑顔を浮かべていられるのは、ウォルヴァンシアの心優しい皆さんの存在があったからこそだ。


(私一人の力じゃ……、きっとこんな風に幸せを感じられる事はなかった)


 だからこそ、少しでもその御恩を返しくたくて、このガーデンパーティーを計画した。

 微々たるものかもしれないけれど、私の貰った幸せを、少しでも返せるように。

 

「すまないな、ユキ。父上も三つ子達も、今日のパーティーをとても楽しみにしていたものだから、浮かれすぎているんだ」


 ハイテンションの撮影会が終わった頃、東屋の中へとレイル君が入ってきた。

 いつもは背に流している綺麗な水銀髪が、彼の胸の前で緩く結ばれている。

 他の人達と同じように品の良さが漂う王子様の正装と共に、はしゃいでいる三つ子ちゃん達をがばりとその腕に抱き上げて回収していく。実の兄だからこそ出来る、手早く迅速な回収技だと思う。


「れいたん、ぼく、まだゆきちゃんとあそぶ~!」


「ぼくも、ぼくも~!!」


「おろしておろして~!」


「もうすぐパーティーが始まるんだ。はしゃぐのはユキの挨拶が終わってからにしろ!」


 と、怒ってはいるものの、レイル君も本気で怒鳴るような事は出来ないのだろう。

 軽く三つ子ちゃん達の額にコツンコツンと額をぶつけた後、レイル君は三つ子ちゃん達を連れて外へと足を向けた。


「あ、そうだ。ユキ」


「ん?」


 けれど、出て行く前に振り返ったレイル君は、その頬を染めながらこう言ってくれた。


「そのドレス姿なんだが……、よ、よく似合っている。綺麗だ」


「えっ……。あ、ありがとう」


 少し緊張を帯びた称賛の言葉に、私もつられて赤くなりお礼を返す。

 真面目で心優しいレイル君は、髪形を変えたり服を変えたりといった人の変化に敏感で、必ずそれに関して触れてくれる気遣い屋さんだ。綺麗、と褒めてくれたのも、私が自分の幼めの容姿に若干のコンプレックスを抱いている事に気付いてくれているからなのだろう。本当に優しいなぁ。

 ふんわりと温まる心と共に二人で照れ合っていると、微笑ましく私達を見守っていたレイフィード叔父さんが「そろそろ時間だよ~」と、外に促してくれた。

 そして……。一生懸命準備を進めてきた、皆さんとレイフィード叔父さんへの感謝を込めたガーデンパーティーが、盛大な拍手と共に幕を上げたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふぅ……、緊張した~」


 皆さんへの感謝を込めた挨拶とパーティーの始まりを告げるスピーチを終えた私は、楽しげな談笑や、楽団の姿がないのに聞こえてくるクラシック系の音楽を聴きながら、近くの椅子に腰を下ろしていた。沢山の人達の視線に緊張しながらも、どうにか一仕事を終える事が出来たと言ってもいいだろう。トクトクと早足になっている鼓動を感じながら、手に持っていたジュースグラスの中身を一口舌に馴染ませる。


「おや、こんな所に愛らしい妖精が……。お一人でご休憩ですか? ユキ姫様」


 芝生を照らしていた陽光が遮られ、楽しげな低い声と共に影が差す。

 姿を見なくてもわかる。この意地悪な気配の潜む声音は……。


「敬語が胡散臭いです、ルイヴェルさん」


 顔を上げた先に見えたのは、参加者の人達と同じように正装を身に纏っている、――危険人物。

 いつもの白衣姿でない事に新鮮さを覚えながらも、私は溜息交じりにその意地悪な深緑を受け止めた。愛らしい妖精って……。


「また心外な事を言ってくれるな? めかし込んでいる王兄姫殿下に正直な賛辞を送っただけだぞ?」


「そんな企み顔で褒めて貰っても怖いだけですから!」


 椅子から立ち上がり、逃げ場を探しながら抗議すると、ルイヴェルさんは鼻で小さく笑いながら距離を詰めてきた。うわぁ……、弄る気満々のドS顔だ!


「被害妄想の激しい王兄姫殿下は、忠実なる臣下に手厳しい事だ。心からの賛辞を贈っているというのに。あぁ、この胸を貫く悲しみを、どう癒すべきか……?」


「うっ……。あ、アリガトウゴザイマス、ルイヴェルサン」


「どういたしまして、ユキ姫様。だが、本当に褒めてやったつもりなんだがな? セレス姉さん程ではないが、将来性の望める愛らしさがあるぞ」


 撫で撫でと、その大きな男性特有の硬い手のひらで頭を撫でられて褒め直されたけれど、全然嬉しくないですからっ。女神様と讃えたくなる程の美しい貴方のお姉さんと比べられても、全然勝ち目なんてありませんし、足元にも及びませんって!

 上機嫌で私の頭を撫で、可愛い可愛いと楽しそうに繰り返す王宮医師様の認識はこうだ。

 

「私の事……、犬か猫みたいに思ってますよね?」


 遠い目をしながらそう指摘すると、ルイヴェルさんは撫でる手を下ろし、私の両肩にそれを添えた。


「安心しろ……。犬猫よりも、お前の方が面白い」


「私は玩具じゃありません!!」


 何を真顔で言ってるのこの人は!!

 激怒した猫のように全身を怒らせて叫んだ私は、すぐにその場から飛び退いた。

 迷いのない深緑の双眸に浮かんでいたのは、これからも私をからかって意地悪してやるという厄介な気配。わかってはいた事だけれど、誰が自分からルイヴェルさんの玩具になんてなるもんですか!

 

「まぁ、待て」


 全力で逃げ去ろうとする私に、ルイヴェルさんが子猫の後ろ首を掴むように腕を掴んでくる。

 勿論、男性の力に私が敵うわけなんてなくて、あっという間に面倒な人の腕の中へ。


「で? アレクとカイン、どちらを選ぶのかは決まったのか?」


「なっ、る、ルイヴェルさんには関係ないじゃないですかっ。は、放してください!」


「俺はお前の主治医だからな。聞く権利がある」


「どんなへ理屈ですか!」


 片腕ひとつ、たったそれだけの拘束なのに、私はルイヴェルさんの魔の手から逃れる事が出来ない。

 私達へと向き始めていた人達の視線から逃れ、庭園の隅へと連れて行かれてしまう。

 茂みの陰へとルイヴェルさんが腰を下ろし、くるりと私を自分の方へと向かせる。


「お前の答え次第によっては、俺やセレス姉さんの手を煩わせる後始末が待っているだろうからな。観念して吐いたらどうだ?」


「後始末って……」


「お前がどちらかを選べば、片方は晴れて失恋というやつだ。荒れないように気を配ってやるべきだろう?」


 どちらか……。その言葉に、私はゆっくりと俯いた。

 さっきまでの意地悪な気配はどこにもない、冷静な知の気配が浮かぶ深緑の双眸が、無言となり私へと注がれる。伝えなくてはいけない、そう思いながらも、……まだ、二人に届ける事の出来ていない心の内。


「ルイヴェルさん……、私」


 本人達にも伝えていないのに、先にこの人に打ち明けるのもどうかと思う。

 けれど、……背中を撫でる優しい温もりに、小さく本音を零してしまった。

 その言葉にルイヴェルさんが一瞬だけ背を撫でる動きを止め、少しだけ力を入れて私の身体を自分の方に抱き寄せる。私をからかってばかりで意地悪な人なのに、その感触はとても優しくて……。

 どこか懐かしさを覚えながら、私は身を任せてしまう。


「きっと、もう口を利いて貰えなくなるかもしれませんけど……」


「お前がそう決めたのなら、ありのままを伝えて来い。あとは俺達がなんとかしてやる」


「ルイヴェルさん……、ご迷惑を、おかけします」


「気にするな。俺としては……」


 私を気遣うようにまた背中をひと撫でした手が離れていくと、ルイヴェルさんは最後の方だけ何かを小さく呟いて立ち上がった。私も、その腕に支えられて身体を起こす。

 服に付いた草を払いながらパーティーの場に戻る準備を整えるルイヴェルさんに首を傾げていると、何を考えているのか読めない王宮医師様は私の服に付いた草も払ってくれた。

 そして、穏やかな眼差しで私の背を押し出し……。


「あの二人も、それ相応の覚悟を抱いて告白したんだ。どんな答えが待っていようと、悔いはないだろうさ」


 ほんの微かな笑みの気配と共に背を向け、ルイヴェルさんは茂みの向こうへと行ってしまった。

 あれだけ人の事をからかっておいて、本当に……、不思議な人だ。

 近づくと絶対に危ないってわかっているのに、何故だか嫌いになれなくて、心のどこかで存在を受け入れている気がする、不思議な相手。

 けれど、何も心配するなと背を撫でてくれたルイヴェルさんのお陰で、……少し、心が軽くなった気がするのは、気のせいじゃない。

 自分の頼りない心をそっと支えてくれる存在が出来たかのように、私は一歩を踏み出した。

 アレクさんとカインさん、二人に伝えなくてはならない……、私の出した『答え』。

 それは絶対に、二人を傷付けてしまう酷い言葉……。

 それでも、今の私にはそれしか伝える事が出来なくて……。

2015・10・17

改稿完了。

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