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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~
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幸希の葛藤と優しい温もり

 ウォルヴァンシア王宮に戻ってから二週間……。

 あれから私は、アレクさんとカインさんの事を真剣に考え続け、考え続け……。


「はぁ……」


 その想いを大切に胸の奥で受け止め悩み続ける日々の中、見事に寝不足となってしまった。

 前にセレスフィーナさんから貰った塗り薬のお蔭で目の下のクマは誤魔化せているけれど、全然出口の見えない迷路に放り込まれてしまったかのように、前途多難の状態となっている。

 アレクさんは、見知らぬ異世界で不安に惑う私を優しく包み込み、今も守り続けてくれている人。

 カインさんは、口が悪くてもその心根はとても優しくて、今では遠慮なくものを言い合える人。

 性格は正反対だけど、二人とも……、私にとって大切な『友人』。

 告白を受け止めるところまでは頑張れたけど、正直……、答えを出すのが一番の難題だった。

 信頼出来る友人として見ていた人達を、すぐに恋愛対象として切り替えられるはずがない。

 だから、こうやって一生懸命考えているというのに……。


「ユキ姫様! 前!」


「え? 痛っ!!」


 張り上げられたその声に気付いた時には手遅れで、勉強道具を胸に抱いてふらふらと歩いていた私は、見事に王宮内の廊下にある大きな白い柱に顔面から激突してしまった。

 広い廊下の真ん中を歩いていたはずなのに、いつのまにこんな端まで……!!

 強烈な痛みで、寝不足でぼんやりとしていた頭が一気に覚めていく。

 ずるずると磨き上げられた床に崩れ落ちた私は、顔を押さえて苦痛に耐える。


「うぅっ……」


「ユキ姫様!! 大丈夫でございますか!?」


 ジンジンと痛む顔に涙を堪えている私の傍に駆け付けてくれたのは、この王宮のメイドであるリィーナさんだ。器用に編み込まれた両サイドの三つ編みと、親しみのある可愛い笑顔の女の子。

 彼女はオロオロと顔を青ざめさせて、私を早く王宮医務室へと促してくれたけれど、それを断って私はどうにか立ち上がった。

 王宮医務室には、あの人がいる……。つい最近までは、距離を取った臣下としての物言いや態度を崩さずに接してきていた深緑の瞳を抱く人。

 アレクさんから告白されたその晩、私はその人の本性を目の当たりにする羽目になってしまった。

 むしろ知らない方が幸せだったんじゃないかと思えるくらいには、禁断の箱をうっかり開いてしまった気がして仕方がない。

 人をからかったり、意地悪をして楽しむカインさんとは比較にならない程の、危険極まりない人。

 本性を至近距離で見せられた時、本能的にそう感じた。

 それなのに、今王宮医務室になんて行ったら……。


(絶対に面白がっていじってくる気しかしない……!!)


 本性を現す前までは、どこか距離をおいて自分を抑えている感じがあったルイヴェルさんだけど、今は違う。遠くから様子を眺めていただけの獣が、ようやくその重い腰を上げて動き出したというか……。遠慮が一切なくなった気がする。

 そんなルイヴェルさんにこの失態を知られでもしたら、あぁぁぁっ。

 断固、王宮医務室への直行コースを回避しよう! 


「リィーナさん、本当に大丈夫ですから! むしろ気合が入って助かったというか!!」


「いけません!! ユキ姫様の愛らしいお顔に、万が一傷でも残ったら……!!」


「傷のひとつぐらいっ、王宮医務室に行くよりマシです!!」


 本性を現した大魔王様との件を知らないリィーナさんが、私の腕にしがみついて強制的に連行しようとする。駄目、駄目だから!! ルイヴェルさんにこの顔を見られてしまったら、寝不足になっている事や今の状態を確実に見抜かれてしまう!!

 

「リィーナさあぁんっ、お願いですから勘弁してくださぁあああいっ」


「あ! もしかして、王宮医師のお二人にご迷惑をおかけしたくないという、ユキ姫様なりの遠慮ですか!? 王兄殿下のお嬢様が何を仰っているんですか!! 変な遠慮は厳禁ですよ!!」


 いえっ、遠慮とかそういうのじゃなくて、大魔王様とのエンカウントを避けたいだけなんですが!! 完全に間違った方向に誤解しているリィーナさんに引き摺られ始めたその時。


「あら? ユキ姫様ではありませんか? どうなさったのですか」


「ユキ? リィーナと何をやってるんだ」


 偶然そこに通りがかったのは、意外な組み合わせの二人だった。

 存在そのものが、煌めく慈愛の光を纏うかのように美しい金髪の女性、王宮医師の片割れであるセレスフィーナさん。それと、清らかな水の流れを思わせる水銀髪と中世的な美を抱く、高校生程の歳に見える、ウォルヴァンシアの第一王子様であるレイル君。

 二人が目を丸くして、私とリィーナさんの攻防を見ていたのだ。


「こ、こんにちは。セレスフィーナさん、レイル君」


「こんにちは、ユキ姫様。それよりも、そのお顔はどうされたのですか? まるで何か固い物にぶつかってしまったような」


「そうなんです!! ユキ姫様ったら、柱に顔から激突してしまったのに、医務室に行くのを拒まれるんですよ!! セレスフィーナ様達にご迷惑をおかけしたくないからって!!」


「まぁ……」


 ごめんなさい、セレスフィーナさんっ。

 本当は、貴女の弟さんにこの顔を見られた瞬間、どんな性質たちの悪いいじりをされるのかが怖いだけなんです!!

 お姉さんであるセレスフィーナさんは、女神様のように優しくて裏表がないのにっ。

 そんな私の胸の内が気配にでも滲み出してしまったのか、セレスフィーナさんが私の傍に寄って、その唇を耳元に寄せてきた。


「ユキ姫様……、まさかとは思いますが、ウチの弟が何かいたしましたのでしょうか?」


「ふえっ!? え、えっ? せ、セレスフィーナ……、さん?」


 顔を引いた彼女は、困ったような表情で静かに頷いてみせた。

 これはもしかしなくても……、私が何で困っているのか、どうして王宮医務室に行きたくないのかを……、知ってる、って事かな?

 レイル君の方も訳知り顔で苦笑しているし……。


「リィーナ。あとは俺達に任せて、お前は仕事に戻ってくれ」


「そうですか? じゃあ、ユキ姫様の事、くれぐれもよろしくお願いいたします!」


 リィーナさんは良い人だなぁ……。

 レイル君の手を握って、私の事を本気で心配し頼んでくれている。

 彼女はブンブンと大きく手を振りながら、廊下の向こうへと消えて行った。

 そして、彼女の存在が完全に遥か先の方に消えた直後。


「大変申し訳ありません!! ユキ姫様!!」


「せ、セレスフィーナさん!?」


 女神のように美しい女性からの、突然の土下座!!

 異世界、それも西洋的な世界でこれを向けられるとは!!

 やっぱり、この世界のどこかにあるという、和を基とする国が影響しているのだろうか!?

 って、それよりも、女神様のように綺麗な女医さんが土下座を躊躇いもなくするなんて……。

 私はその場に座り込み、大慌てで彼女を宥めはじめた。


「セレスフィーナさん、やめてください!! 私、別にルイヴェルさんから何かされたとかじゃありませんからあっ!!」


「ですが、ユキ姫様が王宮医務室へ足を運ばれるのを躊躇っていらっしゃっているという事は、どう考えてもあの子が何かをしでかしたとしか思えません!! 仰ってください、弟は何をしたんですか!!」


 突然の豹変と共に、大魔王様的な迫力を醸し出す本性を披露されました。

 素の口調があるというのは知っていたけれど、あの時のあれはそれだけじゃなかった……。

 わざと隠されていた何かが一気に溢れ出したというか、あれもまだ序の口のようにしか思えないというか。あの晩の瞬間を思い出した私は、今はそれに怯えている場合じゃない! と思い直して、セレスフィーナさんの顔を上げさせる事に奮闘する。

 レイル君も、まさかセレスフィーナさんが土下座に及ぶとは思わなかったらしく、一緒に宥めてくれている。

 そして……。


「――と、いう訳なんです」


 事情を打ち明けると、その場に座り込んだ二人が、「「うわぁ……」」という目で、私に同情の眼差しをくれた。


「やっぱり……、いつか限界がくるとは思っていたけれど、そんな急に。あの子ったら」


「ルイヴェルの気持ちもわからないではないんだが……、今のユキには、衝撃が大きすぎたんだな」


 私も、アレクさんから告白を受けた夜に、さらなる追撃を与えないでほしいと、ルイヴェルさんには少しだけ恨みの気持ちがあった。

 何であのタイミングで態度を豹変させたのか……、ルイヴェルさんの考えが全然わからない。

 告白後に許容量オーバーで困惑している私をからかう為なのか、それとも、ただの気まぐれだったのか。いずれにせよ、あの人の本性を知った私は、苦手意識からか、以前よりも距離をおくようになってしまっている。

 近付くと危険というか、絶対に玩具のような扱いを受けそうな気がしているから……。


「申し訳ありません、ユキ姫様……。ルイヴェルにも少々事情がありまして、さぞかし困惑されたものとは思われますが、どうかお許しを」


「事情?」


「あ~、ごほんっ。ユキ、それよりも早く治療をしてもらった方がいいぞ。そのままにしておいたら、夕食の席で父上や伯父上が顔色を変えてしまいそうだ」


 ルイヴェルさんの事情って何だろう?

 何故か自分の弟さんを哀れむように、その長い睫毛を小さく震わせながら目尻に涙を浮かべたセレスフィーナさんに、レイル君が治療を促してくれた。

 私が知らない何かを、この二人は知っているのだろうか?

 私に対して遠慮という壁をなくしたルイヴェルさんが何を思っているのか、知りたい気もするけれど……。


「これで大丈夫でしょう。それと、ユキ姫様……、あまり睡眠をとられていないご様子、疲労の具合も強いようですし、少々心配です」


「そ、それは……」


「ユキ、何か悩んでいるのなら、セレスフィーナに相談してみたらどうだ? 一人で抱え込むよりは楽になれるぞ」


 相談……、か。

 いつでも相談に来てくださいと言われてはいたけれど、王宮医務室に行くとルイヴェルさんがいる可能性が高い。だから、あまり足が向けずにいた。

 それに、こればかりは私が考えて答えを出すべき問題であって、人に相談する以前の問題だ。

 だから……、少しだけ俯いた後、私は緩く首を振ってその場を後にした。

 この胸の中にある迷いは、受け止めた二人に想いを返せるのは私だけ……。

 人にその役目を委ねてはいけない。一人で考えないと、私自身で。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふぅ……。悪い事しちゃったなぁ」


 心配してくれていたのに、手を差し伸べてくれたのに、それを振り払うような真似をしてしまった。いっぱいお世話になっているのに……、自分の勝手でその心遣いを。

 憩いの庭園に辿り着いた私は、自己嫌悪の溜息を零しながらよろよろと東屋に入り、座り心地の良い下向きの三日月型に設えられてあるソファーへと腰を下ろした。

 しかし……。


 ――ふに。


「え……?」


 今のは何だろう……。何かもふっと生温かい感触をお尻で踏んだような気がする。

 恐る恐る背後を振り返ってみると、穏やかな蒼の双眸とぶつかった。

 ゆっくりとそのふさふさとした銀毛の尻尾を揺らしながら、私を見上げている大きな狼さん。

 

「あ、アレク……、さん?」


 ふあぁぁ……と、のんびりとした欠伸を漏らした銀色の狼さんが、ゆっくりと頷いてみせる。

 という事は、私は今、アレクさんの身体を自分のお尻で踏みつけそうになったって事?

 一瞬にして青ざめた私は、大慌てでアレクさんのお腹のあたりを撫でて謝罪を繰り返した。


「ご、ごめんなさい、アレクさん!! 私、ぼーっとしててっ」


『気にする必要はない……。声をかけなかった俺も悪い』


「で、でもっ、まさか自分のお尻でアレクさんを踏みつけるなんてっ」


 本人の言う通り、あまり痛がっている様子や気にしている気配はないけれど、失礼な真似をしてしまった事に、私は罪悪感を覚えるばかりだ。

 そんな私に、アレクさんは銀狼姿の大きな頭を近づけ、ぺろりとその舌で私の頬を舐めた。


「あ、アレク、さん?」


『本当に大丈夫だ。それよりも、どうした? 入って来た時に、疲れた顔をしていた』


 セレスフィーナさんに治療をして貰ったはずなのに、どうしてわかったんだろう。

 アレクさんはその穏やかな眼差しで私を見つめながら、ソファーに座るように促してくる。

 場所をよけてくれたアレクさんにお礼を言って、私は腰を下ろす。


『ユキ……。その憂いの顔の責任は、俺にもあるのだろう?』


「アレクさん……」


 私が思い悩んでいる原因を見抜いているアレクさんが、しゅん……と、悲しそうに瞼を伏せる。

 確かに、今悩んでいる事はアレクさんにも関係があるけれど、責任を感じる必要はない。

 二人からの想いを受け取った私の役目は、その想いに応えられるように答えを出す事。

 それは、私自身の問題であって、悩んでいても、二人のせいじゃない。

 むしろ、毎日待たされる身の上になっているアレクさん達の方が不安で仕方がないはずだ。

 自分の期待する答えを得られるかどうか、私よりも辛いはずだから……。


「違いますよ、アレクさん。これは、私自身の問題です。だから、大丈夫ですよ」


『ユキ……。そんな風に俺の事を気遣わないでくれ』


「え?」


『お前を苦しめているのは俺自身だ。伝えれば困らせてしまうとわかっていたのに……、俺は自分の感情を抑えきれなかった』


 その言葉と共に、アレクさんは銀狼の姿から人の姿へと戻り、私へと向き直った。

 恋心の揺らめく蒼の双眸が、悲しそうに私を射抜く。

 私の身体をその腕に抱き、剣を握るはずのその手が、硬い指先が、私の髪を梳いていく。


「すまない……。お前を悩ませて、苦しませて、俺は、お前の騎士失格だな」


「アレクさん?」


「こんなになるまで悩ませてしまう己が、今この世でもっとも憎い存在に思える……」


 心地良い温もりは、気恥ずかしくもあるけれど……、アレクさんの低い音が耳に優しく響いていくのや、指先が髪に触れるその感触に、私は疲れていた心が安らいでいくのを感じていた。

 まだ答えを出せないのに……、いつだってこの人は私の事を気遣ってくれる。

 告白の後も、そんな事などなかったかのように、普段通りの様子で接してくれて……。

 それなのに、私が勝手に悩みすぎて疲れている状態を、自分のせいだと苦しんで……。


「違いますよ。アレクさんのせいじゃありません。これは、私自身の責任です」


「ユキ……。お前は、優しい子だな」


「優しいのは……」


 アレクさん、貴方の方ですよ。

 真面目で、優しくて……、いつだって私の事を守ろうとしてくれる温かな人。

 本当は早く答えを得たいはずなのに、今だって急かさずに気遣ってくれている。

 私には勿体ない人だと、自信をもって言える。

想われている事自体、夢のように感じられる日々……。

 本当に私は、アレクさんに甘えてばかりだ。


「アレクさん……。ありがとうございます」


「俺は、お前に責められるべき男だろう? 礼を言われるような立場じゃない」


「いいえ。何度お礼を口にしても足りないぐらい……、私はアレクさんの優しさに救われているんです」


 ぎゅっと、アレクさんの腕の力が強まり、その鼓動の音が伝わってきそうなぐらいに密着させられる。ずっと、この異世界に来た時から、私はこの人に守られ続けてきた。

 与えられるだけで、返せるものが何もない、無力な私を……。

 この人は無条件に愛してくれている。そんな価値が本当に自分にあるのか、それはカインさんに対しても思った疑問。

 自分の何が、二人の心に触れたのか……、それは今もわからないままだ。

 けれど、向けられた一途な想いは本物。自分がどんな存在であれ、私はそれに応える事を自分自身で決めたから……。


「俺は、優しくなどない……。己の想いを優先し、叶わぬ夢を掴みたいと願った。ただの我儘な男だ」


「我儘なんかじゃありませんよ。アレクさんの気持ち、とても嬉しかったです。私なんかには勿体なさ過ぎて……、答えを出せない自分が、本当に申し訳なくて」


「ユキ……、お前が責任を感じる必要はない。この想いを伝えられただけで、俺は十分なんだ。だから、返事など気にしなくていい……」


 私の全てを許してくれる心優しい騎士様……。

 アレクさんは私の背中を撫でながらもう一度そう言い含めると、ソファーから立ち上がった。

 東屋の扉を開け、少しだけ待っていてほしいと言った後、その向こうへと消えて行く。

 アレクさん……? 一体どこに行ったんだろう。

 待っている間、柔らかなソファーに、ぽふんと身体を横たえる。

 

「アレクさん……」


 本当に私は、何から何まで恵まれている。

 優しい人達に囲まれて、なんの不自由もなく幸せに過ごす日々。

 何もかもが……、至れり尽くせりの世界。

 恋愛も、私には勿体ないほどの人達が想いを向けてくれている。

 私を尊重してくれる優しいアレクさん、カインさんも、あの告白の後から、その返事を急かすような事も態度も見せてこない。

 気遣われて、優しさを与えられて……、私はきっと、凄く甘やかされている存在だ。

 その優しさに甘えてばかりで、何も返せない、ちっぽけな存在。

 だからこそ、自分に出来る事があるなら、それを全力でやらないといけないのに。


「はぁ……」


 また、アレクさんに気を遣わせてしまった。

 こうなってくると、もう自分で自分をお説教したくなるくらいに情けなく感じてしまう。

 アレクさんはああ言ってくれたけれど、やっぱり答えは早めに出さないと……。

 そうやって自己嫌悪の波に溺れていると、東屋の扉が再び開くのが見えた。


「アレクさん?」


 戻ってきたアレクさんは、また狼の姿になっていて、その口にはブラシが銜えられている。

 それを見た私は、寄ってくるアレクさんを出迎えながら、ブラシを受け取った。

 目の前でお座りをするアレクさん。私の手に渡されたブラシ。

 これって……。


『お前は俺が何を言っても、きっと思い悩む事をやめられはしないだろうからな……』


「アレクさん?」


『最近毛並みの調子が悪いんだ。ブラッシングを頼んでもいいか?』

 

 そんな風にアレクさんが言ってきたのは、もしかしたら……、アレクさんに対して早く答えを出せない事に罪悪感を抱いている私の心を軽くしようという意図があったからなのかもしれない。

 ブラッシングひとつで、返事を待たせている罪滅ぼしが出来るわけでもないけれど、――私はそっとその大きな銀狼の頭を胸に抱き締めた。


「ありがとうございます……、喜んでブラッシングをさせて頂きますね」


『あぁ……。我儘な願いばかりを頼んですまないな』


 何に対してお礼を言っているのかも、本当は気づいているはずなのに。

 腕の中に抱き締めているアレクさんは、その柔らかな毛並みで私の肌を擽りながら、微笑む気配を零したのだった。

2015・08・07

改稿完了。

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