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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~
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カインの告白

 ティーゼさんの事を知らなかったカインさんが、その巨大な牛の体躯を問答無用で攻撃しかけようとしたその手を何とか食い止めた後、私は必死に状況の説明をしてみせた。

 無害で心優しい素敵なもふもふの牛さんなんです!! と。

 その説明に納得してくれたのか、カインさんはその場にどかりと腰を下ろして胡坐を掻くと、ぎろりとティーゼさんを睨んだ。


「おい、そこの牛野郎」


『ティーゼ、オレノナマエ、ティーゼ』


「名前なんかどうでもいいんだよ。それよりも……、テメェ、さっきのあれはなんだ?」


『アレ?』


 流石に敵意と殺意を向けられて怯えを抱いてしまったのか、ティーゼさんはプルプルと震えながらカインさんの事を窺っている。

 牛と竜……、どう考えても強くて大きいのは竜なんだろうけど、無害とわかっているのに、何故カインさんがここまで怒っているのか。

 向かい合う二人を、私は少し離れた場所でパルフィムちゃん達と共に窺っている。


「ユキの顔を舐めてただろうが!! あれか!? 唾でもつけたつもりかテメェ!!」


「カインさん……、何言ってるんですか?」


「お前は黙ってろ!! いいか? この女は俺の先約だ!! 絶対に手ぇ出すんじゃねぇぞ!!」


 ……理解した。カインさん、物凄く多大な誤解をしているんですね?

 ただの動物ではなく、ガウレイ族という人と牛の姿を有しているティーゼさんが、私に求愛行動をしているのだと、どう考えてもありえない誤解を。

 流石にこれには意識が遠くなりそうになってしまった。

 何で出会ってすぐにティーゼさんが私に恋愛感情を抱くんですか……。


「カインさん、ティーゼさんに対して失礼ですから、今すぐにやめてください」


『ユキハ、カワイイ。ダケド、オレ、キュウアイ、シテナイ』


「テメェ、今可愛いとか言いやがったな!! 気があるんじゃねぇか!!」


 恋は盲目とはよく言ったものだけど、これはどうなんだろう……。

 可愛いと言われたのには吃驚したけど、敵意と下心がない事を穏やかに訴えているティーゼさんに対し、カインさんのお怒りゲージがぐんっと限界値間近まで跳ね上がった気がする。

 カインさんって……、もしかしなくても、嫉妬深い気質なんだろうか。

 誰が見ても、余裕のない必死感満載の怒り様だ。

 ただ巨大な牛さんにべろんと顔を舐められた、それだけの事なのに。

 

「カインさん、とりあえず落ち着いてください。でないと、私……、一人で帰りますよ」


『『『キュイキュイ~!!』』』


 あえて静かな怒りを滲ませて笑顔でカインさんに牽制をかけると、ティーゼさんの頭にヘッドロックをかけていたその動きがぴたりと止まった。

 

「ユキ……、お前な」


「ティーゼさんは優しい牛さんです。これ以上酷い事を言ったりしたりしたら……、本気で嫌いになりますので」


「ぐっ……、ユ、ユキ、ちょっと待て。俺はだな、お前に変な虫が引っ付かないように」


「ティーゼさんから離れてください」


 心からの本気だと脅しをかけると、カインさんは悔しそうにティーゼさんの頭から手を放し、私の傍へとやって来た。隣に腰を下ろし、私から顔を背けたその姿からは不満の気配が窺える。

  

「帰るなよ……。それと、嫌いになんかなるな」


 ボソッと、拗ねているような寂しがっているような、そんな小さな呟きを零すカインさん。

 その姿がいつもと違って何だか可愛くて見えて……、私はパルフィムちゃんの頭を撫でながら「はい」と、望む答えを返した。

 ティーゼさんの方は、ようやく落ち着けると安堵したのか、のそのそと私達の傍に寄って腰をおろしながら、尊敬に似た視線をひとつ。


『ユキ……、ツヨイ。スゴイ』


「そうですか? 私はただ、カインさんの横暴な仕打ちに耐えられなかっただけですから。それよりも、本当にすみませんでした」


『ダイジョウブ、キニシテナイ。ダケド、チョット、コワカッタ……』


「カインさん、今すぐにティーゼさんに謝罪の言葉を」


 可哀想に。ティーゼさんの大きなお目々には、薄らと涙が浮かんでいる。

 鬼気迫る勢いの恐ろしい迫力で絡まれたのだ。何の罪もないのに……。

 私は顔を背けているカインさんの肩を叩き、謝罪を要求する。

 だけど、捻くれたところのあるカインさんが素直に言う事を聞くわけもなく。


「けっ……。あのぐらいでびびってんじゃ、痛っ!!」


 理不尽な事をしたのだから、謝って当然の事。

 私はカインさんの長いクセっ毛の髪をひと房手に取り、思いっきり引っ張ってあげた。

 ついでに、当たり前の謝罪も出来ない人とはこれ以上一緒にはいられません、と二度目の脅しを向けた私に、カインさんが勢いよく振り返り低く唸った。


「わああったよ!! 俺が悪かった!! もうやらねぇから許せ!!」


 怒鳴るようにティーゼさんへと謝罪の言葉を向けたカインさんだったけど、これ、謝ってるって言えるのかなぁ……。どう考えても、自暴自棄な感じが。

 ティーゼさんの方はへにゃんとその牛耳を俯かせて、「キニシナクテイイ。ダカラ、コノケンハ、モウ、オワリ」と、穏やかな静寂を取り戻したいのか、妥協に入っている。


「ってか、何でこんなとこにガウレイ族がいるんだよ。お前らの国はウォルヴァンシアから相当離れてるだろうが」


「そうなんですか?」


 不機嫌顔と共に片足の膝を立てたカインさんが、泉の水を飲み始めたティーゼさんに尋ねた。

 エリュセードに存在する国々の情報に疎い私は、ガウレイ族の人達がどこに住んでいるのかを知らない。だから、一緒に疑問の視線をティーゼさんに投げてみると、穏やかだった大きな牛姿のティーゼさんの瞳に、悲しそうな気配が宿った気がした。


『ジジョウ、アル……。イロイロ』


「訳ありって事か……。まぁ、それぞれ色々あるよな」


 踏み込んではいけない部分に触れてしまった事を悟ったカインさんが、ティーゼさんに対する警戒や敵意の気配を完全に解き、共感するような音を零した。

 イリューヴェル皇国の第三皇子として生まれたカインさんもまた、語り尽せない暗い境遇と共に育ってきた人だから、ティーゼさんの答えに何か感じるものがあったんだろう。

 パルフィムちゃん達も少し悲しげで、その大きな牛の体躯を慰めるように寄り添っている。


『ダケド、オレ、カアサント、イッショ。サビシク、ナイ。ゲンキ、ニ、クラシテ、ル』


「そうか。お袋さんと一緒なら大丈夫だな。変な事聞いて悪かった」


『キニシテナイ。ソレヨリモ、ドウクツノ、オク、イクナラ……、スコシ、キヲツケテ』


 水を飲み終えたティーゼさんがぶるんと鼻息を漏らして、カインさんと私に視線を向けた。

 どうやら、ここ数日に渡って、この山には奇妙な違和感が発生しているらしい。

 山に通っているティーゼさんだからこそわかる、小さな異変。

 それが悪い事なのか、それとも別の何かなのか、詳しい事は何もわからないのだと。


「今のところ何も感じられねぇが、一応気をつけとくか。有難な、ティーゼ」


『ウン、キノセイナラ、イイ……。ドウクツノ、オク、タノシンデ』


「あぁ。それじゃあ行くか」


 ティーゼさんからの忠告を受けた私とカインさんは、それを頭の片隅に留めて、洞窟のさらに奥へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 淡く光を纏っていた場所を後にした私達は、洞窟の奥に向かうに従って、徐々に闇の中へと呑まれ始めていった。何の灯りもつけないカインさんに不安で尋ねてみると、この方が一番奥に辿り着いた時に楽しくなるからと、そう答えが返ってくる。

 闇の中でも問題のないカインさんの瞳と、強く握られている手の温もりのお蔭で取り乱さずには済んでいるけれど……、本当に大丈夫なのだろうか。

 途中で何か石のような物に躓いてしまった私は、それに気づいたカインさんの腕の中に飛び込んでしまう。


「す、すみません……っ」


「別に謝んなくてもいいぜ。俺からすれば、役得だからな」


「な、何言ってるんですかっ」


 闇の中、カインさんが喉の奥で微かに笑う気配が、私の頭の上で響いた。

 何も見えないからか、私の身体をしっかりと支える力強い腕の感触が必要以上に鼓動を走らせてしまう。多分、この先にある秘密の場所で、カインさんは私に確かな想いを伝えてくれるのだろう。

 お、落ち着かないと……。不必要に動揺して、カインさんを傷つけないように。

 今もこうやって私をからかう言葉ばかりを向けてくるのも、きっと私を緊張させない為。

 そう気付いているのに……。握り直された手の温もりに誘われながら奥に進み始めた私の鼓動は、今にも爆発してしまいそうなくらいに高鳴りを抑えきれないでいる。

 けれど、奥に進むその途中、繋いでいる温もりに違和感を覚えた。


(カインさん……?)


 さっきまでは何ともなかったはずのその繋いでいる手が、カインさんのそれが、ほんの微かに震えているのだ。表情は闇に隠れて見えない。だけど、その心の内が伝わってくるかのように、私の鼓動が徐々に落ち着きを取り戻していく。

 人に想いを伝える事は、恐ろしさと紙一重だ。

 どんなに余裕や自信を持っていたって、カインさんの中に怯えの気配がないわけじゃない。

 わかっていたのに、また、自分の事で精一杯になってしまって……、その心を気遣う事を失念していた。一大決心をしたカインさんの方が、きっと余裕がないはずなのに。

 

「カインさん」


「ん~?」


「……」


 声をかけたものの、私は何も言えず、その代わりに繋いだ温もりをしっかりと握り締めた。

 何度も思い悩んでしまう自分の悪い意味で真面目な部分を叱咤しながら、わざと別の話題を振って、奥までの道を進んで行く。

 やがて見えてきたのは、地面に転がっている小さな石達が発する柔らかな白色の光。

 まるで道しるべのように、その光は私達を奥へと誘っていく。

 

「カインさん……、きゃっ」


 自分達の足音が、広い空間の中で響くかのように大きくなった頃、私は立ち止まったカインさんの背中にぶつかってしまった。

 何か小さな詠唱めいた呟きが聞こえ、――直後、パチンと大きな音が響き渡った。

 小さな光だけが漂っていた空間に、様々な色の洪水が生まれ、幻想的な世界が視界を満たしていく。その眩さに堪えきれず瞼を閉じてしまった私に、僅かな静寂の後に声がかかる。


「ユキ、目ぇ開けろよ。勿体ねぇだろ」


「え……」


 突然、足元が浮く感覚と背中にまわされたその力強く感触に瞼を開けた私は、自分がカインさんの腕にお姫様仕様で抱き上げられた事に気付いた。

 そして、二人の頭上からゆっくりと舞い降りてくる存在に目を見開いた私は、真っ白な白雪を思わせるそれと共に、淡く柔らかな優しい色合いを宿した光の花びらの存在に小さく声を上げた。

 純白の雪と、それを彩る花びら……、計算されているかのように色合いの良いその光景に、暫しの間見惚れてしまう。


「綺麗……」


「だろ? この空間には特殊な鉱石が集まっててな。どうやら音の種類によって様々な変化を起こすらしいんだよ。で、色々試した中のひとつを見せてるってわけだ」


「これが、私に見せたかったもの、ですか?」


 広い空間の中にあった大岩の上に飛び上ったカインさんが、私を自分の隣に下ろしてくれた。

 落ちないように私の肩に腕をまわし、自分の方に抱き寄せて微笑んでくる。

 穏やかで、とても優しい……、包み込むような笑顔。

 

「見つけたのは偶然だったが、お前が喜ぶって予想が当たって何よりだ」


「秘密の場所だったんじゃないんですか? いいんですか? 私に教えたりして」


「今日からは、俺とお前の、秘密の場所だ。二人だけのな」


 それは、私の存在がカインさんにとって特別だという事なんだろう。

 雪景色のように舞い落ちてくる淡い光の世界に包まれながら、私はカインさんの真紅に囚われてしまう。


「俺は、お前と二人だけの……、特別なモンを、もっと増やしていきたいって、そう思ってるんだぜ?」


「そ、そうなんです、か……っ」


 熱心な眼差しが楽しげに笑みを刻んだかと思うと、わかりやすく戸惑っている私の額をその指先でちょんっと小突き、カインさんは頭上に視線を送った。

 空洞となっている頭上からは、消える事なく淡い光の花びらがひらひらと舞い落ちてくる。

 私も一緒にそれを見上げ、穏やかな静寂に身を任せた。


「……なぁ、ユキ」


「は、はいっ」


 上を見つめていたカインさんが、ゆっくりと私の方にその綺麗な面差しを向けてくる。

 淡い光の世界に照らし出された、切なげな表情……。

 カインさんの腕が、私の肩をぐっと強く抱き直す。


「前に、俺が禁呪に呪われる前……、憩いの庭園で言いかけた事、覚えてるか?」


「え……」


 憩いの庭園で……、禁呪に呪われる前? カインさんが言いかけた、事?

 いつの事を言っているのだろうかと首を傾げれば、呪いにかかったあの日の事だとヒントを貰った。確か……、怪我を負っていたカインさんの手当てをしてから翌日の事、だったかな。

 

「確か、カインさんに頬を引っ張られてからかわれた記憶が」


「いや、そこじゃねぇよ……。てか、何気に根に持ってんのか、お前」


「少しだけ」


「ははっ、そりゃ悪かったな。てか、そこじゃねぇよ。俺が言ってんのは、あの時……、遊学期間が終わった後の話だ。まぁ、結局居残る事になっちまったけどな」


 非常に残念な顔で頭にアイアンクローをお見舞いされてしまった。

 力は入ってないからそんなに痛くないけど、確かにあの時、カインさんは遊学が終わった後、どこか遠くに行くような事を言っていた。

 そして、その時が訪れたら……。


「あの時、途中で誤魔化されたような気がするんですけど」


 何かを伝えようとして、口ごもったカインさん。

 その後、誤魔化すように頬を引っ張られた記憶を思い出した私は、もしかしたらという思いを抱いた。あの時、カインさんは……、遠くに行く自分と一緒に。


「えっと、……あの」


「現実逃避はなしだ。……今ならわかるだろ? あの時、俺が何を言いたかったのか」


 ―― 一緒に来てほしい。

 カインさんは、私を自分の旅に連れて行きたいと思ってくれていたのだろう。

 大広場での一件があったからこそ、その話を振られてすぐに悟った。

 つまり、もうあの頃には……。

 私の頭から手をおろしたカインさんが、自分の懐に手を差し入れて何かを取り出す。

 小さなラッピング袋から現れた、――白と桃色が柔らかな色合いを見せる綺麗な花の髪飾り。

 それを手に持ちながら、カインさんは幸せそうに笑う。

 私の何が、こんなにも彼の心を惹きつけるのかはわからない。

 だけど……、今向けられている想いは、アレクさんの時と同じように真剣そのものだ。

 そっと、私の黒髪に花飾りを着けたカインさんが、それに触れながら瞳の奥で恋心の熱を揺らめかせる。


「一人の旅も気ままでいいんだけどよ。二人なら……、もっと充実したもんになる。あの時の俺は、結構本気で、お前の事をこの国から奪ってやりたいって、そう思ってたんだぜ?」


「そ、そうだったんですか……」


 少し冗談めかして当時の事を語っているのは、やっぱり私の緊張感を少しでも緩和する為なんだろう。だけど、それで流す気は勿論ないようで……。

 

「だから、改めて聞かせて貰う。ユキ……」


「は、はいっ……」


「いつか……、俺がこの国を出る時、一緒に来てくれって、そう頼んだら……、この手を取ってくれるか?」


 花飾りに小さくキスを預け、カインさんが私の左手を取って尋ねてくる。

 自由気ままな、広い世界への旅路。ウォルヴァンシア以外の、沢山の国々や見知らぬ場所を巡って、二人だけの想い出を作りたい。そう望んでくれるカインさんの声音に偽りはなかった。


「私は……」


「例えばの話だ。今すぐにこの国を出るわけじゃねぇ。けどな、俺がそう望む理由は、お前の心に届いてるはずだ」


「か、カインさん……、あ、あのっ」


 顔を近づけてくるカインさんから、少しでも距離を取ろうと腰を浮かしかけた私の肩を、その力強い手が逃げ場を塞ぐように掴んで引き止める。

 

 

「逃げるな……。今日は、何があっても絶対に逃がしてなんかやらねぇからな……」


 至近距離に迫ったカインさんの切なげで必死な表情に、鼓動が跳ね上がる。

 告白を受け止める覚悟は出来ている。だけど、穏やかで熱い想いを抱くアレクさんとは違って、カインさんが私に向けている想いは嵐の前触れを感じさせるそれだ。

 真紅の双眸に秘めた、焼き尽くされそうなまでに危うい気配を感じさせる眼差し……。

 それを受け止めるには、私の存在は小さすぎて……。


「面倒だ、迷惑だって言われても、俺はお前に知ってほしいんだよ……」


「カインさん……」


 私の左手を自分の鼓動の上に押し付けたカインさんが、その想いを伝えるように高鳴る胸の音を伝えてくる。友情では終われなかったその持て余している熱をわかってほしいと。

 

「あ、あの……、か、カインさんは、私の事を、いつもお子様お子様ってからかうじゃないですか。とてもじゃないですけど、その、色々と手馴れているカインさんに想われるような部分なんて……っ」


 ウォルヴァンシア騎士団の団長、ルディーさんが教えてくれた情報の中には、カインさんが女性に対して色々と問題ありだという内容も含まれていた。

 きっとイリューヴェルで暮らしていた頃は、綺麗な女性達と経験を積み重ねていたに違いない。

 その女性達と比べれば、私なんかお子様中のお子様としか言えないはずなのに……。

 本当に、一体どこでどうなってカインさんが私を異性として意識するようになったのか。

 それが全然わからなくて、私は視線を横に逃がそうとした。

 けれど、カインさんは私の後頭部に手をまわしその場に押し倒すと、上に覆いかぶさってきた。


「か、カインさん!?」


「確かにな……。俺には消し去りたい過去が多すぎる。けどな? 俺にとってお前は、もう他に目を向けられねぇくらいに、初めて好きになった本気の女なんだよ」


「は、はい!?」


「お前がお子様過ぎるのは否定しねぇし、自分でも意外な女を好きになったって戸惑ったもんだ」


「だったら……っ」


 もっと綺麗で経験豊富な女性を好きになるべきでしょう!?

 そう訴えるけれど、カインさんは自嘲気味に笑って、「それはねぇな、絶対……」と、自信のある声音で答えを返してきた。何なの、その意味不明な自信は!!

 女性に苦労しそうもない魔性の美貌を持って生まれてきたのに!!

 どうしてその感情を向ける相手が私なの!!

 アレクさんとカインさんどちらにも訴えたい事だけど、私レベルを好きになっても、きっといつか後悔しますよ!! そう声を大に言いたいけれど、残念な事に、二人とも本気も本気、大真面目だった。


「いい加減観念しろ。お前以外にどんな好条件の女を目の前に差し出されたって、俺は……」


「で、でもっ」


「こんなどうしようもねぇ俺に出会っちまったのが、運のツキだったって、そう諦めろよ……。俺はな、――お前がいいんだよ」


「――っ」


 真紅の双眸に心ごと射抜かれながら、声を強めて言われてしまった言葉に、完全に逃げ場をなくしてしまう。他の誰でもなく、私という存在が欲しいのだと、カインさんは本気で求めている。

 わかってはいた事だけど、それでもこれは……。


「禁呪に殺られかけた時は流石に諦めかけたもんだが、もうその心配もないからな……。二度と後悔しないように、俺は悔いなく生きる、って……、そう決めた」


「カインさ……、ん」


「覚悟しろよ? 俺はこれから、お前を困らせて困らせてどうしようもなく、俺の事しか考えられないように足掻いてやる」


 カインさんの重みが、温もりと共に私の身体を押し潰してくる。

 私の頬を片手に包み込み、その唇が……、ゆっくりと私の耳元に向かって移動していく。

 熱に濡れた吐息が鼓膜を震わし、私の胸の奥で早足になっていた鼓動が、さらに加速をかける。


「お人好しで、お節介で、怒りっぽくて、頑固で……、俺のやる事に一々可愛い反応を見せるお前は、俺にとって最高に面白い女だよ。他の誰にも渡さねぇ……、これからもずっと、俺の傍に縛り付けておきたいほど、――愛してる」


 アレクさんの時と同じ、確かな言葉が形となって私の心を熱く掴み取る。

 愛おしそうに私の頬を撫で、その唇を近づけてくるカインさんの顔には、恋愛経験値ゼロの私には強烈な程の色香が。

 ちょ、ちょっと待って!! 貴方がお子様とからかう私にそれは反則でしょう!!

 この人、絶対に自分の顔と声音が放つ凄まじい迫力に気づいてない!!

 ううん、もしかしたら、わかっていてやっているの!?

 全身に沁み渡っていくかのような、カインさんの深い愛情と本気の想い。

 それを頑張って受け止めようとするけれど、私は動く事も出来なくなって、頬や耳に触れるカインさんの唇の熱に、完全に固まってしまった。


「顔……、真っ赤だな」


「だ、だって……っ」


 真っ赤になる頬の熱を、カインさんが面白そうに見つめてくる。

 自分の想いを受けて私が動揺して、意識している事を確認出来たのが嬉しいのか、私を抱き起してその腕の中に抱き込んだ。その指先が、意味深に私の小さな唇をなぞっていく。


「お前は俺に、人を愛する幸せを教えてくれた。もう一度、人生をやり直すきっかけをくれた。そんなお前が、俺と一緒に歩いてくれたら……」


「あ、あの……、お、お気持ちは、わ、わかった、ので……、その、そろそろ離れ」


「暫くはこの状態だな。俺の事をたっぷりと意識させる為にも、もう一歩先に進んどくか」


「え?」


 私がすぐに答えを出せない事を知っているのか、カインさんは悪戯めいた微笑と共に、私の顎を指先で持ち上げて『行動』に移った。

 私の瞳を見つめたまま、カインさんの唇がゆっくりと迫ってくる。

 こ、これはまさか!! どうにか恋愛感情の奔流に呑まれまいと頑張っている私を攻め落とすかのような前触れ。

 ドクドクと限界を迎えそうになっている鼓動と、全身を駆け巡る強い熱の痺れ。

 

「か、カインさん、ちょっ、ちょっとまっ!!」


 アレクさんから告白を受けた時のように、制止の声をかけながらも、私の視界はくらくらと揺れ始め、その唇が触れる寸前、――白い光がはじけるように意識がぷつりと途切れてしまった。

 二度目は耐えられるかもしれない。そんな風に考えていた自分は、やっぱり愚かだったのかもしれない。

2015・08・04

改稿完了。

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