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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~
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滝の裏の洞窟

 ちょっとだけ気まずくなってしまった食事の後、私とカインさんは黒馬に乗って、また三十分ほど道くを走る事になった。

 今度は天高く聳える山へと、黒馬を入口に生えていた木のひとつに待たせ、二人で整備されている道を登りながら、上へ上へと。

 暫く歩き続けていると、日差しの明るさを受けてきらきらと輝く川の流れる場所へと出た。

 時折茂みの方から私達の様子を窺ってくる野生の小動物達など、それらを見回しながら進んでいくと、大きな音と水飛沫を上げて躍動している滝の姿が視界に映った。

 

「凄いですね……」


「結構見応えがあるだろ? まぁ、ちょっとうるさいのが考えもんだけどな」


 自然界の力強さを感じさせるような滝の流れに見惚れていると、カインさんが私の手を引っ張って、流れ落ちる激流の裏へと回り込んだ。

 しっかりと繋がれてしまったお互いの温もりに、また羞恥の熱が戻ってきてしまう。

 それを押し隠しながら、私は前を行くカインさんに付き従った。

僅かな人数しか通れないその道を注意深く進み、滝の丁度真ん中の裏側付近に見つけた、真っ暗闇の口を開けた大穴。山肌に空いているそれは、中に続く入口の役目を果たしているようだった。

 何も見えない……、闇。ぶるりと恐怖に震えていると、カインさんが私の手を引いて中に入り始めた。


「か、カインさんっ、大丈夫なんですか!?」


「へーき、へーき。よっと、入口のとこ、少し足元に気を付けろよ」


 カインさんが穴の中に入るという事は、手を繋いでいる私も同じ運命を辿るという事で……。

 引き返したい臆病な心を抱きつつも、私はあっという間に闇の世界へと招待されてしまった。

 

「カインさんっ、あ、危ないですよ!! こんな真っ暗な場所、や、やめましょう!! ねっ」


 お母さんに似て、好奇心は旺盛な方だけど、流石に暗闇一色の世界は怖すぎる!!

 入口の所で踏ん張って懇願していると、闇と同化しそうになっているカインさんが呆れの気配を纏って息を吐いた。


「ユキ、とりあえず、落ち着け。お・ち・つ・け。深呼吸しろ、余計な事は考えるな、ここは危険な場所じゃない。いいか?」


「は、はい……。で、でも、ま、真っ暗なんですよ~っ」


 どこの世界に、得体の知れない真っ暗闇の大穴に入りたがる女子がいますか!!

 ぴしょん……、ぴしょん……、まるで真夏のホラーの如く、微かに聞こえる水滴の伝い落ちる音。

 カインさんに手を引かれ、ゆっくりと進んでいる最中に、ぽぉ……と、淡い光が周囲に漂い始めた。


「俺は目が利くからいいが、お前には必要だろ?」


「は、はい。ありがとうございます……」


 どうやら、カインさんが術で明かりの役をするそれを生み出してくれたらしい。

 蛍の光のように、真っ暗な世界を照らし出した救いの光……。

 道を進んでいく内に、広がりを見せ始めた滝の裏の世界は、巨大な洞窟のようだった。

 出来れば最初から明かりを用意してほしかった……、という恨み言は心の奥に仕舞っておく。

 

「カインさん……、何でこんな所に」


「この奥に良いモンがあるんだよ」


「良いモン……」


 こんな岩肌だらけの不気味な洞窟に、良いモンって……。

 不気味に響き渡る私とカインさんの靴音と、鼻先に漂ってくる泥と水の混じる独特の匂い。

 肝試しで使うなら絶好の場所だけど、あまり長居はしたくない場所に思えた。

 一本道ではなく、時々現れる分岐点の道を何度か選んで奥に進みながら、私達はどんどん奥へと入っていく。本当にちゃんと道をわかっているのだろうか……。

 そして、不安がっている私の前を歩いていたカインさんが、不意に立ち止まった。


「ユキ……」


「は、はいっ。ど、どうしたんですか?」


 ゆっくりと振り返ったカインさんが、絶望一色の悲痛な表情で、こう言った。


「なんか……、前に来た時と、道が違う」


「えええええ!?」


 すでにもう何度も色々な道を通って来ている。

 こんな奥まで進んでおいて、前と道が違う!? 今一番聞きたくない事実だった!!

 果たして、こんなにも入り組んだ洞窟から外の世界に生還する事は可能なのだろうか?

 恐怖に青ざめる私に向き直り、カインさんがそっと私の身体を抱き締めてくれる。


「俺にも……、全然、帰りの道が掴めねぇんだ。悪ぃ……、俺が連れて来たのに……」


「か、カインさんっ、だ、大丈夫ですよ!! が、頑張って、二人で帰りの道を見つけましょう!!」


「ユキ……」


 いつになく、気弱な顔を見せているカインさんの背中を抱き返し、私は励ますようにその背を撫でた。正直、内心では道がわからなくなってしまって、絶望全開の不安感に苛まれているけれど、私まで気弱になってはいけない。カインさんにだって、予想外の事態だったんだろうし。

 しかし、必死に励ましている私の心中を面白がるかのように、何故か私の首筋に顔を埋めていたカインさんが喉奥で笑う気配がした。


「……なーんてな。それだけ元気がありゃ、この先も平気だろ」


「か、カインさんっ!?」


「さーて、先進むぞ~。いやぁ、からかい甲斐のある連れがいると、本当面白ぇよな~」


 ぱっと私から身体を離したカインさんの顔には、してやったりという嫌な笑みが浮かんでいた。

 人が見知らぬ洞窟内で不安に駆られながら歩いていたというのに、何なのその酷いお芝居は!!

 私の手を取って、また洞窟の奥へと向かいだした竜の皇子様は、私を騙せた事に物凄く上機嫌のようだ。ひ、人が、どれだけ怖かったか……!!


「カインさんの……、いじめっ子!!」


「ははっ、よく言うだろ? 好きな奴ほどいじめたい、ってな?」


「私は嫌です!! 今度あんな│性質たちの悪い真似をしたら、本気で嫌いになりますからね!!」


「さぁ? どうすっかなぁ~」


 本当に、何回でも思ってしまう事だけど、カインさん相手だと、私の精神年齢が一気に小学生レベルになってしまう気がして仕方がない!!

 二十歳にもなって、目の前の魔性の美形男性をいじめっ子呼ばわりして文句をぶつけるなんて、全然大人じゃないっ。子供そのものだっ。

 この人……、本当に私の事を異性として見ているんだろうか?

 好きな人に意地悪をするって、普通は子供時代の話じゃないのかなぁ……。

 繋がれている手の温もりを引き剥がす事も出来ず、私は子供じみた意地悪で満足感を得た竜の皇子様の背中を恨めしげに見つめながら、後を付いていくしか出来なかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いつまで拗ねてんだよ。――ほら、ここが一つ目の良いモンだ」


 ブツブツと文句を零しながら進んで行くと、やがて鼻の先に漂ってきたのは、甘い花の香りだった。一面に美しい花々の絨毯を敷き詰めた広い空間は、そこだけが夢の世界のように別世界を築き上げている。奥には静かな水面を湛える泉があり、手前の方では、可愛らしい小動物達がぴょんぴょんと跳ね回っていた。

 

「カインさん……、ここは」


「前に暇潰しで見つけた穴場だ。来て損はなかったろ?」


「はい……。洞窟の中に、こんな世界があったんですね」


 人目に晒される事なく、ひっそりとした息吹を抱く秘密の聖域。

 カインさんの術による光がなくても、岩壁自体が空間を照らす明るさを生んでいるようだった。

 

「カインさん、あの子達は?」


 ぴょんぴょんと、淡い水色と薄桃色の小さな花々と一緒に踊るように絨毯を跳ね回り、楽しそうに鳴き声を上げている小動物。

 大きさは大人のウサギぐらいかな。先端の尖った長い獣の耳と、少し? 大きな両手足が特徴的だった。私達が訪れた事に気付いたのか、跳ねるのをやめて一斉にこちらへと向いた。


「可愛いですね……」


「そいつらは、山で暮らす習性のある動物だ。でかい前足と後ろ足が特徴的な奴らで、パルフィムってのが種族名だな」


 カインさんが寄って行くと、パルフィムちゃん達は怖がらずに彼の周囲を取り囲んだ。

 その内の一匹をカインさんが腕に抱き上げても、警戒や威嚇の声が上がる事はない。


「ほら、な? 結構大人しいし、危害を加えなければ攻撃される事もない」


『キュゥ~』


 カインさんの腕の中で安心しているのか、パルフィムちゃんはその薄桃色の頭を擦り付けて、甘えているような可愛い声を漏らす。

 他の子達も、カインさんの足に擦り寄って抱っこをせがんでいるようだった。

 いいな~……、私も、パルフィムちゃん達のもふもふとした癒しのボディを撫で撫でしたい。

 あの両手足の裏に隠れている肉球も、物凄くぷにぷにと心地の良い感触に違いないだろう。

 試しに私もその傍へと寄ってみると、一匹のパルフィムちゃんが寄ってきた。


『キュイ~』


「か、可愛いっ!!」


 もふもふの動物というものは、その姿に見合った可愛らしい声をしている事が多いけれど、その丸く大きな赤いお目々の愛らしさとも相まって、物凄く可愛い!

 その場に膝を着き、恐る恐る小さなパルフィムちゃんの身体を抱き上げてみると……。


「カインさん……」


「ん? どうした」


「物凄く……、もっふもふ天国です!」


 腕に収まりやすい小さな身体、人懐っこく愛らしい鳴き声、手のひらに感じる柔らかで温もりのあるもふもふ感。アレクさん達が狼の姿を纏った時の手触りも最高だけど、大型と小型の違いというか、パルフィムちゃん達をこの腕に抱いている幸福感はまた違ったものに感じられる。


『キュゥゥ~』


 抱き潰さないように優しく撫でていると、パルフィムちゃんは心地良さそうに瞳を微睡ませて、やがて健やかな寝息と共に眠ってしまった。

 

「ふふ、可愛い」


「よっぽどお前の事が気に入ったんだろうな。ほら、見てみろよ。他の奴らも、そのパルフィムの事が羨ましくて仕方がないみたいだぞ」


「え?」


 カインさんを見上げていた視線をその指先に示された場所に移すと、パルフィムちゃん達が私の膝にその大きな前足を乗せて、続々と身を寄せ合うように集まっていた。

 ぷにぷにと感触の良い前足の肉球の感触で踏み踏みされるという幸福。

 真っ赤な丸いお目々が、自分達も抱っこ抱っこと求めておねだりしている。


「ちょ、ちょっと待って!! 順番!! 順番だから!!」


『『『キュイィ~』』』


 膝の上に一匹が陣取れば、他の子達がズルいズルいと抗議するように私の周りを取り囲み、甘え始めてしまう。花の匂いとは違う、この子達のバニラのように甘い香りが心地良い。

 だけど、こんなに沢山のパルフィムちゃん達を相手にするのは、ちょっと。


「か、カインさ~んっ、た、助けてくださいっ!!」


「ははっ、別にいいじゃねぇか。害があるわけでもねぇし、可愛いモンだらけで面白いぜ?」


 腕の中に抱えているパルフィムちゃんの顎を擽ってあげながら、カインさんは『│記録シャルフォニア』と呼ばれる撮影用の術まで発動させて笑っている。

 やっぱり意地悪な人だ! と、記録シャルフォニアを撮るのを止めさせようと腕を伸ばすけれど、パルフィムちゃん達の群れに埋め尽くされた私は、もふもふの餌食になるしかなかった。

 し、幸せではあるけれど、く、苦しい!!


「眼福、眼福、ってな。やっぱ想像した通り、面白いモンが撮れた」


「な、何言ってるんですか!? わっぷ」


『『『キュイ~! キュゥゥンッ!!』』』

 

何故かとても満足げなカインさんは、上機嫌な鼻歌まで小さく奏でながら、物凄く困っている私とパルフィムちゃん達が戯れる様を、記録シャルフォニアで撮り続けるのだった。

2015・07・21

改稿完了。

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