待ち合わせと三つ子
最初は幸希の視点。
途中に一度、ウォルヴァンシア王宮医師、ルイヴェルの視点が入ります。
――Side 幸希
カインさんからのお誘いを受けた翌日。
私は朝の勉強を終わらせたその足で、待ち合わせ場所である憩いの庭園へと向かっていた。
約束の時間までにはまだ余裕があり、ゆっくりと歩みを進めていると、回廊付近に差し掛かった所で、向こう側から王宮医師のお二人が歩いてくるのが見えた。
その足元では、ウォルヴァンシア王族の三つ子ちゃん達が楽しげにはしゃぎながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて一緒に歩いている。
「「「ゆきちゃん、こんにちは~!!」」」
「ふふ、こんにちは。今日はお二人に遊んで貰っているの?」
私の方へと駆け寄ってきた三つ子ちゃん達と視線を合わせるように腰を屈ませ、その頭を撫でる。
いつも元気で明るい三つ子ちゃん達は、私にとって癒し的な存在だ。
私は三人の頭を撫で終わると、微笑ましそうにこちらを見つめているお二人に挨拶を向けた。
「セレスフィーナさん、ルイヴェルさん、こんにちは。今日もお仕事ご苦労様です」
「ユキ姫様、こんにちは。……これからどこかにお出掛けですか?」
「はい、これからカインさんと一緒に、ウォルヴァンシアの城下に出掛けるんです」
「ほぉ……、カインとですか。それは楽しそうですね」
美しい双子の姉弟にそう答えると、銀フレームの眼鏡の中心を意味深に持ち上げたルイヴェルさんが、くすりと小さな笑いを零した。……何だろう。
そして、三つ子ちゃん達をそれぞれの腕に抱き上げ、私へとある提案を持ち掛けた。
「城下町へ行くのでしたら、殿下達も連れて行っては貰えませんか?」
「え?」
はい、と、私の腕の中に三つ子ちゃんの一人を抱かせたルイヴェルさんが、子供達の子守りを頼んできた。王宮の中だけでは子供達も退屈だろうし、出掛ける予定があるのなら、是非、と。
私は困惑しながらも三つ子ちゃんの一人をよいしょと抱き直し、僅かの逡巡を見せた後、首を縦に振った。カインさんには承諾をとっていないけれど、きっと事後承諾でも許してくれるはずだ。
それに、三つ子ちゃん達を連れて行けば、人数も多くなるし、楽しい事も倍になるだろう。
「わかりました。じゃあ、三つ子ちゃん達は責任をもって、私がお預かりしますね」
「有難うございます、ユキ姫様。丁度、私と弟は、これから大事な仕事が入っておりまして、困っていた所なのです。どうか、殿下方の事、よろしくお願いいたします」
「殿下達は昼食もまだですので、出来れば一緒にお願いします。ユキ姫様」
丁寧に頭を下げてくれたお二人に、私は「任せてください」と微笑んで、三つ子ちゃん達を促しながら歩き始めた。
けれど、私の背中を呼び止めるように低い音が聞こえ振り向くと、ルイヴェルさんが自分の口元に指先を当て、意味ありげに微笑んだ。
「ユキ姫様、カインは自分の感情に素直な男です。困った事になりたくなければ……、殿下達を傍からお離しになられませんように」
「え? は、はぁ……」
カインさんが物言いに遠慮がなく、何事にもオープンな言動をするのは知っているけれど……。
ルイヴェルさんは、何を言いたいのだろう?
困った事になりたくなければ? 三つ子ちゃん達を離すな? 意味がよくわからない。
それに、今回のお出掛けは、カインさんの暇潰しに付き合ってほしいというものだ。
友人同士の他愛のない約束事、……の、はず、なんだけど。
首を傾げた私は、三つ子ちゃん達のはしゃぐ声に意識を奪われ、ルイヴェルさんに何の事かを聞き返す事が出来ずに終わってしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side ルイヴェル
「とりあえず、最初の仕掛けはこれでいい、か」
「ルイヴェル……、本当に良いのかしら。何だか、カイン皇子の楽しみを奪ってしまったような気がするのだけど」
三つ子の王子達と共に去って行くユキの姿を見送っていると、双子の姉であるセレスフィーナが罪悪感を含んだ様子で項垂れるのが見えた。
カインと共に城下へ出掛けるユキに三つ子達を預けた事を後悔しているようだが……、それは『最初から決まっていた』事だ。
正確には、カインとユキを二人きりにさせないようにと、昨夜の真夜中に俺達の許を訪れたウォルヴァンシア騎士団長達からの願いによって、だが。
顔面蒼白で疲弊しきったルディーとロゼリア、そして、何故か巻き込まれたらしきウォルヴァンシアの第一王子、レイルと共に頭を下げられたのだ。
どうか、カインとユキの仲が進展しないように、力を貸してほしい、と。
個人的には、少々心配のし過ぎじゃないかと宥めてやったんだが、ルディー達の瞳から行き過ぎた必死さが消える事はなく……。
『もし、万が一……っ、姫ちゃんと皇子さんに何かあったら、お前責任取ってくれんのかよおお!!』
『そうです! ルイヴェル殿は、副団長が壊れた後の責任を、どう取ってくださるおつもりなのですか!!』
お前達は、一体どんな強敵に追い詰められているんだ……。
テーブルに片足を着き、同時に俺の胸倉を掴みにかかってきた騎士団の二人は、鬼気迫る勢いだった。断れば、その場で本気の一撃を浴びせてきそうな、もう後がないと言わんばかりの迫力だったように思う。言っておくが、ルディーもロゼリアも、普段は己を律する事が得意なタイプだ。
あそこまで取り乱す事は、滅多にない。
「それに、レイルからも頼まれたからな。聞かないわけにはいかないだろう?」
「確かに、ね。だけど、意図的に邪魔をするような真似は、正直言って気が進まないわ」
昨夜の事を振り返っていると、セレス姉さんは先程と変わらずに溜息を零し続けていた。
だが、俺からしてみれば、別に悪意のある酷い真似をしたというわけでもない。
ただ、カインとユキの間に生じるかもしれない、万が一の可能性を減らしただけだ。
確かに、俺としても早々に事が落ち着くのは面白くない、と、そう思っていたからな。
ユキが自身の心で定めた相手であれば、俺も相応の扱いをする気ではあるが……。
その相手が定まるのは、もう少し後でもいいはずだ。
そう、二、三百年ぐらい後の話でいい。
それに、アレクは俺とセレス姉さんにとって、幼い頃からの幼馴染であり、親友でもある男だ。
たまには友として、少しぐらい力になってやるのも悪くない。
「セレス姉さんは俺と違って、心根が優しいからな。だがまぁ、そこまで深刻に考える事もないだろう。むしろ、二人きりで緊張するよりも、三つ子達を間に挟んで和む仕様にしてやったと、そう考えてみたらどうだ?」
「そう、ね……。だけど、どうしてかしら? ルイヴェル、とても楽しそうな顔をしているわね?」
「そうか? 気のせいだろう。徹夜明けだというのに、お子様の監視役をしなければならないんだぞ? 疲れこそすれ、楽しいわけが」
「嘘おっしゃい。ユキ姫様とカイン皇子のデートを監視するのと同時に、邪魔する気もあるでしょう?」
流石は双子の片割れと言ったところか。
セレス姉さんは、城下に向かう準備をしに歩き出した俺の腕を掴み、美しいその面差しに険を含ませた。俺の内心はバレバレだな。
別にカインがユキに対して想いを抱くのを咎める気はない。
だが、必要以上の接触をするようなら……、色々と、な。
ユキはまだ、少女期にあたるお子様的な存在だ。
成人を迎えているカインはいいとして、触れる際の分別はつけさせるべきだろう。
そんな俺の行動を先読みしてか、セレス姉さんは酷く不満そうだ。
「別に構わないだろう? ユキは俺達の大切なお姫様だ。ようやくこの世界に戻ってきたのに……、またすぐに手放す羽目になるのは、セレス姉さんだって嫌だろう?」
「はぁ……、貴方って子は。人の恋路を邪魔すると、エルヴァナの鳥の大きな翼に打たれちゃうわよ」
「伝承だけに存在する鳥如き、俺の敵ではないな」
俺がユキとカインの邪魔をする未来を確定させているセレス姉さんが、再度重苦しい溜息を零してみせる。だが、それは必要があればの場合のみの話だ。
カインが節度をもった接し方をユキにしていれば、俺は何も言わないし、手も出さない。
そうだな……、もしカインの想いが叶ったとしても、ユキが成熟期を迎え大人の姿にならない限りは、キスも言語道断だと、そう思ってはいるが。
「ルイヴェル。お姉ちゃん……、何だか凄く城下に行くのが憂鬱だわ。主に、カイン皇子よりも、貴方の暴走が起こらないか心配で」
「一応、俺も昔よりは落ち着いたつもりなんだがな?」
口の端に笑みを刻み、俺は憂鬱そうに表情を曇らせる姉の肩を抱き、歩みを進め始める。
過去に色々と迷惑をかけた自覚はあるが、ルディー達が話していたような、アレク並みの暴走をするつもりはない。あくまで、ユキの保護者としての振る舞いを念頭に動くつもりだ。
そう、カインが……、馬鹿な真似をしない限りはな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side 幸希
「……というわけなんですが、別に良かったですよね?」
「「「かい~ん、ぼくたちもいっしょにいくのぉ~!!」」」
三つ子ちゃん達を連れて憩いの庭園を訪れると、事情を聴き終わったカインさんが、ぐったりと草地にしゃがみ込んで、重たすぎる溜息を吐いてしまった。
小さな音で何かブツブツと言っているのが聞こえてくるけれど、それは確かな言葉としては届いてこない。どうしたんだろう。
三つ子ちゃん達と一緒に、その傍へと腰を屈めると、何故か恨みがましそうな目で一瞬だけ睨まれてしまった。
「ルイヴェルの野郎ぉ……、絶対わざとだろっ」
「カイン、さん?」
瞬間、ばっと顔を上げ、自分の頭を掻き毟ったカインさんが、何かを振り切るように立ち上がった。サァァッと、少しだけ強い風が周囲に流れていく。
私達は、ぽかんと小さく口を開けてカインさんを見上げながら、同時に首を傾げた。
「カインさん?」
「「「かい~ん?」」」
「連れて来ちまったモンは仕方ねぇからな。俺も覚悟決めるぜ」
その腕に三つ子ちゃん達の一人を抱き上げると、カインさんは口端に楽しげな笑みを刻んだ。
高くその腕を上げ、不意に真剣な表情へと変わる。
「いいか? 城下町は広いし、人も多い。絶対に俺達から離れんなよ?」
「「「は~い!!」」」
お兄さんのように厳しい眼差しでそう言い含めたカインさんに、三つ子ちゃん達は笑顔でそれに応えた。確かに、城下町はとても広い。私も何度か連れて行って貰った事はあるけれど、不慣れな者はすぐに迷ってしまう事だろう。
自分達で面倒を見るつもりではあるけれど、お前達も気を付けるんだぞ。と、そう言い聞かせているカインさんは、本当に、三つ子ちゃん達のお兄さんのように見える。
「カインさんって、結構面倒見が良さそうですよね」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ。ただ、ガキが泣くような羽目になるのは、好きじゃねぇんだよ」
城下で迷子になってしまったら、きっと三つ子ちゃん達は声をあげて泣くだろう。
だからカインさんは、幼い子供達が悲しい目に遭わないようにと、事前に出来る事をやっておきたかったに違いない。ほんのりと夕陽のように染まった顔を背け、カインさんは元気な様子で飛び跳ねている三つ子ちゃん達と共に、先に歩き出してしまう。
「ほら!! さっさと行くぞ!!」
「「「しゅっぱぁ~つ!!」」」
「ふふ、はい!」
少し怒ったような気配を滲ませてはいるものの、カインさんの足取りは軽い。
転びそうになっている三つ子ちゃん達の一人を、それとなく手を差し伸べて助けているし。
うん、この調子なら、今日は皆で楽しく過ごせそうだ。
晴れ晴れとした青空の中で輝く日差しを見上げた私は、すぐにその後を追うのだった。
2015・06・10
改稿完了。