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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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悪夢の連鎖と竜の選択

「ユキ……、早く、……俺から、逃げ、ろっ」


 振り絞るような、悲痛な懇願にも似た声音。

 間違いなく、この人はカインさんだと……、その真紅の瞳を見ていればわかる。

 一時はまさかという思いで心配したものだけど、無事でいてくれて……、本当に良かった。

 だけど、今の『逃げろ』という言葉はどういう意味なの?

 カインさんから逃げろって……、それって。

 

「まだ、禁呪が……?」


「ぐっ……、多分……、なっ。意識が一回途切れたと……、思ったら、この……、ザマ、だっ」


 カインさんの右手、竜手へと変化しているそれが震えながら伸ばされてくる。

 

「させる、か、よっ」


 私の首元に触れそうになった竜手を左手で押さえつけたカインさんが、荒い息を吐き出しながら、もう一度声を振り絞って叫ぶ。

 早く自分から離れろと、自分の手の届かない場所まで走って逃げろと……。

 間違いない……。カインさんの意識を保たせたまま、身体だけが操られそうになっている。

 

「レイフィード叔父さん!! カインさんが!! 禁呪にっ!!」


 私の叫ぶ声よりも早く、上空で瘴気の獣達を相手にしていたレイフィード叔父さん達がこちらに向かって飛び込んで来てくれたけれど、見えない壁に阻まれたように全員はじき飛ばされてしまった。 さらに、その隙を狙うように瘴気の獣の群れが牙を剥き、皆さんに向かって一斉に襲い掛かっていく。


「レイフィード叔父さん!! お父さん!! 皆さん!!」


 瘴気の獣達が黒い闇の塊となって皆さんを包み込んだ瞬間、また私の耳元で声がした。

 

『大丈夫だよ。彼らはまだ殺さない……。すぐにあの獣達を退けて生還してくるだろうからね。だけど……、君とその竜の皇子は違うよ? お互いの心を絶望で埋め尽くして……、惨たらしい最期を味わうんだ』


「なっ!!」


 それはつまり……、さっきのカインさんの行動や言動、それが示す答えは。

 どこまで悪趣味で残酷な真似をしようというの……。

 この声の主は、カインさんの手によって私を殺させようとしている。

 その手で、意識を保たせたまま、自分の手で私を殺したという恐ろしい事実を心に突きつけ、最後にカインさんを絶望と悲しみの責め苦で甚振りながら、最期を迎えさせる。

 それがどんなにカインさんにとって救いのない残酷極まりない事か……。


「酷過ぎるわ……、どうして? どうしてカインさんにそんな事をさせようとするの!!」


「ユキ……っ、逃げ、ろ……、もう、時間がっ」


「カインさん!!」


『ほら、どうする? 逃げたいなら逃げてもいいけど……、君を助けてくれる保護者の人達の方には行けないよ? 壁があるからね。まぁ、そこの崖から自分で飛び降りる事は出来る、かな。竜の皇子が手を下す前に、自分から命を絶ってしまえば、彼の罪悪感も多少は減るだろうしね』


 真っ暗な闇が広がっている崖の先……、そこにしか、私の『逃げ場所』はない。

 何を選んでも、その先にあるのは『死』なのだろう。

 崖へ行かなければ、レイフィード叔父さん達の助けが来る前に、禁呪に操られたカインさんが私を殺す。どう考えても、四面楚歌の絶体絶命なのだと、声の主は小さく笑いながら私を促す。

 人に死ねなんて、遠回しに言われても酷い話だと、喉の奥を鳴らす。


(どうしたらいい……。どうしたら……、死ぬ以外の道を、禁呪からカインさんを救う方法は……っ)


『時間切れだね。禁呪と忌わしき業に呪われた竜の皇子、――君達に祝福を授けよう』


「うあぁああああああああああああああ!!」


「カインさんっ!!」


 声の主の言葉を合図に、カインさんが頭を抱えて気が狂ったかのような絶叫を響かせ始めた。

 恐らく……、彼の中にいる禁呪の影響が強まったのだろう。

 傷だらけのその身体と心に、まだこれ以上の残酷な仕打ちをしようというのか……。

 助けたい……、だけど、私にはセレスフィーナさん達のように禁呪を抑える力は。

 苦しみ悶えるカインさんに触れる事も出来ず、最悪の事態を避ける為に私は崖の先端へと逃げ延びる。あの叫び声が治まった瞬間こそが、声の主が望むその時だろうから……。


(……禁呪に操られたカインさんに捕まれば、私に逃げ場はない)


『崖の方まで逃げちゃったね……。心優しいお姫様は、竜の皇子に罪を犯させない為に、自分から死んでくれるのかな?』


 考えなきゃ……。カインさんに私を殺させない方法を、私が自分で死を選ばずに済む方法を。

 まだレイフィード叔父さん達の行く手を阻む瘴気の獣の群れは勢いを失ってはいない。

 セレスフィーナさんとルイヴェルさんが魔術の力によって一掃を図っているけれど、その度にまた新たな瘴気の獣達が現れて、今までと同じような事を繰り返してしまっている。

 その中からアレクさんとお父さんが隙を突いてこちらへと走って来たけれど、やっぱり壁にはじき飛ばされて、私とカインさんがいる方に入ってくる事が出来ない。

 完全に隔離されている状態なのだろう……。あの声の主は、自分の悪趣味なシナリオを遂げさせるまで、道を開く気はないのだ。


「どうしたら……」


 助けを期待出来ない今、私に出来る事は……。

 早鐘を打つ恐怖と不安の鼓動を胸に感じていた私は、左手を腰のあたりに落とした。 

 その時、スカートの中に何か固い感触を感じた私は、手を差し込み、身嗜みを整える為に持ち歩いていた丸い手鏡を取り出した。

 そこに映った自分の顔は、目を背けたくなるくらいに真っ青な絶望に染まったもので……。

 首は上空で毒蛇のようなあれに締め付けられた痕が生々しく残っている。

 頬にも、いつ出来たのかわからない肌を切ったような傷口があり、血の痕が……。


(血……、私の)


 頬に指先を添え、すん……、と、鼻の先にあまり好きではない匂いのするそれを持ってくると、私はその色をじっと見つめた。

 カインさんの中にいる禁呪を消し去る為に、儀式に用いたのも私の血……。

 闇夜の中見つめたその生々しい赤は、気のせいか淡い光を含んでいる。

 元の世界では見る事の出来なかったその淡い光の存在は、このエリュセードに移り住んでから目にするようになったものだ。

 正確に言えば、カインさんの治療に私の血が必要になった、あの時から……。

 禁呪に有効とされている私の血……。


「ユ、……キっ」


「か、カインさんっ」


 しまった……。考え事に気を取られている間に、カインさんから注意を逸らしてしまっていた。

 座り込んでいる私の目の前に、血の涙を伝わせているカインさんの辛そうな立ち姿がある。

 私は急いでその場から草地を這って逃げ出そうと試みたけれど、カインさんの竜手に胸倉を掴まれ、見えない壁のある方へと叩き付けられた。


「うっ!!」


「ユキ!!」


「ユキちゃん!!」


「ユキ姫様!!」


 あぁ、やっぱり……、見えないだけで、……私の後ろには壁があるんだ。

 骨が軋むような激痛を感じながら、私は右手に持っていた鏡が失われていない事に安堵する。

 多分、あの声の主は、一瞬で私を殺させるような事はしないんだ。

 皆さんが見ている前で、カインさんがゆっくりと自分の手で私を嬲り殺す様を見せつけ、この場にいる全員の心に消えない傷を作るつもりなのだろう。

 その証拠に、カインさんはまだ私の方に近づいて来ようとはしない。

 自分のやった事に悲鳴を上げ精神的な責め苦を拷問のように受けているカインさんが、「逃げてくれ……っ」と、懇願の声を私に向けてくる。

 この壁がなければ……、背後にいるレイフィード叔父さん達と合流出来るのに。

 そうすれば、カインさんをもう一度禁呪の魔の手から救い出す事が出来るのに……。


「ユキ!! 大丈夫か!!」


「ユキ!! お父さんの声が聞こえるかい!!」


「こほっ……、あ、アレク、さ、ん、お父……、さ、ん」


 もう一度壁に攻撃の手を加えたアレクさんとお父さんが、何としてでもこの壁を破壊しようと何度も武器を手に飛び込んで来る。だけど、……やっぱり、壁はびくともしない。

 私は息を整え、身体に走っている痛みを堪えながら右手の鏡を握り締める。

 私の血が、禁呪に対抗出来るものであるのなら……、封じ込める事は出来なくても、カインさんに身体の主導権を返してあげられるくらいの効果は、もしかしたら、あるかもしれない。


(少しじゃ……、きっと、足りない……、気が、する)


 私は草地に転がっていた石を手に取ると、自分の両手を背後に回して、こっそりと鏡面にそれを打ち付けた。鈍く小さな亀裂の音が聞こえる。

 指先で鏡面の欠片を探り、私はそれをひと欠片だけ右手の中に握りこんだ。

 じわりと……、肌が裂かれる感触が痛みと共に伝わってくる。

 前にセレスフィーナさんが話してくれた私の血の効果……。

 儀式で使う以外であれば、直接その体内に血を送り込む事によって、ただ触れた時よりも禁呪の力を弱める事も出来るのだと、そう教えて貰っている。

 多ければ多いほどに、その効力は増すのだと……。なら……。


『お姫様、次はどこに叩き付けてあげようか? あぁ、骨を砕いて、肉を抉りながら臓器を引き摺り出すのも愉しそうだね』


「ぐっ……、はぁ、はぁ、どっちも……、嫌っ」


 私が鏡を自分の背後で割った事を、この声の主はまだ気付いていないようだった。

 声はカインさんの方から響いているから……、全部が見えているわけじゃないんだと気付く。

 ただ、どこからか声だけを自由に移動させて響かせているのか、本人の姿が見えない術を行使して移動しているのか……。どちらにせよ、バレていないのなら、良かった。


「ユキ……、ユキ、逃げ……、うぁあああああああ!!」


「カインさん……」


 カインさんも、私を殺さないようにと、必死に禁呪を抑え込もうと頑張ってくれている。

 その思いに報いる為にも、……まずは、カインさんの動きを止めないと。

 痛みのお蔭なのか、恐怖も不安も麻痺したかのように、頭を冷静にさせてくれている。

 捕まってしまえば、きっと試す事も出来なくなる。

 

(禁呪に崖から落とされそうになった時は使う事すら忘れていたけれど……)


 あるのだ。カインさんの動きを止める方法が。

 上手くいけば、そのまま禁呪の影響を抑え込む事が出来るかもしれない。

 口の中で、小さく誰にも聞こえないように習ったその言葉を紡ぐ……。

 カインさんが私に向かって抗いながらも近づいてくる姿から目を逸らさずに、それを発動させる直前で言葉を留めた。

 触れられる距離まで、カインさんには来て貰わなくてはならない……。

 

「ユキ……、何……、して、んだ……、早く、ぐぅっ」


「カインさん……」


 もう少しだけ、我慢してください。

 禁呪を暫くの間抑え込む事が出来れば、この状況を二人で脱する事が出来るかもしれない。

 私は視線の向こうに見えるエリュセードの神様達に心の中で祈りを捧げる。

 そして、カインさんが私の前に立ち、また竜手を使って胸倉を掴んで来た、――瞬間。

 カインさんの竜手を左手で掴み、術を発動させる為の最後の音を声高に叫んだ。

 

「なっ!! ぐぁあああああああああああ!!」


 レイフィード叔父さん直伝の、護身用の術。

 電流のような効果をカインさんの身体中に流し込んだその恐ろしいまでに強力なその術は、彼と出会ったあの時に発動させたものよりも、遥かに効果の高い拷問同然の威力を放つ。

 私はその場から立ち上がり、身体を痺れさせ動けなくなったカインさんを草地に押し倒す。


「ぐあぁっ」


「ごめんなさい、少しだけ我慢していてくださいね。必ず、貴方を助けますから……!!」


 覚悟の息を呑み、右手に握りこんだ破片を自分の左腕の内側、柔らかな皮膚のある面に押し当てる。首だと一歩間違えれば死んでしまうかもしれない。

 腕だって、血が失われ過ぎれば、出血多量で死ぬ危険性もある。

 だけど、ここで何も出来なければ結局、同じ事になるのだ。

 私は勢いよく肌の表面を引き裂くと、それをカインさんの口に押し当てた。


「飲んでください!!」


「うあぁぁあぁっ、ぐあぁぁっ」


 中で暴れ狂っている禁呪が、私の血の脅威を悟ったのか、四肢を暴れさせようと足掻くけれど、術の効果のお蔭で弱々しい抵抗にしかならない。

 ぐっと左腕の内側からドクドクと流れ出る血液をカインさんの口内に流し込む。


「お願い……っ、出来るだけ多く、飲んでっ」


「うぐぅっ、はぁ、ユ、キっ」


 意識の主導権がカインさんにある事が幸いしたのかもしれない。

 身体の自由を奪われながらも、カインさんは勢いの弱まった禁呪を抑え付け、私の肌に舌を這わせ、溢れ出る血液を取り込もうとそこに尖った歯を立てる。


「くっ……!」


 無事にカインさんの体内に流れ込んでいく私の血。

 だけど、儀式の時だけでなく、二度目にもこの血を使っていたからだろう……。

 流石に……、三回目ともなると、……視界が霞んでいくのが止められない。

 お願い、まだ……、カインさんの中の禁呪を抑え込むまで……、この状況に突破口を見つけられるまで、私を連れていかないで。

 禁呪の影響を弱め、カインさんに身体の主導権を戻す。そして……。


「カイン……さ、ん」


 全身から力が抜け、どさりとカインさんの上に覆い被さって倒れ込んでしまう。

 駄目、まだ意識を失う事は出来ない。もうひとつ……、私にはやる事があるのだから。

 レイフィード叔父さんに習った効果の高い護身用の魔術が影響を残したままでは、カインさんがたとえ身体の主導権を取り戻せても、肝心の行動が出来なくなる。

 

(もしも、間違って何の罪もない人に術を発動させた際の、対処……)


 教えられた言葉を途切れがちに紡ぎ、小さく詠唱を成した私は、カインさんにその術を流し込んでいく……。これで、大丈夫の……、はず。回数に限りのある術だったけど、残しておいて良かった。


「ユキ……、お前」


 背中に、労わるような腕の感触を感じる……。

 カインさんが身体をゆっくりと起こし、私を自分の腕の中に抱き締める。

「この馬鹿っ」と、心外な言葉が耳元に小さく打ち付けられた。


「こう、……しない、と、もっと、大変な事に……、なり、ます、から」


 左腕の内側に何か温かい感触を感じたかと思うと、真っ赤に染まったその場所の傷口がカインさんの翳された手から注がれる光を受けて、徐々に塞がっていくのが見えた。

 治癒の術、かな……。心地よい光の感触に表情を和ませていると、また、あの声が。


『三回目、か。それも今度は手加減なくやっちゃったみたいだね。失った血はそう簡単に戻りはしないよ? まぁ、茶番が見れなかったのはつまらないけれどね』


 カインさんにもそれが聞こえているのだろう。

 遥か上空から響く声に鋭い殺気に満ちた眼差しを向け、私の肩を強く掻き抱く。


「ふざけんなよ……っ」


「カイン……、さん?」


「あのクソ野郎を掌の上で転がしたのもテメェだろ!! 耳障りな事ばっかほざきやがって……、いい加減姿を見せろ!!」


『お断りするよ。僕は君達が苦しみ足掻く様を見ていたいだけ……。それと、禁呪を抑え込んだようだけど、まさかそれで終わるとは思ってないよね?』


「……この悪趣味ド最低野郎がっ」


 声の主は、決してその余裕に満ちた声音を揺らす事はなく、まだ何か仕掛けてくるような気配を響かせる。せっかく身体の主導権をカインさんに戻す事が出来たのに……。


「カインさん……、あの壁を、壊す事は、出来ない……、で、しょうか」


 禁呪が出てくる前に、向こうにいるレイフィード叔父さん達の許に行かなくては……。

 弱々しくそう口にした私とカインさんの視線が、見えない壁の方に向かう。

 何も見えない……、透明な存在。けれど、確かにそこに立ちはだかっている、障害。


「どういう術で作ってあんのか、……全然見えねぇな」


「魔術……、なんです、よね?」


「そのはずだが……、ぶっ壊す為の術の穴が見えねぇんだよ」


 術の穴。それは、仕掛けられた術の綻びのようなものの事らしい。

 その綻んだ弱点とも言える部分を見つけ出せれば、術を壊す事も可能なのだと、カインさんは忌々しそうに壁を見つめながら教えてくれた。

 

「術の……」


 ぼんやりと霞む視界に、……一瞬だけ、妙な色が見えた気がした。

 透明なはずのそこに……、闇に紛れて、何か、異質な気配を感じたような。

 瞼を閉じ、もう一度そこを凝視してはみたけれど、もう何も見えなかった。


『僕も暇じゃないからね……。お姫様の勇気と健気な心を手折ってあげる為にも、竜の皇子、君の中で抑え込まれている禁呪を、もう一度目覚めさせようか』


「上等だ……。何度もテメェの玩具になると思ったら大間違いだぜ? ユキが俺の為に無茶をしてくれたように、俺もテメェの鼻を明かしてやるさ」


『出来るのかな? 人の助けがないと禁呪を抑え込めない君に……』


「さぁ、どうだろうな……。けどよ、試してみる価値はあるんだよ。禁呪だけじゃねぇ、テメェも……、俺の『檻』ん中にぶち込んでやる」


 カインさんは挑発的にそう空に向けて言い放つと、私を草地に寝かせ、立ち上がった。

 一度だけ私の方を振り返り、「少しだけ、待ってろよ」……と、今までに見た事もないような優しい微笑みを私に向け、崖の方へと向かって歩き出す。


(カイン……、さん?)


 彼は一体、何をしようとしているのだろうか……。

 力を失いながらも、まだ眠りの中に引き摺られないように足掻いている意識と共に、カインさんの動向を見守る。

 まだ仕掛けて来ない声の主は、どんな足掻きを見せるのかと愉しんでいるのだろう。

 漆黒の髪を風に靡かせ、その真紅の双眸に決意の意志を秘めたカインさんが、神々の月が夜空の星々と共に見守る中、静かな吐息を零す。


「五分五分ってとこだが……、やられっぱなしは性に合わねぇからな」


 それは、少しだけ自嘲の混じったカインさんらしい、強気さの見える気配だった。

 夜の大気を吸い込み、その瞼を閉じる……。


「……歌?」


 それは子守唄のような……、柔らかな音だった。

 魔術を行使する際に奏でる音よりも、ずっと、歌に近い旋律……。

 カインさんが音に乗せて奏で始めたのは、私が今までに聞いた事のない言語だった。

 優しいけれど、どこか……、胸を締め付けるような切ない調べ。

 私はその旋律に心を委ねながら、霞む視界の先で……、『光』を見た。

2015・03・10 改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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