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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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解呪当日、王宮医師ルイヴェル視点

ウォルヴァンシア王宮医師、ルイヴェルの視点で進みます。

 ――Side ルイヴェル


「セレス姉さん、何か異常はあるか?」


 禁呪により死の淵に立たされているカインを、自身の魔力で創り出した分身に任せ、ウォルヴァンシア王宮の一角へと向かった俺は、険しい表情で二重の封じを施してある禁呪を観察している姉へと声をかけた。

 ここには王宮の一部の者しか近づけないように、特殊な結界を張ってある。

 万が一、禁呪が目覚め、その力を奮おうとしても、それを抑え込む作用も施している為、完璧な檻が完成していると言ってもいい。

 だが、それでも……、俺とセレス姉さんの心には、油断できない緊張感と、得体の知れない不安感が淀みながら留まっている。


「ねぇ、ルイヴェル……。貴方には、この禁呪の状態は……、どう見える?」


「……実体としての力は、完全に封じ込められていると思うが、仮に、万が一、意識を取り戻したとしても、何も出来はしないだろう。陛下とセレス姉さんの二重の封じが効いているんだからな……。もし、それを破壊出来ても、今度は俺の張った結界が待ち構えている」


「それだけ?」


「何の不安点もない、という訳ではないな……。今までに起きた予想外の事態を省みれば、何も起こらない保証はない。何もなければないで幸いな事だが……、セレス姉さんの方はどうなんだ?」


 俺に意見を聞いたという事は、少なからず、セレス姉さんの中にも気にかかっている事があるのだろう。その美しい面差しはいまだ緊迫感を宿したまま、緊張を孕んだ声を紡がせる。


「私も、胸騒ぎを覚えずにはいられないのよ……。だから、もう一度禁呪の様子を見に来たの。今の所、何も危惧すべき点はないように思えるけれど……。安心感を抱けそうにはないわ」


 セレス姉さんが禁呪に手を翳し、その身を形作る内部を映し出した。

 濃く黒い闇のような瘴気が禁呪の中で蠢き、外に出たいと望むかのように暴れ回っている。

 だが、どれほど戒めを打ち破ろうと足掻いても、レイフィード陛下の魔力で創り上げられた茨の蔓が棘を深く肌へと喰い込ませ、瘴気の暴動を抑え込んでいるのが見えた。

 暴れれば暴れるだけ、辛くなるのは禁呪の方だ。

 レイフィード陛下にとっては、僅かな魔力の片鱗ではあるが、その力は強大……。

 容易く打ち破れる戒めではない。


「あちらの方には今のところ異常はない。だが、俺達がここを離れた後、何が起きないとも限らない……、か」


「ええ。だから……、この子にお願いしようと思うの」


 自分の左手の中指に嵌っている赤い宝石をあしらってある指輪に、右手の指先で触れたセレス姉さんが詠唱を唱え、宙に向かってその指先を滑らせた。

 詠唱を終えたセレス姉さんの指輪の中から、燃え盛る炎が噴き出しながら草地の上めがけて飛び出してくる。――やがて、その炎の中から一頭の獣が現れた。

 契約魔獣。獅子の如き雄々しい姿を成しているそれは、炎を身体に纏ってはいるが、セレス姉さんが触れてもその身を傷付ける事はない。


「お願いしてもいい?」


 契約魔獣は主の意図を理解し、禁呪の目の前に歩み寄ると、番をする兵士のようにその場に座り込んだ。契約魔獣は主である術者と繋がっており、何か起きた場合はすぐに連絡がとれるようになっている。


「さ、準備に戻りましょう。儀式まであまり時間がないわ」


「あぁ。……その前に、念の為、結界の強度を上げておこう」


「頼むわね」


 視覚には捉えられない結界をさらに強固な檻とする為に、俺は強化の詠唱を紡ぎ始める。

 禁呪を捕えてある一帯に張り詰めるような固い音が響き、一瞬だけ結界がその姿を現し、また消えていった。


「終わったぞ、セレス姉さん」


「ご苦労様。じゃあ、戻りましょうか」


 ここでの役目を終え、セレス姉さんと共に回廊にへと足を向けた俺は、不意に微かな音を捉えた。

 鳥が羽ばたくような……、小さな羽音。

 王宮内には自然の生き物が多く、木々で羽を休める事はよくある事だ。

 だが、その音に妙な違和感のようなものを覚えた俺は、視線を周囲に巡らせ音の根源を探した。

 

「気のせいか……」


 連日連夜の徹夜が祟っているのか、それとも、危惧すべき何かの予兆か……。

 いずれにせよ、注意しておくべきだろうが、何かがここに侵入すればセレス姉さんの契約魔獣が反応を示し、役目を果たす。


「過剰な心配も、時には毒となるが……」


 瞼を閉じ、この周辺一帯の気配を探る為の術を発動させると、確かに空を行き交う鳥の気配は引っかかるものの……。俺が耳にした、あの妙な違和感のある羽音は二度と聴こえてくる事はなかった。

 やはり、気のせいか……。


「ルイヴェル、早く行くわよ!!」


「あぁ、すぐに行く」


 レイフィード陛下の戒めと、セレス姉さんの封じと契約魔獣……。

 そして、俺がこの場に張っている強化させた結界があれば、何が起きたとしても、それに対する対処の法は講じられているのだから、心配はないはずだ……。

 そう、自分を半ば納得させるように結論づけた俺は、儀式までの限られた時間の中にあって、――もう一歩、考えを深める事を失念していたのかもしれない。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カインを転移の術によって運び込んだウォルヴァンシア王宮の地下。

 古の時代に、ウォルヴァンシア王家とフェリデロード家の者達が作り上げたこの神殿は、物言わぬ柱が広々とした空間を支え、滅多に使われる事もない場所ながらも、寂れた様子は一切なく、魔術における独特の気配を漂わせる場所として在り続けている……。

 神殿の真ん中には、二台の簡素な寝台が置かれており、その右側に、カインは寝かされている。

 禁呪の暴走のせいで、まだ息絶えていないのが不思議なほどに……、その命は、ギリギリのところで踏み留まっていると言ってもいいだろう。

 身体中全てに這い回っている禁呪の紋様は、俺とセレス姉さんの術により今は薄まって状態でその効果を抑え付けられてはいるが、それも今夜までの話だ。

 万が一、俺達が術を失敗した場合、禁呪は力を取り戻し、カインの命を奪い尽くす。

 そうなればカインだけでなく、今囚われの身となっている禁呪もまた、俺達にとって脅威となる事は確実だと言えるだろう。

 一人の命を奪う事だけを役目とされた呪いが、自我を抱き実体化する……。

 儀式の準備をする傍ら、そんな前例があるのかどうかを調べてみたが、確かな答えは得られず、曖昧な記述しか載っていない本ばかりを相手にする羽目になった。

 つまり、詳しく調べる時間もなければ、もうやるべき事はひとつしか残されていないという事だ……。


「カイン、具合はどうだ?」


 寝台に向かった俺とセレス姉さんは、意識を取り戻し、どうにか安定状態を保っているカインを見下ろした。安定しているとはいっても……、蓄積された疲労と、顔色の悪さは変わらない。

 具合の悪さも、もがき苦しむほどではないが、やはり良くはないのだろう。

 瞼を押し開けるのも面倒なのか、カインは辛そうな声音で俺に答えた。


「……最、……悪、……だ、な」


「もう少しの辛抱だ。夜になれば……、禁呪との縁も終わりを迎える」


「カイン皇子、どうかそれまでもう暫くご辛抱ください。ユキ姫様の血は必ずや、貴方様のお命を救い上げてくださいます」


 喋る事自体、かなりの負担がかかっているのだろう。

 カインは暫く浅い呼吸を繰り返すと、ゆっくりと口を開いた。


「もし……、解呪……、で、……ユキに危険が及ぶような事があれば、……俺の事は、……どうでも、いい、から……、アイツの事を、一番、に……、考えて、やって……、くれっ」


 瀕死の重傷である自分よりも、ユキの事を思い遣る……、か。

 イリューヴェルで悪評を積み重ねてきた皇子にしては、随分と殊勝な心がけだ。

 カインがウォルヴァンシアに来る前、国外に出る事も多かった俺は、イリューヴェル皇国に足を向ける機会もあり、この皇子に関する噂は数多く耳にしていた。

 正妃の子供として生まれながらも、すでに先に生まれていた二人の兄の出来が良かったせいか、何かにつけ比べられて育った第三皇子。

 皇宮内での派閥争い、心ない毒の連鎖……。

 たとえ三番目に生まれようとも、正妃の子供であるが故に、次期皇帝としての血筋に恵まれた子供。そのせいで、カインは愛されて育つという環境とは無縁の人生を送らざるをえなくなった。

 そして、どれだけ努力しようと認められる事のないカインは、やがて全てを放棄し、自分から悪評を積み重ね、皇家には必要のない存在であるという認識を周囲に刻み付けるように、――演じ始めた。

 俺も何度かカインの横暴さを目にする機会はあったが、イリューヴェル皇国でのカインとは、接触を持った事はない。

 関わる必要がなかったのが一番の理由だが、ただ……、生き辛い人生を送っている、とは感じて。

 イリューヴェル皇国で暴れ回っていた第三皇子の目は、血の涙を流しているかと錯覚するほどに辛そうなもので、それを初めて目にした時、俺は……。


(昔の自分に、少しだけ……、似ているような気がした)


 あれは暴れたくて暴れているわけではない。好きで他者に暴言を吐き憎まれているわけでもない。

 イリューヴェル皇国で生活していたカインの心は、その全てが……、やりたくてやっているものではないのだと、俺にはそう感じられた。

 そのカインが、ウォルヴァンシアに遊学する事になったのは、……運命だったのかもしれないな。


(あのお姫様は、人に影響をもたらす事にかけては、天才的だからな……)


 だがしかし、まさか最初の日にあれを襲いかけるとは、流石に予想していなかった。

 からかっただけだったそうだが、純真無垢なあれにとってはトラウマものだ。

 だが、その最悪の始まりが二人の間に絆を作るとは……、予想外にもほどがあったな。

 本当に、あのお姫様は予想を裏切る結果をもたらしてくれる。

 まさか、自分を襲った相手と友人関係を築くとはな……。

 図太いのか、鈍いのか、それとも単なる底抜けのお人好しなのか……。

 

「カイン、お前の願いは遠慮なく優先させて貰うが……。禁呪が無事に消滅し、身体が治ったら……、どうする気だ?」


「何が……、だよ」


「あれの事だ。身体を治したら、ウォルヴァンシアを離れる気なんだろう? その時に、あれを連れて行く気かと聞いている」


「……さぁ、な」


 自分の気持ちがバレていない、とは……、流石に思っていないか。

 俺の問いをはぐらかしながらも、あれの事を考えているのが丸わかりだ。

 だが、俺自身としては、あれがカインを選ぶのであれば、……止めたところで無駄だろう。


「敵は多いぞ。覚悟しておくんだな」


「……はっ、お前も……、なんだろうが」


「俺は他の奴らよりまだ慈悲深いと思うがな……。あれが望むのなら、妥協してやらなくもない」


 再度、症状を緩和させる術を唱え、カインの言葉に返してやると、横で見ていたセレス姉さんが苦笑し、同じように詠唱を紡いだ。


「何となく、話の中身がわかったような気はしますけど、まずは今夜の禁呪との事をクリアしてからにいたしましょう? それを乗り越えれば、今度は生身の方々が立ちはだかりますけれどね」


「はは……、そう、だな」


「まぁ、お前はゆっくりとそこで寝ていればいい。禁呪にかかった地がウォルヴァンシアで幸いしたな。フェリデロード家が誇る俺達に任せておけば、何の問題もない」


「すげぇ……、自信……、過剰、だな」


「そうでもなければ、あんな不確定要素の多い面倒と向き合えるか」


 用意してある対策が、打ち破られない保証はない。

 一度目は、呪いが瘴気を放った。二度目は、禁呪が自我を生み、実体化した。

 常識の範囲を超えすぎているこの事態だ。儀式の最中に心を揺らす事は出来ない。

 そんな時くらい、自信過剰にでもなって、自分の心を横柄にでもしておくのが丁度良いだろう。

 

「俺とセレス姉さん……、そして、あれの力で、お前を必ず助けてやる。だから、それまでは昼寝でもしていろ」


「おう……、サンキュ。……つか、今日は……、ドSな事……、しねぇんだ、な」


「瀕死の重傷患者に、追い打ちをかけるような事はしない主義だ」


「大丈夫ですよ、カイン皇子。ルイヴェルがうっかり意地悪をしそうになったら、私がすぐに引っぱたきますので」


「だそうだ。俺に遊んでほしいなら、さっさと解呪の儀式を乗り越えるんだな」


 セレス姉さんは、やると決めたら本気で実行に移すからな。

 元から今のカインの精神状態を追い詰めるような真似をする気はないが、連日徹夜のセレス姉さんの笑みが不穏極まりない。話に乗って引き下がる真似をしておく事にしよう。

 解呪の儀式が終わったら、自分の部屋に戻って……、許される限り眠り続けていたいのが願いだが、事後処理や経過観察もあるからな。少し寝られればいい方だろう。


「はぁ……、助かっても、面倒そうだ……」


 カインの気落ちした様子の声音に、セレス姉さんと二人苦笑を漏らすと、俺達はカインをおいて神殿の奥へと向かった。

 今日の夜までに、俺達二人の魔力を調整し、儀式に必要な準備も全て済ませなければならない。

 どうか何事もなく、あの生意気で不器用な竜の皇子を助けてやれるようにと心の片隅で祈りながら、俺達は成すべき事へと向き合い始めた……。

2014・10・23 改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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