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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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捕われた瘴気、加速する禁呪

最後のシーンのみ、三人称視点となります。

※最後のシーンのみ、三人称視点が入ります。


「やはり、出て来た時よりも酷い惨状になっているな……」


 戻って来て王宮医務室の惨状に目を細めたルイヴェルさんが、中の様子を注意深く確認しながら奥の部屋へと歩いていく。

 カインさんは無事でいるのか、不安に鼓動を打ち鳴らしながら奥の部屋に入った私は、その光景を目にして小さく声を上げてしまった。


「ルイヴェルさんと、セレスフィーナさんが、……え?」


 カインさんが眠るベッドのすぐ傍に、……る、ルイヴェルさんとセレスフィーナさんが立っている。――こっちにも同じ二人がいるのに!!

 ルイヴェルさんが二人、セレスフィーナさんが二人……?

 いつ四つ子になってしまったんだろうかと、見当違いの事を一瞬だけ思い浮かべた私。

 手前側にいるセレスフィーナさんとルイヴェルさんに顔を向けると。


「あぁ、混乱させてしまい申し訳ありません。この二人は、私達が術で創り出した代理の者です。カイン皇子に何が起こっても対処が出来るように残しておいたんです」


 お二人が同じ姿をしている代理の人達の前に立つと、お互いの分身である存在と額を重ね合わせ、やがてひとつへと戻っていった。

 その説明に納得した私は、今度はベッドへと駆け寄っていく。

 そして、安否を確認すべき相手の顔を目にした瞬間、身体中を悪寒が駆け抜け、私は一歩後ろに下がった。


「な……、何です、か。これ……っ」


「やはりか……、禁呪の紋様が……、顔にまで広がっている」


 私の横に立ち、カインさんの状態を確認したルイヴェルさんが険しげに表情を曇らせ、レイフィード叔父さんの許に向かった。

 カインさんの顔には、肌を這っていた紋様がさらに色濃くなって及んでいる……。

 まるで、浸食し尽すのはもうすぐだと……。そう、言わんばかりに。


「全て、俺達王宮医師の失態です。申し訳ありません……」


「いや、これは予期せぬ事態に他ならないからね。君達のせいじゃないから、落ち込まなくてもいいよ。禁呪が、術による法則を打ち破り、この世に命をもって実体化するなんて、普通では考えられない事、だからね……」


 レイフィード叔父さんに頭を深く下げたルイヴェルさんと同じように、カインさんの状態を確認し終わったセレスフィーナさんも、傍に向かい頭を下げている。


「単刀直入に聞こうか……。君達が開発している術は、……間に合いそうかい?」


 その問いに、カインさんの手を握る私の身体にも震えが走った。

 レイフィード叔父さんは、この状態がどれほど深刻であるかを正面から受け止め、お二人に聞いているのだ……。自分の心臓の音が聞こえそうなほどだと思いながら、背後の会話に耳を澄ませる。


「結果から申し上げれば……、私達の構築している術では、もう手遅れです。完成までの日数も足りませんし、効果もどこまで及ぶか……」


「そうか……」


 セレスフィーナさんとルイヴェルさんの構築している術ではもう間に合わない。

 その話を聞いてしまった私は、ベッドの傍に膝を着き、目の前が涙で滲むのを感じた。

 それは、もうカインさんを助ける事は出来ないという事なのだろうか……。


「ユキ、大丈夫か?」


「アレクさん……」


 傍に膝を着き、肩を抱いて支えてくれたアレクさんの胸に顔を預け、絶望に苛まれそうな思いを私は堪える。そして、まだ方法は残されている事に思い至り、アレクさんの助けを借りて立ち上がると、レイフィード叔父さん達の許へと歩み寄った。


「ルイヴェルさん、セレスフィーナさん……。私の血では、駄目ですか? どれだけ取っても構いません。カインさんを救えるのなら、具合が悪くなってもいい。倒れてもいい。だから、あの人を助けてあげてください……っ」


「ユキ姫様……。不安にさせてしまったようですね。先ほどの話は勿論、私達の構築していた術の話ですから、奥の手として残しておいた、ユキ姫様の血による解呪を行使させて頂きたいと考えております。ただ、予定よりも、ユキ姫様の血を多く頂く事になるかもしれませんが……」


 表情を曇らせ、私の事を気遣ってくれたセレスフィーナさんに、私は覚悟を決めた頷きを返す。


「構いません!! それで、カインさんが助かるのなら」


「解呪の後、暫く寝台でお過ごしになられる事になるかもしれませんが、それでも良いと仰るのですね?」


 ルイヴェルさんの問いにも、私は頷きを返し、それでもいいと自分の決意を口にした。

 私がベッドに籠って唸るぐらいでカインさんが助かるのなら、何も問題はない。

 

「何日寝込んでも構いません。だから、だからどうか……、カインさんの事を助けてください!! お願いします!!」


「う~ん、ウチの姪御ちゃんは本当に心の優しい子だよね~。もうこの健気で凛とした姿を世界中に届けたいよっ。あぁ、でもそうなると、ユキちゃんに一目惚れしちゃう困った子達が続出して、きっと僕的に、非常に切ない思いをしそうだから、やっぱり思うだけにしておこうっ」


「レイフィード叔父さん……。頑張るのは私じゃなくて、王宮医師のお二人なんですから、健気でも何でもないですよ、私は」


 何故か感極まった様子のレイフィード叔父さんに苦笑して否定を入れるけれど、すでに自分の世界に入ってしまっている。今度は号泣し、「ユキちゃんは何て謙虚で控えめな良い子なんだ~!!」と、壁に頭をぶつけ始めてしまった……。お、叔父さん……っ。

 だ、大丈夫なのかな……。頬を引き攣らせ、その様子を見守るしかない私に、今度はセレスフィーナさんから声がかかる。


「いいえ、カイン皇子を深く思い遣るユキ姫様のお気持ちは、とても尊いものです。ユキ姫様のお覚悟をお聞きして、陛下と同じく、私も感極まってしまいました」


「ご安心ください。もし寝込む様な事態に陥った場合は、このルイヴェル、お傍でユキ姫様がご不自由しないように、誠心誠意尽させて頂きます」


「……何だか素直に喜べないニュアンスを感じるんですけど、とりあえず、ルイヴェルさんの看病はご遠慮させて頂きますね」


 本当に過大評価され過ぎている、と思わざるをえないセレスフィーナさんからの褒め言葉に首を振り、どう考えても真面目の仮面を被った、どこか楽しげなルイヴェルさんの申し出を、即座にお断りで返す。普通に看病をしてくれる気がしないというか、このルイヴェルさんという人は、やっぱりどこか意地悪な気がしてならない。看病中に何をされる事やらっ。

 ルイヴェルさんは肩を落とす素振りを見せながら、わざとらしく悲しんでみせてくる。


「それは残念ですね……。ユキ姫様の好物を用意し、お傍で親身になって付き従おうと考えておりましたが……」


 敬語と丁寧な物腰でそう言われても、信用出来ない何かが在る以上、絆されてはいけない。

 

「ルイヴェル、ユキ姫様の負担になるような言動は控えなさい。ユキ姫様、カイン皇子を救う為、私達は明日の夜まで禁呪による影響を何とか防ぎます。そして、準備を整えた明日の夜、その時が、全てを決める瞬間となる事でしょう」


「明日の……、夜」


「はい。それまでが、私達に許された最後の時間です。禁呪を抑え込んだまま、解呪の儀式を執り行い、ユキ姫様の血によって、成し遂げます。それまでは、ユキ姫様には心穏やかにお過ごし頂けますよう、お願いいたします」


「わかりました……。明日の夜、ですね」


「緊張しなくても大丈夫ですよ。儀式の全ては、俺達姉弟が行いますから、ユキ姫様はその後の寝台生活の事でも心配しておいてください」


「ルイヴェル……、いい加減にしなさい」


 ルイヴェルさんをセレスフィーナさんが諫めてくれた後、私は儀式における注意事項や、これからの事に関する説明を色々受ける。

 そして最後に、意識のないカインさんの許に向かい、その手を強く両手で握り締め、彼の中の禁呪が消滅する事を祈って、王宮医務室を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――ウォルヴァンシア王宮の一角。禁呪の捕らわれし場所。


 幸希がアレク達を伴い王宮医務室を去った後、セレスフィーナは先ほど禁呪を捕えた地に赴いていた。茨の蔦に戒められ、自身が詠唱によって出現させたシャボン玉のような球体の中で眠る禁呪。

 たとえカインと引き離し、その動きと意識を封じてはいても、禁呪とカインはその恐ろしい術の力によって繋がっており、今もカインの身を苛んでいる……。

 

「どうか明日の夜、消滅する瞬間まで……、このまま」


 明日の夜、幸希の血を使った解呪の儀式が成功すれば、カインの中にある禁呪の力は消滅し、この場所に囚われている実態化した禁呪もまた、その命を無へと帰す事になるだろう……。

 けれど、今回の騒動には、色々と不確定な要素が多く、一瞬たりとも油断が出来ないとセレスフィーナは感じていた。

 ただの呪いではない。二度も暴走を引き起こし、予期せぬ事態を目の前で起こした禁呪。

 術者は今どこにいるのだろうか……。カインが死んでいない以上、その術者もまだ、生きている。

 

「良からぬ事が起きなければいいのだけど……」


 まだ何か、……自分達の予想を超える恐ろしい事態が起きるような気がする。

 セレスフィーナは禁呪にかかっている二重の封じが作用している事を確認すると、踵を返し回廊へと向かった。

 そして、彼女が場を去った後。……夜闇に紛れ、草地の中に立っていた木の枝に一羽の小鳥が羽を休めるかのように降り立ち、囚われの禁呪の方へと視線を向けた。


「……」


 小鳥は、何かを見定めるかのように暫く禁呪の様子を観察した後、ひと声愛らしい声で鳴き、――飛び立った。小さな羽根が一枚……。

 禁呪を戒める檻の役目を果たすシャボン玉のような球体の中に、溶け消えていった……。

2014・10・23 改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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