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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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蠢く瘴気、満ちる蒼き光

 これは何の悪夢だろうかと、その場の誰もが思っていたに違いない。

 カインさんの姿を借りて、自我を持ちこの世に実体化した『禁呪』……。

 空に浮かび上がり、禍々しい黒い靄を溢れさせている彼は、狂気を宿した双眸で私達を見下ろしている。


「ふぅ……、全く、あの子は本当に困った子だね」


 私を抱き寄せたまま、レイフィード叔父さんが王宮医師のお二人の間に立つ。

 その優しいブラウンの瞳に浮かんだのは、いつもとは違う……、冷たく怖い気配。

 レイフィード叔父さんの視線が、禁呪へと向けられる。

 

「俺にとっては喜ばしい夜なんだがな……。術者が呪っているあの男が死んでも、もう俺はただの術じゃないんだ。自分の意思で、また誰かに取り憑ける……。最高だよなぁ」


「勝手に喜んでくれているところ、非常に申し訳ないんだけどね。僕は君を野放しにしてあげる気はないよ。カインの命を奪わせる気も、この王宮内で勝手をさせる気も、ね」


「ふぅん……。じゃあ、俺を消せる自信があるって事か?」


「当たり前だろう? 僕の大切な姪御に手を出してくれたんだ……。それに、君を野放しにすると、大勢の人に迷惑がかかる予感がするからね。跡形も残さず……、この世界から消えて貰うよ」


 ゾクリと……、レイフィード叔父さんに守られている私でさえ、足下から恐怖が這い上がってくるかのような心地。その挑発的な物言いと冷たい声音に、身体が震える。

 いつもの優しいレイフィード叔父さんじゃない……。

 まるで、初めて人の姿をしたアレクさんを前にした日の朝の光景のように、レイフィード叔父さんが滲ませる雰囲気は、恐ろしいと感じられるものだった。


「今この場には、ウォルヴァンシアが誇る騎士団の三人と、王宮医師である二人、そして、ウォルヴァンシアの国王である僕がいる。逃げようとしても無駄だよ? 必ず仕留めて消し去ってあげるからね」


「はっ、確かにな……。これだけ多勢に無勢じゃ、俺の身も危うそうだ。だから……『数』を『増やさせて』貰うぜ?」


 禁呪は地上に降り立つと、両手から黒い靄を地面に向かって放つ。

 それは不気味な気配を放ちながら蠢くと、やがて獰猛な唸り声を上げる何匹もの真っ黒な獣へと変化した。


「嘘……っ」


「なるほどね。瘴気を獣に変じさせたのか……」


「瘴気……」


「ユキ姫様も以前に、王宮医務室にてご覧になっているはずです。カインの身体から溢れ出した瘴気……、黒い靄の存在を」


「あ……」


 急な事態に、目の前のそれが、前にも目にした事のある瘴気と同じ存在なのだと認識出来ていなかった私は、ルイヴェルさんからの説明で、ようやくその正体を把握する事が出来た。

 禍々しい、見ているだけでも具合の悪くなりそうなあの黒い靄は、確かに以前に見た存在と同じ。

 今は獣へと姿を変えているけれど、間違いなく……瘴気と呼ばれる存在。


「さぁ、たっぷりと相手をしてやってくれよ!!」


 禁呪が合図をすると同時に、瘴気から生まれた獣達が一斉に私達へと襲い掛かってくる。

 アレクさんとルディーさん、そして、私達の前に出てくれたロゼリアさんが剣を構え、その牙を受け止めると、すぐに動きを変えて、その身を斬り裂く。

 別方向からも、私やレイフィード叔父さん、王宮医師のお二人を狙うように獣が飛び掛かってくるけれど、セレスフィーナさんとルイヴェルさんの足下に緑銀の光を纏う陣が現れ、一瞬にして獣達を浄化してしまう。

 

「俺達フェリデロード姉弟のプライドに泥を塗ってくれたんだ……。あの禁呪には……仕置きが必要だな」


「ええ。不眠不休の恨みも含めて、徹底的にやらせて貰うわ」


 お二人の深緑の双眸が不穏な気配を宿すと共に、詠唱を紡ぎ、荒ぶり燃え盛る炎を立ち昇らせ、獣達の身体ごと呑み込むように襲い掛かっていく。

 圧倒的な術の威力を前に、私はレイフィード叔父さんにしがみ付き、緊張と共に喉を鳴らす。

 これなら、あの禁呪もすぐに、消し去る事は出来そう……。

 そう、予感したのも束の間、浄化され、消え去って行った獣達を眺めていた禁呪が大声を上げて嘲笑い、失った戦力以上の獣を大地に生み出し、私達へと放ってくる。

 

「消しても消しても、まだまだ次を用意してやるよ……」


 アレクさんとルディーさん、同時に斬りかかられた禁呪が、それを飛び上がって避けると、宙へと浮かび上がり、どんどん獣達を地上に増やしていく。

 これじゃ……、キリがない。数が増えるという事は、それだけ皆さんの負担が増えるという事。


「悪趣味極まりないわね……。ルイヴェル、こうなったら」


 襲い掛かって来る獣を炎に包み消し去ったセレスフィーナさんがルイヴェルさんに何かを提案しようとしたその時、レイフィード叔父さんが前へと歩み出た。

 私も、レイフィード叔父さんにしがみ付いていたから、自然と一緒に前に……。


「レイフィード陛下!!」


「お下がりください、ここは俺達が」


 お二人がレイフィード叔父さんに下がるように声を上げるけれど、次の瞬間、私達の足下から、綺麗な蒼い光が波紋を広げるように生じ始めた。

 その光が騒動の起きている辺り一帯を満たすと、場の中で暴れていた獣達が草地に倒れ込み、痙攣するように震え始めてしまう。な、何が起きているの?


「言っただろう? 好き勝手にはさせない、と。君の操る瘴気の獣の動きは全て封じさせて貰った……。大人しく、降りておいで?」


「ちっ……、余計な真似を。だがなぁ、そいつらを縛ったところで、俺には痛くも痒くもねぇんだよ。手駒はまだまだ……」


「無駄だよ。それを成す前に」


 再び瘴気の獣を生み出そうと禁呪が腕を振り上げた瞬間、レイフィード叔父さんの足下から飛び出した無数の茨の蔓らしき存在。

 それが宙に浮かぶ禁呪の四肢に絡みつき、その棘で服を突き破り肌へと喰い込んでいく。

 地上へと引き摺り落とされた禁呪は、その身を茨の蔦に囚われ傷付けられながら戒められた。


「れ、レイフィード……叔父、さん」


 これを全て、あの優しい叔父さんがやっている事なのかと、恐る恐るその顔を見上げた私は、レイフィード叔父さんの瞳を視界に映し、息を呑んだ。

 レイフィード叔父さんの瞳が……、金色に変わっている。

 優しい気配は微塵もなく、禁呪を見つめているレイフィード叔父さんの眼差しは冷酷ともいえる気配を私へと伝えてくる。


「僕の統治する国で、僕の愛する民に……、大事な子供達に、その汚らしい手で害を成そうとした事……、決して許しはしないよ」


「ぐっ……」


「悪い事をすれば、罰が必要となるのはわかっているよね? 全ての罪は、その身をもって償われるべきだと、……わからせてあげなくてはね」


 レイフィード叔父さんが右手を前に翳した途端、禁呪の身体に雷のような衝撃が光と共に落とされ、禁呪の絶叫が私に耳を引き裂くほどに響き渡った。


「ぐぁああああああああああああっ」


 茨の蔓に戒められ棘を身体に喰い込ませられているというのに、追い打ちをかけるようにその身を苛んだ衝撃が、拷問のように走り続ける。


「あ……、あぁっ、れ、レイフィード、叔父さんっ」


 目の前に映る、あまりの恐ろしさに震える声を上げた私の声が、後ろにいた王宮医師のお二人の意識を現実に引き戻したらしく、セレスフィーナさんがレイフィード叔父さんの傍へと駆け寄り、大声を上げた。


「レイフィード陛下!! もう十分です!! あとは、王宮医師である私達にお任せをっ」


「陛下!! お怒りをお鎮めください!! 禁呪はもう戦闘を行う事は出来ません!!」


「……」


 お二人の呼びかけに、ようやくレイフィード叔父さんの右手がストンと落ち、禁呪を苛んでいた衝撃が止んだ。それを確認したお二人は急いで禁呪の許へと駆け寄り、セレスフィーナさんが詠唱を紡ぐと、禁呪の身体をシャボン玉のような光の中に閉じ込められた。

 茨の蔓は禁呪に絡みついたままだけど、どうやらあまりの衝撃に耐えきれず、気を失ってしまっているらしい。地上にいた獣達も霧散し、辺りは静寂に包まれた……。


「レイフィード……叔父さん」


 黙ったまま返事のないレイフィード叔父さんの服を掴み、もう一度声をかける。


「レイフィード叔父さんっ」


「……あ、ユキ、ちゃん?」


 すぅ……、と、レイフィード叔父さんの双眸から金の色が消え、落ち着いたブラウンの瞳へと戻っていく。


「大丈夫……ですか?」


「……ごめんね。叔父さん、ちょっと……、やりすぎちゃった、みたい、だね」


 それは、怒りに我を忘れていた、という事なのだろうか。

 小さく笑ったレイフィード叔父さんが私の頭を撫で、向き合うと、ぎゅっと、優しく抱き締めてくれる。


「怖がらせてしまったみたいだね……。少しお仕置きをするだけだったのに、……駄目な叔父さんだね、僕は」


「そんな……」


「守りたい者を傷付けずに守り続けたいのに……。本当に、僕はいつまで経っても……、駄目だな」


「レイフィード……叔父さん?」


 辛そうな溜息と共に、自分を責めているレイフィード叔父さんの声音は、私に対してだけじゃない。他の誰かに対しても……、謝っているような気がする。

 どうしてそんな風に、自分を責めているの? レイフィード叔父さんは私達をちゃんと守ってくれた。確かに怖いとも思ったけれど、それでも……、私にとっては、心の優しい大切なレイフィード叔父さんなのに……。


「レイフィード叔父さん……、そんな風に言わないでください。ちゃんと守ってくれたじゃないですか。獣達の動きを制して、禁呪も捕えてくれて……、凄く助かりましたよ」


「……そう、かな」


「はい。だから、レイフィード叔父さん、ありがとうございました。そろそろ行きましょう? 王宮医務室にいるカインさんの事も心配ですし」


 レイフィード叔父さんが向けている意識の先を変えるように私が提案すると、レイフィード叔父さんは小さく頷いて、王宮医師のお二人による転移の術を使って王宮医務室へと向かってくれた。

 カインさんの許に着いてからのレイフィード叔父さんは、いつも通りの優しい叔父さんに戻ってくれていたけれど……、結局、レイフィード叔父さんの心の奥底に何があったのかは、聞けずじまい……。

2014・10・23 改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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