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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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レイフィード叔父さんからの相談事

「カインさ~ん、お見舞いに来ましたよ」


「おう、毎日悪いな……」


 私が、アレクさんとロゼリアさんを伴って、王宮医務室の奥の部屋を訪れると、今日もまだ起き上がる事が出来ない様子のカインさんが、弱々しく右手を少しだけ持ち上げて出迎えてくれた。

 王宮医師のお二人が尽力してくれているお蔭で、以前より顔色が良くなっている事に安堵を覚える。すでに、カインさんのウォルヴァンシア滞在期間は過ぎているけれど、禁呪によって病の床に追いやられた彼の治療に関しては、魔術と医術の名門であるフェリデロード家の出であるセレスフィーナさんとルイヴェルさんの許で続けるのが最良なのだと判断された。

 私も、カインさんの許にお見舞いと励ましの言葉を持ってくる事だけしか出来ないけれど、訪ねると、少し嬉しそうにしてくれる彼を見る事が出来るから、毎日遠慮なくお邪魔させて頂いている。

 

「ユキ、お前……、勉強の方は良いのか? 俺のとこに来たって、景気の悪い顔しか見せられねぇってのに……」


「大丈夫ですよ。ちゃんと時間を作ってから来てますから」


「ふぅん……、ま、あとで馬鹿になったーとか責任押し付けられても、俺は責任取ってやれねぇからな?」


「ユキは馬鹿になどならない。言葉を慎め」


 壁の方に背を預けていたアレクさんが、私を貶されたと思ったのか、威圧感を込めた眼差しと抗議の言葉をカインさんへと向けてくれた。

 私が原因となっているせいか、アレクさんとカインさんはどうにも仲が良くなる事はなく、顔を合わせれば、必ず何か言い合いが起きてしまうのが難点、かな。

 だけど、カインさんが可愛くない事を言うのは、照れ隠しだって事が何となくわかるから、私は特に怒ったりはしない。

 その代わり、バスケットに入れて来た手作りケーキをちらりと見せてこう言ってみる。


「カインさん、そうやって可愛くない事ばかり言っていると、さっき作ったばかりのケーキとクッキー……、食べさせてあげませんよ?」


「うっ……」


 カインさんが寝ていても食べやすいように、一口サイズのミニケーキを作ってきた。

 チョコレートと同じ味をした、チルフェート仕様と、チーズ仕様、果物を小さく切って生地に混ぜ込み焼いた物など、種類は豊富にある。

 それを見てしまったカインさんが、ゴクリと喉奥に唾を呑み込み、観念したように小さな溜息を吐いた。


「撤回する。俺の見舞いに何度来ようが、お前が馬鹿になる事なんてねぇよ」


「はい。良く出来ました。じゃあ、ちょっとクッションを挟んで、頭の位置を上げますね」


「おう……」


 禁呪のせいで寝込む事になってから、カインさんは前より威勢の強さも形を顰めてしまい、口数も少ないけれど、それでも、呪いの力に負けないよう、毎日闘い続けている。

 カインさんがケーキを食べやすいように、重ねたクッションに上半身を寄り掛からせて固定した私は、バスケットからケーキのお皿を取り出し、持ってきたフォークでそれを刺して持ち上げると、カインさんの口許へと運んだ。

 まだ手を動かして食べるには、力は足りないようだし、きちんと助けにならないとね。

 

「どうですか……」


「ん……美味い。もう一個」


「はい、どうぞ」


 物を食べられる状態まで回復しているカインさんの様子が、私にとっては心の支えにもなっている。まだ起き上がって自由に動き回る事が出来なくても、意識不明には戻っていない。

 セレスフィーナさんとルイヴェルさんが解呪の術を完成させてくれるその日まで、この状態が安定して保たれてくれれば良いのだけど……。

 二個目のミニケーキをカインさんの口許に運び、その表情が和んでいる様を見守っていた私は、次の瞬間、表情を苦悶の気配に染め、呻き出したカインさんの姿にフォークを取り落した。

 後ろから、セレスフィーナさんが駆け寄り、詠唱を紡ぐ。

 

「……うぁっ、ぐっ、はぁ……うぅっ」


「カイン皇子!! 少し我慢してください!! すぐに緩和させますので!!」


「はぁ、……はぁ」


 体内で起きている苦痛を、必死の思いでカインさんは堪えようと身を捩り呻く。

 セレスフィーナさんの発動させた術に呼応するように、部屋中の陣が緑銀の光を放ち、カインさんの中へと流れ込む。


「うぁ……、はぁ、……くっ」


「これで暫くは大丈夫だと思いますが……、カイン皇子、まだ痛みの方はありますか?」


「……あぁ、何とか……、治まって……、きた」


 呼吸は荒く吐き出されていたものの、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 カインさんの表情も、力が抜けたかのように和らいでいる。

 禁呪の生み出す苦痛は、完全に取り除かれるその日まで、彼の身体を蝕み続けるのだろう。

 たとえ回復したように見えても、中では隙を狙うかのように禁呪が蠢いている。


「ユキ姫様、よろしければ、カイン皇子の手を握っていてくださいますか?」


「は、はい」


 いまだ奇妙な紋様が支配しているその右手は、軽ささえ覚えるほどに痩せ衰えている。

 微かな温もりだけしか感じない、カインさんの細い腕……。

 私はそれを握り締めながら、彼の回復と、少しでもその身体が熱を取り戻すように祈る。

 また泣きそうな思いに駆られていた私を、カインさんは小さな苦笑を漏らし指先をピクリと動かす。


「前は……、俺に触られるのも……、嫌がってた……くせにな」


「今のカインさんは、病人じゃないですか。だから……特別です」


「そうか……、ははっ……、じゃあ、呪いに……、かかったのも……、満更、悪い事ばっか……、じゃねぇな」


 そんな冗談を言えるぐらい、余裕を取り戻してくれたと安堵すれば良いのか……、悪い未来の前兆にも受け取れるカインさんの弱々しさに、私は奥歯を噛み締める。

 以前のように、軽口があまり出てこないカインさんの言葉……。

 力強かった腕は病人のそれで、どこか素直すぎるような言動も……私の不安を掻き立てる。

 全てが、彼らしくない要素で構成された今の状態……。

 私に出来るのは、この手を強く握り締め、一日も早くカインさんを蝕む呪いが解ける事を祈る事だけ……。あまりに残酷で、人の悪意に満ちた……、この呪いが解かれる、その日を強く願いながら。


「ユキ姫様、いまだ解呪の儀に至らず、誠に申し訳ありません……」


「セレスフィーナさん、謝らないでください。お二人がいなければ、カインさんはもっと大変な事になっていたはずです。それに、私には何も手伝える事がなくて、むしろ、私の方が謝らないと」


「いいえ、ユキ姫様の存在は、カイン皇子にとって、確かな力となっておられます。どうか、また明日も、皇子に顔を見せて差し上げてください」


「はい」


 セレスフィーナさんの微笑を受けた私は、名残惜しいけれど、カインさんをゆっくりと休ませてあげる為に、王宮医務室を後にした。

 別れ際、「またな……」と、今にも消え入りそうな頼りない声音で挨拶を向けてくれた彼の姿に、心の奥を痛めながら……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 王宮医務室から、憩いの庭園が見える回廊までやって来た私は、柱の辺りで一度立ち止まると、緊張を解くように小さな吐息を吐いた。

 カインさんの前では、極力笑顔でいようと決めてはいるものの、お見舞いの最中に禁呪の影響が出る事は少なくはなくて……、その様子を見る度に、胸が締め付けられるように不安と恐怖に支配されてしまう。セレスフィーナさんとルイヴェルさんなら、きっと解呪を成し得てくれる……。

 そう信じてはいるけれど、カインさんの弱々しい微笑みや、苦しそうにしている姿を目にする事が日常になってしまっているせいか、王宮医務室を後にすると、必ずこんな溜息にも似た吐息が零れ出てしまう。


「ユキ……、大丈夫か? 辛いなら、俺が部屋まで運ぶが……」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、アレクさん」


「ユキ姫様、カイン皇子の事ですが……、ご心配を抱くお気持ちはわかりますが、あまり思い詰められては、ユキ姫様までお倒れになってしまいかねません。どうか、御身を気遣って差し上げてください」


 柱に寄り掛かり、少し気怠そうな様子を見せてしまった私の傍に寄り、アレクさんとロゼリアさんが気遣う声をかけてくれる……。

 心優しい騎士のお二人にお礼を言って、私はゆっくりと自分の部屋に向かう。

 駄目だな……。カインさんの心配以前に、自分が周りに負担をかけてしまっている。

 

「心配してくれてありがとうございます……。部屋に戻ったら、ちょっとお昼寝をさせて貰いますね」


「あぁ。その方が良いだろう」


「副団長、私は一旦騎士団の方に戻りますが、ユキ姫様の事、くれぐれもよろしくお願いいたします。もし具合が悪くなられるようであれば、すぐに王宮医師のお二人を」


「わかった」


 私をアレクさんに託したロゼリアさんは、一礼して王宮内に続く道へ踵を返し遠くなって行った。

 次に会うのは、私が眠る前の事になるだろう。確か今日は、ロゼリアさんが添い寝をしてくれる日だったから。

 

「ユキ、行こう」


「はい」


 差し出されたアレクさんの左手に温もりを重ね、私は歩き出した。

 カインさんが禁呪にかかってから、ずっとその事ばかりが頭の中にあって、だけど、それは同時にアレクさんや皆さんにも心配をかける事で……。


「ユキ……」


「あ、はいっ」


 私の手を握るアレクさんの力が、ふいにぐっと強くなると、彼は立ち止りこちらへと振り向いた。

 二人向き合うようになると、アレクさんが右手の方を私の頭の上に置き、慰めるように優しく撫でてくれる。


「俺達に心配をかけたと思っているのなら、それは気にしなくていい。あの男の事は正直気に入らないが、お前がアイツを心配しているのなら、俺はそんなお前を支えてやりたいと思っているのだから……」


「アレク……さん」


「お前は、いつも頑張り屋で、色々と我慢をするタイプだからな。頼って欲しいと願っていても、なかなかその機会が訪れない」


「そんな事ありませんよ。私はいつも、アレクさんや皆さんにお世話になっています」


 苦笑しながら私を優しく見下ろしてくるアレクさんにそう反論すると、首を緩く左右に振られてしまった。


「俺達にとっては、頼られた内には入らない」


「こうやって護衛もして頂いていますし、ロゼリアさんや三つ子ちゃん達には、添い寝だってしてもら、んっ」


 自分は絶対に周りに人達に甘えているのだと抗議する言葉を、ふいにアレクさんが下ろした右手の人差し指でぷにっと封じられ、私は困惑を込めて目を瞬いてしまう。

 アレクさんの綺麗な顔が、何故かぐっと間近までやって来て……。


「俺は、お前に甘えて貰いたいと、そう思っている」


 至近距離で、アレクさんの蒼い双眸に見つめられ、微笑ましそうにそう言われてしまった私は、ぴきりと固まり、心臓をバクバクと加速させながら頬に熱を上らせてしまった。

 な、ななななな、何をそんなに、とびきり優しく甘い声音で言ってくれているんですか、アレクさん!!


「だ、だから、私は今でも十分……っ」


「俺がお前に甘えられていない、もっと頼られたいと思っているのだから仕方ない」


 慌ててまた否定に入る私を、アレクさんは面白そうに笑いを零し、唇に添えていた指先を放し、その手で私の頭を駄々っ子をあやすように、ポンポンと軽く叩いてきた。

 そして、握った手を引いて、また私の部屋へと歩き出す。

 何故だろう。少しだけ……、アレクさんの気配が楽しそうに感じられるのだけど……。

 私は頬に抱いた熱と、手の中に在る温もりに少しだけ気恥ずかしさを覚えながら、いつの間にか胸の中に在ったはずの不安と申し訳なさが薄らいでいる事に気付いていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 自分の部屋に戻り、少しの間何も考えず、心地良いお昼寝の時間を過ごしていると、それから二時間ほどして、レイフィード叔父さんが訪れた。

 三人ほどのメイドさんを伴い、料理長さんお手製のケーキとお茶を運んで来てくれたらしい。

 私はレイフィード叔父さんを部屋に招き入れ、壁の方に立ち護衛の任に就いてくれているアレクさんに見守られながら、ケーキとお茶をご馳走になる事になった。

 生クリームたっぷりの、大きな苺付きのショート……にしては少し大きめのケーキと、柑橘系の匂いが香るティーカップの中のお茶。

 レイフィード叔父さんに勧められるまま、私はフォークでケーキをひと口分掬い取ると、それを頬張り、口の中に広がる天国のような甘い味わいに頬を笑ませた。


「美味しいです!」


「ふふ、それは良かった。ユキちゃんの幸せそうな顔を見ていると、僕も心の中がぽっと温かくなるようだよ」


 お世辞抜きに、料理長さんの食事もケーキやお菓子の類は本当に美味しくて、私が素直な感想を漏らすと、レイフィード叔父さんが右手で頬杖を着き、にこにこと嬉しそうに微笑んでくる。

 

「ふふ、私も、レイフィード叔父さんの笑顔を見ていると、心が温かくなりますよ」


「おや、嬉しい事を言ってくれるね。料理長自慢のケーキと、可愛い姪御の笑顔と嬉しい言葉を貰えるなんて、本当に僕はエリュセード一の幸せ者だよ~。有難う、ユキちゃん」


 私の返事に増々笑みを深めたレイフィード叔父さんは、それから暫くの間、最近あった面白い事や、他愛のない話題で場を賑やかせてくれた。

 そして、ケーキとお茶を堪能し、ひと心地着いた頃、メイドさん達がケーキのお皿を下げてくれた所で、レイフィード叔父さんは、笑顔だった表情を徐々に真剣なものへと変えた。


「ユキちゃん、実はね。今日は叔父さん……、君に大事な話があって来たんだよ」


「大事なお話……ですか?」


「うん。今から話す事は、ユキちゃんの気が進まなければ、断ってくれても構わない。だから、話だけ……、聞いて貰ってもいいかな?」


 お世話になっているレイフィード叔父さんからのお話を、私が聞かないわけがない。

 私に出来る事であれば、何だってやろう。力が足りない事であれば、頑張って努力しよう。

 そんな風に思いながら、居住まいを正し、レイフィード叔父さんを見つめ、「お話をお聞きします」と、同じく真剣な表情を顔に作った。


「単刀直入というと、今、禁呪の力によって苦しんでいるカインの力になってほしいんだ」


「カイン……、さん、の、ですか?」


「そう。現段階では、王宮医師であるセレスフィーナとルイヴェルが、毎日寝る間も惜しんで、禁呪の力を無効化する為の術を構築してくれている。あの二人なら、きっとカインを救ってくれると、僕は信じているんだけどね……」


「あの、それなら、何も心配はいらないんじゃ……」


 私に出来る事なんて、カインさんのお見舞いに行くか、傍で手を握って声をかけるくらいの事しかない。

 けれど、レイフィード叔父さんが私にお願いしたい事というのは、きっとそういう事じゃない気がする。

 頼むのを躊躇っているような、次の言葉を言っていいものか思案しているような、……そんな顔。


「王宮医師の二人からね、……『提案書』が持ち込まれたんだよ」


「提案……、書、ですか?」


「それには、カインの命を喰らい付くそうとする禁呪に対抗できる、『もうひとつの手段』が記されてあったんだけどね……」


 それと私に、一体どんな関係があるというのか……。

 話の先が見えない不安のせいで、私は胸元に右手を添えると、レイフィード叔父さんの言葉の続きを待った。


「あぁ、ごめんね。不安がらせるわけじゃなかったんだよ。僕としては、ユキちゃんにはあまり負担を掛けずに過ごして貰いたかったというか、セレスフィーナとルイヴェルの腕は確かだから、信用はしてるんだけどね……。その……、今回ユキちゃんにお願いしたい事というのは、――『血』の提供なんだよ」


「血、って……、私のですか? でも、カインさんと私の血液型が一緒かどうかは……」


「いや、そういう類の事じゃなくてね。ユキちゃん、君が、異世界の女性と、このエリュセードの民である、僕の兄上との子供だという事は理解してくれていると思うんだけど」


「はい」


「異世界人同士の間に生まれた子供であるユキちゃんには、禁呪の力を解けるかもしれない可能性が秘められていると、王宮医師の二人から報告があった」


「私に……、ですか?」


 そんな馬鹿な。私は一瞬ぽかんと小さく口を開け、言われた意味が理解出来ずに放心してしまう。 

 カインさんの命を蝕んでいる、あの恐ろしい禁呪に、私の存在が太刀打ち出来るはずが……。

 何かの間違いですよね? そんな思いを込めてレイフィード叔父さんと視線を合わせてみるけれど、困ったように苦笑されてしまった。


「ユキちゃんを戸惑わせて悪いけれど、本当の事なんだよ。この前、君がカインのお見舞いに行った時、その手を握ってあげた後らしいんだけど、腕にあった禁呪の紋様がね、完全にではなかったんだけど、右腕から首筋にかけて、確かにその効力と紋様が薄れていたらしいんだよ。まぁ、すぐにまた元に戻ってしまったらしいんだけどね」


 紋様が薄れたという事は、カインさんにとって良い事なのはわかるのだけど、それと、私が何で関係があると結び付いてしまうのだろう。

 私はただ、カインさんの手を握って、早く良くなるようにと祈っただけ……。

 それだけしかしていないはずなのに……。


「カインの右手に、微かな力の気配が残っていたそうだよ」


「力の気配……」


「禁呪に対抗しようと、カインの回復を願った人の思念と、その人が抱く力の気配。それが、ユキちゃんだったんだよ」


「何かの間違いじゃないんでしょうか……。私には、不思議な力なんて何もありませんし、禁呪と対抗出来る力なんて」


「あぁ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。まだ色々と、本当はユキちゃんに説明しないといけない事が多いんだけど、とりあえず、今は必要な情報だけ渡しておくね」


「は、はい……」


 レイフィード叔父さんの言っている事の、その内容だけはわかるけれど……。

 私の中に、禁呪に対抗しうる力が在るなんて、簡単には信じられない。

 このエリュセードという世界に、魔力や魔術が存在している事は知っているけれど、私にはまだそれが使えるかどうかさえわからないのに……。

 だけど、レイフィード叔父さんや王宮医師のお二人が、嘘を言うとは思えない。

 信じるしかないのだと、自分の心が私自身に訴えかけてくる気がする。


「今回必要なのは、さっきも言った通り、ユキちゃんの『血』……。ユキちゃん自身は、まだ自分の中に在る力を把握して使えないだろうから、王宮医師の二人に採血して貰って、それを万が一の時に使わせてもらう。大体は、そんな感じかな。だから、基本的には、ユキちゃんに協力して貰うのは、君の中に在る『血』の提供って事なんだよ」


「私が何かをする、という事ではないんですね……」


「うん。だけど、君の持って生まれた力は、本当に謎の多いものだから……。全ての解明も済んでいないし、血を提供して貰った時に、何か起こらないとも限らない。その時には何もなくても、血を行使し解呪に用いた際の不安点もある。だから、叔父さんとしては、その辺りが心配なんだけど……、セレスフィーナとルイヴェルは、このエリュセードでも名門中の名門、医術と魔術の名門、フェリデロード家の術者達だからね。しっかりと調べを終わらせ、危惧すべき点を考慮しながら行使すると約束してくれた以上、それを信じようと思うんだよ」


 私の中に在る血が、カインさんを救う力を秘めている……。

 レイフィード叔父さんの話を聞く内に、段々と真実味を帯びていく信じられない話の数々。

 自分の身体の一部、『血』を提供するだけで、力になれるかもしれない……。


「勿論、この方法は、王宮医師の二人が構築している術が間に合わなかった万が一の時にだけ、ユキちゃんの血を使わせて貰えればという話なんだよ」


「万が一の時……」


「もしユキちゃんがこの話を受けてくれた場合、成長したユキちゃんの血を何度か採血させて貰って詳しく検査して、万が一の時に備える……と。まぁ、そういう感じかな」


「なるほど……」


 私は一度瞼で視界を隠すと、深呼吸をして、今レイフィード叔父さんから聞いた事を頭の中で整理し始めた。別の世界で生きて来たお父さんとお母さんの子供である私には、今この瞬間もカインさんの命を蝕み、死へと誘おうとしている禁呪に対抗出来るかもしれない力が在る。

 それは、私自身ではまだ扱えないもの。誰かに導いて貰わなくてはならない未知なる存在。

 『血』という体内の一部を提供する事によって、カインさんを救える方法に繋がるかもしれない。

 

(本当に自分の中にそんな力が在るかなんて、わからないけれど……)


 私は胸元の右手を握り締め、その上に左手を支えるように添えると、覚悟を決めてレイフィード叔父さんの視線を受け止めた。


「私で出来る事があるのなら、苦しんでいるカインさんを救える手助けが出来るのなら……」


 自分自身の力というのを信じる事にはまだ戸惑いがあるけれど、迷っている暇はない。

 

「私の血を、使ってください!!」


「ユキちゃん……」


「レイフィード叔父さんと、王宮医師のお二人を信じます。私はまだ、自分の中に在る力なんて感じる事も出来ませんけど……、レイフィード叔父さん達が『在る』というのなら、それを信じます。だから、私で力になれるのなら、カインさんの治療に役立ててください」


 血って、どのくらい取られるんだろうとか、貧血起こしたりしないかなとか、そういう小さな心配も頭の片隅で考えたけれど、私には、レイフィード叔父さんやセレスフィーナさん、ルイヴェルさんが付いている。それなら、何も怖がる事なんてないし、全身全霊でご協力出来る部分があるのなら……。


「あ、どうせなら、今すぐにでも王宮医務室に伺いましょうかっ」


「ユキちゃん、申し出を受けてくれたのは有難いんだけど、セレスフィーナ達にも話を通してからの準備もいるし、ちょっと落ち着こうね」


「あっ……、す、すみません」


 善は急げとばかりに、張り切ってしまった自分が恥ずかしいっ。

 私はレイフィード叔父さんの方へと乗り出していた上半身を席に戻し、頬を薄らと羞恥に染めて膝の上に両手を置いた。

 レイフィード叔父さんがクスクスと笑いを零しながら私の頭を落ち着かせるように撫でてくれるから、自分が小さな子供のようにでもなった気がして、さらに気恥ずかしさが募ってしまう。


「有難う、ユキちゃん。君は本当に優しい子だね……。でも、本当にいいのかい? カインは、出会い頭に酷い事をした、君にとってはトラウマの相手とも言える相手だ。その相手に対して、自分の血を提供しても良いと本気で思えるのかい?」


 確かに、最初の出会いは最低最悪で、心に大きな傷と、人生の中で初めて絶望という言葉を私に刻み付けた人でもあったカインさんだけど……。

 

「自分でも、よくわかりませんけど……。カインさんは、顔を合わせる度に私をからかっては悪戯ばかりするような人で、態度も大きいし、口は悪いし、会ったら喧嘩ばかりします。……だけど」


「ユキ……」


「本当は、温かな部分もある人なんだって、確かに感じた私がいるんです。それに、あの人とは、もう友達みたいなところがあって、目の前で苦しんでいるのを見て放っておく事は……出来なくなりました」


 自分勝手で、人の言う事なんか聞かない人だけれど、カインさんは悪い人じゃない。

 あの人の中には確かな温かさがあって、少なからず、お互いに関わり合って触れた部分があるから……。

 だから、放ってはおけない。苦しんでいるなら、助けたい。


「ふぅ……。あの放蕩王子は幸せものだね~……。ウチの可愛い姪御にここまで心配して貰えるなんて、過ぎた幸福だよ、まったく」


「レイフィード叔父さん……」


「有難う、ユキちゃん。ウォルヴァンシアの王として、礼を言わせておくれ。

 これでカインを救える道がもうひとつ確保出来た……」


「そ、そんなっ、頭なんて下げないでください!!」


 席を立ち上がり、私に対して深く頭を下げたレイフィード叔父さんに、微動だにしなかったアレクさんも目を瞠っている。勿論、礼を向けられている私も驚きを隠せず、慌てて椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、両手を自分の胸の前で振った。

 一国の国王であるレイフィード叔父さんが、私みたいな一般人に頭を垂れる理由なんかどこにもないのに!!


「今のは、国王としての僕から。それと、今度は」


「え、ええええ!?」


 レイフィード叔父さんは一度背筋を正し、にっこりと微笑むと、また深く頭を下げてくる。

 な、何で二度も? 一体どうしてしまったの、レイフィード叔父さん!!


「これは、遠く離れた場所にいる友人、イリューヴェルと、その友である、ただのレイフィードとしてのお礼。ユキちゃん、本当に有難う」


「だから、レイフィード叔父さんが頭を下げる事なんてありませんって!! 私はただ、『血』を提供するだけの身ですし、それに……。カインさんは、もう私の友人です。友達を助けたいと思うのは当然でしょう?」


「ユキちゃん……」


 頭を上げ、私を何故か眩しそうに見つめたレイフィード叔父さんが、私の方へと移動してきて、その優しい腕の中にむぎゅううっと私の身体を抱き込んでしまった。

 レイフィード叔父さんの温もりに包まれ、強く抱き締められているものの、痛くはない。

 

「本当に、素直で心優しい女の子に育ってくれたね。僕は叔父として誇らしいよ。……あ、だけど、カインとは友人になっても」


「はい?」


「お嫁には行っちゃ駄目だよ」


「え?」


「ご安心ください、陛下。そのような恐ろしい事態にならぬよう、俺がユキを傍で守り続けます」


「期待しているよ、アレク!!」


 え~と……、レイフィード叔父さんもアレクさんも、何を言っているの、かなぁ。

 聞くに聞けない空気の中、私はレイフィード叔父さんの抱擁を受けながら、とりあえず今はカインさんを救える方法がひとつ増えた事に安堵しながら、その背中に両手をまわした。

2014・10・22 改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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