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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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進行する呪いと、目覚めた竜の皇子!

「皆、おはよう。昨夜は予期せぬ事が起こっていたみたいだね……。僕も夜中に報告を受けたけれど、それから進展はあったのかな? セレスフィーナ、ルイヴェル、速やかに報告を」


「「御意」」


 翌日、朝早くからレイフィード叔父さんの招集がかかり、カインさんに関わる関係者全員が玉座の間へと集められた。叔父さんの傍にはお父さんが立っており、玉座から見下ろされる階段下には、赤い絨毯の中央に王宮医師のお二人が背を伸ばして立ち、報告書を読み上げ始めていた。

 私は、お母さんの横に立ち、その内容を静かに聞いている。

 

「申し上げます、陛下。昨夜の王宮医務室内で発生しました、禁呪と混合された術が起こした瘴気の件に関してですが、現在は治療の効果もあり、カイン皇子の容体も落ち着いております。しかしながら、昨夜もご報告いたしました通り、呪いは第二段階へと移行しており、いつまたその脅威が表に出るかの懸念もあります」


 セレスフィーナさんの凛とした声音が報告書の内容を淀みなく玉座の間に響かせる。

 呪いの……、第二段階。カインさんの命を脅かす禁呪の影響力がさらに強まった証。

 

「ユキ……、大丈夫?」


 報告書の内容に耳を塞ぎたくなっていた私の肩をお母さんの優しい手のぬくもりが包み込み、小さな声で問いかけられた。


「うん……大、丈夫」


 今は一人で不安がっている場合じゃない……。

 王宮医師のお二人の声に耳を傾けないと。私は呼吸を落ち着けるように息を吐き、手のひらを握った。今度は報告を交代したルイヴェルさんが、眼鏡の中央を指先で僅かに押し上げ、その落ち着いた低い声音でレイフィード叔父さんに現状を伝える。


「現時点では、禁呪と、それに混ざっている術の進行を抑える為、治療用の術を強化した陣を何重にも展開しております。カイン皇子の容体も、朝を迎えてからは症状が緩和しており、今は落ち着いておられます」


「うん、ご苦労様。君達には本当に迷惑をかけてすまないね。……それで、カインにかかっている禁呪ともう一つの術は、解呪の目途は立ちそうかい?」


 第二段階へと進行した禁呪。この場にいる誰もが気になっている今後の行方を、レイフィード叔父さんは静かに王宮医師のお二人へと尋ねる。

 心の中で騒ぐ不安を抑えながら胸元で両手を組み合わせ祈るようにお二人を見つめていると、ルイヴェルさんが一度私の方に視線を向け、その口許に微笑を浮かべた。


(ルイヴェルさん……?)


「国王陛下に申し上げます……。カイン皇子を苛む混合された禁呪の解呪、結論だけ申し上げれば、可能とお答え申し上げます。普通の術者であれば難航する類の厄介な存在ではありますが、我らはフェリデロード家に生まれし双子の術者です。双子故に、強い魔力を有し、フェリデロード家の知識も併せ持つこの身であれば、禁呪の解呪も、『可能』と、お伝え申し上げる事が出来ます」


「弟の言う通り、我らウォルヴァンシア王宮医師に万事お任せを……。解呪の術を構成する術式を、必ずや完成いたします。カイン皇子の御命……、決して散らす事のないように」


 その声音に怯えは一切なく、レイフィード叔父さんへとしっかりと宣言した王宮医師のお二人が一礼してその場に跪いた。

 バルコニーから注ぎ込む眩い陽の光が、セレスフィーナさんとルイヴェルさんの金と銀の髪に縁取られた顔を照らし出し、祝福を降らせるかのようにも見える。

 カインさんは助かる……。このお二人の力があれば、きっと。


「信頼しているよ、フェリデロードの血を継ぐ愛し子達。ウォルヴァンシアの王として感謝を捧げさせて貰うよ。どうか、イリューヴェルの魂を受け継ぐ竜の子を救ってやってほしい」


「「御意」」


 セレスフィーナさんとルイヴェルさんが立ち上がり、報告書を手に入口へと向かい始めた。

 私は場の空気から我に返り、急いでその後を追った。


「あの、今からカインさんのお見舞いって、可能でしょうか?」


 少しでも早く、カインさんの落ち着いた状態を目にしたくて、私はお二人の背に声をかけて確認をとった。


「セレス、ルイ。俺からも頼む。昨夜の出来事の後、ユキはあまり眠れていないんだ……。少しでも懸念を減らしてやりたい」


「「……」」


 報告の場にいた時は、私から見て向かい側、赤い絨毯の向こうにルディーさんとロゼリアさんと共に立っていたアレクさんが、私の傍に近付き、一緒に頼んでくれた。

 セレスフィーナさんとルイヴェルさんが一度顔を見合わせる。


「構いませんよ。今は状態も安定していますし、カイン皇子も、ユキ姫様がお傍にいれば、精神的な支えとなるでしょう」


 ふわりと、花が目の前で咲き誇るように微笑したセレスフィーナさんがそう許可してくれると、傍に寄り添うように立っていたルイヴェルさんも同意するように頷いてくれる。


「俺も異議はありません。ですが……、せめて朝食を食べてからにされたらどうですか? 王宮医務室で情けなくお腹を鳴らされても、笑いを堪えるのに苦労しそうですからね」


「は、はい、ありがとうございます」


 一見して温かみに欠ける少し距離をおいたような静かな声音だったけれど、ルイヴェルさんなりに私の事を心配してくれているんだと思う。……物凄く失礼な発言が混ざっていたけども!

 それにしても……。

 

「あの、ルイヴェルさん」


「何ですか?」


「……前から気になっていたんですけど、私相手に敬語を義務付けるの、無理しなくても良いですよ?」


「王族の姫君に、礼儀を欠けと?」


「ルイヴェルさんが敬語を使うのに抵抗がなければ良いかなって思ってたんですけど。最近……、何というか、無理をされている気がしてならないんです。それに、幼い頃の私は、セレスフィーナさんやルイヴェルさんにお世話になっていたって、最初に会った日に言ってましたよね?」


「……」


 その時も私に対して敬語だったんですか? と、ルイヴェルさんを見上げながら聞いてみると、彼の知を宿す深緑の双眸が、一瞬だけ痛みのような気配に揺れた気がした。

 私……、何か変な事でも言ったのかな。見下ろされたまま首を傾げていると、ルイヴェルさんが小さな吐息を零し、口を開いた。


「……鈍感なように見えて、意外に察しが良いな」


「え?」


「……いえ、何でもありません。ユキ姫様のお優しい心遣いには感謝いたしますが、ご遠慮させて頂きます。俺は無理をしているわけでもありませんし、……今はこの状態を望んでいますから」


「そ、そうですか……」


 今、何か……、思いきり素の発言が呟かれたような……。

 鈍感なように見えて、の後がよく聞こえなかったけれど……。

 アレクさんやルディーさん達には普通に素で話しているようなのに、私に対してはいつも敬語のルイヴェルさん。それは、きっと私がお父さんの娘だからなのだと思ってはいたけれど……、段々と、その敬語がしっくりこなくなったというか、どこか違和感を感じる自分に気付いた。

 ルイヴェルさんと自分が話す言葉に、敬語は不似合いなような……そんな気がしたから。

 だけど、本人に断られてしまったし、これ以上は言えない、かな。

 早々に立ち去ってしまった王宮医師のお二人を見送った後、私は朝食をとる為に広間へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、レイル君も来てたんだ。それに、三つ子ちゃん達も」


「「「ゆきちゃんだ~!! かいんのおみまいきたの~!!」」」


「他国の皇子が倒れてしまったとなると、ウォルヴァンシアの王子たる俺も、一度は見舞わねばならないからな」


 王宮医務室の前で会った私達は、一緒にカインさんのお見舞いをする事になった。

 ぴょこぴょこと可愛らしく王宮医務室の奥へと進んでいく三つ子ちゃん。

 その後を、「静かに見舞うんだぞ」と注意しながらレイル君が追っていく。

 一通り片付けられてはいるけれど、まだ室内には薄らと瘴気の残した影響でもある焼け焦げた跡が見られる……。

 それは奥の部屋に入ると、さらに濃く昨夜の惨状を残している様子が視界に広がった。

 カインさんを治療している部屋には、沢山の魔術で出来た陣が展開されており、独特の緊迫した気配が室内を満たしていた。

 昨夜、私が王宮医務室から帰る際には少しの陣しかなかったけれど、その後の深夜の異変の時にもまた増えていたし、確実に陣の量は増えている。これが全て……、カインさんの治療に必要な存在なんだ。

 

「すみません、まだ部屋の修復にまでは手が回っていないのですよ」


「いえ、気にしないでください。カインさんは……」


「こちらです」


 苦笑しつつ天蓋付のベッドへと私達を案内してくれたセレスフィーナさんにお礼を言って、私達はカインさんのお見舞いをする為、ベッドカーテンを開いた。


「カインさん……」


 ベッドの中でぼんやりと上を眺める真紅の瞳、力なくシーツに沈んでいる腕……。

 これが……、あのカインさんなんだろうかと、改めてその痛々しさを目の当たりにした。

 自信に溢れていた挑戦的な真紅の瞳は、禁呪のせいでその力強さを殺ぎ落としている。


「ん? ……お前らか、……よぉ」


「「「かいん!! おはようなの~!!」」」


「お前らは……相変わらず……元気だな。はよ。……王子さんも来たのか?」


 ベッドに飛び移ってカインさんを取り囲んだ三つ子ちゃん達に、少しだけ笑みを浮かべると、カインさんは私がいる方とは反対側の椅子に座ろうとしているレイル君に気付いた。

 レイル君は両手を伸ばし、カインさんのぐったりと投げ出されている手を取り、励ましを送るようにその手を握り締めた。


「カイン皇子、……具合はどうだ? ウォルヴァンシアの滞在中にこのような事になってしまって、とても不安だとは思うが、どうかウォルヴァンシアの王宮医師達を頼りにしてほしい。彼らなら、きっとカイン皇子を救う事が出来る」


 その声音は、穏やかなものではあったけれど、レイル君の真摯な想いが滲んでいる。

 呪いを受けているカインさんの痛みを分け合うように力強く頷き、自分に出来る事があれば何でも言ってほしいと口にするレイル君のその姿は、一国の王子様としての慈愛と責任感の強さを感じさせるものだった。それを眩しそうに目を細めて見つめたカインさんが、喉の奥で力なく笑うと、弱々しく呟いた。


「お前は……真面目な、……奴、だな。こんな……ろくでも……ない……俺に、心を……配って。俺と……大違い、……じゃ、ねぇか。立派過ぎる……だろ」


 カインさんにしては珍しく誰かを褒めているその姿を、レイル君は緩やかに首を振ってそんな大層なものじゃないさと苦笑する。

 自分はまだまだ勉強の途中で、力も知識も足らなくて、皆に助けられてばかりだと。

 決して驕る事なく高みを目指すレイル君の姿は、私にも眩しく想える。


「カインさん、レイル君の言葉を信じて下さい。貴方は絶対に死んだりなんかしません……! 王宮医師のお二人の他にも、貴方を心配して応援する人は大勢います。だから、どうか気を強く持って……禁呪の力を打ち破ってください」


「そう……だな。呪いで死ぬとか……、馬鹿馬鹿しい……、もん、な。出来るなら……、勝ちてぇ、けど、……くっ」


「カインさん!!」


「カイン皇子!!」


「「「かい~ん!! しっかりするの~!!」」」


 禁呪の影響がまた出て来たのか、カインさんは身を捩り、小さく呻き声を上げた。 

 荒く呼吸が繰り返され、その手がゆっくりと天を掴むように持ち上がる。

 私はその手を握り締め、必死に声をかけた。


「貴方は絶対に死にません!! いつもの自信の強さはどこに行ったんですか!? 人をからかって楽しむ意地悪な貴方が、禁呪なんかに負けるわけ、ないでしょうっ」


 だから、どうか気弱にならないでほしい。

 視界を滲ませる涙を堪えながら、私も三つ子ちゃんもレイル君も、彼を励ます為に声を掛け続ける。一人じゃないのだと、ここに沢山の想いが集っているのだと、それをわかってほしくて……。

 必死に祈りを込めながら、その手を強く強く握り締める。

 

「ユキ姫様、申し訳ありませんが、今日はこの辺りでお引き取りください。カイン皇子の中に抑え込んでいる禁呪が、また暴れはじめたようです」


 セレスフィーナさんが詠唱を行い、カインさんの頭上にまた新しい陣が築かれた。

 星屑が零れるように、カインさんの身体へと陣から光が零れては降り掛かっていく。

 

「「「かい~ん、げんきになってほしいの~……」」」


「お前達、もう戻るぞ」


「「「は~い……」」」


 カインさんの傍を離れ難いものの、三つ子ちゃん達は大人しくレイル君の言う事を聞いてベッドから下りた。私もアレクさんとロゼリアさんに促されて、カインさんの手を離し、そこを離れる。

 

「セレスフィーナさん、ルイヴェルさん、どうか……お願いします」


「はい、また何かあればお知らせに伺いますので、どうか、ご安心を」


「俺とセレス姉さんが二人がかりで治療をするのですからね。そう簡単に死なせはしませんよ。本人に殺せと請われても生かしてやりましょう」


「ルイヴェルさん……、お二人の事、信じてます。また、お見舞いに来ますね」


 私はカインさんをもう一度だけ振り返り、どうか元気になりますようにと祈りを向け、アレクさんとロゼリアさんと共に王宮医務室を後にしたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side セレスフィーナ


 ユキ姫様とレイル殿下達が帰られた後、私はカイン皇子の中で騒ぎ出した禁呪を鎮める為に追加の陣を施した後、彼の姿を流し見て……ある変化に気付いた。

 

「これは……」


「どうした、セレス姉さん」


「ルイヴェル、……これを見てちょうだい」


 シーツの上に投げ出されている右腕を手に取り、二人でその変化に視線を走らせる。

 カイン皇子の右腕から……、禁呪によって刻まれた浅黒い紋様がいつの間にか薄らいでいるのが見て取れた。完全にではないけれど、確実に薄まっている……。


「どういう事……、なの」


「そういえば、さっきまであれがこの手を握っていたな……」


「……まさか」


 ――カイン皇子の右腕から微かに感じる祈りのような思念。


「けれど、あの御方の力は封じられているはず……」


「詳しく調べてみる必要がある、か……」


 私とルイヴェルは頷き合うと、確証を得る為にカイン皇子の治療を続けながら、その右腕に起こった変化についても調べ始めた。

2014・09・06

第二部・第43部改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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