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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
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生まれ出る瘴気……

 遠くに……、悲痛な慟哭の咆哮と共に苦しむ竜の姿が見える。

 四肢を狂ったように暴れさせ、竜は辛そうに暗闇の中で悶えては血の涙を流す。

 それは何かに怯えているようでもあり、自身を苛む何かに必死に抗おうとするかのような姿にも映る……。漆黒の大きな竜は、ふと、私の方へと顔を向けた瞬間、一層大きな咆哮を上げた。

 魂が震えるほどの悲痛な叫び……、まるで、私に助けを向けているかのように、竜は叫び続ける。

 どうして泣いているの……、何が、貴方をそこまで苦しめているの……?

 私の視線の先で暴れている竜の姿が……誰かと重なる。

 夢なのか、現実なのか、定まらない意識の中、私は竜に向かって手を伸ばす。

 けれど……、伸ばした右手はすぐに朧気な輪郭に変わり、ゆっくりと溶け消えていく。

 待って……、まだ……、まだ、――覚めないで!!



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――っ!!」


 私の姿も、竜の苦しむ姿も、全てが光へと溶け消えたかと思った瞬間、私ははじかれるように現実へと帰還した。ベッドから飛び起き、闇の中へと伸ばした右手をパタリとシーツの上に落とす。


「はぁ……っ、はぁっ」


「ユキ、どうした?」


「ユキ姫様、何か悪い夢でも?」


 私に寄り添うようにベッドの中にいてくれた二頭の狼さん、アレクさんとロゼリアさんが、その身を起こし、気遣う声をかけてくれた。傍にあるぬくもりに、少しだけ安堵を覚える。

 銀色の狼であるアレクさんと、夕陽色の狼であるロゼリアさんの温もりに擦り寄られ、私は呼吸を整えると、胸の中でざわめく嫌な予感のようなものに眉を顰めた。

 今の夢は……、何? 暗闇の中、薄白い光を纏った一頭の竜……。

 寝汗のせいで肌に張り付いた夜着に包まれながら、私の自分の胸を押さえた。

 急速ともいえる速さで心の中に広がる、得体の知れない不安の波……。

 

「竜……」


「ユキ?」


 あの竜は……、とても苦しそうな様子で暴れていた。

 血の涙を溢れさせるほど、我が身を持て余すように竜は何かを叫んでいた。

 その姿が……、一瞬だけ、禁呪に苦しむカインさんの姿と重なったような気がして……。


「ユキ、一度明かりをつけるか?」


「……はい」


 アレクさんが寝台を下り、部屋の入り口にある魔術の球体に触れ、部屋の明かりを点けてくれる。

 少し眩しさを感じる光に私の顔が照らし出されると、傍にいたロゼリアさんがぎょっとしたように心配の声を発するのが聞こえた。


「ユキ姫様!! お顔の色が真っ青です!!」


「……え」


 自分の頬に手を添えた私は、ロゼリアさんの驚きように遅れて反応を返すと、サイドテーブルに置いてあった手鏡を手渡された。

 ……本当だ。顔色が……、酷く青白い色へと変わっている。

 まるで、恐ろしい物でも見たかのようにわかりやすい色と表情。

 胸の奥では、ドクドクと不安と恐怖を纏ったかのように逸る鼓動の音が聞こえる。

 気のせいかもしれない……。ただの夢かもしれない……。


(だけど……)


 私はベッドを軽く軋ませると、アレクさんとロゼリアさんにあるお願いをした。


「アレクさん、ロゼリアさん、お願いがあります。私と一緒に、行ってほしい場所があるんです……」


「このような夜更けにですか?」


「朝になってからでは駄目なのか?」


 人の姿に戻ったアレクさんとロゼリアさんに頷くと、私はクローゼットから上着を取り出し、それを羽織ると、自分の部屋を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ユキ姫様、一体何があったというのですか?」


「気のせいかもしれないんですけど……、嫌な予感がするんです。カインさんに……何かが起こっているような、そんな不安が……」


「王宮医務室にはルイとセレスがいる。心配はないと思うが……」


 早足で回廊を通り過ぎ、王宮医務室のある廊下へと入った私達は、直後、視線の先から、底冷えのするような冷気と怖気を感じ取った。

 オォォォ……と、地の底から突き上げるかのような低いうねりのような音が聞こえてくる。

 

「王宮医務室の方から、おかしな気配と物音が……」


「急ぐぞ」


「はい!!」


 私を後ろに庇うようにアレクさんとロゼリアさんが走り出す。

 王宮医務室の扉が何かの衝撃で壊れたらしく、無残にも外側へと残骸と化し散らばっていた。

 中に踏み込むと、室内に設えられていた調度品やソファー、テーブルなどが蹴倒されたかのように……。荒れ果ててしまった暗い室内の奥へと駆け込んだ私達は、奥の部屋へと続く入り口の前で、複数の光り輝く陣を展開させながら、溢れ出そうとしている黒い靄のような存在を相手にしているセレスフィーナさんとルイヴェルさんの姿を目にした。

 色濃いその黒い靄は、見ているだけでも吐き気がこみ上げてくるような嫌な気配を感じさせる存在で、お二人の展開している陣を突破してこちら側へと浸食しようと暴れている。


「ルイ!! セレス!! 一体何が起こっている!!」


「アレクか……。少々厄介な事になっていてな。皇子が安定状態になってから暫くして、急に『瘴気』が溢れ出した」


「瘴気だと……?」


「ええ。カイン皇子の身体を浸食している禁呪の産物であるのは確かなのだけど、くっ……、ルイヴェル!! 術の効果を増幅する補助魔術をお願い!!」


「わかった。アレク、ロゼリア、お前達はユキ姫様を後ろに下がらせろ。すぐにこの瘴気を浄化する」


 ルイヴェルさんが新たな詠唱を高速で紡ぎ終えると、お二人の足下に二つの銀緑に輝く複雑な文様を描く陣が出現し、その身を光へと包み込んだ。


「まったく、人の職場で好き放題はやめてほしいものだわ……!!」


「家具も丁度品も、ついでに研究器具まで吹き飛ばされたからな……。全て新しく買い直しだな……!!」


 室内に突風が巻き起こり、夜着の裾が荒々しく風に踊る。

 セレスフィーナさんとルイヴェルさんの前に、一つの巨大な陣が出現し、それが爆発的な光を放つのと同時に、私はアレクさんとロゼリアさんに庇われながら、奥の部屋から恐ろしい慟哭のような唸り声を耳にした……。室内が震えるかのような揺れを感じ終わると、……室内が静寂に包まれる。


「ユキ、もう目を開けても大丈夫だ」


「は、はい……」


 アレクさんの声に、私は瞼をゆっくりと押し開けた……。

 静まり返った室内の中、もう瘴気と呼ばれたあの黒い靄の存在はどこにもなく、闇に閉ざされていた空間に、柔らかな光が満ち始める。

 部屋の惨状は、壁や床にも及んでおり、焼け焦げたような匂いと染みが広がっていた。


「中の様子を見て参ります。ルイヴェル、行くわよ」


「あぁ」


 奥の部屋へとお二人が姿を消した後、一拍の間を置いてセレスフィーナさんの険しい声音が響く。

 私はアレクさんとロゼリアさんを伴い、奥へと足を踏み込ませた。

 カインさんの眠っていた部屋も、瘴気のせいで手前の部屋以上の被害を受けてしまっている。

 天蓋付のベッド、カインさんの眠るその場所を視界に映すと、セレスフィーナさんが一歩足を引かせていた。何……?


「何て事なの……。呪いが……、二重に」


 私を入り口に残し、アレクさんとロゼリアさんがベッドへと近寄ると、二人が息を呑む気配が伝わってきた……。

 

「セレス、……これは、なんだっ」


 アレクさんの問いに、セレスフィーナさんがよろけるようにルイヴェルさんの腕の中に収まると、首を緩やかに否定でもするかのように動かすと、小さく呟く。


「呪いの……、第二段階に進んでいるわ。禁呪の他に、別の呪いを二重に混ぜ合わせて……っ。そのせいで、通常の禁呪による効果の他に、瘴気まで生み出す結果に」


 どういう……、事? 私は震える足を前に押しだして、ベッドへと向かう。

 カインさんが眠る……、ベッドカーテンの手をかけようとすると、


「ユキ、見るんじゃない!!」


「……っ!!」


 アレクさんの制止を聞くのと、私がベッドカーテンを開けるのは同時だった。

 不安に染まっていた私の瞳に、……変わり果てた彼の姿が映り込む。

 

「うっ……」


 思わず、自分の口許を押さえ、その場に膝を着く。

 これは……、何? ……カインさんの身体中に……。


「セレスフィーナさん、……これ、『何』ですかっ?」


 治療の為か、カインさんの服は左右に開かれており、胸からお腹にかけての肌が露わになっていたのだけど、……そこに、夥しいともいえる量の浅黒い紋様が……。

 

「ユキ姫様、失礼いたします」


 私の傍に立ったルイヴェルさんが、カインさんのシャツの袖を捲り上げる。

 ……腕にも、浸食しているのが見えた。

 それはまるで、蛇が地を這うように、びっしりとカインさんの肌を埋め尽くしているようだった。

 幸いな事に、と、言って良いのかはわからないけれど、紋様は首筋の辺りから上にはいっておらず、その先には、カインさんの苦しげな表情が浅い呼吸と共に浮かんでいる。


「カインさん……」


 ベッドに手をかけ、私は彼に触れようと手を伸ばす。

 けれど、その手はルイヴェルさんによって差し止められ、首を横に振られる。


「詳しい事はわかるまでは、お控えください」


「でも……」


「皇子に触れて、もし貴女様に何かあれば、陛下やユーディス殿下が悲しまれます。ここはどうか、我ら王宮医師にお任せください。事後処理と、陛下へのご相談も含め、全て滞りなく我らが行います」


「ユキ姫様、ご安心ください。我らフェリデロード姉弟。ウォルヴァンシア王家に仕える王宮医師として、魔術と医術の名門、フェリデロード家に名を連ねる者として、カイン皇子の御命、必ずやお守り申し上げます」


 誇りと責任、力強い意思を宿したお二人の深緑の双眸に言い含められた私は、静かにカインさんの傍を離れた。アレクさんが私の肩を支え、「戻ろう」と退室を促す。

 

「カインさんの事、……どうか、よろしくお願いします」

 

 私に出来る事は本当に何もない……。

 カインさんが進行した禁呪に苦しめられていても、何の力にもなれない……無力。

 その事を心の中で辛く思いながら、私は王宮医師のお二人に頭を下げると、アレクさんとロゼリアさんに支えられながら、王宮医務室を後にした。

2014・09・06

第二章・第42部改稿完了。

2015・3・28。文章の揃えなど、その他修正しました。

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