護衛騎士任命の前の朝の光景!
時は、アレクが幸希の護衛騎士拝命を受ける数時間前に遡ります。
ウォルヴァンシア騎士団副団長、アレクの視点で進みます。
――Side アレクディース
ユキの護衛騎士に任じられる数時間前の事……。
俺は、朝早くから騎士団長のルディーと共に団員達よりも早くに稽古を行っていた。
普段は、団員達に稽古をつけてやるのが仕事である為、本気で誰かと真剣勝負をする時間は限られている。だから、朝早くのその時間は、ルディーと剣を斬り結びながら互いに剣技が鈍っていないか、戦い方に危うい点はないかなど、色々な事を意見交換という形で話し合える貴重な時間でもあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはよう~!! 僕の自慢のウォルヴァンシア騎士団の若者達よ!!」
珍しい客人の訪れに、俺とルディーしかいない稽古場にはその声がよく響き渡った。
レイフィード・ウォルヴァンシア国王陛下……。
相変わらずの気分上向きな声に振り返った俺達は、その表情に眉根を寄せた。
声だけ聞けば、いつもどおりの陛下だ。しかし、……。
「陛下、なんか……、顔色が悪いっつーか、ちょっと殺気入ってません?」
ルディーの言うとおり、陛下の顔色はいつもと比べて若干悪いものに染まっている。
だが、普段は楽しげな気配を漂わせているブラウンの瞳が、今日この時だけは、肌にざわりと威圧的な気配と不穏さを与えてくるような危険さを孕んでいた。
「そりゃあね……。君達だって聞いたら僕と同じようになるよ」
「陛下、それはどういう……」
「アレク、俺、なんかすげー嫌な予感がするんだけど」
一旦騎士団長執務室へと陛下を案内し、事の詳細を聞き終えた俺は顔を右手で覆っていた。
ユキが……、イリューヴェルの第三皇子に……襲われかけた?
話を聞けば、それは俺とユキが憩いの庭園で別れて少ししてからの出来事だった。
おそらく、レイフィード陛下への贈り物について色々調べる為に森の奥の図書館に向かったのだろう。そして、悪夢が彼女を絡めとろうとするかのように……イリューヴェルの第三皇子と出会ってしまった。
「俺が……、あの時一緒に行っていれば……」
「アレク、落ち着け。俺だって腸煮えくり返るぐらい腹が立ってんだ。……まさか、あんな場所で出会っちまうとは」
「僕のせいでもあるよ……。第三皇子が気配を消したあの時に、もっと真剣に居所を探っておくべきだった」
「気配消しの薬ってのは、滅多に出回ってるようなモンじゃないんですけどね……。力が強ければ強いほど薬の調合には腕がいるし……」
ルディーが親指の爪を噛みながら、悔しそうに語る。
気配消しの薬……。それが、イリューヴェルの第三皇子の大きな味方となった。
それさえなければ、ユキがその男と会う事も、怖い思いをする事もなかったかもしれないのに……。このウォルヴァンシアに来て、慣れない地で頑張ってきたユキ。
彼女が幼い頃、この王宮に時々帰って来ている事は知っていたし、何度か顔を合わせる事もあったんだが……、王宮医師の二人ほどではなかった。
それが、今ではこんなにも……、大切な存在へと変化している。
成長したユキと再会した日、憩いの庭園で彼女が陛下達の事を口にするまでは、本人だとは気付かなかった。当時とは髪の色も違っていたし、新しくメイドにでもなりに来た者かと思っていたのだ。
しかし、彼女が陛下の事を『叔父さん』と呼んだ事で、帰還した王兄姫だと判明した。
笑顔のよく似合う、可愛らしく成長した王兄姫。
騎士団に戻った後も、俺は彼女と過ごした時間が頭から離れず、その夜……、ユキの部屋へと足を向けていた。テラスに佇み、夜空を見上げながら涙を零していたユキ。
住み慣れた世界を離れこのウォルヴァンシアへと帰還した彼女は、寂しさと不安に耐えていたのだ。あの涙を拭ってやりたいと、衝動的に思った。
しかし、いきなり夜闇の中から男が出て来たら彼女は驚くだろう。
警戒して怯えてしまうかもしれない……。
そう思った俺は、一度物陰に隠れ狼の姿へと変化した。
……これなら、彼女も怖がることはないだろうと、安堵と期待を胸に抱きながら。
――それから三ヶ月ほど……。
正体はバレてしまったものの、欺いていた俺を許してくれたユキは傍に在る事を許してくれている。彼女の喜ぶ顔を、共にいられる時間を、これからも大切にしていきたい。
ユキを守りたい、このウォルヴァンシアでの生活を充実したものにするために力を貸してやりたい。……そう、思っていたのに。
「陛下、その男は……、今、どこに?」
「ちょっと待て!! 陛下以上に殺気がでかくなってんぞ、お前!!」
「ルディー、ユキが味わった苦痛を考えろ。この剣で斬り裂いても足りないぐらいだ……」
「だから、それは俺だって同じだけど、とりあえず落ち着け!! 陛下の話がまだ終わってないだろうが!!」
「アレクの気持ちはよくわかるよ。僕も最初は、同じような感じだったしね……」
今すぐに、そのイリューヴェルの第三皇子に制裁を加えたいと望む俺を、ルディーは必死になって止めようとしている。
俺より体格は小さいルディーだが、根底にある力が違うからな……。
ギリギリと攻防を繰り返す俺達だったが、急に部屋の気配が凍りつくように張り詰めた事に気付いた。
「僕だって……、我慢したんだよ、アレク? 玉座の間を半壊させちゃったりはしたけど……、ギリギリのところで耐えたんだよ」
「「……」」
「なら、君だって、我慢出来るよね?」
陛下にとって、ユキは心から愛する大切な存在だ。
それを、イリューヴェルの第三皇子に害されて、この方が何も思わないわけがない。
その辛さと悔しさを耐えて、今俺達の前にいるのだろう。
「申し訳……、ありませんでした」
「いや、さっきも言ったように、気持ちはよくわかるからね。……で、今日僕がここに来た本題なんだけど」
怒りを心の中に無理矢理抑え込んだ俺は、ソファーに座りなおした。
それと同時に、部屋に満ちていた凍りつきそうなほどの気配が急速に引いていく。
レイフィード陛下が苦笑と共に俺を見つめてくる。
「ユキちゃんの護衛をお願い出来ないかな?」
「ユキの……?」
「最悪な事に、イリューヴェルの第三皇子は一ヶ月間この王宮に滞在する予定だ。その間、向こうが余計な事をしてこないように、傍で守ってくれる人材が必要なんだよ」
「なるほどなぁ。つまり、第三皇子避けにアレクが必要って事ですよね?」
「うん。もう二度と……、ユキちゃんが傷付けられないように全力で守りたいからね。アレクなら立派に役目を果たしてくれると、僕は信じているよ」
信頼を込めた眼差しで俺を見るレイフィード陛下に、手のひらを強く握り込んで頷きを返す。
身体だけでなく、心までも深く傷を負ったユキを思うと居ても立ってもいられなくなるが、与えられた護衛の任のお蔭で、彼女を傍で守ってやることが出来る。
一度助けられなかった自身の不甲斐なさを噛みしめながら、今度こそ彼女を、大切なあの子を全身全霊をもって守ろうと心に決めた。
もう二度と……、イリューヴェルの第三皇子を、ユキを傷付ける者を近づけさせたりはしない。
「ユキの護衛の任、このアレクディース・アメジスティー……、確かに拝命いたしました。この命を賭けて、彼女を害そうとする者には一切の容赦をいたしません」
「頼もしい限りだね。相手が死なない程度になら、色々とやっちゃってもいいよ~」
「陛下、一応……、大国の皇子ですけど……、いいんですか?」
「はっはっはっ!! 大丈夫大丈夫!! ウチも大国だしね!! それに、イリューヴェルの馬鹿息子が、僕達の大切なユキちゃんに手を出そうとしたんだよ? 何もお咎めなしなんて、不公平だろう……? 全部事後報告でいいんだよ。何か文句を言ってきたら、僕が本気で怒っちゃうから大丈夫」
そう笑ったレイフィード陛下の目は……、完全に据わっていた。
「第三皇子も馬鹿だよなぁ……。よりによって姫ちゃんに手ぇ出しちまうなんて……」
「もう二度と……、ユキには近づけさせない」
ルディーのげんなりとした声音の横で、俺はもう一度それを口に出して誓う。
陛下が席を立ち、騎士団長執務室を出て行くのを見届けた後、俺は正式な護衛の任を拝命する為に、身支度を整えに自室へと向かった。
2014年、5月17日。本編27部改稿いたしました。
2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。