護衛騎士様がつきました!
イリューヴェルの第三皇子様に襲われかけた事件を経て、翌日。
レイフィード叔父さんとお父さんのお蔭で、私は少しではあるけれど元気を取り戻す事が出来た。
一人で抱えていた大きな淀みのようなものを、二人が引き受けるように話を聞いてくれたから……。
だから、あの後はゆっくりと眠る事が出来たし、朝にはちゃんと広間に顔を出す事が出来た。
「おはようございます。昨日は色々心配をかけてごめんなさい」
食事をする為の広間に入ると、すでに席に着いていたレイフィード叔父さんやお父さん、お母さんが穏やかな笑みを共に挨拶を返してくれた。
自分の席に着くと、向こう側に座って三つ子ちゃん達のお世話をしていたレイル君が、心配そうに口を開いた。
「ユキ、昨日は具合でも悪かったのか? 夕食時間に来ないのは珍しかったから、何かあったのかと……」
「えっと、うん。ちょっと体調が悪くて……。心配かけてごめんね?」
「いや、……元気になったならいいんだ」
昨日起きた出来事は、まだレイフィード叔父さんとお父さんだけにしか話していない。
多分、お母さんには話が伝わっているのだろうけれど……。
レイル君が最初に言ってくれた言葉から考えると、まだ何も伝わっていないようには思えた。
けれど……、途中から私を見るブラウンの瞳が、何かに気付いているかのように不安げな気配を抱いたのだ。
まるで、私の心に在る傷に気付いているかのように……。
「ユキちゃん、朝食の前にちょっと時間を貰ってもいいかな?」
レイフィード叔父さんがそう言って席を立ち上がるのを見ながら頷くと、広間の扉へと叔父さんの声が投げられた。
「アレク! 入ってきていいよ」
メイドさん二人が、その声に応じるように扉を左右に開くと、いつもは少し着崩している騎士服を、しっかりと礼儀正しく正規の装いどおりに着こなしたアレクさんが現れた。
首元で束ねている銀の髪を背に流し、真っ直ぐにテーブルの方に歩いて来る。
どうしてアレクさんが……?
「アレク、おはよう。朝方話したとおり、君には重要な事をこれから頼むよ」
「御意」
レイフィード叔父さんの前で膝を折ったアレクさんが、真剣な表情で言葉の続きを待っている。
「ウォルヴァンシア王国騎士団、副団長アレクディース・アメジスティー。今この時をもって、一時的に、ユキ・ウォルヴァンシア護衛の任を授ける。その剣技と身を捧げ、彼女の事を第一に優先して行動するように……いいね?」
「御意」
「れ、レイフィード叔父さん!! 護衛って……」
厳かに国王としての絶対的な意志をもってアレクさんに命じたレイフィード叔父さんに、アレクさんもまた、わかっていたかのように頭を垂れた。
騎士として、国王の命に従う返事を静かに言葉に乗せて返している。
「僕としては、念には念を入れておきたいからね。アレクを護衛にすれば、第三皇子が滞在している間も強固な壁となって君を守ってくれるだろう。勿論、最低限の副団長としての仕事もやってもらうし、君の傍をどうしても離れないといけない場合は、別の騎士をつける」
「でも、それだとアレクさんに負担が……」
「俺の事なら大丈夫だ。ユキを守る任を授けて下さった陛下には感謝しているからな。お前が嫌でなければ、傍で守らせてほしい」
「アレクさん……」
立ち上がり、私の座る席へと歩み寄って来たアレクさんが、再び膝を折った。
譲らない意志を秘めた強い眼差しで私を見上げ、レイフィード叔父さんに向けたのと同じ真剣な声音が紡がれる。
「王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシア殿下に誓います。ウォルヴァンシア騎士団副団長、アレクディース・アメジスティーの名にかけて、この命が尽きる最期の瞬間まで、御身をお守りいたします」
「え、えっと……、よろしく……お願い、します」
それはまさに、絵物語に出て来る騎士様そのもので……。
私の手の甲に触れたアレクさんの唇の温かな感触に、頬に熱が上って行く。
でも、決して嫌な感じではなくて、彼の真剣な思いが触れた部分から熱となって身体に駆け巡ってくるような心地だった。
「「「ちゅ~!!」」」
いつの間にか、私達の傍に駆け寄って来ていた三つ子ちゃん達が楽しそうに騒ぎ始めていた。
気が付けば、頬を仄かに染めて別方向を向いているレイル君と、微笑ましそうに私とアレクさんを見つめているお母さん達の姿が……。
何だろう、物凄く恥ずかしくなって、この場から逃げ出したい衝動がっ。
けれど、アレクさんの方はゆっくりと立ち上がり、照れも何もない様子で私を優しい笑みで見下ろしていた。
「さて、騎士の誓いも終わらせた事だし、朝食を始めようか。料理長の美味しい食事を食べて、一日元気に頑張らないとね。アレクも良かったら食べていくといいよ」
「いえ、俺は一度騎士団に戻ります。まだ引継ぎが完全には終わっていないので、また後ほど……」
「色々すまないね。じゃあ、君が戻ってくるまでは、僕達でユキちゃんのガードを固めておくから、安心して行っておいで」
「有難うございます」
「それと、わかっているとは思うけれど……、
もし、王宮の中で『彼』に会っても、自分からは絶対に関わりに行っちゃいけないよ? 迂闊に君が手を出して、ユキちゃんに迷惑がかかっては元も子もないからね」
「御意」
レイフィード叔父さんの少し低く落とされた声音に、アレクさんが頷きと共に返事を返し広間を出て行った。
今話に出て来た『彼』というのは、おそらく……イリューヴェルの第三皇子様の事だろう。
叔父さんは、私が再びあの人に危害を加えられる可能性を危惧している。
だから、アレクさんを私の護衛に付けて守ろうとしてくれているんだ。
(感謝してもしきれないぐらいに、恵まれてるなぁ……)
何度お礼を言っても足りないぐらい、私はレイフィード叔父さんや王宮の皆さんに助けられている。
私はその事に深い感謝を捧げながら、朝食を食べ始めた。
皆と楽しく言葉を交わしながら美味しい料理を味わった後、早々に引継ぎを終わらせて広間へと戻って来てくれたアレクさんと一緒に廊下を歩き始めた。
「今日からはずっと一緒だな」
私の手をぎゅっと握り、アレクさんが穏やかな声音で囁く。
狼さんの姿で出会った時から変わらない、優しい態度……。
騎士団の皆さんにも、アレクさん自身にも迷惑をかける事になったのに……。
彼の温かな想いを感じながら、私はお礼の言葉と共に彼の手を強く握り返し微笑んだ。
不謹慎かもしれないけれど、アレクさんと一緒に過ごす時間が増えるのは嬉しい。
この人と一緒にいると、心から安心できるように心が安らぐから……。
例えるなら、お父さんと一緒にいる時の感覚に似ている。
お兄さんのように頼もしくて……、頭を撫でてくれる大きな手のひらの感触が心地よい人。
アレクさんが傍にいてくれるなら、イリューヴェルの第三皇子様と会う事があっても、きっと恐怖や不安も乗り越えていける気がする……。
この、心強い手の温もりが傍にあればきっと……。
2014年、5月17日、26部改稿いたしました。
2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。




