レイフィード国王と、イリューヴェルの皇子!
ウォルヴァンシア国王・レイフィードの視点で進みます。
――Side レイフィード
ユキちゃんが何者かに傷付けられたと知った晩、滅多に覚えない本気の殺意と怒りの衝動を心に感じた僕は、意図せぬところでユキちゃん自身を怖がらせる事になってしまった……。
ユーディス兄上が止めてくれなければ、ユキちゃんをさらに傷付けてしまっていた事だろう。
あの時僕は……、冗談抜きで実行する気だったから。
可愛い姪御を傷付けられた怒りは酷く、どうやって報復してやろうかと心底思考を巡らせた。
だけど……、ユキちゃんが泣いてしまったから……、自分の為に誰かを傷付けるような事はしないでほしい、と。それを聞いて……、危うくユキちゃんに消えない傷痕を残してしまうところだったと反省した。
(ユキちゃんが悲しむ事はしたくないからね……)
まぁ、その後何度か暴走しかけた僕をユーディス兄上が止めてくれたわけだけど……。
散々暴走しないようにと言い含められた後、僕は兄上と共に森の奥の図書館へと向かった。
もう居るわけはないだろうと思ってはいたけれど、何か痕跡はないかという目的で足を踏み入れると、まさかのまさか……、イリューヴェルの第三皇子は、――暢気に惰眠を貪っていた。
確かにあの図書館は訪問者も少ない穴場だけれど、普通そのままあそこで寝るかな?
ユーディス兄上は殺気を込めた眼差しで第三皇子を見下ろし、右手を前に出し、魔力で作り出した鎖を勢いよく第三皇子の身体へと放った。
ぐるぐる巻きに鎖で縛り上げた衝撃と、ギリギリと締め付けられた痛みで目を覚ました第三皇子。
勿論、突然の事態に怒り狂っていたし、罵詈雑言も叫びまくっていた。
だけどねぇ……、相手が悪かったんだよね。
その後、ユーディス兄上が本気の絶対零度の眼差しで第三皇子を無言のまま鎖で痛めつけ、トドメにユキちゃんが使ったのと同じ、いや、あの場合術者のレベルが違うから、
相当の威力の術を第三皇子に叩き付けたんだよ……。
で、気絶したのを見計らって、今度は縄で縛って外に連行……。
(僕には暴走するなとか言っておいて、本当は自分が報復したくてたまらなかったんだろうねぇ……)
一応、ユキちゃんが悲しまないように、手加減はしていたんだよね。
傍から見たら、あれのどこが手加減!? と言われそうだけど、
本当にレベル的には優しい部類だったんだよ……。
その証拠に、鎖で締め上げてはいたけれど、苦痛のみを与えるようになっていたから、第三皇子の身体には傷ひとつ付いていなかったはずだよ。
術の方も、傷が残らないように調整されたもので、以下同文。
でも……、問題はその後だね。
縄でぐるぐる巻きにして、図書館から連行している最中……。
(容赦なく引き摺って歩いたせいで、第三皇子のあちこちに傷が出来ていたけど……)
あちこちに身体がぶつかって、結局傷だらけに……。
連行の為に引き摺って歩いたのは、ユーディス兄上だ。
わざとどこかにぶつかるように第三皇子を引き摺る様は、まさに……。
(僕なんてまだ可愛いものだよ。ユーディス兄上の方が何倍も怒らせたら怖いんだから)
本当は、あの第三皇子を八つ裂きにしたいくらいに怒っていたはずだ。
それでも、ぐっと自分の怒りを抑えていたユーディス兄上は本当に凄い。
きっとユキちゃんを悲しませないようにと、理性を働かせたんだろう。
ギリギリのラインで自分を抑え、ユーディス兄上はイリューヴェルの第三皇子を物置に放り込んだ。厳重に鍵を何重にも施して、ご丁寧に術で結界まで張ってたなぁ。
(確かあの物置、クシャミが止まらなくなる事で、昔から有名なんだよね)
ちょっとでも入ったらアウト。
その中にいる間は、本当にクシャミが止まらない。
何であの物置だけ、とメイドも騎士も不思議に思う謎の空間だ。
今はもう誰も使っていないし、たまに罰ゲーム仕様で利用されるだけ。
まぁ、あれならユキちゃんも傷付かないし悲しまないだろう。
物凄くレベルは低いけれど……。
ただねぇ……、ぐるぐる巻きにしちゃってたし、動けなくて相当苦しい事になってたんじゃないかなぁ。地味に酷い嫌がらせの部類に入るよ、あれは。
窓はないし、完全密室状態。
(で、今日の朝、騎士達に玉座の間に連れて来るように頼んだら……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「一晩酷い目に遭ったようだねぇ……カイン・イリューヴェル?」
翌日、僕は悪戯の過ぎた竜の第三皇子を玉座の間へと呼び出していた。
ユキちゃんを傷付けた忌々しい相手だというのに、その姿を見ていると同情を覚えるよ。
一晩あの物置の恩恵をその身に受けて、クシャミを続けて疲弊した鼻頭。
顔色は最悪で、頭が痛いのか額に片手を当てて不機嫌そうにしている。
「これが遊学に来てやった皇族に対する歓迎かよ……っ」
「君も礼儀を守っていなかったのだから、お互い様だと思うのだけどね? ウォルヴァンシア国内に入った後、気配を悟られないように特殊な方法を使っただろう?」
ウォルヴァンシア国内に入ってから、――消えた竜の気配。
確かに一度は入国を感知したのに、まるで水に溶け消えるかのように第三皇子は気配を消した。
「昔貰った薬を試してみただけだぜ? 一回こっきりの使い捨てだけどな。上手く気配を消せてたようで何よりだ」
イリューヴェル皇帝に良く似た面差しが、僕を嘲笑うかのように皮肉めいた愉しげな笑みを浮かべる。人を翻弄する為に気配を消して、王宮にまで忍び込んだわけか。
そのせいで……、僕はユキちゃんに危害が及ぶのを防げず、悔しい思いをする羽目になった。
たとえ薬で気配を消していたのだとしても、僕が本気で探していれば第三皇子に好きにさせる事はなかったというのに。戻れるのなら、ユキちゃんが傷付けられる前に時間を戻したいとさえ思う。
「次からは面倒な真似はやめてほしいものだけどね。それと、君は他国の王に対する礼儀を知らないのかな?」
「あぁ……。それは、大変申し訳ありませんでした、国王陛下? イリューヴェル皇帝が愚息、カイン・イリューヴェルと申します。ご挨拶が遅れました事、そしてご無礼の数々……お許しを?」
礼儀とは無縁の、完全に人を馬鹿にしているこの態度……。
確かに、エリュセード学院時代のイリューヴェル皇帝もまた、一時期、手がつけられないぐらいの反抗期を見せた事があったけれど、それとはまた違う。
この第三皇子は、……いや、今はやめておこう。
ともかく、性格的には多大に問題ありなのは十分にわかった。
「ふふ……、面白い挨拶だね。一応は、昔の学友の頼みという事で、特別に王宮への滞在を許可してあげるよ。嫌々だけど、仕方なく……ね?」
「それは、お優しい事で?」
「イリューヴェルから預かった以上、ちゃんと勉強の方もやってもらうからね。何も学ばず、ただ怠惰に過ごされては困るから……覚悟しておくといいよ」
気に喰わないように、第三皇子の目が不機嫌に染まる。
だけど、僕の方も何もしないで放置するほど甘くはないんだよ……。
僕は僕なりの方法で、この捻くれた第三皇子と向き合う気だ。
「俺に言う事を聞かせられると……思ってんのか?」
「その口の悪さも、矯正項目に入れておこうか?」
一気に口調が元に戻った第三皇子に、僕は余裕のある冷やかな笑みを向けてやる。
忌々しそうに僕を見上げる真紅の瞳を受け止めてやると、何か言いたそうにしたものの、第三皇子は目を逸らし、僕に背を向けた。
「表にメイドがいると思うから、部屋に案内してもらうといいよ。勉強の方は明日から始めるから、ちゃんと覚えておいてね」
ユキちゃんの事を遠回しに話題に出そうかとも思ったけれど、この第三皇子の口から彼女の事が語られるのは非常に不愉快だと判断し、玉座に背を預けて口を閉じた。
「そういえば、アンタに聞きたい事があったんだった」
不意に、扉の前で立ち止まった第三皇子が、まるで面白い事を思い付いたように笑みを含んだ声を発した。ゆっくりと振り返り、またこちらに戻って来る。
……嫌な予感がするのは、本能の警告だろうか。
「昨日、アンタともう一人の男に捕まった図書館で、変な女と会ったんだよ。上等の生地で作った服を着た……、黒髪の女」
「さぁ、知らないね」
「俺の昼寝を邪魔した挙句、遊んでやろうと思ったら酷い目に遭わせてくれた女。顔は子供っぽかったが、……肌は触り心地が良かったぜ?」
瞬間、心の中で枷が外れたようにドス黒い感情が溢れ出し、それは魔力となって玉座の間のあちらこちらに被害をもたらした。
「陛下!!」
窓側に控えていたメイド達が、悲鳴を上げて僕を心配そうに見遣る。
バルコニーへと続く外窓に、深く大きなヒビが入りガタガタと空気を震わせるように軋んでいる。
真紅の絨毯を敷いてある床や、玉座の間を囲む壁にも、無数にヒビは広がって亀裂を刻んでいく。
「あぁ、やっぱりな……。あの女……、メイドでも貴族でもないのは当たりだったな」
僕の反応が気に入ったのか、第三皇子は愉悦に浸った笑みを纏いそう言った。
「メイドじゃない事はわかってたんだが、貴族の娘ってもまた違う気がしてよ。昨日、夕方に一度情報を集めに王宮内をまわってみたら、……面白い噂を耳にした。だから、確認も含めてアンタに話を振ってみたわけだ」
「……」
「アンタの兄貴、王位を蹴ったユーディス・ウォルヴァンシアの愛娘……。ユキ・ウォルヴァンシアで正解だったようだな?」
どこまで人を不快にさせるのが得意な子なんだろうね……。
迂闊にも、ユキちゃんを害した時の事を愉しそうに語るこの第三皇子に本気で攻撃を仕掛けそうになってしまった。寸前で制御をかけなければ、おそらく今頃……この第三皇子は惨い目に遭っていた事だろう。そして、逸れた怒りの矛先は、玉座の間全体を浸食し被害をもたらした。
「それに答えてあげる義理はないね。だけど……、次はないと肝に銘じておく事だね」
「はっ……、寛大なお心遣い、どーも?」
喉奥で笑った第三皇子を射殺しそうなほどに憤りを込めた眼差しで見送ると、メイド達が急いで扉を閉め始めた。
「陛下!! 大丈夫でございますか!!」
メイドの筆頭でもあるメリアが、僕の傍に駆け寄って様子を窺ってくる。
そうだった……、彼女達や警備の騎士達には、さっきの僕の魔力のせいで迷惑をかけてしまったんだった。怯えるように壁際に控えながらも、僕を心配する眼差しで見つめてくれているメイド達……。
「ごめんね。皆を驚かせちゃったみたいで……」
「いいえ……。私達の事は気になさらないでください。それよりも、陛下のお顔の色の方が心配です」
「そんなに……、酷い顔……、してるかな?」
「血の気の色が失せておられます……。一度自室にお戻りください。セレスフィーナ様とルイヴェル様をお呼びいたします」
支えて歩くと言ってくれた申し出をやんわりと断り、僕は一人で玉座の間を出た。
頭の中には、ユキちゃんを傷付けて平然と笑っていられるあの第三皇子の嫌な笑みが浮かんでは消えていく。反省も何もない……。本当に、からかったつもりでしかいないんだろう。
ユキちゃんがどんな思いで、あの夜泣いていたか……。
「遠慮はしないよ……、カイン・イリューヴェル。あの救いようのない根性、この僕が徹底的に叩き直してあげるよ」
すでに、第三皇子を教育する為の教師陣の手配は終わっている。
一癖も二癖もある彼らなら、どんなに手の付けられない問題児だろうと、ビシバシと教育してくれる事だろう。僕は壁に寄りかかりながら自室への道を歩く。
「ユキちゃんを傷付けた分だけ、いや、それ以上に苦しんでもらうからね……っ」
確実に素直に教育を受けるタイプではない事は把握済みだ。
それも考慮して、教師陣には実力行使も手法に加えさせておこう。
手加減も容赦もいらない……。これから一ヶ月……あの第三皇子には地獄を見て貰う事にしよう。
2014年、5月17日。本編25部改稿いたしました。
2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。




