嵐の予感!
第二章開幕いたします。
前半は、ウォルヴァンシア国王レイフィードの視点となります。
後半は、ヒロイン幸希の視点になります。
――side レイフィード~
「……君ねぇ、何を言ってるのかな? 僕は今、絶賛毎日が薔薇色の幸せな日々を送っているんだよ。敬愛する兄上夫妻と、僕の可愛い姪御のユキちゃんが帰って来たんだ。もう幸せ一直線、誰にも邪魔なんてさせるもんかって心境なんだよね」
ユキちゃん達が夢の中で健やかな眠りに着いているであろう深夜の時間帯。
僕は机の上で淡く光る水晶玉に映り込んでいる男の姿を見ながら眉を顰めた。
遥か北にある大国、イリューヴェル皇国のトップでもあるこの男とは、昔通っていた学院時代からの付き合いだ。
『お前が自分の兄に対してブラコン全開なのは、昔から知っている。だが、それを承知で頼んでいるんだ。少しは力になろうとか、慈悲の心はないのか?』
「……頼み事の中身を、もう一度復唱してごらんよ」
『俺の息子、第三皇子のカインを暫く預かってほしい』
「はぁ……、君のとこの三男って、あれだろ? 素行は悪いわ女遊びはするわの駄目息子。親の君でさえ手を焼いて矯正不可能って噂の大問題児」
呆れ混じりにそう言ってやれば、長年の友人であるイリューヴェルはぐっと言葉に詰まった。
僕が知らないとでも思ったのかな? 甘い、甘すぎるよイリューヴェル!
そんな不安要素満載の皇子を、僕が笑顔で両手を広げて迎えるなんて思わないでほしいね。
『そこをなんとか……、頼めないか? 一か月でいいんだ。その間に、……俺はやらなければならない事を済ませる』
「……どうしても僕の国じゃないと駄目なのかい?」
『他の奴らには任せられないんだ。あのカインを相手にするには、レイフィード、お前ぐらい腹の黒い奴でないと安心出来ん……』
「真顔で酷い事を言うね、君は……。だけど、やっぱり気が乗らないから他を当たってくれるかな?」
今、人の事を『腹の黒い奴』とか言ったしね。快く承諾なんて無理だよ、無理。
それに、僕が入手している情報では、第三皇子のカインは相当の捻くれ者だ。
問題を起こす事は日常茶飯事、母親である皇妃のミシェナ殿でさえ顔を背け神殿に籠ってしまったという。
第一皇子、第二皇子の頭痛の種にもなっているらしく、どこからどう見ても困ったちゃんだ。
迂闊に預かった場合、何が起きるかを考えると……そりゃ不安にもなるよね。
『この俺が、ここまで低姿勢で頭を下げているのに、お前という奴は!!』
「低姿勢で頭下げる前に、自分の子供くらいきちんと育てなよ。イリューヴェル、君がしっかりしないから息子が噂のようにグレちゃって万年反抗期になっちゃうんだろう!」
『うっ……、そ、それは、俺も自分に多大に非があると自覚はしている。だが、俺にもやむにやまれない事情がだなっ』
「言い訳無用だよ! いい加減に諦めて、他を当たるんだね!!」
確かに、国の舵取りをしている皇帝という立場上、イリューヴェルは多忙な事だろう。
しかし、それを理由に子育てを手抜きしましたなんて言い訳にもならないよ!
どうせ、その多忙な政務の中に、昔の困った性質が災いして無駄に時間をとられた事も予想がつくしね。
だけど、イリューヴェルはそれでもめげなかった。
断る僕と押し問答をして一時間……、そろそろ眠気で限界がきていた僕に、最後の一押しをしてきた。
「レイフィード……、俺は……、今までの自分の不甲斐なさを反省して、今度こそカインと本当の親子になりたいと……そう考えているんだ」
心底反省している様子で、イリューヴェルが真紅の瞳を僕へと向けてくる。
はぁ……、今度は情に訴えてくるのかい、この男は……。
家族愛とか、僕が一番大切にしているものだから、それを言われると弱いんだよねぇ……。
「僕だって家族は大事だよ。だから、君の気持ちはよくわかるけれど、力にな」
『レイフィード!! その言葉を待っていた!! 家族親族を愛し、民を思い遣るお前なら、俺の力になってくれるはずだと!!』
「え?」
『俺が家族愛を取り戻す為にも、どうか息子を……カインを頼む!!』
「ちょっと待とうか。僕はまだ一言も」
『お前の事を信じて良かった。本当にすまない。近日中には、そちらに辿り着くようにはさせる。くれぐれも頼んだぞ……!!』
……。
僕が、力になれるかどうかはちょっと……と言おうとしたのに、勝手にこっちが承諾したみたいに受け取ったよ、この男は!!
水晶玉の向こうで、望む返事を得られたと思い込んだ様子で早々に通信を切ってしまった。
……最悪だ。昔はもう少し人の話を聞ける男だったのに……。
皇帝になってから、性格が丸くなったというかなんというか……。
でも、今更通信を試みても、絶対に反応しないだろなぁ……。
もう第三皇子をウォルヴァンシアに送る気満々みたいだし、……はぁ、困った。
「一ヶ月……、穏便に済めばいいんだけどねぇ」
寝台に寝そべると、僕は窓から見える星々を見上げながら溜息を吐き出した。
イリューヴェルの三番目の息子……、カイン・イリューヴェル、か。
僕の把握している情報と、騎士団長のルディーが出張で向こうに行った時の情報……。
そこにブレはなく、最強最悪に面倒な子だという事だけはわかる。
だから、……やっぱり多大に心配になっちゃうんだよね。
ウチには、三つ子やレイル君、そしてユキちゃんがいる。
あの子達に危害が及ばないように配慮はするけれど、なんだろうね、この嫌な予感は……。
胸の内をぐるぐると不快なものが蠢くように気分がすっきりしない。
「色々、対策が必要……かな」
次第に重たくなっていく瞼が下りる様を視界に映しながら、僕は夢の中へと落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――side 幸希。
幸せな眠りの中で安眠の時を過ごしていた私は、夜中にレイフィード叔父さんが困った事態になっている事も知らずに、気持ち良い朝の目覚めを迎えていた。
「ふあぁ~……」
「ユキちゃん、おはようなのぉ~」
「おっき、かおあらうのぉ~」
「おなかすいたのぉ~」
昨夜、添い寝の当番をしてくれていた三つ子ちゃん達は、どうやら先に起きていたようだ。
私の顔を覗き込んで、きゃっきゃっとはしゃぐ様は、相変わらず可愛らしい。
ゆっくりと身を起こし、三人の頭を順番に撫でながら挨拶を交わす。
「じゃあ、皆で顔を洗って、広間に行こうか」
「「「は~い!!」」」
自室に隣接してある小部屋に向かい、三つ子ちゃん達と共に支度を終えた私は、朝食の準備がしてある広間へと賑やかな足取りと共に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆さん、おはようございます!」
「おはよう、幸希。アシェル・エルディム・ユゼル」
「「「おはよう~!!」」」
広間に入って席へと近づくと、お父さんが私達に優しい笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
ちなみに、今お父さんが言った『アシェル・エルディム・ユゼル』というのは、
幼い三つ子ちゃん達のお名前だったりする。
クルクルの巻き毛&蒼髪の子が、アシェル君。
ストレートのサラサラ水銀髪の子が、エルディム君。
クセッ毛が目立つ蒼髪の子が、ユゼル君。
最初は、皆お顔が一緒だったから見分けるのに苦労したけれど、今では大体把握出来ていると思う。
「あれ……」
ふと、広間を見渡したところで、ある事に気付いた。
「おはよう、ユキ。どうした? 何か気になる事でも?」
「おはよう、レイル君。あのね、レイフィード叔父さんとお母さんの姿が見えないなと思って」
いつもなら、私が来るよりも早く席に着いているはずなのに……。
声をかけてくれたレイル君に首を傾げながら尋ねてみると、先にお父さんが少しだけ表情を曇らせて説明してくれた。
「夏葉なら、少々体調を崩しているようでね。朝食は部屋でとることになったんだよ」
「そうなんだ……。大丈夫かな。私、あとでお見舞いに行くね」
「俺も、ユキと一緒に伯母上のお見舞いに行きますね」
心配の気配を宿したレイル君が、私に同意するようにお見舞いを申し出てくれた。
このウォルヴァンシア王国で暮らすようになってから、早三ヶ月ほど。
レイル君は、私を心配して色々と気遣ってくれる心優しい男の子だという事を知っている。
だから、お母さんのお見舞いを口にしてくれた今も、その気遣いがとても嬉しい。
「レイル君、ありがとう。お母さんも喜ぶよ」
「い、いや、礼を言われるような事じゃない。俺も、伯母上の事は心配だから……」
素直にお礼を笑みと共に向けると、レイル君が仄かに頬を染めて照れた。
とても綺麗で中性的な顔立ちをしているから、見方によっては美しい女性にも見える。
「じゃあ、後で一緒にお母さんのお見舞いに行こうね」
「あぁ」
「あ、それと、お父さん。お母さんの事はわかったけど、レイフィード叔父さんは?」
もう一人の、席にいないレイフィード叔父さんについてお父さんに尋ねると、どうやら、まだたんに広間に到着していないだけのようだった。
いつもはテンション高く先に席に着いているのに、本当に珍しい事もあるものだ。
でも、何かあればメイドさんや騎士の人が騒ぎ出しているはずだし、大丈夫だよね……。
そう思いながら、叔父さんの明るい笑顔が広間に現れるのを待ちながら席に座っていると、
「きゃあああ!! レイフィード陛下が~!!」
ふいに、扉の方から酷い大きな音とメイドさんの悲鳴が聞こえた。
何だろう、今の……凄く痛そうな音は。叔父さんがどうとか聞こえたような。
メイドの皆さんが何人も扉の前に集まり、「大丈夫でございますか!?」と声をかけている。
そんな彼女達に囲まれて、曖昧に笑いながら「だ、大丈夫だよ~」と青ざめた顔で言っているのは、早く広間に来ないかなと待ち侘びていたレイフィード叔父さんだった。
額の辺りを押さえているところを見ると、もしかしなくても……。
「お父さん、今何があったか見た?」
「見事に、自分からふらついて扉にぶつかりに行ったようだね」
「ち、父上……」
あぁ、やっぱりなんだ。本当に……レイフィード叔父さんらしくない光景に、私は席を立ち叔父さんの許へと駆け寄った。
痛々しく腫れた額に、メイドさんの一人が氷水に浸したらしきタオルをそっとあてがっている。
「大丈夫ですか、レイフィード叔父さん」
「あぁ、ユキちゃん。おはよう~……。はぁ……」
「どうしたんですか、なんだか……いつもの元気がないような」
「……ごめんね、ユキちゃん。叔父さん、君に迷惑をかけちゃうかもしれない」
「はい?」
本当に、一体全体何があったんだろう。
広間に一番最後に現れた事といい、扉に額をぶつけてしまった事といい、さらには、何故か物凄く申し訳なさそうに謝られてしまった。
何から何まで、レイフィード叔父さんらしくない行動と言動に、私はとりあえず叔父さんを席まで支えて連れて行く事にした。
「おはよう、レイフィード。今日は来るのが遅かったようだが、何かあったのかい?」
「おはようございます、ユーディス兄上。何か……というか、少々困った事になりまして……」
席に座ったレイフィード叔父さんに、お父さんが心配そうに声をかけている。
多分、お父さんから見ても、今のレイフィード叔父さんの様子はやっぱりおかしいんだろう。
いつもの元気さはどこへやら、何か悩み事を抱えているかのように溜息まで吐いている。
「レイフィード、何か心配事でもあるんじゃないのかい? お前がそういう顔をしている時は、大抵厄介な事が起きた時だ」
「はは……、やっぱり……、兄上にはわかっちゃいますよねぇ……」
「伊達にお前の兄を長い事やっていないよ」
「ユーディス兄上……、ううっ、本当にすみません。実は……、僕のエリュセード学院時代からの付き合いでもある竜の皇帝が、非常に面倒な事を押し付けてきまして……」
「竜の皇帝……、あぁ、現イリューヴェル皇帝、グラヴァードだね? エリュセード学院時代に、お前と同室だった青年だろう」
「はい……。そのイリューヴェルが、息子をウォルヴァンシアに預かって欲しいと言って来たんです。一応、表向きは他国への勉強を兼ねた遊学なんですが、その息子がまた問題でして……」
そう語るレイフィード叔父さんの表情は、言葉を積む毎にどんどん暗くなっていく。
話しに出て来た事を解釈すると、叔父さんの学院時代の友人の息子さんがウォルヴァンシアにやってくる、
……という事でいいのかな? そして、その息子さんというのは、叔父さんにとって色々問題のある人物、と……。
一体どんな人が来るのかもわからない私は、黙ったまま話に耳を傾けていた。
「イリューヴェル自身も、学院時代は反抗期全開の時期がありましたけど、息子の方も負けず劣らず、凄い噂のある子なんですよ……」
「お前がそこまで言うという事は、相当なのだろうね。確か、第一皇子と第二皇子は品行方正だったはずだが」
「上二人は問題ないですね。出来も良い、性格も良い、顔も良い、三拍子揃ってます。ですが、皇妃のミシェナ殿が産んだ第三皇子は、相当の捻くれ者のようでして……」
「……断れなかったのかい?」
「……面目ありません」
お父さんの呆れ混じりの視線に、レイフィード叔父さんは顔をテーブルにゴン! とぶつけてそう謝った。あぁ、痛そう……。
「僕としてはですね、別に捻くれ者の相手が嫌だとか、そういう訳じゃないんですよ。むしろ、イリューヴェルが厄介な事になっていた時期に、散々傍で見せ付けられて付き合わされたわけで、僕一人が背負うなら全然問題ないんですよ。むしろ、性根から叩き直してやればいいだけですから。ですが……、この王宮には、僕の大切な存在が多いんです」
「レイフィード……」
「万が一にでも……、ユキちゃんや兄上、ナーちゃん、皆に害が及ぶような事になったらと思うと……」
レイフィード叔父さんは、自分が面倒な目に遭う事が嫌なわけじゃない。
私や皆の事を心配して、それであんなに悲壮感漂う程に思い悩んでいたんだ……。
むしろ、私達を思い遣りすぎて、自分を犠牲にしてしまうほどの悩み様……!!
あぁ、やっぱりレイフィード叔父さんは、心から優しい親愛の人だった。
「「「と~さま~、げんきだして~」」」
三つ子ちゃん達も、レイフィード叔父さんの落ち込みように席から応援の言葉を送っている。
叔父さんが私達を想ってくれるように、私達だって叔父さんの事が心配なんだもの。
少しでも元気を出してもらおうと、私もレイル君も三つ子ちゃんの応援に続いた。
「大丈夫ですよ!レイフィード叔父さん。私も自分の身は自分で守れるように頑張りますし、その息子さんとも何とか仲良くなれるように努力します!」
「父上、後でイリューヴェルの第三皇子に関する情報の共有をお願いします。どういう人物か事前にわかっていれば、対策も立てやすいでしょう」
「こちらにも詳しい詳細を頼むよ、レイフィード。王宮の者達にも、イリューヴェルの第三皇子への対応の仕方など事前に指導しておいた方が良いからね」
「「「みんなでがんばる~!!」」」
「皆……!!」
涙腺が緩み、感極まったレイフィード叔父さんが席を立ち、私達を一人一人順番に強く抱き締めお礼を言っていく。
大丈夫、叔父さんは一人じゃないのだと、家族や頼りになる王宮の皆さんが傍にいるのだとわかってもらえたようだ。
席に戻ったレイフィード叔父さんが、先ほどよりも血色の良くなった顔に、力強い笑みを浮かべた。
「本当に有難う、皆! 僕、皆を守れるようにあらゆる手段を使って頑張っちゃうからね!!」
「その意気だよ、レイフィード。お前が元気でないと、私も調子が出ないからね」
「はい、兄上!! もうこうなったら、皆を守り抜く覚悟をもって、イリューヴェルの馬鹿息子と戦ってやりますよ!」
「いや、第三皇子は一応遊学に来るんだろう? 戦う必要は……」
「ふふ……、どんな教師陣をぶつけてあげようかな~。ウォルヴァンシア屈指の教師陣を厳選して、徹底的に更正させるのも面白そうだし、ユキちゃんや皆に害が行かないように、スケジュールを詰めに詰めて……。僕の国に来る以上、怠惰な日々なんて送らせないからね……、ふふふふ。皆のお蔭で、なんだか楽しくなってきちゃったよ~!」
「お父さん……」
「ユキ、レイフィードの事は気にせず食事を食べなさい。そのうち、落ち着くだろうからね。……はぁ」
まぁ、元気がないよりは……いい、のかな?
不穏な笑いを零し始めたレイフィード叔父さんを横目に、若干怖い気配を味わいながら食事を始める事になった。
頭の中では、まだ見ぬ異国からやってくる予定の第三皇子様の件がぐるぐると回っている。
問題のある皇子様……、その中身がまだわからないけれど、レイフィード叔父さんが元気を失くしてしまうぐらいの人物だ。
会ってみなくては本当のところはわからないとよく言うけれど、叔父さんに心配をかけない為にも、用心するに越した事はない。
料理長さんお手製の美味しいお肉料理の味を噛みしめながら、私は自分自身も十分に注意しようと心に決めるのだった。
2014年、5月17日。本編21部改稿いたしました。
2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。




