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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第四章『恋惑』~揺れる記憶~
256/261

迷子の王兄姫と捜索の手

最初は、幸希の視点、

後半は、イリューヴェル第三皇子、カインの視点でお送りします。

――Side 幸希


「ああ? 何だこの薄汚れた犬っころは……」


『クゥゥン……』


 ぐぅぐぅと空腹を訴えながら、とある小さな町の路地裏で身を潜めていた『私』は、通りがかった目つきの怖い中年の男性にギロリと睨み下ろされてしまった。

 酔っぱらっているのか、闇夜の途中で足を止めたその男性は、腰を屈めて『私の顔』にお酒臭いそれを寄せてくる。


「けっ、売っても金になりそうにねぇな」


『……』


 嗚咽と共に『私』を忌々しそうに一瞥した後、中年の男性はのっそりと立ち上がり行ってしまった。蹴られたり殴られたりしなかっただけマシだったのかもしれない。

 だけど……、『私』は路地裏の中に転がっている古びた鏡の傍によると、月の光に照らし出された『その姿』にまた溜息をひとつ零した。

 真っ黒な毛並みの、――泥や雨に汚れた子犬。

 今にも泣きそうな顔で鏡の中を覗き込んでいる、『私』。

 どこかで飼われているわけでもない、ただの野良犬。

 

『クゥゥン……』


 路地裏を抜け出し、何か食べ物はないかと探すけれど……、美味しい匂いはしても、目の前にそれはない。自分がいつから食べていないのか、どこに向かうべきなのか、全てが闇の中だ。

 人間達が住むこの小さな町から離れた、とある森の中で目覚めたのは三日ほど前の話……。

 奥まった森の中、大きな泉の傍で目覚めた『私』。

 意識を取り戻す前の記憶はなく、よろよろと立ち上がった私は、泉の水面に映っていた自分の姿を見た瞬間に、自分が動物である事を自覚した。

 だけど、本当に自分がそうなのか……、犬として生きてきたのか、どこか不安を抱いてもいた。

 そして、何日も苦労の旅路を経た末に、この町へと辿り着いた。

 

『ご飯……、ご飯』


 何故自分があの場所にいたのかもわからないまま、陽が暮れて人々が家路に着いた後の町中を歩きまわったものの……。

 夜道に人の姿はなく、餌を強請ろうにもその相手がいなかった。

 このままでは空腹で死んでしまう……。けれど、家の中に入ってしまった人々が外に出て来る事はなく、私は途方に暮れていた。

 そんな時、目に入ったのは……、路地裏の奥に設置されていたゴミ用の収集場。

 こうなったら、残飯を漁るしかないだろうか?

 ごくりと鳴った子犬の喉。ゆっくりと近寄って行った私は……。


(だけど……、無理だった)


 確かに、食べられそうな残飯らしき物は見つけた。

 けれど、ぷぅぅん……と鼻にくるそれを、私は一目見て嫌悪してしまったのだ。

 食べてはいけないと、頭の中で誰かが警告でもしているかのように、私は残飯に背を向けた。

 野良犬ならば、ゴミの山を漁ってでも餌を得なければならない。

 そう……、頭の中の知識にはある。それなのに、何故駄目だと、口にすべきではないと思ってしまったのだろうか。


(もしかして……、私はどこかの飼い犬だったのかな)


 優しい飼い主さんから、残飯ではない綺麗なご飯を与えられていたとしたら?

 けれど、何らかの事情であの森に……。

 捨てられた、という事なのだろうか。しゅぅぅんと、道の端で座り込んだ私は、胸の奥で揺蕩っていた『寂しい』という感情を音にするように、小さな鳴き声を零した。

 いらなくなったから……、捨てられたの? 

 残飯に抵抗がある自分も、野良犬生活に対する慣れがない事も、誰かに飼われていたという事なら納得がいく。だけど、それが事実なら……、私は捨てられた存在という事だ。

 ご主人様……、私は何かいけない事でもしたの? 嫌われるような事を何か……。


『クゥゥン……』


 目の前が悲しみの涙で滲んでいく……。

 今自分がこんな風に野良の状態でいるのは、どう考えても捨てられたからだとしか思えない。

 あの森で目覚める前の記憶もなく、残飯を漁る事も出来ず……。

 森で目覚めた時は、まだ綺麗な毛並みをしていた自分の真っ黒なそれ。

 だけど、森の中を歩き回り、この町に辿り着いた頃にはすっかり汚れた存在となってしまっていた。途中で雨に降られたせいもあるけれど……、これから私はどうやって生きていけばいいのだろうか。野良としての覚悟も、残飯を漁る勇気もない。

 けれど、我儘な事を言っている場合ではないのだ。

 野良となった以上……、ゴミの中の食べ物であろうと。

 しょげていた背中を正し、私はまた路地裏に向かい始めた。

 

(生きる為には……)


 路地の奥に転がっている残飯……。

 土の汚れに塗れた……、人の残したいらない食べ物。私と同じ……、いらない存在。

 ご主人様に捨てられた哀れな子犬が生きるには、我儘という贅沢を捨てる事。

 もう私は野良なのだ。生きる為には何でもしなくてはならない。

 

『グルル……っ』


 自分の中にある勇気を引き摺り出すかのように、低い唸り声が漏れ出す。

 一歩一歩……、路地奥のゴミを集めている場所へと近づいていく。

 異臭の漂う裏の世界……、野良が生きて行く為に必要な、『餌』がある場所。

 濡れた鼻先を近づけ、ゴミを集めている収集場の中に飛び込み、前足でゴミを漁りながら食べられそうな物を探していく。

 幸運というべきか、他に野良の姿はない。他にどこか餌場があるのかもしれないけれど、今は他に敵がいない事にほっとする。

 やがて、紙袋に入った何かを発見し、それを口に銜えて引き摺り出す。

 紙袋の中に頭を突っ込み、真新しいお肉の匂いを発見。

 

『ガウッ!!』


 空腹は極限状態……。犬の鼻が安全だと判断したそれに、私は犬の本能のままに牙を剥いた。

 紙袋の中にあったお蔭か、中身は汚れておらずお肉の味もまだ人が食べられるレベルのもののようだった。一心不乱に口の中で咀嚼し、尻尾を振り乱して食事の時間を堪能する。

 そして、紙袋の中身を食べ終えた私は、少しだけ満たされたお腹の気配と共に、さらに他のゴミも漁っていく。動物的な本能故だろうか、生きる為の欲望が私にゴミを漁らせる。

 

『ワフッ……、ガウッ』


 汚いゴミの巣窟。だけど、私にとっては生きる為の餌がある場所。

 どんどん身体が汚くなっていく事にも構わずに、私はゴミの中を暴れ続ける。

 ご飯、ご飯……、食べられそうな、食糧。

 静かな月明かりに照らされながら、遠くから聞こえる人々の賑わいを耳に、私はゴミの中を漁り続けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――Side カイン



「くそっ!! いつになったらユキの反応が掴めるんだよ!!」


 ユキが俺の前から消えて十日程……。

 アイツを攫ったと思われる理蛇族の王子、シルフィオンの許に辿り着けたってのに……、突入した屋敷の中にユキの姿はなく、反応は完全に途絶えた。

 あのクソ王子と話したルイヴェルの話によれば、ユキは一時期的に自分自身でその存在を隠し、自分を攫ったあの野郎の追跡から身を隠している……、つー話なんだが。


「俺達からまで逃げるこたねーだろうが……」


「ユキの願いに応じて、それに必要な力が勝手に発動した……。と、そういうところだろうがな」


 エリュセード中に放たれた、ユキ一人を探す為の捜索隊。

 とは言っても、限られた精鋭部隊だけが少人数で各国に入り、秘密裏にユキの行方を追っている。

 で、俺は隣を歩いているルイヴェルの野郎と……、あと一人、心の底から気に食わねぇ奴との三人で、獅貴族の王国、ゼクレシアウォードに入国を果たした。

 俺の生まれたイリューヴェル皇国は、他の国々より寒気が強い国なんだが……、このゼクレシアウォードは真逆だ。

 大通りを行き交う住人達の服装は露出が多く、肌を晒している割合が大きい。

 まぁ、この暑さじゃそうなるよな。

 寒さには強く出来てるこの身体だが、イリューヴェルを出た事のなかった俺にとっては、初めての炎天下というべきか。

 道を歩いている俺とルイヴェルの服装も、この国の住人達に倣っている。

 

「なぁ、ルイヴェル……。ユキの反応、まだ掴めねぇのかよ」


「残念ながらな……」


 蛇王子からの追跡を逃れる為に行使されたユキの力……。

 本人がそれを使ったのは間違いねぇが、アイツからしても予想外の事態が起きているらしい。

 ただあの蛇王子から逃げたいだけなら、ウォルヴァンシアの俺達の許に戻ってくればいい話だ。

 そうすれば、理蛇族の王子がユキを奪い返しに来ても、俺達が守ってやればいい。

 だが、ユキはあの王子どころか、俺達からまで気配を消してどこかに隠れている。

 それはつまり、ユキの意思以外の何かが生じているという事だ。

 

「力というものは、それを行使する者の意思が何よりも鍵となるものだ。ユキが俺達との再会を望む限り、やがて今行使されている不必要なそれは消えるはず……」


「もう何日経ったと思ってんだよ……っ」


「だからこそ、俺達も足を使って探している。ユキを一刻も早く見つけ出したいと思っているのが自分だけだと思うな」


 人の群れを見回しながら、一瞬だけルイヴェルから威圧感のある鋭い視線で射抜かれた俺は、視線を逸らし呟いた。

 そんな事はわかっている。俺以外にも、大勢の奴らがユキの事を心配している事を。

 わかっていても、焦る心は止められねぇんだよっ。

 ウォルヴァンシアから出た事のないアイツが、この駄々っ広いエリュセードのどこかで不安に震えているかと思うと、今すぐにその身体を抱き締めて安心させてやりたい。

 根性の据わってる女だが、流石に不慣れな場所での一人がきついだろう……。

 それに、万が一面倒な奴らに捕まりでもしていたらどうする?

 泣き叫ぶユキを、もしも欲に塗れた奴らがその手に捕えたとしたら……。

 このエリュセードを平穏な世界を呼ぶ奴らもいるが、全部が全部そんなわけがねぇ。

 他人を利用してのし上がろうとする奴も、醜い欲の餌食として他人を道具として利用する奴も、残念ながら両手の指を幾ら数えまくっても足らねぇくらいに存在しているのが現実だ。

 

「俺がユキに着けといた『首輪』さえ有効になってりゃ、こんな事には……っ」


「お前がユキに施したあれは、シルフィオン王子が無効化してしまったからな」


 ガデルフォーンでユキの首に施した俺の術。

 それはチョーカーという形で、アイツが自分の意思に関係なく危険な場所に飛ばされた時に発動する仕様となっていた。それなのに……、あのクソ蛇野郎がぁああああっ!!

 あの場でぶん殴ってやりたいところだったが、ルイヴェルの野郎が止めやがったせいで、あの蛇野郎はウォルヴァンシア王国預かりとなっている。

 ユキを見つけ出して、その世話をしながら守るのが自分の役目だとか何とか言ってやがったが、誰がそんな真似を許すかってんだ!!

 神々の世界がどうだかなんて、俺には関係ねぇんだよ。

 俺はな……、ありのままのアイツを好きになったんだ。

 面倒な遊学の先にある自由を求めていたはずなのに、ユキの存在が俺をウォルヴァンシアから離れられなくさせている。望みの薄い初恋でも、全力で足掻きたいと思わせた、たった一人の女。

 こっちはな、あの忠犬気質な番犬野郎に出し抜かれないように毎日必死なんだよ。

 だってのに……、人が好きな女に真剣な想いを伝えてる最中に突然の誘拐かますとか、あの白蛇野郎は俺になんか恨みでもあんのか!!

 数日前の夜の事を思い出しながら、俺は何倍にも膨れ上がる怒りと共に低く呻いた。

 

「これでもし、ユキに何かあったら……、あの蛇野郎、絶対に許しちゃおかねぇからなっ」


「心情だけの問題で言うならば、俺も同意見だ。だが、そろそろ時間だ。一度アレクとの合流地点に戻るぞ」


「けっ。行くならお前一人で行けよ。俺はユキを探す」


 照りつける日差しの強さは面倒だが、一分一秒の時間も惜しい。

 それに、番犬野郎と顔を合わせても互いに腹が立つだけだ。

 ユキを巡る恋愛感情からの天敵に対する当然の敵愾心なんだろうが、ま、ユキの事がなくても相性が悪い事は確実だ。そんな奴と行動を共にする事自体……、普通に考えてなしだろう?

 そんなわけでルイヴェルの傍を離れようとした俺だったが、いつの間にか右腕に絡みついてきた魔力の鎖によって引き戻されてしまった。


「何の真似だよ……?」


「焦るお前の気持ちもわかるが、アレクが情報を得ていた場合の可能性も考えろ」


「その時はテメェがこっちに連絡を寄越せばいいだろうが!! くそっ、放しやがれ!!」


 この腹黒眼鏡野郎が!! 足掻けば足掻くほど、腕に絡みつく鎖の戒めが強くなる。

 番犬野郎との情報交換ぐらい、この眼鏡で事足りるだろうが!!

 纏わりついてくる魔力の鎖を竜手でぶち破ろうと試みるが……、くそっ、行使者の性格に似て執念深いな!!


「カイン……」


「な、何だよ!! 俺は絶対に行かねぇからな!!」


 確実に自分の方へと鎖ごと俺を引き寄せようとするルイヴェルの奴が、立ち止まり振り返る野次馬達の視線も気にせずに、とてつもない威圧感を周囲にまき散らす。

 押し潰してくるかのような視線の凶悪さに、俺以外のゼクレシアウォード国民の間にも戦慄が走っていく。


「俺の足枷となる気なら……、相応の仕置きは覚悟しておけ」


「べ、別にいいじゃねぇか!! 俺がいなくても、何の問題もねぇだろう!!」


「お前も一応、イリューヴェルからの預かりものだからな……。俺には監督責任というものがある」


「ウォルヴァンシアにいる時はそこまでしてねぇだろうが!!」


 俺がウォルヴァンシアで何をしてようと、この眼鏡がうるさく言ってきた事はない。

 それなのに、何をいきなり他国に来た途端厳しい保護者風を吹かし始めてんだこいつは!!

 てか、周りの奴ら見てみろよ!! 俺じゃなくてテメェの静かなド迫力のせいでびびってんだろうが!! 


「捜索の妨げとなる要素は極力排除していきたい。大人しく協力しろ」


「何だその確定全開の濡れ衣は!!」


 どう聞いても、俺がこの国で何かやらかす気しかしねぇ!! 的な意味に聞こえるぞ!!

 ひそひそとざわめく通行人達の視線を受けながら、ルイヴェルと二人押し問答を繰り広げ睨み合っていると、視線の先にある大広場の方から大きな女の悲鳴が響き渡ってきた。

 その声に動きを止めた俺の腕が、魔力の鎖によって問答無用で大広場へと引きずられていく。

 

「おい、ルイヴェル!! どこに行く気なんだよ!!」


「今悲鳴が上がった場所にだ。違うとは思うが、ユキが関わっていないか確認しておく」


 そう淡々と告げたルイヴェルが、俺の制止も聞かずに大広場へと向かって進んで行く。

 確かに、ユキが何がしかの騒動に巻き込まれている可能性もあるが、魔力の鎖で戒められているせいで非常に居心地が悪い連行のされ方だ。

 人の波を抜け大広場に辿り着くと、番犬野郎も悲鳴を聞きつけたのかその場にいた。

 

「アレク、何が起きている?」


「あぁ、ルイか……。いや、俺も今来たところなんだが……、助けに入る必要はなかったようだ」


 番犬野郎の物言いからして、ユキ絡みじゃなかったんだろうな。

 俺の視線の先では、何人かの獅貴族の男達が山のようにぐったりと積み重なっている。

 そして、その傍には一仕事を終えたらしき女が一人、両手を払いながら立っていた。

 あれは……、獅貴族の少女期の女だな。見た目がユキと同じぐらいだ。

 集まった住人達の歓声を受けるその女は、黄金色の眩く長い髪を一つに結い上げた、どちらかといえば、男勝りな顔つきをしている。

 傍にいる別の成熟期を迎えている獅貴族の女にぺこぺこと頭を下げられているようだが……。

 なるほどな。つまりはそういう事か。


「ナンパ目的の馬鹿が、少女期の子供にのされた、ってわけか」


「そうらしいな……。だが、あの少女期の娘は……」


「ん? 何か知ってんのか? ルイヴェル」


 馬鹿数名を山積みにした少女期の女を見ていたルイヴェルが、思い当たったように呟く。

 番犬野郎の方も同じ何かに思い立ったのか、視線を同じく定めている。

 獅貴族の腕の立つ少女期の女……。大人しいユキとは真反対って感じだな。

 ユキは机に向かって真面目に勉強してるようなタイプだが、あの少女期の女は逆だ。

 きっと勉強を前にすればすぐに逃げ出して、外で身体を動かしているようなタイプだろう。

 

「獅貴族の末姫だ。相変わらずのじゃじゃ馬振りのようだな」


「俺も以前にこの国を訪れた時、まだ今より幼かった末姫様に剣の相手を頼まれた事がある」


「ふぅん……、獅貴族の末姫、ね。なんか、姫ってイメージじゃねぇよな」


 姫ってのはこう……、そうだな、ユキみたいな穏やかそうな女がぴったりだ。

 けど、アイツも一度拗ねたり頑固になると、またイメージ変わるからなぁ……。

 ルイヴェルと番犬野郎が交わしている会話を傍で聞きながら、とりあえずはあの少女期の女が獅貴族の王族という事だけは理解した。

 各所から姫様コールが歓声と共に上がり、王宮から駆けつけてきた騎士達が馬鹿をやらかした奴らを連行していく。はぁ……、結局ユキの姿は見えず、無駄足か。


「ところでアレク、ユキの情報は何か掴めたか?」


「いや、欠片も掴む事は出来なかった……。もしもユキがこの国で彷徨っていたのなら、保護されているかとも思ったんだが」


「そうか……。こっちも収穫はなしだ。だが、今後何らかの目撃報告が出て来る可能性もある。数日は様子を見てみた方がいいだろうな」


 今のところ、王都の中でユキが目撃された証言はなし、か。

 行き違いを考慮した上で、俺達はゼクレシアウォードという大国の中を二度、三度と繰り返しユキの姿を追う事になった。だが、時間がかかればかかるほど……、胸の奥にある不安はどんどん膨れ上がっていく。


「ルイ……、俺はもう一度王都の外に行ってくる」


「わかった。俺は宿屋に戻り、ゼクレシアウォード全域にユキの気配がないか術を行使する」


「おい、ルイヴェル。俺も王都の外に行くからな。今度は邪魔すんなよ」


 町だけでなく、街道や森をあたってみるのも重要だろう。

 俺は竜体でゼクレシアウォード全域の調べを進めると宣言したが、ルイヴェルは溜息と共にそれを却下しやがった。


「お前は宿屋に戻って仮眠だ。動くのは夜になってからにしろ」


 ユキを探す為に放たれた捜索隊が不眠不休なのは知ってるが、別に俺は仮眠なんてなくても平気だ。それよりも、暢気に寝ている間にユキが恐ろしい目にでも遭っていたらと思うと……。

 俺は腕に絡みついている魔力の鎖を忌々しげに見下ろし、再度これを外せと要求する。

 人間とは遥かに違う身体をしてんだ、多少の無理、いや、限界を越したって俺はユキを探し続けるからな。一人になって孤独と不安に苛まれているアイツを、この手で救い出す。

 俺はそう決めてウォルヴァンシアを出て来たんだ。

 

「俺はユキを探しに行く。さっさとこれを外しやがれ」


「カイン、お前はこの十日程不眠不休だ。ユキを探す為の効率を上げる為にも、少しは休養をとれ」


「テメェだって不眠不休だろうが!! 変な気遣いしてんじゃねぇよ!!」


「お前の場合は、限界を考えずに無謀をしでかすタイプだ。俺とは違う」


 何が違うってんだよ!! ユキを探す為に無理をしてんのは、俺も他の奴らも同じだろうが!!

 そう激昂した瞬間、俺の視界が不意にぐらりとバランスを失った。

 寸でのところで足を踏ん張り額を片手で覆った俺は、強い吐き気の気配に苛まれる。


「うっ……、くそ」


「身体の負担だけではなく、精神的な疲れも溜まっているんだ。少しは自覚しろ」


 それでも俺は、ユキを探しに行きたくて崩れ落ちそうになる身体を叱咤し、ルイヴェルの白衣に縋り付いた。まだ大丈夫だ、俺は倒れたりなんかしない。

 早く、早くアイツを探し出してやらないと……。

 か細くなる声で訴えていると、俺の傍に番犬野郎が立った。

 相変わらず俺の事が気に入らないという冷めた視線が突き刺さってくる。


「ルイ、――落とすぞ」


「その方が楽だな。頼む」


「何、言って……、うっ!!」


 ぐらつく視界を闇に蹴落とすが如く、俺の背後で強烈な一撃が振り下ろされた。

 それが番犬野郎の仕業だと気づきながらも、俺の意識は一気に闇へと呑まれ……。


「カイン、お前は俺やアレクと違い、自分を誤魔化すすべを知らないからな。少しは自分の身体を労わってやれ」


「別にお前の身体など心配していないが、捜索の邪魔だけはするな。……さっさと休め」


 ふざけんなよ……。俺は、まだ……、動け、る……、のに。

 ルイヴェルの野郎はともかく、番犬野郎にしては珍しく……、意識を失う前に聞いた音はありえない柔らかな響きを含んでいたように思う。

 結局俺はそのまま、限界を迎えた睡魔と疲労の果てに、翌日まで目を覚ます事はなかった。

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