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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第四章『恋惑』~揺れる記憶~
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駆け付けた騎士と理蛇族の王子

ウォルヴァン騎士団副団長アレクディースの視点で進みます。


 ――Side アレクディース



「ファルネイス王国、第二王子殿下……、シルフィオン様でいらっしゃいますね?」


 苛立ちを抑え込んだルイの慇懃無礼としか言えない絶対零度の眼差しと声音が、踏み込んだ屋敷内の一室にいた男に向けられた。

 自国である理蛇族の中に異空間を創り、深い森と屋敷だけが存在するこの場所に、ユキを引き摺り込んだと思われる、今回の誘拐事件の犯人。

 長い白銀髪を背に流しているその男は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 早くユキを保護したい焦りを抑え、俺達は他国の王族に対する礼をとる。


「突然のご無礼をお許しください。私は、ウォルヴァンシア王国魔術師団長、ルイヴェル・フェリデロードと申します」


「同じく、ウォルヴァンシア王国騎士団長、ルディー・クラインと申します」


 俺達の前に出ているルイとルディーが、シルフィオン王子との交渉役として自身の立場と名を告げ、ユキの事について話し出す。

 今回の件における犯人は、どう考えても目の前のこの王子なのだが、その立場が、遠回しなやり取りを義務付けさせている。

 森の中にも、この屋敷の中にも、ユキの姿はなかった。

 いや、正確に言えば、この屋敷に突入したのと同時に、確かに感じていたユキの気配が消失したのだ。大きな力が発動する気配を感じた直後の異変。

 屋敷の中を探し回っても見つからないユキの安否に、この場の誰もが焦っている。


「姫を探しに来られたのですか?」


 何故、何の関わりもなさそうな男が、彼女の事を姫と呼ぶのか。

 何故、姫と口にされたそれが、ユキの事だと思ったのか、小さな違和感を感じながらも、俺は愛剣の柄に手を添えたまま、控え続けた。

 他国の王兄姫を誘拐しておいて、ここまで堂々としていられる事も不思議だが、この王子もまた、神である事に違いはない。

 俺よりも格下の神のようだが、……それが誰であったのか、記憶が出てこない。

 転生して顔が違う可能性もあるからか? だが……、天上で暮らしていた頃の仲間達の顔さえも、今の俺には朧気な存在となっている。

 シルフィオン王子が、どの神の転生体であるのか……、今の俺にはわからない。

 

「事を大きくするつもりはありません。ただ、我がウォルヴァンシア王国の王兄姫殿下を何故連れて行かれたのか、何故……、その気配がこの異空間から消失したのか、理由をお聞かせください」


 恭しくルイが頭を下げたが、その全身からは、恐ろしい程の威圧感が滲み出している。

 この屋敷に囚われていると思っていたのに、その存在を掴む前に消えてしまったユキの気配。

 シルフィオン王子が何か良からぬ事をしたのか……、それとも。

 

「オレは、姫を保護しただけです。……そこにいる神から守る為に」


 ルディーとルイが同時に俺の方へと振り返る。

 シルフィオン王子も、俺が神である事を察しており、ゆっくりと俺の前に歩み寄ると、エリュセードの神が自分よりも上の存在に対する礼を取った。


「お久しぶりにございます。――アヴェルオード神」


「アヴェル……、オード?」


 それは、エリュセードを創った神々の中でも、特に偉大な力を持った三人の中の一人の名だ。

 蒼銀の月を司る、アヴェルオード……。

 自身の名も思い出せなかった俺に、シルフィオン王子は迷いなくそう言った。

 だが、それを受け止める俺の方は、アヴェルオードという名に、確かな反応を返せない。

 まるで、他人の名で呼ばれたような心地だ。


「俺は……」


「今の貴方に確かな記憶がない事は知っていますからご安心を……。ですが、貴方は紛れもなく、エリュセードの御柱たる三人の神の一人。どうか、その事実は覚えておいてください」


「シルフィオン王子……、貴方の、神としての、名は?」


「オレは、天上にて災厄の女神たる方の娘であった姫にお仕えしていた者です。姫が眠りに就かれた後、十二の災厄を監視する番人となっておりましたが、ディオノアードの鏡を巡る戦いにおいて、転生の道に入りました」


 自身の神としての名を名乗らず、シルフィオン王子は俺の前で膝を着き、頭を垂れている。

 だが、自分よりも格上の神に対する恐れの気配はなく、どこか敵意めいた意思を向けられている気がするんだが……。いや、それよりも、今……、ユキが災厄の女神の娘と言ったような。

 それを確かめようとすると、俺の背後から空気の読めない怒鳴り声が飛び出してきた。


「おい!! テメェらの感動の再会とかはどうでもいいんだよ!! そこの誘拐犯野郎!! ユキをどうしたんだ!! なんでこの屋敷にいねぇんだよ!!」


「はぁ……。カイン、後ろに控えていろ。シルフィオン殿下、失礼いたしました」


 ルイがあからさまな溜息と共にカインを元の場所に追い払おうとしたが、それを聞かずに暴れ馬ならぬ暴れ竜がシルフィオン王子に掴みかかってしまった。

 その胸倉を掴み上げ、他国の王子に対する礼儀など一切なく、ユキの事を問い質している。

 出来る事なら俺もそうしたいが、感情に任せて暴走すれば、真実は霧の彼方へと消えてしまう可能性もあるだろう。


「カイン、ルイの言葉が聞こえなかったのか? お前の出る幕じゃない。下がっていろ」


「うるせぇえ!! ユキの一大事なんだぞ!! 悠長に世間話なんかしてられるか!!」


「誰も世間話などしていない。いい加減にしないと、本気で斬るぞ」


 この竜も一応は他国の皇子殿下とやらだが、俺にこの男を敬い礼を尽くす気は相変わらず微塵もない。シルフィオン王子からカインを引き剥がし、後ろに控えている騎士達に世話を任せる為に放り投げる。また邪魔をして来ないように、騎士団員達が総出でカインを押さえつけ、背後には人の山が出来上がった。


「シルフィオン王子、詳しい事情は後でも構いません。それよりも、今はユキに何があったのか、それを教えて頂きたいのです」


 たとえ互いの正体が神であろうとも、今はこのエリュセードに生きるひとつの命だ。

 俺は溢れそうになる苛立ちを堪え、彼女の行方を尋ねた。

 しかし、シルフィオン王子は俺に対して、やはり何かの含みがあるらしく……。


「正直言って、貴方に姫の居場所など、知っていても教えたくはありません」


 ピシリ……。その瞬間、俺の中で荒れ狂う怒りの感情が理性の壺にヒビを入れる音がした。

 これで確定した。シルフィオン王子は、心の底から俺の事が嫌いなのだ。

 むしろ、俺の存在を見るのも嫌だと言わんばかりに顔を背けたシルフィオン王子からは、こちらに対する憎悪の気配さえも感じ取れる。

 俺は、神であった頃に……、転生前の彼に何かしたのだろうか?

 

「結論だけを申し上げれば、姫はご自分の力を使い、どことも知れぬ場所に飛んでしまわれました」


「それはどういう……」


「貴方には教えたくありません」


 敵意と憎悪を向けてくるのは勝手だが、ユキの件に関して俺が引く事はない。

 愛剣を鞘から引き抜き、その白い首筋へと突きつける。


「おい、アレク!! それは流石に不味いって!!」


 ルディーが大慌てで俺を宥めようとするが、収める気はない。

 他国の王族が相手であろうが、ユキに害を成す相手を、彼女の許に辿り着く道を阻む輩を、許しておく気はない。

 だが、シルフィオン王子は怯える事も焦る事もなく、冷めた視線を寄越してくる。


「姫に貴方は必要ありません。あの方の幸せを想うなら、二度と姫の前に現れないでください」


「必要ない……、だと」


「オレは愛するご主人様である姫と、その兄神様の幸せの為にしか動きません。よって、姫はオレが探しに行きますので、ウォルヴァンシアの方々は今後一切あの方に関わらないでください」


 見事に一貫した意味不明な主張だった。

 姫……、つまり、ユキを主人と慕うこの神は、自分が彼女を保護し、覚醒させた後に天上へと連れ帰ると主張した。

 ユキが、神……。確かに彼女には未知なる力があり、それが神の力である事は、覚醒後に気付いた。だが、平穏に暮らしている彼女を無理に目覚めさせる必要はないと感じた俺は、口を噤んだ。

 ユキがウォルヴァンシアの地で、幸せにその生涯を全う出来るように……。

 俺やシルフィオン王子のように、転生体で覚醒する方が稀なのだから。


「恐れながらシルフィオン殿下に申し上げます」


 ユキを覚醒させ、天上に連れて行くと主張していたシルフィオン王子に、ルイが何かを探ろうとする意図を込めた眼差しを向ける。


「エリュセードの神々におかれましては、ご自身の力の回復、そして、ディオノアードの鏡の欠片の浄化の為に眠りに就かれたと聞いております。何故、我がウォルヴァンシアの王兄姫殿下を覚醒させる必要があるのでしょうか?」


「……」


 王族相手にも動じないルイの視線を受けたシルフィオン王子が、何かを言いたそうにその深緑を受け止めたが……。

 シルフィオン王子は自身の青の瞳に思案する気配を浮かべた後、俯いてしまった。


「アヴェルオード神は、姫にとって危険なのです……。特に、今の欠けた状態では、不安定さが増すばかり……。近づかせるわけにはいきません」


「アレクは、いえ、アヴェルオード神は、王兄姫殿下を想い忠義を尽くされています。その逆など、あり得ないと思うのですが……」


「地上の命としての彼はそうかもしれません。けれど……、アヴェルオード神は違う。姫の存在ひとつで、酷く脆い存在となり、その想いが暴走すれば……、世界に混沌を引き起こします」


「俺は、そんな事は……」


 ない、そう言い切れないのは何故だ。

 アレクディースとしての俺と、シルフィオン王子が知っている、アヴェルオードとしての俺。

 神である自覚と、使える力もあるのに……、不完全な覚醒が、俺を酷く不安にさせている。

 

「ルディー、悪いが後は俺がシルフィオン殿下と話す。アレクと他の者を全員外に出してくれ」


「え? あ、あぁ……。まぁ、仕方ねーよな。アレク、行くぞ」


「俺はここにいる。ユキの事を聞き出すまでは、動かない」


 今彼女がどうしているのか、無事なのか、それとも危険な状況におかれているのか、それを知って次の行動に早く移らなくては……。胸に抱く焦りと不安。

 シルフィオン王子が指摘する、ユキへの想い故に暴走を引き起こすというその内容にも、完全に納得出来るわけじゃない。まるで、過去に俺が罪を犯した事があると責められているかのような物言いだった。確かに俺は、ユキの事を想うあまり、色々と過去にやらかした事はあるが、まさか、世界に混沌を引き起こすなどという大それた事をするわけがない。

 この王子は、いや、この神は、覚醒の際に何か不都合でも生じたのではないか。

 納得出来ない王子の発言に苛立ちながら部屋に居座ると言い張る俺に、ルイが言葉を重ねてくる。


「アレク、いいから出ていろ。お前がこの場にいると、シルフィオン殿下が話す気になってはくださらないようだからな」


「ルイ……、だが」


「邪魔だと言っている。ルディー、連れて行け」


「了解……。ほら、アレク、ルイヴェルがマジギレしない内にさっさと出るぞ」


 長年共に過ごしてきた友人としての音ではない、ルイの突き放すような氷のような声。

俺の心が、得体の知れない不安感という名の針で刺されたような気がした。

 事務的な時や多忙な時とも違う、完全な拒絶と威嚇の気配。

 それは、俺個人に対してというよりも、後ろでぎゃあぎゃあと騒いでいるカインや騎士達も含めた不要な存在に対する怒りの気配だった。

 まるで、魔術に対する執着が酷かった頃のルイが纏っていた、他者を寄せ付けない、暗く冷たい気配だった頃の姿に似ている。

 その静かな迫力に圧されるように、俺達の足が無意識に後ろへと下がっていく。


「俺が許可を出すまで絶対に立ち入り禁止だ。もしこれを破ったら、――わかっているな?」


 有無を言わせぬ最後通告がそれを紡ぎ終わるのと同時に、室内にはルイとシルフィオン王子以外、誰もいなくなった……。

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