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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第四章『恋惑』~揺れる記憶~
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竜が紡ぐ愛の誓いと、忍び寄る魔の手


 ――Side 幸希


「はぁ……」


 食事と入浴の時間を済ませ日記をつけた後、部屋の外に広がっている庭へと足を向けた。

 普段と変わらずに穏やかな星空を見上げ、今日一日の事を思い返す。

 本当は、カインさんと仲直りをする為に城下へと向かったのに……、何だか色々とモヤモヤの結果で終わってしまった。

 カインさんと楽しげに話していた女性は誰だったんだろう、とか、私の不機嫌を治す為にブラッシングをさせてくれたアレクさんに申し訳なかったな、とか……。

 後悔と反省がぐるぐると頭の中でまわりながら、今日という一日が終わろうとしている。

 私は、自分の部屋の外にある、庭の片隅に作って貰った長椅子に腰掛けると、お風呂上がりの肌に心地よく触れてくる冷たい夜風に表情を和ませた。


「やっぱり……、明日改めて謝りにいこうかな」


 私よりも遥かに年上、のはずのカインさんが見せた大人げのなさには呆れたけれど、このままというわけにもいかない。どちらかが折れなければ、平行線を辿るだけ……。

 だけど、大広場で私に対して向けたあの凶悪過ぎる抗議の視線を思い出すと、なかなか素直に謝る気にはなれそうにもない。

 

「私から謝ると、絶対に調子に乗りそうな気が……」


 それに、知れば知るほどに、カインさんという人は、歳の差を感じさせない程に子供っぽいと思える。

 ちょっとした事で、すぐに拗ねるし……、怒ったら無視するし、大人の男性が抱く余裕というものが一切感じられない。

 出会った頃は、私の事をからかったり、上から目線で余裕に溢れているような事ばかり言っていたくせに、今ではその余裕のよの字さえない。

 だけど……、ガデルフォーンで私が自分から何かをしたいと言った時、私の味方をしてくれたのは、カインさんだった。

 私を危険な目に遭わせたくないと、盾になってくれようとしたアレクさんとは逆に、私の意思を尊重してくれた……。


「優しくて……、意地悪で、でも、私の背中を押してくれる……、人」


 守るだけじゃなくて、立ち向かおうとする私に、この心に、寄り添ってくれる人。

 アレクさんに対しては、どこまでも穏やかな気持ちでいられるのに、カインさんに対しては、目まぐるしく感情が波打ってしまう。多分、精神年齢の問題だろうな、とは思うのだけど……。

 

「はぁ……」


「さっきから何回溜息吐いてんだよ」


「え?」


 突然、私の頭上から呆れたような声が落ちたかと思うと、座っている横に重みが加わった。

 黒い上着らしき物が私の肩に被さり、不機嫌一色の真紅が私を睨みつけてきた。

 それにつられるように、私も拗ねた表情と共に彼を睨み返してしまったのは、不可抗力だと思う。

 色々と聞きたい事や文句もあるけれど、お互いに睨み合ったまま、時だけが過ぎていく。

 けれど、暫くすると、カインさんの方がこの状態に飽きてしまったらしく、視線を逸らした。


「寝なくていーのかよ?」


「そろそろ寝ようと思っていたところです。……カインさんこそ、いつ帰って来たんですか? メイドさん達が夕食の件で困ってましたよ」


「外で食ってきた。これから風呂に入って寝るだけだ」


「そうですか……。じゃあ、そちらにどうぞ。私はもう部屋に戻りますから」


 もう私の事を無視する事をやめたの? 

 もう、手紙にあった約束を破った事を怒っていないの? 

 私の方を見ずに淡々と答えるカインさんの様子にまた苛立って、私はその場を立ち上がろうとした。

 けれど、私の左腕を強く掴んできた感触が、この場を離れる事を許してはくれなかった。


「放してください」


「お前が俺を、部屋に入れてくれるならな」


「夜に男性の訪問は受け付けていません」


「なら、ここで話すしかないな? 座れよ」


 どうしてこうも命令口調なのか……。

 半ば強制的に腰を下ろす羽目になってしまった私は、どう考えても謝る気のなさそうなカインさんをまたひと睨みすると、さっさと用件を話すように急かした。

 この人を前にすると、何故か自分でも驚くくらいに感情が荒立つ自分がいる。

 でもそれは、カインさんが私に対して機嫌を損ねるような事をしてくるからで……、やっぱり、こうなってしまうのは、カインさんの大人げない言動のせいだと思う。


「言っとくが、昼間の女はただの知り合いだからな」


「誰もそんな事気にしてませんけど……」


「変な誤解をされたくないだけだ。お子様なお前には、色々とフォローが必要だからな」


 ここでまたっ、人の気に障るような事を言うのが、カインさんらしいというか、何というかっ。

 余裕のあるふりをしても、本当は子供みたいにアレでそれな事を私は知ってるんですよ!!

 だけど、ここで言い返しては進歩のない自分を認めるようなものだ。

 私はあえて気にしていないフリを装い、カインさんのプライベートに口を出す気はない事を伝えた。

 私がカインさんを好きにならない限り、恋人同士という関係を結ばない限り、彼が誰と一緒にいようと、途中で別の誰かを好きになろうと、自由。

 あくまで、自分の立場を弁えた上での発言をしたつもりだったのだけど……。

 その態度がまたカインさんの機嫌をさらに損ねてしまったようで、目の前に突き付けられたメモ紙に、私はうっと怯んでしまった。


「わざわざメモに、『大嫌い!!』とはなぁ……。口を出す気がないと言いつつ、しっかり気にしてるよな? これ」


「そ、それは、カインさんが私とアレクさんの方をあんな目で見てきたからで……、お、大人の男性だって言うわりに、子供っぽい事をするからじゃないですかっ」


「そりゃあな。好きな女が他の野郎といるとこ見て、平然としてられるわけがねぇだろ」


 最大級に怒った気配を込めたカインさんの低く冷たい声音に、本能的にまずい、という戦慄が駆け巡る。

 怒鳴るでもなく、ただ、静かに言われた本音。

 私の腕を掴んでいた熱が下へと移動し、左手の甲を上から包み込んでくる。

 不機嫌な怒りと、……ある種の空気を作ろうとする意図的な気配。


「手紙で言ったよな? 俺がいない間、番犬野郎と二人になるな、って……」


「あの時は、なかなか寝付けなくて、たまたまお屋敷の庭でアレクさんと会っただけで……」


 というか、手紙にそう書かれてはいたけれど、約束した覚えはない。

 私とカインさんがそういう関係だったのなら、迂闊に他の男性と二人きりになった事を咎められても仕方がないのだろう……。けれど生憎と、私達はそういう仲ではない。

 そう小さく言い返すと、また、わかりやすくカインさんの機嫌が地底深くまで掘り下げるように悪くなった。

 というか、こんな夜更けにカインさんと二人きりというのも、色々と不味い。

 そう不安になっているのに、カインさんが私を解放してくれる気配は微塵もなかった。


「たまたま会っただけで、何で抱き締められる状況になるんだよ? どうせお前が無防備にされるがままで番犬野郎に安心しきってたんだろうが、それを目撃しちまった俺の気持ちも……、少しは考えろ」


「カインさん……。その、ご、ごめんなさい」


「そりゃあな、お前はまだ誰のモンでもねぇし、俺が偉そうに言える立場でもねぇよ。けどな、本当に……、すげぇ、焦ったんだ。俺が里帰りしてる間に、お前が番犬野郎とどうにかなっちまったんじゃねぇか、って、そう考えたら……」


 顔を俯け、悔しそうに奥歯を噛み締めたカインさんが、私の手を強く握り締めた。

 余裕なんて持てない、だから、私を滅茶苦茶に責め立てる自分を恐れて、二週間もの間無視を決め込んでいたのだと、カインさんは呻くように本音を口にした。

 無視による遠まわしな抗議なのかと思っていたら、その裏にあったのは、私への気遣い。

 自分の頭を冷やし、心が落ち着いた頃に話をしようと思っていたというカインさんの表情は、やっぱり、余裕が一切感じられない頼りないもので……。


「正直、負けが確定してんのは最初からわかってるんだぜ? お前と出会った時にはもう、あのクソ番犬野郎がいて、お前達の間には確かな絆があって……、俺が入っていけるような隙なんて、なくて」


 消え入りそうな程に、カインさんの声音は弱々しく切ないものだった。

 もっと早くに出会いたかった、告白しても、きっと受け入れては貰えない、そんな弱音が、カインさんの口から次々と溢れてくる。


「けど、俺と番犬野郎がお前に告白した後、お前が俺に可能性を与えちまったから……。いまだに往生際悪く足掻いてんだ。お前の心が欲しくて……、自分が苦しむだけだってわかってても、俺はっ」


 たった一つの希望に縋り続けて生きている……。

 そう、心からの必死な想いを口にするカインさんを、私は黙って見ている事しか出来ない。

 こんなにも辛い想いをさせているのは私なのに……。

 それなのに、心の片隅で、満たされていくような幸福感を覚えるのは何故なのだろうか。

 アレクさんにも、カインさんにも、その想いを口にされる度に……。

 二人の事を大切に想う気持ちが高まれば高まるほどに……。


『マタ……、ニゲダシタクナル』


 瞬間、脳裏に自分の声で、泣きそうな声が響いた気がした。

 けれど、それはやっぱり一瞬の事で……、不思議そうに目を瞬いてしまった私の視線の先には、顔を上げたカインさんが、少しだけ目元に涙の気配を浮かべていた。

 

「まぁ……、何が言いたいかっていうとだ」


「は、はい」


「お前は、迷惑かもしんねぇけど……。もし、もし、だぞ? お前が、俺じゃなくて、別の野郎を相手に選んだとして、だ」


 カインさんは、私の左手を持ち上げて、その指の間に自分の指を絡めながら、熱いくらいの吐息を吐き出した。

 闇夜にあっても輝きを失わない真紅の双眸が、私の心を捉える。

 逸る私の鼓動ごと抱き締めるように……。


「俺の初恋は、きっと一生もんだ……」


「――っ」


 屈託のない、心からの優しい……、私に対する愛情に溢れた笑みが視界に映り込む。

 完全に無防備になった彼の気配。

 カインさんの純粋な心の在り方が、私への想いが、新たな波紋を生む。

 胸が……、目に見えない場所に在るはずの心が、急速に熱を抱いていくのがわかる。

 私は、カインさんの想いの強さを、その覚悟を、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。


「い、一生、って……、ど、どういう」


「一生、お前一筋って意味だ。へへっ、すげぇだろ?」


「ぇえええっ!? ど、どうして、そ、そうなっ」


「ははっ。なんでかわかんねぇけど、……なんか、そんな気が、するんだよな。確信がある、つーか、よ。誰かを好きな気持ちってのは、きっと……、永遠に、自分だけのもんで、それをどうこうする、ってのは、お前にも、誰にも、出来ねぇもんなんだ」


「確かに、そう、ですけど……っ」


「俺だけの、『宝』だ。お前に振られたとしても、消えやしねぇ……。俺だけのもんだ」


「カインさん……」


「あ。あとな!! 先に言っとくが、俺はまだ失恋決定じゃねぇからな!! 絶対ぇ、番犬野郎を出し抜いてお前をものにする気、満々だからな!!」


 自信満々に笑った企み顔に吃驚すると同時に、私は高鳴る胸の鼓動をどうしていいかわからずにいた。

 一生? もし、カインさんに望む答えを返せなくても、その恋心は在り続けるの?

 きっとアレクさんの方も同じに違いないと断言するカインさんの目に、迷いはなかった。

 固まっている私を自分の腕の中に閉じ込め、カインさんが喉の奥で楽しそうに笑う。


「当たり前だろ? 俺達は生半可な覚悟でお前の事を好きになったわけじゃねぇんだ。最初の頃より、ずっと、ずっと好きになってる。きっと、何度生まれ変わっても、お前に好きだって伝えにいくんじゃねぇかな」


 生まれ変わっても、好きで、いる……?

 その言葉を聞いた瞬間、また、私の脳裏に何かの光景がよぎった気がした。

 誰かが……、私を見つめながら何かを囁く声も、聞こえた気がする。

 だけど、それが誰なのか、……影が確かな輪郭をとる事はなかった。


「ユキ? どうしたんだよ。おい!」


「え……。あ、す、すみません。ちょっと、……」


 カインさんの腕の中で首を傾げ、心配そうに見下ろしてくる真紅の瞳に戸惑いの視線を向ける。

 生まれ変わっても好きだと言ってくれた人。

 もしかしたら、何も返せないかもしれないのに……、どうして笑顔でいられるの?

 どうして、こんなにも溢れるあたたかな想いを私にくれるのだろう。

 ……同じような事を、いつか、どこかで、


「風邪でも引いたか?」


「い、いえ……。何でも、ないん、です。すみません、カインさん。私、もう、部屋に戻りますね」


「具合が悪ぃなら、王宮医務室まで連れてってやろうか? まだルイヴェルの野郎なら居そうだしな」


 体調が悪いわけじゃない。ただ……、何かが、忘れちゃいけない何かが心の中に在って、胸の鼓動が、熱くて。

 ふぅ、と、自分の心を落ち着けるように息を吐き出していると、回廊の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。 こんな遅い時間帯には不似合いな物々しさ。

 私達の視線の先に現れた、白衣姿のルイヴェルさんとセレスフィーナさん。

 お二人は私とカインさんを見つけると、焦っているかのように叫んだ。


「ユキ、カイン!! 今すぐそこから離れろ!!」


「ユキ姫様!! こちらに!!」


 二人が叫んだのと同時に、私とカインさんの足元に、大きな魔術の陣が波紋を広げるように現れた。白銀に縁取られ、中心に青い光が輝く、陣。これは、何?

 カインさんが私を腕に抱き上げて飛ぼうとしたけれど、何かの衝撃がカインさんの背中を叩き付け、私は宙へと放り出されてしまった。

 だけど、私の身体が地上に落ちる事はなくて、誰かの腕に受け止められた感触が生じた。

 姿の見えない誰か……。それは、ルイヴェルさんでも、セレスフィーナさんでもなく、ただ、声だけが、庭の周囲に響き渡った。


『また同じ結果を招かれては困る……』


 その静かな低い声音には、どこか呆れ果てたような響きが滲んでいたけれど……。

 声の主の正体を掴む前に、私の意識は急激な睡魔に夢の中へと引き摺り込まれ、カインさん達が私を呼ぶ音だけが、小さくフェードアウトしていったのだった。

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