竜の皇子の不機嫌さと、王兄姫の苛立ち
――Side 幸希
「どうしよう……」
アレクさんが神様として目覚めてから二週間……。
私は、また困り果てる事態に頭を悩まされていた。
前よりも何倍も積極的になったアレクさんによる猛攻も、困った事のひとつなのだけど……。それとはまた別に、さらに困った事態が……。
「あの~……、カインさん、いますか~?」
ウォルヴァンシア王宮内にある一室。
カインさんの部屋となっているその場所に一人でやって来た私は、控えめにノックをしてみた。けれど、やっぱり今日も不在のようで……。
今日もまた、王宮内と城下を捜し歩く羽目になりそうな事を予感したのだった。
「あれ~? ユキちゃんだ~。どうしたの~?」
「あ、アシェル、君?」
いつも三人一緒の、最近急成長を遂げた小学校低学年程の男の子の姿をした三つ子の一人。アシェル君が廊下の先からニコニコと私の傍に近づいてきた。
クルクルとした巻き毛が特徴的な、蒼い髪の男の子だ。
私は自分の背を屈めると、アシェル君の頭をよしよしと挨拶代わりに撫でて、カインさんの行き先を知らないかと尋ねてみた。
「カイン~? えっとね~……。確か、一時間前に会った時は、一人で城下に遊びに行くって言ってたような気が」
「本当? 城下のどこかっていうのは、言ってなかった?」
「んとね~、職人さん達のいる専門の区域がどうとか言ってたよ~」
職人さん達のいる区域……、か。
有力な情報を得た私は、その後を追う事に決めた。
いつまでも話が出来ないと、私にとってもカインさんにとっても、気まずい毎日が続くだけだもの。
だけどその前に、アシェル君には聞きたい事がまだあるんだった。
「ねぇ、最近、レイル君の調子はどう? 全然会えなくて気になってるんだけど」
「レイちゃんはね、レゼノスおじちゃんの治療を受けているから、まだ外には出られないんだよ~」
ウォルヴァンシアに帰還した時も聞いた事だけど、レイル君は『治療』の為に王子様としてのお仕事をお休みしているらしい。
食事の時も、私達の前には姿を現さず、ずっと自室で過ごしているらしく……。
お見舞いに行こうとしても、治療が終わるまではそっとしておいてほしいとレイフィード叔父さんに言い含められ、結局そのまま。
「大丈夫だよ、ユキちゃん! レイちゃんはね、おっきくなる為に頑張ってるんだから!!」
「おっきく?」
それは、三つ子ちゃん達の急成長と関係しているのだろうか。
言葉通りに捉えれば、子供達と同じように……、レイル君も?
何だか事情がよくわからないけれど、きっと治療が終わったら説明してくれる、よね?
それに、レイル君が成長した姿というのも楽しみで、この時の私は、特に深く考える事をしなかった。
……何故、『成長』する為の『治療』が必要なのかを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ニャウゥゥン……』
フェリデロードの本家から抜け出して来たらしき、黒豹似のルチルちゃんと王宮の中で出くわした私は、そのまま城下まで一緒に来てしまった。
職人さん達がお仕事をしている専門の区域を目指し、カインさんの姿を捜しながらの道筋。何故私が、こんなにも必死にその姿を捜し出そうとしているのかというと……。
「はぁ……」
『ニャウン? グルル……』
擦り寄ってくるルチルちゃんのふさふさの頭を撫でながら溜息を吐く。
イリューヴェル皇国から戻って来たカインさんは、フェリデロード家でのアレクさんとの一件の後。……全然話をしようとしてくれない。
視線が合っても、プイッと無視される始末で……、ガデルフォーンでの気まずいあの頃が戻ってきたかのようだった。
確かに、手紙では絶対に二人きりになるなと念を押されてはいたけれど……。
あれは不可抗力だったわけだし、そんな怒らなくてもいいと思う。
だけど、カインさんは拗ねると長いから……。
とりあえず、私にも少しは落ち度があるのだろうと自分自身に言い聞かせた私の謝罪を、カインさんは一向に聞く機会さえ与えてくれず……。
自分からも妥協を見せるという事をしてくれない。
完全に、一方的な壁が出来上がってしまっている状態だ。
「どうしたら許してくれるんだろう……」
歩調が弱まり、職人さん達のいる区域に続く階段を下りる途中で立ち止まった私は、自分の胸をそっと押さえた。
私にとって、アレクさんとカインさんは、確かに特別な存在となっている。
だけど、その想いが強まれば強まるほどに、胸の奥が苦しくなって……。
一方の事で頭がいっぱいになってしまったかと思えば、また次の瞬間にはもう一方の事で頭がいっぱいになってしまう。
それが、狼王族の少女期特有の症状なのだと言われても、やっぱり……、申し訳なく感じてしまうのが本音だ。
恋に落ちるまで待てばいい。そう納得しても、なかなか……。
『ニャウッ!』
「ん? どうしたの、ルチルちゃん」
広がりのある、ふわっとしたロングスカートの裾を咥えたルチルちゃんが、前方に向かって鳴き声を上げた。何だろうと、階段の向こうを見やると……。
職人さん達の仕事場兼生活の場である通りの先から、……ちょっとだけ、目を逸らしたくなるような光景が。
「カイン……、さん」
魔性の美貌と名高いその顔に笑みを浮かべ、とても綺麗な女性と肩を並べて歩いてくるカインさんの姿。
こっちにはまだ気付いていないようだけど、何だか……、とっても、楽し、そう。
チクン……と、胸の奥に棘が刺さったような、そんな、不快感が生まれる。
親しい友人が別の人と仲良くなってしまったような気がするというか……。
「…………」
やっぱり、今日はやめておこう。
あの女性と楽しく話しているようだし、二人の間に生じている和やかな空気を壊す事もない。壊してはいけない……。
チクチクと心を刺してくる小さな不快な痛みを感じながら、私は足早に階段の上へと駆け上がって行く。
階段の先に広がっている大広場に出た私は、今はスタッフさん不在となっているらしきクレープ屋さんの後ろに隠れる事にした。
その物陰から、……駄目だと自分に言い聞かせながらも、こっそりと顔を出してしまう。カインさん達の様子が気になって……。
桃色でふわふわの長い髪を背に流した綺麗な女性は、カインさんと共に階段を上がってくると、大広場内で開かれているお店のひとつを指さし、えいっとその腕にしがみついた。カインさんは特に驚いた様子はないみたいで、……流石、元、女性経験が豊富な百戦錬磨の皇子様らしい扱いで女性に笑いかけ、あしらっている。
息を抜いて気軽に話せる相手なのだろうな、と、私は二人を観察しながら思った。
いつからの知り合いなのかはわからないけれど、……よく、お似合いだ。
美男美女のカップル。……きっと、あれが正しい形なのだろう。
女性の目には、カインさんへの隠せない愛情が窺えるし……、カインさん自身も、彼女からのアプローチを全く拒んでいない。
誰かを一途に想える事の大切さを、その純粋さを目の当たりにしているかのような心地だ。……私には、あの女性のように、誰か一人だけに向けられる想いがないから。まだ、何も、選択出来ていないから。
『ニャウゥゥゥ……』
「ごめんね、ルチルちゃん。もうちょっとだけ、静かにしていてね」
『ニャウッ』
物陰から二人の姿を見つめていた私は、ルチルちゃんの頭を胸に抱き締めながら息苦しさを覚えていた。この小さな苦痛は、程度は違うかもしれないけれど、カインさんがずっと感じてきたものなのかもしれない。
私の事を好きだと言ってくれた竜の皇子様。
私がアレクさんや他の男性といる所を見る度に、この痛みを覚えていたはずだ。
カインさんには許されて、私には許されない……、『切なる痛み』。
自分の身勝手さに吐き気を覚えた私は、二人の姿から目を離した。
私はきっと、アレクさんが他の女性と仲良くしていても、同じように思うのかもしれない。そんな資格なんて、どこにもないのに……。
自分の頬を両手でパチンと叩き、私はこの場所を離れる事にした。
――だけど。
「ほぉ……。お前一筋だと言っておきながら、満更でもない様子だな」
「え?」
『ニャウゥゥンッ!』
クレープ屋さんの物陰でギュゥゥゥッとルチルちゃんの大きな頭を抱き締めていた私の背後に、至極冷静な音が落ちた。
今の声は……。ギギッと顔を巡らせてみると……、あ。
「る、ルイヴェルさん!! な、何でここ、んぐっ!!」
声が大きいと、振り返った私の口にひんやりとした手のひらが押し付けられる。
「買い物の途中だ。それよりも、邪魔をしに行かなくていいのか?」
「ん~っ、……ぷはっ。な、なんの、邪魔、ですか?」
一体いつの間に……。
私の背後で腰を屈めていた王宮医師のルイヴェルさんが、私の腕の中で苦しんでいたルチルちゃんを助け出し、その頭を撫でながら大広場の一角を指さした。
出店で美味しそうな菓子パンを買ったカインさんと女性が、近くのベンチに腰掛けて……。
「これは、減点だな。アレクなら、お前以外の女にああいう顔は見せないだろう」
「わ、私には、関係ありませんから!! 大体、何か言える立場でも、ない、です、し……」
「別にいいんじゃないか? お前にとってアレクもカインも、大切な存在なんだろう? まだ一人に定める事は出来なくても、自分の感情には素直でいた方がいい。そうすれば、答えが出るのも早くなるだろう」
「二人に何も返せていない私が、そんな我儘を抱えちゃいけないんですっ」
「別にいいと思うがな? アレクとカインは勝手にお前を想っているだけだ。そして、お前にはどちらか、いや、それ以外も選ぶ権利が与えられている。その過程で何を思おうと、何をしようと、お前の自由だ」
「でも……」
自分の優柔不断さに俯きながら戸惑っていると、突然、ルイヴェルさんが私の身体を自分の胸に抱き寄せて、その唇を耳元に寄せてきた。
一体何を……。そう尋ねる暇もなく、ルイヴェルさんのからかうような吐息が私の鼓膜を震わせた。ぞくりとくるような低い囁きが、私の名を囁く。
「難しく考えるな。お前の短所は真面目過ぎるところだというのはわかっているんだろう?」
「んっ。そ、それは……、は、はい」
「自分の心が感じている事は、そのままお前の答えになる。もう少し、肩の力を抜け」
そう言われても、この体勢と耳に囁かれる低い声のせいで、別の意味でドキドキしてしまう。
ルイヴェルさんとしては、私の為にアドバイスをしてくれているのだろうけれど、こんなに密着する必要はないでしょうっ。
白衣姿の王宮医師様の腕の中に閉じ込められた私は、大きな体躯のルチルちゃんにまで背中にのしかかられ、逃げ道を失ってしまう。
「それに……、どちらも大事、という事は、それ以上の進展がないという結果を招く場合もあるからな」
「は、はい?」
「今から言うのは独り言だ。適当に流しておけ」
私の後ろ髪を梳きながら、ルイヴェルさんは物陰の壁に背を預けて、静かに独り言を始めてしまった。まるで子守唄を紡ぐように、優しく……、私が幼い頃にそうしてくれていたように。
「お前はまだ子供だ。あの二人の想いに応えねばという責任感だけで、焦っているだけだ……。だが、無理に恋をしようとする必要は、本当にあるのか? 向けられた想いに誠実であろうとするのは美徳だが……、子供が、無理をする必要はない」
「でも……」
「独り言だ。応える必要はない」
「は、はぁ……」
ルイヴェルさんは、顔を上げた私の額に自分の額をコツンと触れ合わせ、深緑の眼差しの奥に穏やかな光を込めて言い含めた。これは、独り言……。
大広場に溢れるざわめきが遠のくような心地と共に、私はルイヴェルさんの胸に顔を伏せた。
「恋をするのは、伴侶となるべき相手を定めるのは、成熟期が訪れてからでもいいだろう。今、無理をして、アイツらの想いに応える必要は、本当にあるのか?」
ルイヴェルさんは、私の頭と背中を撫でながら、言葉を重ねていく。
私が望むなら……、アレクさんとカインさんの想いから壁を作ってやる、と。
それはきっと、幼い頃に面倒を見てくれた、お兄さんとしての心遣いなのだろう。
神様として目覚めたアレクさんは、毎日のように時間を作っては私の許に通ってくれる。
カインさんよりも先に進もうと、私の隙を狙っては不意打ちのように愛の言葉を囁いたり、手を握って、熱い眼差しで見つめてきたり……。
だけど、それは私の心臓が大破するような猛攻であって……、それプラス、カインさんには避けられていたりで、正直、気の休まる時がない。
それを知っているから……、ルイヴェルさんは私に気を遣ってくれているのだ。
「ごめんなさい……、ルイおにいちゃん」
「独り言だ」
「うん。だけど……、私、逃げたくないの。二人が真剣に私を想ってくれている事、それを、まだ子供だからという理由で拒んでしまったら、きっと……、一生後悔しちゃうから」
「……」
だから、もう少し、頑張ってみる。
幼い頃と同じ口調をしながらそう笑いかけて応えた私に、ルイヴェルさんは銀フレームの眼鏡越しに、深緑の双眸を細めた。
まるで、手のかかる妹を見守るような、そんな、深くて、温かな、眼差し……。
「大抵の狼王族は、いや、各種族の少女期にあたる娘達は、率先して恋愛事に関わったりはしないんだがな? 成熟期になると、その娘が大人になるのを待っていた男達が、求愛だの、求婚だのと、相手の迷惑も考えずに押し寄せてくる事もある。だからこそ、少女期の時期は恋愛事は遠ざけ、別の事に夢中になる事が多い」
「私もそうしたいけど……、アレクさんとカインさんの事を考えたら、逃げるのは卑怯だって思うから、だから、ごめんなさい」
「そうか……。なら、俺に出来る事は、お前の背中を押してやる事ぐらいだな」
楽しそうに笑ったルイヴェルさんが、私に手を貸して立たせてくれた。
そして、ベンチの方で楽しげに女性と話しているカインさんを見据えると、「行って来い」と、微かに笑って送り出すように、トン……と、私の背中を。
「他に目を逸らすようであれば、求愛する資格などない。そう言って平手でも喰らわせてやれ」
「ふふ、そんな事しちゃったら、私、最悪級の悪女だと思うよ? ……ルイおにいちゃん、……ありがとう」
歩き出しかけ、けれど、そちらを一度振り返った私は、一瞬だけ……、ルイヴェルさんの周りに、別の何かを見た気がした。淡い色を付けた花々が風に揺れる、どこか、違う場所の光景が、私の心を包み込む。
今のは……、何? 立ち止まり、目元を擦って、もう一度ルイヴェルさんの方を振り返ってみると、私と同じ表情を浮かべているのが目に映った。
互いに言葉を忘れ、小さな驚愕の気配を浮かべている。
「ルイヴェル、さん……?」
『ニャウゥン?』
私の傍に来たルチルちゃんが、不思議そうに私とルイヴェルさんの姿を交互に見ている。二人同時に、白昼夢でも見たかのような表情だ。
だけど、それを尋ねる前に、ルイヴェルさんはひらひらと小さく手を振って去ってしまった。
一瞬だけ見えた、あの光景は……。
私は、アレクさんが目覚めた日に、ルイヴェルさんと別室で話していた事を思い返した。アレクさんが話してくれた、神々の世界に関するお話……。
それに、何か感じる事はなかったか? そう、あの時のルイヴェルさんは真剣な表情で私に尋ねたのだ。けれど、明確な答えを持っていなかった私は、あまり上手く答える事が出来なかった。
だけど、何も感じなかったわけじゃない……。
アレクさんが語ってくれた、神々の世界のお話……。
悪しき存在がイリューヴェルを襲う前の、それよりも前の時代。
十二の災厄を生み出した女神と、その夫である神様のお話を聞いた時……。
私は確かに、心を震わせるような何かを、感じ取った。
だけど、結局それが何なのか……、今でも答えは出ずにいる。
『ニャアアッ!』
「あ、ごめんね」
思考の海に沈みそうになっていた私を、ルチルちゃんの低い鳴き声が呼び戻してくれた。そうだった……。今は、私を避け続けているカインさんと話をしないと。
そう思い直してベンチの方を振り向くと、――あ。
桃色の髪の女性が、何の戸惑いもなく……、カインさんの頬にキスを。
何て積極的な、というか、カインさんは全然動じた様子もなく、悪戯を仕掛けた女性の頭を軽く小突いている。
カインさんの女性関係については、全て過去のもの。
今の、変わろうと努力し続けているカインさんを、私は見つめる。
仲直りの時に、もうカインさんの過去の事は考えないと決めた。
私が見るべきなのは、今の、これからのカインさんだから……。
だけど、デレデレと他の女性に笑顔を見せているカインさんを見ていると……。
(駄目だってわかってるけど……っ、カインさんの頬を引っ叩きたい衝動がっ)
何でも言い合える関係性の為か、私のカインさんに対する怒りの壁は非常に低い。
アレクさんが相手だったら、平手なんて思いもしないけれど……。
この違いは本当に何なんだろう。やっぱり、カインさんの過去の所業のせいなのだろうか。
「ユキ、どうしたんだ? こんな所で」
今にも渾身の平手が出そうになっていた、その時。
またまた思ってもいなかった予想外の人物が、私の目の前に現れた。
騎士服姿のアレクさん。どうやらお仕事中のようだ。背後に部下の人を何人か連れている。
そして、私が見ていた視線の先に気付いてしまったアレクさんは、楽しそうな男女の姿を目にし、恐ろしい気配を身に纏っていく。
「ユキ……、ここで会ったのも何かの縁だ。一緒に王宮に戻ろう」
「え、えっと……、あの、でも」
「お前の事を真剣だと言っておきながら、他の女に心を許すようなだらしのない顔を見せる男など、完全放置でいい……」
今にもその腰に下げている愛剣を抜き放ってカインさんの息の根を止めに走りそうなアレクさんの目は、怖いほどに殺気が漲っている。
それを向けられている事に気付いたのだろう。
綺麗な女性から懐かれていたカインさんが、私達の方へと鋭く不機嫌な視線を放ってきた。……いや、叩きつけてきたというべきか。
約束を破った事を謝ろうとした私を、二週間もの間無視していたくせに……、その目は何? 浮気をした恋人を責めるかのように、カインさんは私の方にも睨みを利かせてくる。
私がアレクさんといる事を咎めるように、ご丁寧に舌打ちまでしたのが見えた。
確かに約束を破った私にも非があるけれど、ここまで徹底的に拗ねるのは、一人の大人としてどうなの? カインさん……。それ、小学生レベルの拗ね方ですよ……。
「アレクさん……、王宮に戻ったら……、自慢のもふもふな毛並みをブラッシングさせてください」
ぎろり……。あまりにも子供っぽい拗ね方をするカインさんに耐え切れなくなった私は、完全に据わった目つきでアレクさんへとお願いをした。
この胸に湧き上がる苛立ちは、アレクさんの素晴らしいもふもふ狼姿を撫でまわし、ブラッシングの限りを尽くさなければ気が済まない。
もうあんなどうしようもない拗ねたがりの皇子様なんか、相手にはしない。
私はスカートのポケットからメモ帳と補充式のインクが入ったミニペンを取り出し、さらさらと一言書き記したメモ紙をルチルちゃんに託した。
アレクさんも、私からメモ帳とミニペンを受け取り、何かを書き付けてルチルちゃんへと。
長くふさふさの尻尾を揺らしながら、ルチルちゃんは届ける相手を間違えずにご機嫌な様子で歩いて行った。
「アレクさんは何て書いたんですか?」
「今のあの男に相応しい一言を」
まだこっちをじっとりと睨んでいるカインさんを一瞥したアレクさんが私の肩を抱いた。それと同時に、カインさんの凶悪的な視線の迫力が増したけれど、近寄ってくる様子はない。
こうなったら徹底抗戦だ! という気合と怒りが感じられる。
その視線に私は真っ向から立ち向かう睨みを向け、アレクさんと共に背を向けたのだった。
――そんな私達の様子を観察している、謎の人影が別の物陰に佇んでいる事にも気付かずに。




