表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第四章『恋惑』~揺れる記憶~
249/261

エリュセード王族大会議

今回は、ウォルヴァンシア王・レイフィードの視点で進みます。

※ウォルヴァンシア王・レイフィードの視点で進みます。


「……つまり、古の伝承として語り継がれる災厄が、このエリュセードに蘇る、と?」


 エリュセードの王族達が一同に会するこの大会議の中央で進行役を担当している大国の王が重々しく呻いた。この場に集まった顔ぶれも、皆同じようにその表情には影が落ちている。

 

(まぁ、仕方ないよね……。あんな話を聞かされたら、誰だって気分最悪になるのは当たり前だよ)


 大きく円を描いた王族大会議場、中央に向かって上からずらりと段ごとに並んでいる席。僕とユーディス兄上は、その中ほどの場所に座っている。

 エリュセードという広大な世界のど真ん中、そこに位置する巨大な建造物。

 各国の王族や類まれな才能を持つ者達が集うエリュセード学院の傍に建っているそれが、今僕達のいる王族専用の大会議場だ。

 通常時は、年に数度の定期的な集まりでしか使用されないんだけど、今回は別だ。

 このエリュセードの、僕達の生きる世界を守る為、各国の情報を共有し、対策をとる。その為に、各国の王族達はこの場に集まった。


「ウォルヴァンシア王、その読みは……、事実なのか?」


 眼下に見える中央の進行役から投げられた問いに、僕は席を立ち上がり肯定の意を伝えた。

 

「ガデルフォーンに現れた、正体不明の四人……。彼らの扱っていた黒銀の力は、間違いなく、――古の伝承においてその脅威を揮った、悪しき存在の力」


「根拠は?」


「ウォルヴァンシアが誇る、医術と魔術の名門、フェリデロード家が当主、レゼノス・フェリデロードの進めていた研究内容を資料として提出しました。また、イリューヴェル皇国皇帝、グラヴァード陛下の許可を得、皇国の地下に保管されていた資料とサンプルとの一致も済ませてあります」


 僕の右隣の席から、イリューヴェルを統治する皇帝であるグラヴァードも席を立ち、肯定の意を述べる。あの不穏を抱く子供達の行使していた黒銀の力は、間違いなく、彼の者達が揮っていたものだ。

 

「それがもし、真実だとするならば……。古の昔に祖先達が封じ込めた存在が異空間の戒めを解き放った、と、そういう事になるわけだが」


 遥か離れた目線の先で低い声と共に渋面を浮かべた他国の王が、気の遠くなるような歴史の欠片を掬い上げるように呻いた。

 多くの犠牲を出したあの戦いは、今の僕達にとっては、お伽噺同然の存在。

 それが現実に現れたと突き付けられても、すぐに信じる気にはなれないんだろうね。それに、悪しき存在を封じた異空間への入り口となる場所は各地にあって、それに異変が起きれば、それぞれに対応した国の王が必ず気付く……。けれど、報告は何も上がってきていない。という事は……。


(色々と考えられる要因はあるけど、さて……、この中に嘘つきがいるのか、あるいは)


 各国の王が顔を見合わせ、不安に揺れるさざめきが大きくなっていく。

 自分達の目の前に置かれた資料を見ながら、あれやこれやと見解を述べている王達。深刻さで言えば、ガデルフォーンの魔獣に関する時よりも酷い。

 僕は席へと腰を下ろし、小さく息を吐いた。


「まぁ、この反応は目に見えていたけどね……」


「だが、フェリデロード家の当主が提出した資料と、俺の国に保管されていたサンプルとの一致に関する資料を見れば、受け入れざるをえないだろうな」


 同じく席に腰を下ろしたグラヴァードが、面倒そうに息を吐くのが見えた。

 古の昔、悪しき存在の襲撃を受けたイリューヴェル皇国には、その時代の名残とも言えるサンプルや資料が色々と残っている。その協力を得て、各国の王達に事実を受け入れさせる準備を整えてきたんだけど、すんなりと……、とはいかないのが現状だ。


「それに、問題はそれだけじゃないからね……」


 僕達の世界を司る神々が封じているという、十二の災厄。

 そのひとつが古の時代に脅威を成した物だと知ったのは、つい最近の事だ。

 元々、自分達の存在しなかった古の出来事なんて、正確に把握しているわけもない。

 語り継がれる内に事実は朧気なものへと形を変えるのが常だ。

 けれど、レゼノスが昔見たという文献には、とある女神が災厄の存在となり、その魂が分かたれた存在が、十二の災厄であり、ディオノアードの鏡についても書かれていたんだけど……、あまりにも情報が少ないというか、詳しい事が何も書かれていなかったんだよねぇ。

 こういう災厄のお伽噺がありますよ~程度のものばかりだった。


(神様の世界の話なんて、どれもがお伽噺レベルだもんね~。まぁ、情報が少ないのは仕方ない、か)


 そして、その鏡が砕け散った欠片がエリュセードのどこかで眠っている事を知っているのは、極一部の王達だけ。ただでさえ、悪しき存在の件で戸惑っているというのに、これ以上の難題は負担にしかならない。だから、情報の共有を大国の王達だけに絞り、情報の遮断を行った。

 だから、この王族達の大会議では、悪しき存在の件だけを話し合う事になっている。……だ、け、ど、もうこの時点で小国の王達が顔面蒼白でブルブル震えてるんだけど。


「あ、あのぉ……、仮に、万が一、ガデルフォーンに現れた者達が、我らに気付かれず封印を破った、悪しき存在の仲間だった場合、その……、これからこのエリュセードは、どうなるのでしょうか」


「永き時の中で封じられ続けた屈辱を晴らすべく、このエリュセードを喰らい尽くすかの如く、蹂躙の限りを尽くすだろうな」


「あぁ……、や、やっぱり、そうなります、よね」


 おずおずと挙手をして質問を口にした年若い小国の女王に事実をさらっと冷たく投下したのは、ガデルフォーン女帝であるディアーネスだ。

 丁度、僕の左隣側に座っているユーディス兄上の隣で、自分を見上げてくる小国の女王を真顔で見下ろしている。ふにゃぁん……と、小国の女王の頭に白く長い兎の耳が生えた。

 確か彼女は、つい最近母親の後を継いで女王の座に就いたんだったかな。


「哀れだな……。魔竜女のせいで半泣きだぞ、あの女王」


「だねぇ……。ディアーネスの言っている事は事実なんだけど」


 グラヴァードと二人、魔竜女帝の冷たい眼差しを注がれている兎の女王に同情しながら、静かに互いの前に置かれたティーカップの中身をひと口含んだ。

 僕達のような、獣と人の姿、ふたつのそれを抱いて生まれてくる種族は、変身するのは自由自在なんだけど、大抵はどちらか一方の姿に変化する。

 だけど、僕達の視界に映っている兎と人、その二つの姿を有する女王は、精神的な不安定さが表に出たせいで、あんな中途半端な姿となっているようだ。……可哀想に。


「ごほんっ……。真実か否かで言えば、悪しき存在と同じ力を持った存在が現れたのは、事実。幸いな事に、その力に対する干渉方法はわかっている。となれば、迎え撃つ事は可能」


「うむ。イリューヴェル皇国を襲った古の時代のように、最初から追い詰められるという事もあるまい。我らは、各国で厳重な警戒をすると共に、封じられた異空間に通じる封印の地を監視する役目にある国はそれに気を配り、彼の者達を捕える事を念頭に動けばよいのではないか?」


「だが、万が一、悪しき存在の封印が解かれ、大量にこの世界へと溢れ出した場合……」


 進行役の王を中心に、方々から今後の対策について声が寄せられていく。

 けれど、銀青を纏う少年の許に集う三人の消息は、いまだ不明……。

 捜索の手にかかる可能性は低いけれど、エリュセード全ての国々が動けば、あるいは……。

 話し合いが終わり、続々と大会議の間を出始めた王族達を見送った後、僕やユーディス兄上、そして、他の一部の王族達は、別室へと移動する事になった。

 ――僕達の話し合いは、これからが本番だからね。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「レイフィード、いつまで立ち止まっているつもりだい? 早く開けなさい」


 休憩を終え、別室へと向かった僕達は、いや、先頭にいる僕は、大きな扉を前にして立ち尽くしている。この先には絶対に行かねばならない。そうわかっているのに……。

 ユーディス兄上に促されても、僕は下を向いて動きを止めたまま。

 僕の後ろにいるグラヴァードも、げっそりと気の進まない顔をしている。


「ねぇ、グラヴァード……、君が先頭になってくれないかなぁ」


「断る」


「だよねぇ……」


 僕やグラヴァード、それからディアーネスの三人は、エリュセードの各国を統治する国王の中でも、かなり年若い部類に入る。

 それぞれに事情があり、先代との交代が早かったわけだけど……。

 この先にいるのは、百戦錬磨の猛者、というか、結構凄い人達ばっかりなんだよね。

 で、今日別室に移って貰った大国の王達の中には、僕が苦手とする人達もそれなりにいるわけで。

 試しにそぉっと扉を僅かに開いてみると……。パタン。


「ユーディス兄上……」


「今回は重要事を話し合うのだから、いじっては来ないよ。……多分」


「多分って何ですか!! あの人達は事ある毎に、僕やグラヴァードのような若輩者をいじってくるんですよ~!! 多忙のくせに、そういう時間だけは是が非でも作るっていうかっ」


 いや、今回の重大事を持ってきたのは僕だけど!!

 それでもやっぱり、自分達よりも遥かに年上の猛者達にいじられる事は毎度の試練だ。

 ユーディス兄上はしっかりしているし、あの人達にいじられても全然動じてないというか、むしろ毎回笑顔だったけど、僕やグラヴァードは……。


「お前達、来たのならさっさと入らんか!!」


「え? うわああっ!!」


「レイフィード!! ぐあああっ!!」


 外の存在を察知したのだろう。両開きの扉の片方が豪快に開き、僕とグラヴァードは胸倉を掴まれて中に引き摺り込まれてしまった。

 その後を、ユーディス兄上とディアーネス、それから、ラスヴェリートの王であるセレインが続いて入室していく。

 錚々たる顔ぶれの揃った室内には、僕達の生まれる前から国を統治している面々の姿がある。

 

「相変わらずお前は執務ばかりをしているのではないか? もう少し身体を鍛えねば、勇ましき狼王の名に傷が付くぞ!」


「じ、時間が出来れば、ははっ、が、頑張り、ますっ」


「ほほほほっ、グラヴァードの方も、仕事一筋のようじゃなぁ。息抜きや趣味を見つけた方が良い良い」


「ぐふぅっ、ぜ、善処……、いたし、ますっ」


 僕をその肩に担ぎあげ、豪快に笑いまくって身体を鍛えるよう勧めているのは、獅貴族しきぞくの王様だ。筋肉モリモリの巨体が売りの人だよ。

で、グラヴァードの漆黒の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜながら笑っているのが、羊凛族ようりんぞくの王様。ふわふわのピンクと白の髪の人。

 一見して優しそうな人だけど、中身はかなりの強引系マイペースなお人だ。

 どちらも、愛想が良く、自分達より年下の王で遊ぶのが大好きな、少々困った人達だ。

 世話を焼きたがるというか、昔から会う度にこの扱いなんだよね。

 まぁ、可愛がってくれるのは、嬉しいんだけど……、体力的にも精神的にもちょっと疲れるのが困りどころだ。

 ディアーネスの方は……、器用に暑苦しい抱擁を避けまくってるね。


「相変わらず、騒々しい面々だ……」


 ユーディス兄上と共に、自分達の用意された席へと向かうディアーネスは、僕とグラヴァードを助ける気は皆無らしい。セレインもその後に付いて行っちゃってるし……、酷いなぁ。

 追撃のように次から次へと大国の王達から歓迎を受けた僕達は、それから少しして、ようやく席に向かう事が出来た。


「毎回これだから、顔を合わせるのを戸惑っちゃうんだよねぇ……」


「はぁ、はぁ……、何とかならないのか、この歓迎ぶりはっ」


 しかも、休む暇もなく、ユーディス兄上から背中をバシッと叩かれて、僕は疲弊しきった状態で会議を始める事になってしまった。

 さっきの大会議とは違い、この場に集まっているのは、――悪しき存在の封じられた空間への扉を開く為の鍵を握る者達ばかり。

 僕とグラヴァード、それからラスヴェリートのセレインも、その鍵を握る役目を担っている。

 ディアーネスの方は、ガデルフォーンでの一件があるから、強制参加だね。

 ――ここからが、今回の大会議における本番と言えるだろう。

 鍵の番人たる大国と、それに準ずる国の王達……。僕が用があるのは、――彼らだ。

 アレクとフィルクに関する情報は伏せ、僕は予め用意してきた嘘と真実を混ぜた説明を彼らに話して聞かせる事にした。自分よりも、遥かに目上の王達に隠し事をして説明する事に罪悪感がないわけでもないけれど、今回ばかりは仕方がない。――嘘付きを見つける為だからね。


「ディオノアードの鏡、か……。その欠片が、エリュセードの各地に眠っていると?」


「ええ。場所の特定はこれから行いますが、今までにエリュセードの各地で起こった大小を問わない異変の数々には、この欠片が関与している可能性があります」


 僕が、鍵の番人たる王達に見せた手札はひとつ。

 ディオノアードの鏡から散らばった欠片が、時を経て何者かの手に集められているという事実。

 神としての覚醒を遂げたアレクの話では、確かにディオノアードの欠片を集めている者達がいる事が感じられるという話だから、色々と隠しながらの説明ではあるけれど、嘘ではない。

 そして、それを行っているのは恐らく……、ガデルフォーンで出会った銀青を纏う少年達の一味である事も、きっと間違いではない。

 

「ディオノアードの欠片の厄介なところは、ある程度の量に達すれば、自身の分身である他の欠片達を一気に引き寄せる事が出来るそうです。もしそれを、その集まった力を、封じられた異空間に向ける事があれば……」


「我らの鍵を使わずとも、一気にその道を開く事が出来る、か」


 獅貴族の王が、僕の方へと鋭い視線を寄越してくる。

 それは、さっきまでの親しみのあるものではない。

 一国を治める王としての顔を纏った王に、僕は確かな頷きを向ける。

 流石に、神々の魂に内包された欠片までも引き寄せる事は難しいが、そのひとつひとつの欠片に宿る負の力は侮れない。そして、ガデルフォーンの地を再び蹂躙しようとした古の魔獣が復活を遂げた際、天高くに向かって飛び出したという光もまた、そのひとつだと……。

 

『恐らく……、空間の狭間に飛んだ欠片のひとつ、それも、強い力を抱くそれが、瘴気の溢れる空間の中で、あの魔獣を生み出したのだと、そう思います』


 フェリデロード家から騎士団に戻り、普通通りの生活に戻ったアレクが話してくれた見解。

 欠片はその大小によって宿っている力が違うらしいけど、ガデルフォーンの魔獣を生み出したそれは、その中でも大きな部類に入る物だった。

 

(そして、魔獣の身体から飛び出した欠片は、彼らに回収されてしまった……、と見て、いいんだろうね)


 その為に、あの不穏を抱く者達は、ガデルフォーンの魔獣を蘇らせた……。

 ただ目的を果たす為だけではなく、僕達を嘲笑うかのように、悪趣味な仕掛けまで施して。

 彼らが古の時代に存在した悪しき存在であるかは定かではない。

 けれど、あの黒銀の力を有しているという事は、何かしら関係があるとみて、間違いない。

 

「鍵の番人たる王達には、今一度、自身の守るべき封印の道に続く『場』の確認と、これからの慎重な対応をお願いしたく思います」


「ふむ……。あいわかった。ウォルヴァンシア王の言を聞き入れよう。いつガデルフォーンのように、魔の手を伸ばされるとも限らんからな。僅かな異変も逃さぬように……、ごほっ」


「ゼクレシアウォード王? 大丈夫ですか? お身体のお加減でも?」


「いや、最近執務にかかりきりであったからな。身体が鈍ってしまっているようだ。話を続けてくれ」


 ウォルヴァンシアからの要請を受け入れた獅貴族、ゼクレシアウォードの王がその大きな体躯を前に折り曲げ、小さな咳を繰り返した。

 珍しい事もあるものだ。その種族の習性から、自身を鍛え上げる事に余念がない王が、風邪とは……。

 案じる程でもないんだろうけど、念には念を。

 僕はゼクレシアウォードの様子と、意見を出し合っている王達の言を聞きながら、それとなく各々の様子を注意深く観察していく。

 グラヴァードとディアーネスは除外するとして、どの王も、あまり隙を見せてはくれないんだよね。この会議が始まる前は、愛想の良い親しみのある顔を見せてくれていたけど、王の顔になると、底が見えなくなる。

 

(いざとなったらお互いを助け合う盟約があるとはいえ、それイコール、絶対、とも言えないからね……)


 永遠に続く平和など幻。それを証明するかのように、永いエリュセードの歴史の中では、野心を抱く王や、国家間の歪みで争いに発展しかけたケースもある。

 破ろうと思えば、踏み付けてエリュセードを戦火に巻き込む事も出来る……。

 けれど、それをやってのけるのは至難の業だろうね。


「民の平穏を守るが我らの役目……。それを乱すものは、排除して然るべき」


「彼の不穏を抱く者達に関しても、先に手を打たれる前に、全力を以て捕える事にいたしましょう」


「うむ。侮られているばかりでは、永きに渡りエリュセードの地を任されてきた祖先の怒りを招く。容赦などいらぬだろう……。死なない程度に狩る事としようか」


 ふふふふふふふふ……。

 鍵の番人たる王達が顔を俯けて不穏極まりない笑いを零すのを見て、僕とグラヴァード、そして、ラスヴェリートの王、セレインの心に極寒のブリザードが吹いたのは言うまでもない。

 こんな恐ろしい迫力に満ち溢れた人達相手に大戦なんて引き起こせる覚悟のある猛者はいないだろうね……。僕達の方にまで凍り付くような余波が飛んでくるよ。

 だけど、そんな王達の不穏を抱く者達への宣戦布告のような決意の陰で、別の思惑が蠢いているような気がするのは、――確かだ。

 

(一人なのか、二人なのか、虚偽の報告を口にしている王がいるはずだ)


 それが、王本人による意思なのか、そう思い込んでいるのか……。

 背景は見えないけれど、僕個人としては、ここに揃った王の誰かの背景に、何かが隠れている気がしてならない。だから、彼らの言動や表情、その全てを見極め……、不穏の影を見抜くのが、僕の今日の仕事のひとつだ。


「――時に、ウォルヴァンシア王よ」


「何でしょう? 理蛇りだ族の王」


 僕の意識を観察行為から引き戻したのは、席の端に座っていた蛇と人の姿、その二つを有する種族、理蛇りだ族の王だ。どんな時でも冷静沈着で、静かな水面を思わせる佇まいを見せるその男性は、首筋や顔、腕などに独特の紋様を刻んでいる。

 額には縦に入った一本の線と僅かな膨らみがあるが、あれが開く事は滅多にないと聞く。

 あれが、理蛇族の王族が抱く力の象徴、というのは知っているんだけど……。

 僕の方をじーっと真っ直ぐに見つめてくる青の眼差しが、全てを知っていると言わんばかりに射抜いてくる。


「……そなたの国に戻った、――王兄ユーディス殿下の息女に関して、少々聞きたい事がある」


 ユキちゃんに関して? 妙な間の後、方向を変えたような気配で僕の姪について尋ねてきた蛇の王に首を傾げてみせると、何故かテーブルの端から、スーッと、一枚の台紙が。

 何だろうと手に取って開いてみれば、『記録シャルフォニア』と呼ばれる術に保存された映像を専用の紙に移した、所謂、『写真』という形に移されたそれに、一人の年若い理蛇族の青年の姿が……。

 隣から覗き込んできたユーディス兄上が、眉間に皺を寄せて怒りの気配を宿す。

 これ、間違いなく、お見合い写真だよねぇ……。


「ユーディス殿下の息女と歳も近い。良ければ、一度顔を」


「「考えさせてください」」


 本当は一刀両断で跳ね除けたいところだけど、一応大国の王様相手だからねぇ……。

 僕とユーディス兄上は、同時に声を揃えて無表情でお見合い写真を閉じた。

 残念そうな眼差しで返ってきたけれど、……何故か、周囲の王達も何かを出したそうにウズウズと。


「申し訳ありませんが、ウチのユキちゃんに対するお見合いについてのお話は、後日、書面でお願いします……。今日はそういう話じゃないんですからね」


「別に良いではないか。当面の動きや情報共有についての話は纏まっておるのだ。残った時間は噂のユキ姫殿に関して」


 最初から、空いた時間でユキちゃんに対するお見合いの話を出してくる気だったんだね……。

 ゼクレシアウォードの王がバンッ! と、テーブルにお見合い写真の台紙を叩き付けると、それを開いて僕とユーディス兄上の方に差し出してくる。

 

「次期王位継承者であるナッシュに嫁がせれば、生涯安泰だぞ! どうだ?」


「嫌ですよ!! 何で自分の学友に可愛い姪を嫁がせなきゃいけないんですか!!」


「幸希はまだ少女期です。父親として、結婚などまだまだ許す気は」


 それに、ただでさえ、アレクとカインの件でユキちゃんは困っているんだから、お見合いなんて以ての外だよ!! どっさりと僕達の前に積み上げられたお見合い写真を前に、これ全部燃やしちゃ駄目かなと、僕とユーディス兄上の拳がテーブルの下で怒りに震えている。

 どんな時でもマイペースな部分を忘れない豪快さは天晴だけど、まさかこの場所でお見合いの話を持ってくるとは……。予想外だよ、はぁ。

 

「お待ちください、皆々様!!」


 と、その時、僕が王達から渡されたお見合い写真を横に避けようするその隣で、イリューヴェル皇帝であるグラヴァードが勢いよく席を立ちあがった。

 ――嫌な予感しかしないんだけど。


「ウォルヴァンシアの王兄姫殿下、ユキ・ウォルヴァンシア姫の伴侶は、我が息子、カイン・イリューヴェルに決まっております!! 他国の王子達の入り込む隙などっ」


「「……」」


 僕の右隣で力説するグラヴァード、もとい、ド阿呆な皇帝に、僕とユーディス兄上の殺気満載の視線が向かう。誰が、いつ、カインにユキちゃんをあげると言ったかな?

 確かに、アレクとカインがユキちゃんに対してアプローチをするのは許してあるけど、まだ嫁にやるとは一言も言ってないよ!!

 ユーディス兄上の隣に座っているディアーネスも、呆れ交じりにため息を吐いている。

 僕は水面下でグラヴァードの頭に話しかけると、何を言ってくれているんだとタコ殴りの罵声を浴びせてやった。術を使った会話だから、他に漏れる事はない。


『こう言っておけば、ユキさんにかかる負担が減るだろう?』


『だからって、カインとの結婚が決まってるみたいな事言わないでくれるかな?』


『大丈夫だ。いずれそうなる!!』


『どこからその根拠が……。はぁ、とりあえず、僕は同意しないからね』


 大体、大国の王達にそう宣言してしまうという事は、ユキちゃんの相手がカインに決まったと、全世界に言いふらすようなものなんだよ?

 そうなってしまっては、流石に外堀を埋め尽くされそうで、僕も頷くわけにはいかない。


「確かに、イリューヴェルの第三皇子、カイン殿下が僕の姪に求愛をしているのは本当の事ですが、先ほどユーディス兄上が言われた通り、彼女はまだ少女期です。自身にとっての伴侶を定められるのは、まだまだ当分先、としか言えません」


「ならば良いではないか!! ナッシュが気に食わぬなら、他の王子達もおる!!」


「おやおや、それでは、ウチの王子も良いのではないですか? 気配りの出来る心優しい子ですよ~」


「いやいや、ウチの息子の方が、何なら婿入りさせてもいいですしなぁ」


 遠まわしにいい加減にしてくれないかな~と伝えているのに……。

 このお見合いに熱心な王様達は、全く……。

 他国の王女達に話を持って行ってほしいところだけど、皆どこも、息子が多いからね。

 特定の相手が出来る前に、少女期の内からユキちゃんに息子を売り込んでおこうって魂胆なんだろう。――絶対に許さないけどね!!

 僕は手早くお見合い写真を回収し、場を誤魔化すように咳払いをすると、この件はまた各自で後日!! と強制的にこのお話を終わらせた。


「とにかく、今はエリュセードの平穏を乱す不穏なる輩を排除する方が先なんです!! はぁ……、お見合いの話ばっかりにする気なら、僕はもう帰りますからね」


「私も、弟と同じ意見です。皆様のお気持ちは有難いのですが、結婚という言葉はまだ、娘には早すぎると思いますので」


「ユーディス殿下! 何事も早め早めが感じだぞ!! 結婚はまだ先としても、まずは友人から」


「まだ……、は・や・い、と思いますので」


「うっ……」


 大国の王達を相手にしても、相変わらず僕の敬愛する兄上は余裕を失わない。

 にっこりと上品な笑顔に恐ろしい迫力を纏わせ、並み居る豪傑達を遠まわしに牽制している。

 まぁ、ユーディス兄上としては、ユキちゃんを他国に嫁がせる気はないだろうし、僕も同じくだ。

 いつかユキちゃんが結婚する日が来るのだとしたら、絶対に婿!! 婿取り!!

 

「レイフィード……。カインは第三皇子だから、婿入りでもオーケーだぞ」


「……はぁ~」


 僕の隣に座り直したグラヴァードの腹の立つ笑顔に、溜息と共に無視を決め込む。

 だから、ユキちゃんに結婚はまだまだ早いんだって……。

 そう、そんなに焦って、早く大人になる必要はないんだ。

 ようやく僕達の許へと戻ってきた可愛い姪御……。あの子はまだまだ子供だ。

 父親の故郷であるこのウォルヴァンシアで、これからの道を歩く小さな命。

 巣を旅立つには、まだ、早すぎる……。

 だけど……、彼女の中に眠るあの力が、エリュセードで暗躍している者達が、あの子を平穏ではいられないように誘っている気がしてならない。

 ガデルフォーンでの一件が終わってから、フェリデロード家当主であるレゼノスとルイヴェルから報告された件、そして、アレクやフィルクの事……。

 

(ユキちゃん……)


 ガデルフォーンへの遊学をきっかけに、どんどん物事が加速しているのは、気のせいじゃない。

 そして、それが良くない事だという予感もまた、確かなものだ。

 今は雲間に隠れるように息を潜めている、不穏を抱く者達……。

 遠からず、彼らはまたこの世界に何かを仕掛けてくるはずだ。

 出来れば、僕達大人の話だけで済めばいいんだけど……。

 何度目とも知れない溜息の後、不意に感じた視線に向き合うと。


(理蛇族の王?)


 ユーディス兄上の鉄壁を崩そうと奮闘する王達とは違い、見合い話を言い出したはずの王が、一心に僕の方に意識を向けていた。

 何か言いたそうにしているものの、それが言葉になる事はなく……。

 けれど、ただ一言だけ、彼の王は僕の頭の中に言葉を届けてきた。


『後日、話がある……』


 そう一言。僕が問い返す隙さえ与えず、彼の王はお見合い話に花を咲かせる王達の輪に加わっていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ