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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第四章『恋惑』~揺れる記憶~
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落着けない夜のお話

 ――Side 幸希


「はぁ……」


 ウォルヴァンシアの帰還から数日。

 夜も更けた外の景色を眺めなら、私は何度も溜息を零していた。

 ……悩みの種は勿論、アレクさんとカインさんの事だ。

 アレクさんがルディーさん達のお蔭で立ち直ってくれた事は嬉しい。

 だけど、その後の行動と言葉にも吃驚したし、それによりカインさんがさらに機嫌を損ねてしまった事が、また新たな問題となってしまったというか……。

 

「何、溜息なんか吐いてんだよ?」


「ユキ、何か悩み事か? 俺でよければ相談に乗ろう」


 ……来た。というか、扉からじゃなくて、窓張りになっているフレンチドア式の扉に掛かっている鍵を外して入り込んで来た二人組。

 展開的にはこうだ。あの副団長室の裏手での一件以来、頻繁にカインさんが私の前に現れるようになった。昼間だけでなく、真夜中にも……。

 それを阻む為に、ルイヴェルさんから私と距離を取るように言い含められたはずのアレクさんが現れては険悪な騒動を起こすようになった。

 そして、今夜もまた……。勝手に私の部屋に入ろうとしているカインさんを目撃したアレクさんが、止めに入った流れで、部屋の中にまでやって来た、と。

 一応、夜の十時をまわった女性の部屋なんですが……。


「まったく……、お前達は何度言えばわかるんだ? また仕置きを受けたいのか?」


 はい、追加の大魔王様が来ました。

 これまた二人と同じように、同じ場所からルイヴェルさんが……。

 三人とも当たり前のように椅子へと腰かけて、寛ぐ姿勢に入っている。

 もう一度心の中で叫ぼう。

 ――ここは乙女の部屋です!! 時刻は夜更けの十時過ぎです!!


「この男は目を離すと、すぐにユキの迷惑となる行為に走るからな……」


「テメェも十分大迷惑な事してんだろうがっ、このムッツリ番犬野郎!」


「すまないな、ユキ。俺が目を離した隙にアレクを逃した」


 と、そう謝ってくれるのなら、今すぐにアレクさんと、ついでにカインさんも纏めて帰ってはくれないだろうか? 

 そう文句を言いたい私の前で、ルイヴェルさんはお茶の準備に行ってしまう。

 これもここ数日の恒例となってしまっている光景だ。


(はぁ……、早くファニルちゃん来てくれないかなぁ。あの子がいると、凄く心が安らぐのに)


 アレクさんとカインさんが私の事を想ってくれるのは嬉しい。

 だけど、時間帯というものを考えてはくれないだろうか。

 

「あの、カインさん……」


「ん?」


「とりあえず、夜這いの類はやめませんか?」


 アレクさんに対抗したいのか、深夜の時間帯も現れ始めたカインさん。

 最初の時など、眠っている私の横に潜り込んでいたのだから、心底驚いた。

 本人曰く、キスが嫌なら、それに匹敵するときめきを私に与えたいのだとか何とか……。確かにドキッとはした。心臓が止まる的な意味で。

 最初の日は、私の危機を察知したレイフィード叔父さんがどこからともなく現れ、カインさんを連行してくれたから助かったけど、その話がアレクさんの耳にまで届いてしまったせいで、こんな事に……。

 連日夜這いに訪れるカインさんをアレクさんが待ち受け、そのアレクさんをルイヴェルさんが捕まえに来る、という悪循環が続いている。


「夜ってのが一番刺激が強いんじゃねぇか。キスが嫌なら、それ以上に俺がお前の胸をときめかせてやる自信があるってのに」


「今すぐにその口を縫い付けて貰って来い。俺に手間をかけさせるな」


「アレク、それは俺の台詞だ。次の休日にフェリデロード家で診察をすると言っただろう。それが終わって何も懸念する事がなくなるまでは、ユキに近づくな。何度言えばわかるんだ、お前は」


 この場合、こんな時間までお疲れ様ですと言葉を向けるべきなのは、ルイヴェルさんに対してだろう。王宮医師の仕事がお忙しいというのに、こんな所にまでご足労を……。

 と、淹れて貰った紅茶を飲みつつ口を開こうとしていると、窓の外に人影が現れた。金色の髪をした、優しそうな顔立ちの若い男性だ。


「あの~……、る、ルイヴェル様~! お、お仕事の、つ、追加をっ」


 書類の束を抱えてルイヴェルさんを呼んでいるようだけど……。

 オドオドとしているのは、……はい、大魔王様の目がイラッとしているからですね。可哀想に……。まるで今にも食べられてしまいそうな子羊のようだ。

 ルイヴェルさんはその書類の山に眉を顰めたものの、仕方がないと溜息を零し、それを受け取って戻ってくる。


「大変ですね。まだお仕事があるなんて……」


 王宮医師のお仕事は、怪我人や病人を診る事だけではないから他にお仕事があるのは当然なのだけど、寝る時間になっても追加がくるなんて……。


「本当にお疲れ様です。王宮医師様のお仕事、頑張ってください」


「いや、これは別件だ。魔術師団から、追加の書類を朝までに片付けろとな」


「魔術師団?」


 どうして、魔術師団の仕事がまわってくるの?

 首を傾げていると、幼い頃の記憶が頭によぎった。

 そういえば、幼い頃にルイヴェルさんに手を引かれて、魔術師の人達が沢山いる場所に連れて行かれたような気が。その時のルイヴェルさんは、いつもの王宮医師の服装じゃなくて、確か……。


「魔術師団の一員だったんですか?」


「それも正解だが、正確には、ウォルヴァンシア魔術師団の団長が俺の務めのひとつだ」


「はああ!? る、ルイヴェル、お前、魔術師団の団長もやってんのか!?」


 そうそう、他の魔術師の皆さんの着ている団服とは違う物を着ていたような気が。

 ポンっと納得の音を叩いた私は、次いで顔を青ざめさせた。

 王宮医師の仕事だけでなく、魔術師団を束ねる団長までやっているという事は、相当に多忙のはずだ。


「それなのに……、ガデルフォーンに一緒に来てくれたんですか!?」


「別にそこまで多忙という事もない。有能な部下も揃っているからな。俺とセレス姉さんの二人で、魔術師団の仕事も片づけているだけだ」


 だから、普段は必要な時しか魔術師団に顔を出す事はないらしい。

 代々、フェリデロード家の人達が長を務める団長職は、副業みたいなものだと言われてしまった。それでいいんだろうか……、ウォルヴァンシア魔術師団。

 ちなみに、ガデルフォーンでの魔獣戦の際は、レゼノスおじ様が臨時の団長職を務めてくれたらしい。


「魔術師団の団服って、凄く格好良いんですよね……」


 幼い頃、ウォルヴァンシアの騎士団服と魔術師団服を目にした私は、よく自分もそれを着たいと駄々を捏ねたものだ。うん、だんだんとハッキリ思い出してきた。

 

「ルイ、ユキに魔術師団の団服を……」


「あ、アレクさん!! いいですから!! もう私も成長しましたし、見ているだけで十分ですから!!」


 アレクさんの事だから、本気で調達に走りかねない!

 慌ててそれを止めた私に、何故かカインさんの方から抗議の視線が。


「いいじゃねぇか、そういうのって滅多に着られねぇもんだぞ?」


「正規の者しか着られないからな……。俺も、少し見てみたい気がする」


「着たいのか? ユキ」


 私の、所謂、コスプレ姿を望む声が二人から上がると、それまで黙って聞いていた大魔王様が不敵な笑いを零して立ち上がった。あ、何か盛大に嫌な予感が!!

 私を席から立たせ、ゆっくりとテーブルから離れた場所に誘うと、白衣の中に私を隠して小さく何かを唱えるのが聞こえた。

 それと同時に、光に包まれた私は反射的に瞼を閉じてしまう。


「――もういいぞ、ユキ」


「え……、――な、何ですか、これ!!」


 瞼を開けると、今まで自分が纏っていた夜着の代わりに、魔術師団の団服と思われるそれを着用している自分の姿を目にしてしまった。

 さらに、驚愕と共に振り向いた後ろには、魔術師団の団服に似てはいるけれど、それとはまた違った仕様の、威厳ある漆黒の衣装を纏ったルイヴェルさんが悪戯めいた笑みと共に……。


「おお~、それが魔術師団の団服か~。ユキ、意外と似合ってんぞ」


「ユキは何を纏っても愛らしい……」


「え、え? あ、あの、こ、これって」


「小規模の空間転移を使って取り寄せた物を着せてみた。似合っているぞ、ユキ」


 こ、これが、魔術師団の団服仕様の私?

 幼い頃に憧れていた懐かしい思い出の……。

 私は自分の姿を興味深げに見下ろしながら、部屋にある縦に長い鏡でその姿を観察してみた。

 幼い頃にも、特別に子供専用の団服を作って貰ったけど、今の年齢で着てみると、また違った感動がある。

 そして、近づいてきたルイヴェルさんの団長服の圧倒的な迫力と抜群の相性に目を瞬いた私は、つい本音を零してしまった。


「ど、ドS度、大、アップ……」


「まぁ、どっからどう見ても、ドSのオーラが溢れてるよな。つーか、団長服のせいで、さらに迫力倍増してんぞ」


「団長服は、本人の好みも反映されるからな……。ルイの個性が強調されていると言えるだろう」


 なるほど、つまり、この団長服は……、ルイヴェルさんの個性を全面に押し出したものだと。

 素直に感想を口にしてしまった私達に、魔術師団長様は「ふっ」と、小さく笑ってみせた。

 自分の懐から鞭、……鞭!? を取り出し、それを手に、あからさまに怖い笑みを浮かべる。


「る、ルイヴェル、さん?」


「ドSとは、心外な発言だな? 俺はお前達の保護者として心を尽くしてやっているというのに……。なぁ? ユキ」


「は、はいっ、そ、それはもうっ、い、いっぱい、お、お世話に、なって、ますっ!!」


 恐怖に駆られたのは私だけではなく、カインさんも青ざめているし、……あ、アレクさんはあまり動じてない、というか、また始まったみたいな顔をしている。

 鏡面に背中を預ける形になってしまった私を、ルイヴェルさんは片腕を掴んで自分の方に抱き寄せ、体勢を崩させた拍子に、座り込むような形で私をその腕に抱きとめた。絨毯に片膝を着いた状態で、そこに私を抱き込む形だ。

 

「あまり俺を蔑ろにしていると……、後悔するぞ?」


 鞭で顎をくいっと持ち上げられ、意図的にフェロモンを駄々漏れにしたかとでもいうような美しい美貌に迫られ、私は半泣き状態でか細い悲鳴を上げてしまう。

 

「ユキ、アレクとカインで困っているのなら、俺が第三の選択肢になってやろうか?」


「な、何言ってるんですかっ!!」


「こらああ!! 何ユキに迫ってやがんだ!! この眼鏡ぇえええ!!」


「ルイ……、頼むからやめてくれ。ユキの心臓が止まってしまう」


 暴れる私を器用に押さえ込み、ルイヴェルさんは艶やかな笑みを纏いながら二人に挑発的な流し目を送る。

 何故だろう、私、というよりも、ルイヴェルさんの背後に沢山の色鮮やかな薔薇が見えるのだけどっ!!

 白衣の時とはまた違う趣があるというか、団長服とルイヴェルさんの余裕に満ちたドSな気配が互いの魅力を高め合いながら、恐ろしい真価を発揮しているというかっ。


「俺はドSらしいからな? それらしい事をしてやっているだけだが?」


「る、ルイヴェルさんっ!! 意地悪はやめてください!!」


 私を救出しようと殴りかかってきたカインさんを軽やかに避け、ルイヴェルさんは悪ふざけに興が乗っているのか、楽しそうに部屋の中を立ちまわる。

 勿論、私も囚われたままだ。

 アレクさんの方は、止めても無駄だとわかっているのか、眉を顰めて不機嫌そうにしているものの、カインさんのような行動には移らない。


「ルイ、俺達で遊ぶんじゃない……」


「俺の心を傷付けるような発言をするのが悪い。さぁ、ユキ、どうする? アレクとカインを天秤にかけるよりも、俺ならお前の、有意義な相手として構ってやれる自信があるんだがな?」


「はぁ……、冗談はやめてください。セレスフィーナさんに言いつけますよ? ルイおにいちゃん」


 本気でない事ぐらいお見通しなのだ。

 見上げた先にある深緑の双眸が、完全にこの状況を楽しんでいる事は丸わかりなのだから。

 徐々に落ち着いてきた心で呆れ交じりにそう言えば、ルイヴェルさんは興が削がれたとばかりに身体を離した。指をパチンと鳴らし、私と自分の姿を元の状態へと戻してくれる。


「記憶を取り戻したせいか、冷静になるのが早くなってきたな?」


「からかわれ続ければ当然です。私に冗談を言っている暇があったら、自分のお嫁さんでも探したらどうですか?」

 

 そうすれば、少しはその面倒な性格も落ち着いて、愛する人だけに集中してくれるだろうに。これは私達だけの為ではない。

 何よりも、困ったルイヴェルさん自身の為なのだ。

 そう思って言ってあげたのに、物凄く不機嫌そうな顔をされてしまった。

 あ、これは……、自分だけ仲間はずれにされそうになって拗ねている人の目だ。


「そうだそうだ!! テメェだけの愛玩対象でも見つけやがれ!!」


「そうだな……。ルイの手綱を握る伴侶がいれば、俺やセレス、何より、ユキにかかる迷惑も減る」


 私とカインさんよりも、アレクさんの方が真剣さの度合いが強かった。

 そういえば、アレクさんとルイヴェルさんは幼馴染同士。

 色々と私達の知らない苦労があるのだろう。アレクさんの蒼い双眸がそう教えてくれている。


「お前達……、本気で俺を厄介払いしたそうだな? だが残念だったな。生憎と今の俺は、仕事と子守が恋人のようなものだ。落ち着くのは……、あと、二百年は先だろうな」


「どんだけだよ!! あと二百年もテメェにからかわれて堪るか!!」


「あと二百年も……、ルイの存在に振り回されるのか。はぁ」


 まぁ、ルイヴェルさんらしい答え、かな。

 魔術と医術を冠するフェリデロード家の者として、その仕事に誇りを持っているから、仕事が恋人、というのは本当の事だろう。

 苦笑しつつ椅子に座りなおした私は、冷めたお茶を口に含み、口喧嘩、というか、一方的にカインさんが怒鳴り、それをからかうルイヴェルさんの様子を微笑ましく眺める事にした。


「ユキ、すまないな。寝る前に騒がせてしまって」


「いえ。アレクさんにもご迷惑をおかけしてしまって、本当にすみません」


「いや、俺はお前の為に在る。いつでも呼んでくれ。それと……」


 隣に座っていたアレクさんが、私の手を取って優しく包み込む。

 

「正直、俺もお前の眠りを邪魔するような真似はしたくない。だから、部屋の鍵やガードを強固な物に出来るように、レイフィード陛下に進言しようと思う」


「は、はは……。そう、ですね。明日、レイフィード叔父さんに頼んでおきますね」


 何度言ってもやめてくれない、カインさんの暴走。

 確かに、毎夜この調子では安心して眠れもしない。

 私は翌日のスケジュールの中に、レイフィード叔父さんの執務室を訪問する事を加えると、アレクさんにそれを誓うのだった。


 ――そして、次の休日。

 フェリデロード家で行われるアレクさんの診察と治療の為、私もウォルヴァンシア王宮を後にする事になった。

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