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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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不穏なる者達の嘲笑5

今回は、前半を、不穏なる者達の動向を三人称視点で進めます。

後半は、???の動向を同じく三人称視点でお送りさせていただきます。


※今回は、前半を、不穏なる者達の動向を三人称視点で進めます。

 後半は、???の動向を同じく三人称視点でお送りさせていただきます。


「むぅ~、不完全燃焼ですわ~! 私の聞いていた計画と大きく違ってしまったなんて、最悪!」


「仕方ないでしょ~。事前に知らせておいたら、お姫様の駄々捏ねが始まるって、普通に予想出来るからね~」


 とある国の、とある宿屋の一室にて。

 ぼふんと寝台にダイブした豪奢な金髪の少女が、その上で不機嫌そうに暴れ始めた。彼女の名は、マリディヴィアンナ……。

 かつて、ガデルフォーンに存在した、時の皇帝の落とし子であり、不憫な最期を迎えた哀れな娘。

 しかし、その魂は冥界には導かれず、永き時を経て……、この世界へと蘇った。

 『アヴェル』と呼ばれる少年の手により、自分が欲しい物を手にする為の力を与えられ、一度目は失敗したものの、二度目の好機を手に入れた少女。

 彼女の望んでいた計画は、古の魔獣をガデルフォーンに解き放った後、折を見て、さらなる力を与え、全てを惨劇の舞台にするものだった。

 

「魔獣は倒されちゃいましたし、もうっ、もうっ、最悪ですわ~!!」


「大丈夫だよ。最終的にはお姫様が望む、楽しい楽しい惨劇が幕を開けるんだから」


 寝台でジタバタと愚痴を零しながら暴れてみても、終わった事は変えられない。

 横の寝台では、のんびりと寛ぎながら読書に勤しんでいる不精髭の男、彼らの頭脳とも呼ばれているヴァルドナーツが、適当に彼女の相手をしてやっている。

 ガデルフォーン側にとっては、犠牲者も最小限で済んだ終焉。

 ……だが。


「ひとときだけの平穏だからね~……。俺達の負けじゃないから、そう落ち込む事はないよ~」


「むぅっ……、私はあの女帝の絶望一色の顔が見たいんですの~!!」


「十分絶望してると思うけどね~。自国の民を一人と、大切な家族を目の前で奪われたんだからね。あぁ、その他大勢の命も、か」


 そう呟いてヴァルドナーツが視線を流すと、その先でゆらりと空間が歪み、真っ暗なその中に二人の青年の姿が映った。

 瘴気を纏う鎖に四肢を戒められ、眠り続けている二人の男性。


「ガデルフォーンの魔術師、ユリウス・アデルナード。彼は能力も魔力値も高いし、瘴気とアヴェルの力で染め上げれば、丁度良い道具となってくれるはずだよ。……逃げちゃった『彼』みたいにね」


「今度は大丈夫なのかしら~? 『彼』は洗脳が薄れたせいで、いまだに所在不明ですし、また二の舞になるんじゃありませんの~?」


 と、ヴァルドナーツの失態を口にしたマリディヴィアンナは、慌ててその口を閉じた。ある程度は流してくれる性格の彼だが、失態に関する指摘は不味い。

 そろり……、恐る恐る怯えた視線をヴァルドナーツに向けてみると、怖すぎる程に爽やかな笑顔を見てしまった。


「お姫様の嫌いな食べ物は何だったかな~」


「うぅっ、そ、それはやめてくださいな!! ヴァルドナーツの意地悪っ」


 本気で怒らせる事はなかったが、今日の夕食には彼女の嫌いな食べ物が並ぶ事が決まってしまったらしい。

 よいせっと上半身を起こしたヴァルドナーツが、本を手に二人の青年を面白げに見つめる。


「そして、ガデルフォーン皇家の血を引く皇子達の魂を封じた器。これも結構お役立ちだと思うよ~。二人とも、殺されても俺達には何の痛手にもならない道具だしね。たっぷりと有効利用させてもらおうか」


「目覚めたら、私の事を可愛がってくださいますかしら?」


「そういう風にしておくから、きっと沢山可愛がって貰えるよ。彼の方もね」


「ふふ、楽しみですわ~!」


 子供は扱いやすい。そんな風に思われているとも知らずに、マリディヴィアンナは枕を胸に抱き締めながら、二人の青年を好奇心に溢れた眼差しで見つめる。

 ユリウスも、皇子達の魂が封じられた器も、マリディヴィアンナ達の玩具……。

 彼らが目覚める時が楽しみだと笑う彼女は、どこまでも無邪気で、そして、残酷な悪魔のようだ。

 あの時代、時の皇帝に、実父に保護されていれば……、心優しい皇女としての生を送れただろうに。


「はぁ~……、帰ったぞ~」


「あっ!! お帰りなさいですわ!! アヴェルも一緒でしたのね!!」


「ただいま、マリディヴィアンナ」


 彼女達がのんびりと寛いでいると、他国に飛んでいた彼らの神様であるアヴェルと、漆黒の髪と真紅の双眸を抱く魔性の如き美に恵まれた青年が戻って来た。


「ほら、お姫。土産だ」


 眠そうに欠伸を漏らしている青年は、表情を輝かせた少女に土産の可愛らしい花を一輪手渡し、その横に腰かけてきた。

 アヴェルの方は、ヴァルドナーツへと歩み寄り、仕事の報告をしている。

 

「ん……、わかったよ。お疲れ様~」


「ふぅ……。やっぱり『小さい』物だけじゃ、微々たる助けにしかならないからね。もっと対象を『大きい』物にしていかないと」


「あまりそれに絞って動くと、エリュセード側の警戒が強くなっちゃうでしょ? そうなると、俺達も動きづらくなるし、バラバラに対象を変えた方が、何をしてるのか惑わせやすい……、ってね」


 報告を聞き終わったヴァルドナーツが、眠る二人の青年の映っている暗闇を掻き消すと、今度は別の空間を視線の先に開いた。

 先程と同じように、真っ暗な闇がその姿を現すと、星空のような光景が広がる。

 ……とは言っても、本物の星空とは違い、小さな輝きが転々と散らばっており、数も少ない。けれど、その中にひとつ、一際強く光る星があった。


「少ないね……。いつになったら、目的を果たせる程に集まるんだろう」


 アヴェルが、寂しそうな眼差しでそれを見つめる。

 マリディヴィアンナはアヴェルと共に行動を共にして長いが……、知っているのは、『世界に対する報復』という事だけ。

 ヴァルドナーツや漆黒の髪の青年ならば、他にも色々と知っているかもしれないが、彼女が知っているのは、本当にそれだけだった。

 今集めている目の前の星が目的の数、いや、正確には、目的の『力』に達すれば、何かが起こる。

 それをどう扱うのかは知らない。けれど、自分にとって楽しいという事だけはわかっていた。


「アヴェル~、次はどこの国に行きますの~? 私退屈ですわ~」


「もう少し我慢しようね、マリディヴィアンナ。そうだ、今度ゼクレシアウォードでお祭りがあるみたいだから、一緒に遊びに行こうか」


「本当ですの!? 行きますわ!! お祭り、見たいですわ!!」


 仕事の傍らで、時折こうして自分を楽しい場所に連れて行ってくれるアヴェルが大好きだ。マリディヴィアンナは花を手に持ったまま、少年に飛び付いた。

 混乱や殺戮も楽しいけれど、アヴェルと一緒に普通の子供のように遊びに行くのも大好きなマリディヴィアンナは、その時……、ふと、一人の少女の顔を思い出した。

 ユキ・ウォルヴァンシア、狼王族と人間のハーフで、面白い力を秘めた娘。

 マリディヴィアンナは、純粋に彼女と遊ぶのも楽しいと感じていた。

 二人で座って食べたソフトクリーム、他愛のない女の子の会話。

 あの少女は、今頃どうしているのだろうか……。


「遊びたいですわ……」


「お姫、どうした~? 急に沈んじまって」


 よいせっと、マリディヴィアンナの頭に片腕を乗せた漆黒の髪の青年が、少しだけ心配そうに尋ねた。互いの目的を果たすための利害関係とはいえ、一緒にいると情が湧くものなのだろう。

 むにっと、俯く少女の頬を摘まんだ青年は、じっとその顔を見下ろしている。


「ウォルヴァンシアのお姫様、ユキと遊びたいですわ。殺し合いじゃなくて、普通にお喋りをして、女の子らしい遊びを」


「お姫……。そんなの無理に決まってるだろ。敵同士だってわかってるのに、憎まれこそすれ、好かれる事はない」


「遊びたいですわ!! 一緒にお祭りを見たいのですわ!!」


 お決まりの我儘お姫様の発動である。

 目に涙を浮かべて駄々を捏ねるマリディヴィアンナは、どんなに宥めても聞きはしない。誰だ、こんなにも我儘になるよう甘やかしたのは。

 ヴァルドナーツと青年が眉を顰めて同時にそう思った後、その視線を受けたのはアヴェルだった。


「僕のせいだって言いたいわけ?」


「だってそうだろ~? お前がお姫の願いを次々叶えちまうから……、見ろ、我儘怪獣になっちまってる」


「アヴェルのせいだね~。お姫様可愛さに、甘やかしすぎちゃったから」


「な、なんだよ……。自分達だってマリディヴィアンナの我儘をそれとなく叶えてるじゃないか! 過保護はお互い様だよ!!」


 結果論で言えば、三人全員が甘やかしてきた結果が、これ、なのだ。

 ついにはマリディヴィアンナの我儘を見ていられず、「「「わかった……」」」と口にした駄目保護者三人である。

 今まで泣き喚いていたくせに、次の瞬間輝かんばかりに笑ったマリディヴィアンナにほっとした三人は、彼女がユキと普通の女の子同士のように遊べるよう頭を悩ませ始めるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして、時は同時刻……。

 マリディヴィアンナの我儘に困惑していた三人と、ウォルヴァンシアでアレク達が国王レイフィードに怒られていた頃……。

 どことも知れぬ神殿めいた建物の中で、一人の青年が、宙に浮いた深く座れるようになっている一人用のソファーに腰かけていた。

 足を組みながらエリュセードの地図や各国の状況を映像にした物を見つめながら溜息を零す青年。

 ユキが彼の周囲を、その光景を見ていたら、こう言うだろう。

 アルパカに似た姿の、その背に両翼を生やした動物がいる! と。

 しかも、一頭だけでなく……、何頭も彼の傍に控えて、一緒に映像を見ている。


『マスター、このまま見ているだけでよろしいのですか?』


 他のアルパカ似の動物達とは格が違うと言わんばかりの一頭が、静かな声で彼に尋ねた。神々が愛する美しい世界、エリュセード。

 この世界は、――やがて、闇に包まれる。

 人々だけでなく、恐らく……、世界そのものが死滅するその時が、くる。

 控えているアルパカ似の動物達も、映像を見ている青年も……、それを『知っている』。

 知っていて、何もしないのか? 

 そう尋ねる一頭に、青年はゆっくりと首を横に振った。


「わかっていてそれを聞くのは……、ずるい事じゃないかな?」


『申し訳ありません。ですが……』


「ボクだって結構限界なんだよ……。この前だって、相当の力を使ったんだからね」


 エリュセードを守護する三つの月を覆った黒銀の闇……。

 あれを晴らすのに、どれだけの力を消費した事か。

 今だってその負担が彼の身を苛み、動けない苦痛を平気なフリをして耐えているのだ。それに、……助けがなければ、ガデルフォーン側にとって、さらに事態は深刻化していたはず。

 けれど、それさえも『彼ら』の戯れだと知った時には、流石に苛立ちが募った。

 青年がまた足を組み変え疲労の息を吐くと、尋ねた一頭は申し訳なさそうに頭を垂れた。


「調子が戻ったら……、手を考えるよ」


『マスター……』


「悪いけど、『戻ってきた子達』がいないか、見てきてくれるかな? 一人でも帰還していれば、ボクも楽になるからね。少しは……」


『御意……』


 映像から発される明かりを受けた暗闇の中、動物達はゆっくりと立ち上がり、広い空間を出て行った。


「ふぅ……」


 ……彼らが不安に思う気持ちはわかる。

 けれど、今の自分に、自分達に出来る事は少ない。

 

「世界を壊さないようにするだけで……、精一杯だからね」


 暗く寂しげに零れた彼の声は、本来の彼を表すものではなかった。

 懐かしいあの時代……、自分はもっと活力と生気に溢れた存在ではなかったか。

 愛する者達に囲まれ、自分の在り方に何ひとつ、不安など覚えた事などなかったはずなのに。



 彼は一旦息抜きをする事に決め、自分がいる神殿めいた建物の外に出る事にした。

 かつては美しい緑や色鮮やかな花々が咲き誇っていたであろう場所も、今はこの世界の行く末を暗示しているかのように……。

 崩れ落ちた建物の残骸、そこにはかつて、美しい建造物が立ち並んでいた。

 その先の丘には、懐かしい者達が自分に手招きを寄越して、幸せそうに、笑っていたはずなのに。

 どれほどの時を、自分は孤独に過ごしてきた事だろうか……。

 一人、また一人……、消えていく同族の姿。

 死んだわけではない。ただ、力尽きて眠りに就いただけだ。

 わかってはいても、待つ時間の方が永い。

 そして彼自身も……、残された時間は限られている。

 しかし、彼が眠りに就くという事は、エリュセードの舵をとるものが消える事と同義。その前に……、『ここ』へと戻って来て貰わなくては。


「アヴェル兄さん……」


 愛しきその名を呼んだ彼は、手にしていた錫杖を地に突き立てた。

 出来ればもう一人……。アヴェルの他に、『彼』にも戻って来ては貰えないものか。身勝手な願いだと痛感しているが、今は助けとなる手を一人でも多く求めずにはいられないのだ。

 アヴェルの親友にして、『彼女』の兄でもあった存在。

 力の強い彼らを呼び戻せば、自分が倒れても問題はない。

 ――だが。まだ時期を見なければ、それを成す事は出来ない。

 

「……様、……ソリュ・フェイト様。どうか、我らの道に力強き光をお与えください。負の力に屈さぬ強き意志を、世界を守る力を、どうか」


 彼が縋るように祈った相手。父のように慕っていた存在……。

 全ての歯車を破滅へと導いたのは、自分達の咎だ。

 助けを、救いを求める事など、……この罪深き身に許される事ではない。

 だが、彼は幼子のように、今にも泣きだして発狂してしまいそうな気持ちで、の存在へと祈った。


 ――どうか、どうか……、この世界の生命いのちに幸いを、と。



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