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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
231/261

消え去る古の脅威と、不安の残滓

エリュセードの表側へと転移させられた魔獣は、

待ち構えていた軍勢とガデルフォーンからの軍勢により挟み撃ちに。

一方、幸希はアレクと共にガデルフォーン皇宮に戻った。

「セレスフィーナさん……、サージェスさんとクラウディオさんは大丈夫でしょうか」


「大丈夫ですとも。私とディーク兄様が治療を施しましたので、ゆっくり休養をすれば、いずれ目を覚ますでしょう」


「そうですか……。良かった」


 エリュセードの表側へと向かった皆さんとは別に、瀕死の重傷を負ったクラウディオさんと、途中で意識を失ったサージェスさんを連れて、私達はガデルフォーン皇宮へと戻ってきた。

 ディークさんとセレスフィーナさんが懸命に頑張ってくれた治療。

 そのお陰で、二人の命には別条なしと太鼓判を押して貰えたところで、私はようやく傍の椅子に腰かける事が出来た。

 クラウディオさんもサージェスさんも、魔獣への攻撃だけでなく、その脅威の餌食となりそうになっていた自分達の部下を守る為に立ち回っていたせいで……、その負担は限界を越えていた。

 自分を守るだけでなく、その手で何十、何百以上の人達にも注意を払っていたサージェスさんとクラウディオさん。

 普通なら指揮を執って戦うだけでも大変なはずなのに、それを二人はこなしていた……。

 

「二人とも、本当にお疲れ様です……」


 眠りの中にあるサージェスさんとクラウディオさんに労りの言葉を向け、私はもうひとつのベッドの方に振り返った。

 私のもうひとつの心配……、朝から様子のおかしかったアレクさんの件だ。

 手の空いたディークさんに診察をお願いし、その診察が終わると、アレクさんのいる側のベッドカーテンが開いた。


「特に異常はないな。暫く休養でもしてろ。いいな?」


「あぁ……、わかった」


 異常……、なし? ディークさんがそう口にしながら毛布をポンポンと叩いている姿を目にした私は、どうしても納得出来ない気持ちを抑えきれずに声を上げた。


「ディークさん、本当に、アレクさんの身体に異常はないんですか?」


「ん? あぁ、一応は、な。エリュセードの月がまだ完全に晴れてないせいか、魔力バランスの調整が難しいって点は残ってるが、それ以外は何の異常もなし。……何か気になることでもあんのか?」


「いえ……、えっと、あの」


 アレクさんの前でそれを話してもいいものだろうか……。

 ベッドの中に横たわったアレクさんは、何故か数分も経たない内に瞼を閉じて健やかな寝息を立て始めてしまった。

 ここで話をしては眠りを邪魔する事になってしまうだろう。

 悩んだ後、私はセレスフィーナさんとディークさんを医務室の外に誘う事にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アレクが、変?」


「はい……。正確には、玉座の間で倒れた後から、なんですけど……」


 本当に、僅かな瞬間なのだけど、アレクさんはどこか遠くを見ていたり、どこか不安になるような素振りをする事があった。私の気のせいならいい。

 だけど、……どうしても気になってしまって。

 言わないよりはと、お二人に相談してみた私に、ディークさんとセレスフィーナさんは顔を見合わせて唸ってしまった。


「そうです、ね……。アレクは幼い頃から時折ぼーっとする事もある子でしたけど、まさか、ユキ姫様を無意識に落としてしまうなんて……」


「ありえねぇ……と言いたいところだが、確かに妙だな。倒れた時の原因も不明だし、ウォルヴァンシアに戻ったら、念入りに調べる必要がある、か」


「けれど、診察では異常はなかったのでしょう? ディーク兄様」


「あぁ、一応、な。だが、俺だって万能ってわけでもねぇし、レゼノスの叔父貴が診れば、何かわかるかもしれねぇだろ?」


 ディークさんとセレスフィーナさんのお医者様としての腕も人柄も信頼している。

 だけど、アレクさんの倒れた原因がまだわかっていない事と、私からの話で、ディークさんは自分達の手には負えないかもしれない、と、そう呟いた。

 だからこそ、フェリデロード家の現当主であり、偉大な魔術師、名医と噂されるレゼノスおじ様ならば、と思ったのだろう。

 レゼノスおじ様なら、アレクさんの身に起こっている異変の正体を突き止めてくれる……。


「まぁ、その前に表側の魔獣の件が無事に片付くのを見届けたからだけどな」


「そうね。一応、万が一の時の為に各国への連絡は済ませてあったけど、『不穏』が陰で動いている以上、決して油断は出来ないわ」


「不穏……、ガデルフォーンの皇子様達の魂の事もありますし、確かに、まだ、安心は出来ませんよね」


 たとえ魔獣の件が片付いても、問題は残っている。

 ガデルフォーンの皇子様達の魂を取り込んだ器の行方。

 あの不穏を抱く子供達の目的……。

 魔獣を封じ込める事が出来ても、ひとつ目の問題が片付いただけ、という事になる。何も、終わってはいないのだ……。

 不安で俯いた私の肩に、励ますようにディークさんの右手がぽんと乗せられた。


「そんな顔すんな。魔獣の件が片付けば、少しはゆっくり出来るだろ。皇子達の魂の行方や、あのガキ共の動向に関しては、大人の仕事だ。とりあえず、お前が気にすべき事は、『あっち』の事だけだな」


「ディーク兄様、あっち、とは?」


 ニヤリ、と、まるでカインさんが意地悪な悪戯を思いついた時のように笑って見せたディークさんの表情に、私は嫌な予感を覚える。

 流石、師匠と弟子というべきか、笑い方がそっくりだ。

 セレスフィーナさんの方は不思議そうに首を傾げてディークさんの事を見ている。


「ウチの馬鹿弟子と、アレクのどっちを選ぶのか、個人的にちょっと楽しみでなぁ?」


「あ、あ、あのっ、今はそういう事は関係ないんじゃっ」


「こっそり教えてみろよ。今のとこ、どっちの方が気になるんだ? アレクは生真面目で優しい気質の奴だが、お前的には保護者的な面が強いんだろ? その点、ウチの馬鹿弟子は色々問題ありだが、将来面白い男に化ける可能性も……、うぐっ!!」


 ずいっと顔を近づけ、ディークさんがニヤニヤと私に迫る様子を見ていたセレスフィーナさんが、まさかの肘鉄をディークさんのお腹に勢いよく……、ドゴッ!! と。思わぬところから攻撃を加えられたディークさんが、痛みを覚えたその場所に手を当てて、しゃがみこんだ。


「セレスぅ~……、お前、今、本気でやりやがったな?」


「ディーク兄様がユキ姫様の繊細な乙女心を弄ぼうとするからです。ユキ姫様、申し訳ございませんでした」


「い、いえ……。あの、ディークさん、大丈夫ですか?」


 ルイヴェルさんとも再会の時に、大戦闘よろしく暴れまくっていた人が、セレスフィーナさんの一撃で哀れにも沈んでいる。

 うぐぐ……と聞こえる呻き声は、多分本当に痛いからだろう。

 それにしても、まさかこんな時にアレクさんとカインさんとの事を持ち出してくるなんて……。

 あの時、不安に陥っているアレクさんの姿を探している時に、レイル君から助言して貰ってからも、ずっと……、ずっと心の奥底で悩んでいた。

 まだ恋をする事が怖い。自分の選択で、誰かを傷つけてしまうかもしれないと思うと……。それでも、私に想いを向けて待っていてくれる二人の為にも、前に進みたい。

 けれど、二人の事を知れば知るほどに、同じ時間を過ごせば過ごしただけ……、どんどん私の中で大切な人だという想いが強くなって……。


「はぁ……、セレス、お前本当たまに容赦ねぇよな」


「ディーク兄様が悪いんです。ユキ姫様はまだ『少女期』なのよ? 戸惑われて自分の気持ちが定められないのは、当たり前の事なのに……」


「まぁ、そうは言ってもよ。いずれは……、『落ちる』だろ?」


 俯く私に向けてなのか、ディークさんは意味深に『落ちる』と口にすると、私の顎を指先で持ち上げてみせた。ルイヴェルさんとセレスフィーナさんと同じ、知の深緑を抱く瞳に、ある種の熱を揺らめかせ……。


「お前は真面目だからな。いちいち難しく考えちまうのかもしれねぇが、安心しろ。恋ってのは、するもんでもやるもんでもない……。恋ってのは、『落ちる』もんだ」


「落ち……、る?」


「悩むだけ無駄って事だ。気楽に構えてろ。そのうち、拒んでも落とされる日がくる」


 恋は……、落ちる、もの。自然と胸の奥に波紋を落としたその言葉に、私は小さくそれを繰り返す。どれだけ悩んでも答えなど出ない。

 怖がっても、いつか自分の中で花開く感情と向き合う時がくる……。

 傷付く事を、傷付ける事をどれだけ拒んでも、必ず、『恋に落ちる日』がくる、と。

 

「そう、ですね……。いつか、そうなる日が……」


「わくわく、っつーより、怖い、って感じだな?」


「……はい」


 自分にはどうにも出来ない感情、それが、誰かを愛するという事。

 年頃の女性なら、恋愛事に好奇心やときめきを覚えるものなのだろう。

 ……だけど、私の心にいつも在ったのは、そうなってしまう事に対する恐れ、のような感情だった。

 アレクさんとカインさんを傷付けてしまう事への恐れを抱くよりも前からあったような気がする、朧気なもの。


「ふぅ……。随分とまぁ、繊細に育っちまったもんだなぁ」


「んっ」

 

 大きな手のひらで頭を撫でまわされ、額を指先で小突いたディークさんに微笑まれる。鬱陶しいとか、呆れているとかいった気配は見られない。


「人生も恋愛も悩みの連続、誰もがそれぞれの荷物を持ってるもんだ。お前が悩んで怯えちまってるのも成長のひとつってやつだから、無理に気にすんなとは言わねぇよ」


「ディークさん……」


「お前の抱えてるそれは、いつかお前が自分で乗り越えるもんだ。けどな、きつい、無理だって思ったら、周りを頼ってこい。セレスの他の奴らも、勿論俺もだが、必ずそれを乗り越える手伝いをしてやる。だから、どんと構えてろ」


 私の周りにいてくれる人達の頼もしさと、そのあたたかな眼差し。

 皆の言葉が、少しずつ、私の中で凝り固まっていた不安の塊を溶かしていくかのように、勇気を与えてくれる。


「ユキ姫様、こんな時になんですけれど、アレクとカイン皇子の事は、そのお気持ちを受け止めるだけで大変だと思うのです。一度に二人分の想いですから……」


「どっちも初恋だろうからな。ド級に重くなるのは覚悟しとけ」


「ディーク兄様、少し黙っていてくださいます?」


 茶化すように笑ったディークさんの腕を指先で摘まんで捻り上げたセレスフィーナさんの笑顔が、いつもと違って何だか黒いっ。

 ディークさんもそれに抵抗しないし、されるがまま。

 従兄妹の関係にある二人だけど、確か……、私が幼い頃にも同じような光景を見た気がする。

 基本的に、セレスフィーナさんが怒ると、ルイヴェルさんも言う事を素直に聞くし、逆らおうとはしない。ディークさんも同じだ。

 多分、フェリデロード家において、女の人の方が精神的に強いのかもしれないと、何故だか自分の中にある記憶と合わせてそう感じた。


「辛い時は、どうか私の許においでください。一人で抱え込まず、同じ女性として頼ってください。ユキ姫様のお力になりたいと思っておりますので」


「セレスフィーナさん……、はい。ありがとうございます」


 本当に、助けられてばかりだなぁと、私は感謝と自重の笑みを零す。

 恋はするものではなく、落ちるもの、か。

 ディークさんの言う通り、恋は拒み様のない運命。

 誰も傷付けたくないと願ったところで、逃げられない檻のようなもの。

 普通に自分の人生を歩んでいたって、誰かを傷付ける事はある。

 何も恋愛事だけが特別なわけじゃない。

 

「大体なぁ、振ったり振られたりなんか、日常茶飯事で起きてるような事だろ? 失恋しちまった方は、適当に周りが慰めてやるだろうし、自分でその内けじめだってつけられるもんだ」


「そうですよ、ユキ姫様。私の従兄の殿方なんて、しょっちゅう女性を傷付けていらっしゃいますから」


「え?」


「セレス……、俺はお前の弟ほどじゃねぇだろうが」


「数の問題じゃありません。それと、ディーク兄様の事だなんて、一言も言っておりませんけど?」


「~~っ!! 俺は本音で向き合ってるだけだっつーの!!」


 なんだか、私とカインさんが喧嘩をした時の光景に似ているような……。

 自分は女タラシでも、冷血漢でもないと、必死に繰り返すディークさんと、ツンとそっぽを向いて、少し怒っている様子のセレスフィーナさん。

 うん、まぁ……、幼い頃に見ていた男性陣の中でも、ルイヴェルさんとディークさんは普通より少し冷たい感じで女性を追い払っていたような気が……。

 確か、それを見て怒った私に……。


『ユキ、お前も学んでおけ。気のない相手に優しくするという事は、望みを持たせるという事だ。他に向けられるべき目を繋ぎとめては、相手が哀れだろう?』


 そうそう。妙にしみじみと言われた記憶がある。

 

「あの、そういえば……」


「「ん?」」


「ディークさんも、ルイヴェルさんも、女性に対して迷いのない対応をしているようですけど……、実際のところ、どうなんですか?」


 お二人に、好きな人はいるのだろうか。

 想いを向けてくれている女性を一刀両断するなんて、少しは考えてあげても良い気がするのに……。そう聞いてみると、ディークさんが一度セレスフィーナさんの横顔に意味深な視線を向け、私に答えた。


「本命がいるから、他の女はパスだな」


「そういえば、前にそんな話を聞いたような気がするけれど……。ディーク兄様、まだその方を射止められないの?」


「……うるせぇよ。俺の事はどうでもいい、つか……、もっと面白い事教えてやろうか?」


 セレスフィーナさんと私からの好奇心全開の視線をバッサリと切り捨て、ディークさんは話の矛先をわざとらしく逸らした。


「ルイヴェルの奴の事だが、アイツなぁ……、実は」


「は、はいっ」


「色々経験豊富に見せてるが、――初恋もまだなんだよ」


「――っ!?!?!?!?!?!?!?」


「でぃ、ディーク兄様!!!!!」


 思わぬ、というか、え? え? えぇええええええええええええ!?!?

 意地悪根性全開のお弟子さんと同じテンションで、こっそりと恐ろしい重要案件ネタを暴露してしまったディークさん。今の……、き、聞き間違い、かな?

 頭の中が真っ白になってフリーズした私の目に、セレスフィーナさんが恐怖を感じているかのように震えながら、青ざめていた。


「あの……、冗談、ですよね?」


「マジだ」


「ディーク兄様……、自分がいじられたくないからって、あの子を生贄にしなくてもっ。あぁ、バレた時が怖いわ」


「別にいいじゃねぇか。ユキはアイツの気に入りだ。お前を除けば、一番のな。知られたところで、怒りゃしねぇだろ」


 まるで、大きな重量級のパンドラの箱で押し潰されたかのようなこの恐怖感!!

 そういう部分は人にとって繊細というか、あまりいじるネタにしちゃいけないような……。う~ん……。


「反対にいじり倒される未来しか想像出来ないので、やめておきますね。あはは……」


「それが賢明ですわ、ユキ姫様」


 経験豊富だと言いたげな、あの余裕感満載の王宮医師様にそんな秘密があったとは……。とりあえず、胸の内に納めたのち、時の流れと一緒に忘れていくのが最善の策だと判断する。

 でも……、本当に意外だった。アレクさんと同じで、ルイヴェルさんも初恋がまだ、だったなんて……。


「ルイヴェルさんって……、意外にピュアだったんですね」


「あ? 何言ってんだ。恋愛しなくても、女とのあれこれは」


「ぁああああああっ!! ディ、ディーク兄様!! ユキ姫様!! そろそろ部屋に戻りましょう!! アレク達の様子をしっかりと見守っていないと!!」


「ん? ぉ、ぉお……。戻るか」


 ディークさんが何をポロっと暴露しかけたのか、流石に私にもわかってしまった。

 初恋と聞いて、ついうっかり、アレクさんと同じに考えてしまいかけたけど……、あぁ、はい。そうですよね。

 あの王宮医師様が『やんちゃ』をしていないわけがありませんよねぇ……。

 昔は色々とやらかしていたと聞いているし、当然というか。

 これに関してはカインさんとの事が私に柔軟性を持たせているのでいいとして、……でも、やっぱり意外だった。


「初恋……、まだなんだ」


 それはつまり、誰かに本気の想いを抱いた事がないということ。

 ルイヴェルさんが本気になったら、……どうなるんだろう。

 ちょっとした好奇心を湧きあがらせながら、私は医務室に押し込まれかけているディークさん達の許に続いたのだった。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え……、もう、ですか?」


 医務室に戻った私達は、そこに集まっている全員の気配に戸惑いを感じ取った。

 ラシュディースさんが術により作り出した『映像』でエリュセードの表側の様子を見ていた中の人達。

 だけど、古の魔獣が、封印ではなく……、完全に軍勢の手によって滅ぼされたと。

 そう聞いた私は、あまり嬉しそうではない皆さんの様子に疑問を抱いた。

 魔獣は無事に倒された。結果だけ聞けば、何も問題はないず。

 それなのに、どうして皆さんの様子が困惑しきったものなのだろうか。


「あの、……何か、問題でも?」


 確かに、魔獣が倒されるまでの時間は非常に短かったと思う。

 ガデルフォーンの地を脅かした強大な瘴気の恩恵を受ける古の魔獣……。

 その脅威は、確かにこの目に焼き付けられた。

 沢山の人々をあの猛爪で引き裂き、おぞましい牙と共に恐ろしい惨劇を繰り広げた魔獣……。よくよく考えてみれば、確かに片付くのは早すぎるのかもしれない。


「エリュセードの表側には、各国の軍が待ち構えていたんですよね? それに、後から魔獣を追って向うに渡った皆さんも討伐に加わったわけで……」


「確かに、戦力的にはガデルフォーンを含めた各国の軍勢が魔獣にとって脅威となった事だろう……。だが、途中で少々おかしな異変が起こってな。それが、……気にかかる」


 顎に緩く握り込んだ右手を添えているラシュディースさんが、壁に背を預けた状態で瞼を伏せた。

 それに倣うように、カインさんやレイル君、レイフィード叔父さんとお父さんも思案に耽っている。


「変……、なんだよねぇ。最初は、僕達と戦っていた時の勢いを失っていなかったのに、途中から、急にがくっと、戦闘能力が落ちた、というか……」


「父上、軍勢による猛攻で弱った、とも最初は考えたのですが、やはり違いますよね?」


「うん。あれは弱ったんじゃなくて、『力を失った』というのが正しいと思う。それと同時に動きも著しく鈍くなったし、あとはもう一方的な袋叩きだったからね」


 『力を失った』……? 他の皆さんも同じ意見らしく、『映像』の中に何かを探そうとしているかのように、後始末をしている人達の様子を凝視している。

 浄化の光と共に、魔獣を構成していた瘴気が星屑のように消えていく……。

 すでに終わりかけているその光景を見つめながら、私も妙な違和感に襲われていた。魔獣は再封印の必要もなく、永きに渡る悲劇に幕を閉じた。

 終わった、はず……、なのに、どうにもすっきりしない心地だ。


「あれじゃねぇのか? また、あのクソガキ共が魔獣に何かした、とかよ」


「カインさん……。確かに、その可能性はありますよね」


「まぁね。魔獣の強大な力を、あの子供達が陰で吸収した、とかね」


 まるで最初から、私達を引っ掻き回して、ある程度で撤収する事が決まっていたかのように。

 その場の全員が無言となり、何の為にマリディヴィアンナ達が今回の事を引き起こしたのか、元々の目的を探るために原点に戻った。

 魔獣の復活で、ガデルフォーンの人達が苦しみ血を流す姿を見たかったから?

 エリュセードの表側に魔獣を転移させて、各国の民に混乱と不安を植え付けたかったから?

 マリディヴィアンナ限定で考えれば、納得できる答えではある……。

 だけど、本当に? 本当に、それが目的だったのだろうか。

 皇子様達の魂を用意した器に取り込んだ事も気になるけれど、表側にその姿はなかったらしい。

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、ある程度で満足をした状態にしか見えない、今回の結末。そういえば、……、魔獣が復活した際に、妙なものを見たような気がする。


「あの、関係ないかもしれないんですけど……」


 魔獣の中から飛び出した石のような塊……。それは天空へとすぐに消え去った。

 紫と黒の炎に包まれた石……。それを目にしたのは私だけではなく、ラシュディースさんやディークさん達もだ。すぐに戦闘が始まって、それに関して話をする暇はなかったのだけど……。


「あれか……。一瞬の事だったからな。俺もディアも、それに関しては気になっていたんだが……」


「ラシュディース殿、私とレイフィードはそれを見ていないのだが、魔獣の一部が飛び出したと、そういう認識でいいのかな?」


「あぁ。ユーディス殿の認識で間違ってはいない。あの時は、復活時の負荷で外側に飛び出した瘴気の一部かとも思ったんだが……、今となっては、重要な何かではなかったのか、と、そう思えてならない」

 

 あれが何だったのか……。消えた今となっては何もわからない。

 一体どこに消えてしまったのか、何の意味があったのか……。

 静まり返る空間の中、胸の奥に不快な疑問が、じわりと染みを広げた。

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