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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~
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副団長補佐官様と、上司二人の今日この頃!~ロゼリア視点~

ウォルヴァンシア騎士団、副団長補佐官ロゼリア・カーネリアンの視点になります。

「ふぅ……、今日はユキ姫様が見学してくださったお蔭で、団員達のやる気にも良い影響が出たようだ」


 ユキ姫様からお預かりした袋を抱え、団長執務室へと急ぐ。

 国王陛下の兄君であられる、ユーディス殿下の大切な姫君。

 私はそれほど深く関わる事はなかったのだが、幼い頃のあの方とは何度かお会いした事がある。

 幼い頃のユキ姫様はとても素直で愛らしく、国王陛下の腕の中で楽しそうに笑っておられた。

 それは、成長された今でも変わることなく、昔の面影を残されている。


「さて、そろそろ団長が戻られている頃だな」


 私は今日一日の報告を果たす為に、団長執務室へと急いだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「団長、失礼いたします」


「お~、お疲れ~! ロゼ!! 不在中世話かけたな。何もなかったか?」


 予想通り、我らがウォルヴァンシア騎士団の団長であられる、ルディー・クライン殿が外での用事を済ませ執務室へと戻っていた。

 処理していた書類から顔を上げ、右手を横に小さく振って私を出迎えてくださっている。

 白銀の世界を思わせる髪色は、首の内側付近が鮮やかな真紅になっており、髪の表面にも一部その紅の色合いが混ざっている。

 外見的に見れば、十代半ば程に見える少年だが、中身が違う。

 大人の姿をしている私よりも、遥かに年上の男性。それが、ルディー・クライン団長の本質だ。

 詳しい話を聞いた事はないが、団長は狼王族と別の種族の混血らしく、好んで少年の姿を纏っていらっしゃる。誰に壁を作る事もなく、ウォルヴァンシア騎士団においても、団員達を家族のように気遣う懐の深い方だ。


「それで? その手に持っているのは何だ?」


「実は、騎士団の方にユキ姫様がいらっしゃいました。団長の命がありましたので、副団長への面会はお断りいたしましたが」


「サンキュ~……。さすがに見せらんねーんもんなぁ……、アレは」


 団長が椅子に座り直して視線を室内にある左側のソファーに向けると、私も同じく遠い目になって溜息を吐きだした。

 真剣な横顔で書類に目を通している……、珍妙なヅラを着用した男。


「副団長……」


 レイフィード陛下からの罰という話だったのだが、見ている側のこのやるせなさ……。

 出来ればもうちょっと罰の中身をまともな物にして頂けなかったのかと、陛下に慈悲を願う日々だ。ちなみに、何故こんな恐ろしい罰が与えられてしまったかというと、レイフィード陛下にとって大切な姪御であられるユキ姫様への不埒な真似が原因だったらしい。

 騎士団の仕事を必要最低限で抜け出し、狼の姿でユキ姫様の許に通っていた副団長。

 寝台に潜り込んで添い寝までしていたという話を知らされた際、私は何分か思考が停止した。

 ウォルヴァンシア騎士団の副団長が、自国の王兄姫殿下の寝所で同衾するなど……、はぁ。

 まぁ、詳しい事情を団長から伺った時には安心したものだが。やはり、副団長は副団長だと。

 元々、御弟妹の多い方だ。ユキ姫様の身の上を思い、放っておけなかったのだろう。


「仕方ないといえば、仕方ないのかもしれませんが……。副団長だけを罰しているおつもりが、私達にまでダメージを与えている気がします」


「陛下の考える事だしな~。面白おかしくしたいだけだったんじゃねーの? で? 姫ちゃんはそのまま帰ったのか?」


「いえ、私がお誘いしまして、夕方まで騎士団の訓練模様を見学して頂きました。皆、ユキ姫様の訪問に、とても喜んでおりましたよ」


「俺もまだ姫ちゃんに会ってないってのに、羨ましい奴らだなぁ」


「それと、ユキ姫様から私達騎士団の者への差し入れと、副団長への差し入れをお預かりしております」


 腕に抱えていた袋を持ってテーブルに移動し、私はそこにユキ姫様からの預かり物を置いた。

 書類から目を離し、副団長の視線がラッピングされた袋を見つめた。


「ユキが……、持ってきたのか?」


「はい、本当は副団長にお会いしたかったそうなのですが……。今の副団長をご覧になられてしまったら、色々と大変かと思いまして。面会の代わりに、この青色の袋の方を渡してほしいと頼まれました」


「……そうか、すまないな」


「いえ」


 青色のラッピングされた袋を手に取ると、副団長の表情が一気に緩んだものへと変わっていく。

 切なく、そして嬉しそうな優しげな笑み……、なんという珍しい表情。

 ユキ姫様からの差し入れを胸に抱き締め、暫くじっとした後、今度は暗く表情を翳らせた。


「俺に、受け取る資格が……、あるのだろうか。ユキは……、俺を……、許してくれたのだろうか……」


 どうやら、ユキ姫様に正体がバレた事を相当罪深く感じているらしい。

 確かに善意からとはいえ、年頃の姫君を欺いていたのだ。

 どんな理由があろうとも、副団長の行動は、平手をされても文句は言えない大罪と言えるだろう。

 狼の姿でユキ姫様と添い寝……。結果的にユキ姫様の御心を慰める事が出来たのは良かったが、同衾はまずい。何も知らなかったユキ姫様からすれば、狼の皮を被った男に騙されたとしかいえないのだから。それなのに……、ユキ姫様は副団長を罰するでもなく、平手一発でお済ませになったらしい。なんと心優しく清らかな御方なのだろう。


「あのよぉ~……。一人でブツブツ言って悩んでるとこ悪ぃ~んだけどよ~。アレク、そのヅラ、やっぱりまだ解禁にならねーのか?」


「……あ」


 副団長の自問自答の独り言を見ながら思考に沈んでいた私は、団長のうんざりとしきった声を聞いて我に返った。ここ最近、副団長は毎日あのヅラを被って私達の前に現れている。

 レイフィード陛下が与えた罰……、異世界の偉い御方の髪形を模した物らしいのだが。

 確か……、『トノサマ』とだったか……。

 私はそのトノサマという御方を見たこともないので、なんとも言えないが……、ヅラを装着した副団長の姿は、表現しがたきシュールなものなのだ。

 ある団員は絶句し、ある団員は笑い転げ、またある者は副団長のイメージが大崩壊だとショックを受け、理想をぶち壊された為に引き籠もりとなってしまった者も若干名いる。

 ちなみに、私は副団長のヅラ姿を拝見した時、実は……、少しだけこっそりと笑ってしまった。

 あんな珍妙な髪形を好む、異世界の偉い御方。その趣味嗜好は実に独創的だ。

 だからこそ……、今の副団長のお姿をユキ姫様にお見せするわけにはいかないのだ。

 もしユキ姫様がヅラ姿の副団長を見てしまったら……、おそらく、御心の優しいユキ姫様のこと。

 大声を上げて笑い転げる……、という事にはならないとは思う。

 きっと必死に耐えて下さるだろう。副団長の繊細な男心を傷付けない為に。

 しかし、万が一にも、副団長とユキ姫様の間に更なる亀裂が入ってしまう可能性も考慮し、レイフィード陛下からの罰が解けるまでは、お二人を会わせないようにという決定が下された。

 副団長には、別の訓練場所での団員達への指導をお願いしている為、滅多にユキ姫様と顔を合わせる事はないはずだ。このまま何事もなく進めば……、晴れて罰は解かれ、御二人をもう一度会わせることが出来る。だから、それまで……、何としても、この姿の副団長をユキ姫様から隠し通さねばならない。


「陛下からのめいでは、確か……、あと、三日ほどだったとは思う」


 ユキ姫様への罪悪感との自問自答を終えた副団長が、顔を上げてそう言った。


「まだ三日もあんのかよ……。アレク、そんな妙ちくりんなモン被ってて、辛くねーのか? そろそろ泣きたい気持ちになってるんじゃないのか?」


「特には。むしろ、この程度の処罰で済むとは思っていなかった。騎士団除名を覚悟していたからな」


「『この程度』ねぇ……。お前、それがマシな処置に見えるって、すげーと思うぞ?」


「別に俺は気にしない。だが、さすがに面妖な物だとは感じているが、ただ被っているだけだ。それに、痛みもなければ、生活に支障もない」


「……羞恥心とか、そういう世間一般の感情どこに置いてきたんだよ、お前は」


 盛大な溜息を吐き、「俺だったら引き籠もるわ」と団長が頭を抱えて執務机に突っ伏した。

 私も同じく同感だ、あんな珍妙極まりない物を被らなければならないなら、実家に引き籠もる。外れるまで誰にも会わず、殻に籠るように膝を抱えて隠れてしまうだろう。

 ついでに、情けないとは思うが、少し泣いてしまうとも、思う。

 しかし……、副団長は御覧の通り、何も気にしていない。

 ある意味図太いというか、おそらく、ユキ姫様に関する葛藤に思考を埋め尽されているせいだろう。

 副団長は、青いラッピングされた袋のリボンを解き、その中身を手に取った。

 私が団員達と食べた物とは違う、生地の表面に甘い蜜のようなものが塗られている焼き菓子。

 その焼き菓子の形状は、犬……、いや、狼と思われる形となっており、ふっくらとして、とても美味しそうなものだった。


「ユキ……、俺の為に……かぷっ」


 一口、副団長はそのふっくらと柔らかな生地に口を付けると、この世で一番の幸せを感じているかのように、焼き菓子をうっとりと咀嚼した。

 副団長補佐官である私が、このような事を思っていいのかはわからないが……。

 その光景はまるで、犬が大好きな飼い主に餌を与えられた時のように見える、喜びに満ち溢れた光景だった。余程美味しいのか? それとも、ユキ姫様の手作りだからか……。

 おそらく、答えは後者の方だろう。


「美味い……」


「そりゃ~良かったな。で、ロゼ。そっちは俺達の分なんだろ? 俺も腹減ったし、少し貰ってもいいか?」


「はい。副団長の物とは違いますが、こちらもとても美味しい焼き菓子ですよ」


 ソファーへと寄って来た団長に焼き菓子を差し出すと、副団長が動きを止め、こちらをじーっと見つめてきた。……なんだろうか。この若干恨みがましい視線は。


「なんですか、副団長?」


「ユキの作った物を……、先に……、食べたのか?」


「はい、休憩中に頂きました」


「……」


 まさか……、ユキ姫様の作られた物を、先に私達に食べられて悔しがっているのだろうか?

 自分はユキ姫様の手作り(特別仕様)を食したというのに……。

 仮にも副団長職にある者が、そのように心が狭くていいのかと指摘したくなる心境だ。


「あれの事が、そんなに気に入ったか? アレク」


 副団長の少し拗ねた視線と戦っていた私は、不意にかかった訪問者の声にそちらを向いた。

 いつの間にか開いていた扉の所で、王宮医師のルイヴェル殿が特に何の感情も……、いや、違う。

 あれは、平静を装いながらも、内心では少し苛立っている顔だ。

 その隣では、同じく王宮医師のセレスフィーナ殿が苦笑気味に寄り添っている。


「お~、どうした~? お前らがこの時間に来るなんて、珍しいな」


「ふふ、明かりが点いていたから、ちょっと寄ってみたのよ」


 金の髪が美しいセレスフィーナ殿がそう答え、ルイヴェル殿と一緒にソファーへと近付いてくる。

 お二人は、このウォルヴァンシア王宮にて、名誉ある王宮医師という立場にあり、レイフィード陛下からの信任も厚い方々だ。

 この国でも名高いフェリデロード家の双子であり、対照的な金と銀をそれぞれ髪に宿している。


「丁度、隣町からの仕事帰りでな。気が向いた結果、ここまで足を運んだというわけだ」


「それは、お疲れ様でした、ルイヴェル殿。ユキ姫様からの差し入れの焼き菓子が残っていますので、お二人とも、よろしければどうぞ」


「あら、いいのかしら?」


「おう、遠慮せずに食ってけよ~。姫ちゃんの焼き菓子、すっげ~美味そうだからな」


お二人にソファーへ座るよう促すと、私はお茶でも淹れて来ようと、隣室へと足を向けた。


「――で、そのヅラはいつまでの仕様なんだ?」


 人数分のお茶をテーブルの上に置いていると、ルイヴェル殿が真顔のまま副団長に問いかけた。

 その横では、セレスフィーナ殿が肩を震わせて噴き出しそうなのを必死に堪えている。


「あと三日ぐらいらしいぜ? てか……、セレスフィーナ、大丈夫か?」


「ご、ごめんなさ、いっ……。こ、この前も、見た、のにっ。ふふっ……、すぐっ、治まる、からっ」


「セレス姉さん、堪える事はない。今のアレクは、どこからどう見ても笑いの対象だ。遠慮せずに笑ってやるといい。盛大にな」


「ほ~んと、容赦ね~なぁ、お前は」


 仕方がないと言えば、仕方ないだろう。

 副団長のヅラ姿は、絶句するか大笑いするかの二択ぐらいしか反応がない。

 何度見ても同じ反応が出てしまうセレスフィーナ殿のお気持ちは、よくわかる。


「ふぅ……、それにしても、陛下も困った罰をアレクに与えられたものね。その……、ヅ、……ヅラ……、ふふっ」


「アレクだけじゃなくて、俺や周囲の奴らにもすげー被害出てるけどな」


「レイフィード陛下は、私達にも二重に罰を与えられているようなものですからね……」


「あの方は茶目っ気が強いからな。仕方ないだろう」


 確かに、我らがウォルヴァンシアの最上位にいらっしゃるレイフィード陛下は、面白い事が大好きでフレンドリーな御方だ。

 だがしかし、その習性で騎士団や王宮の者達にこんな笑いの渦を提供してくださらなくても……。


「ですが、あと三日ほどで罰は解けます。そうすれば、副団長もユキ姫様と時間をとってゆっくりお話が出来るのではないかと」


「許すだろうな。あれは、所謂、お人好しの部類に属するタイプだ」


「……ユキ。……俺を、許してくれるだろうか……」


「ちゃんと事情があったんだもの。それを説明して、アレクの気持ちをお伝えすれば、きっと大丈夫よ」


「そ~そ~。ウダウダ悩んでるより、さっさと話して解決しちまった方がいいって」


「私も同感です」


 心細そうに私達を見まわした副団長に、その場にいた全員……、いや、ルイヴェル殿以外が、自信を持って頷いた。ユキ姫様なら、きっとわかってくださる。

 副団長の情の深さを、思い遣りを……。私はそう確信して、手作りの焼き菓子を手に取った。


2014年、5月4日。改稿しました。

2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。

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