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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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不穏、それはさらなる淀みへの誘い

今回は、ウォルヴァンシアの王宮医師、ルイヴェルの視点で進みます。

 ――Side ルイヴェル


「災厄ばかりをばら撒くのが、お前達の仕事か……」


 異変に次ぐ異変を目の当たりにしながら、現れた不審者共を見据えて静かに問う。

 眼下で消えた巨大な魔獣。黒銀の陣により完全に砕け散った神殿周辺の結界……。

 その直後、眼下に現れた、大量の瘴気の獣達。

 『核』を体内に宿す化け物達が神殿のあった場所を蹂躙しようと交戦を始めた。

 女帝率いるガデルフォーン側を嘲笑するかのような真似を、一体何度仕掛けてくれば気が済むのか……。腹が立つを通り越して、お前達はそんなに暇なのかと呆れ果ててやりたいぐらいだ。

 俺からの嫌味に、不精髭の男……、ヴァルドナーツがそれを撫でながら、とぼけた顔で答える。


「次々とビックリ箱を開けるようで楽しいんじゃないかな?」


「悪趣味過ぎて……、女に受けない男だな、お前は」


「ははっ、そうだね~。昔も同じような事を言われた事があるよ」


 笑えない冗談と、そうでない事の区別がつかないわけではないのだろう。

 自覚した上で、このヴァルドナーツも……、その横で皮肉めいた笑みを浮かべているカイン似の男も、自分達の意思で惨劇を引き起こしている。

 だが……、ただ血を好む故の暴挙ではないはずだ。そんなに血を浴びたければ、自分達の手で殺してまわればいい事だ。それをせず、あえて手間のかかりすぎる魔獣の封印を解いたのは、その先に『目的』があるからに違いない。

 皇子達の魂の許へと急いだ父親の後を追わせぬようにヴァルドナーツ達の行く手を阻み、……口端を僅かに上げてみせる。


「で? ――『魔獣をエリュセードの表側に転移』させて、世界征服でもするつもりか?」


「ククッ……、はっ、世界征服か。それも面白そうだが、あの魔獣一体ぐらいじゃ、夢のまた夢だろ」


 俺の皮肉に答えたのは、カインと似た面差しを持つ男の方だった。

 似ているのは顔だけだ、と、心底そう思えるのは、この男の方がすでに闇の底まで堕ちているような禍々しい不穏をその身に抱いているからか……。

 この地にはもう欠片も残っていない魔獣の存在がエリュセードの表側に転移させられた事に気付いた俺の言に、大して驚いた様子もなく、男達は喉の奥で面白そうに嗤っている。


「――お前達の狙いは何だ? 何故エリュセードの平穏を脅かそうとする」


「さぁな。俺達はそれぞれの『願い』を叶える為に、『アヴェル』の目的を手伝ってるだけだ」


「……アヴェル?」


「お姫……、マリディヴィアンナと一緒にいたガキだよ。俺達にとってアイツは……、『神様』だからな」


 あの銀青を纏う子供の事か……。男達の口振りを見たところ、その『アヴェル』という名の子供がこの二人にとって『上』である事は明白だった。

 『神様』というのは恐らく比喩の類なのだろうが……、この男達とあの子供の間には、利害関係があるという事か。

 契約にも似た交換条件で一時的な協力関係を結んでいるらしき事を明かす男達にとって、恐らくそれは重要な事柄には入らないのだろう。

 捕獲する為に放った俺の術、銀緑の巨大な網を片手で払いのけたカイン似の男が、こちらの懐に素早く飛び込んでみせると、竜手へと変化しているそれで俺の身体を引き裂こうと攻撃を仕掛けてきた。それを間一髪の所で避け、男の背後にまわり勢いをつけた蹴りを繰り出す。

 だが、すぐに男はヴァルドナーツの方に飛びのいて俺を嘲笑う。


「まぁ、ここでの目的は果たしたも同然だが、もう少し付き合ってやるよ」


「そうだね~。一応ついでのお仕事も残ってるし、話し相手くらいにはなってもいいかな」


 自分の肩にカイン似の男の腕を乗せられたヴァルドナーツが、暗く淀んだ不穏をその双眸に揺らめかせ、俺の父親が向かった先を見上げる。

 消えた魔獣に続き、その場に残された皇子達の魂はいまだその場所に在る。

 最初は再封印にその魂を巻き込み、女帝に消えぬ傷を再び刻み込む為かとも思ったが……。それだけで済むような問題ではないのだと、男達の『神様』……、『アヴェル』とマリディヴィアンナの悪趣味さを思えば、次の予想が立つのは当然だった。

 皇子達の魂をこのまま放置しておけば、恐らくは……。


「話し相手……、か。なら付き合いついでに解説でもしてくれるか? ――『誤魔化し』の種明かしをな」


 ユキにだけ視る事の出来た『仕掛け』……。

 宝玉の恩恵を受ける女帝や、内包する魔力値が桁外れの俺やサージェス達にも捉える事の出来なかった『存在(罠)』。

 上手く隠したものだ……、と感心出来るレベルを超えた所業だった。

 そして、『場』に小さな異変を仕掛けたのは、自分達が裏で進めているそれを誤魔化す為ではなかったのもわかりきっている。

わかりやすい『餌』を撒き、……ただ、俺達を嘲笑う為だけに仕掛けられた『遊戯』。

 完全に舐められていたという他ないだろう。自分達の『仕事』をしながらの横目で、小者が足掻くのを愉しんでいた、それだけだ。

 

「あぁ、それね。――『神様の恩恵』って、やつかな」


「恩恵……?」


 それを隠す気はないらしく、不精髭の男が葉巻を眼下に放りながら呟く。

 『神様』、つまり、『アヴェル』という名のあの子供が何らかの力を授けた、と、そういう事なのだろうが……。古の時代にエリュセードの地を脅かしたとされる『黒銀の力』、そして、囚われた皇子達の魂を侵している『青銀』……。

 それらの情報から安直に出される答えはあるが、『封印』が解けたという報告は上がってきていない。

 たとえ永き時の流れの中に埋もれようと、封じられた存在を監視する目は曇っておらず、各国の王家が、それぞれに『鍵』を有しているはずなのだから……。

 だとしたら、この男達の上に立つ『アヴェル』の正体は、それ以外だという事になる。だが……、ひとつだけ、『心当たり』がない事もなかった。

 

「俺達はそれぞれに、『アヴェル』と契約した際にその『恩恵』、つまり、特殊な能力を手に入れた……。このヴァルドナーツの場合は、『隠す能力』ってやつだな」


「地味だけどね~……。まぁ、俺の『仕事』には役立ってるからいいけど」


「まぁな。お前には似合いの能力だと俺も思うぜ? どんな強い魔力の持ち主だろうと、研鑽を積んだ魔術師だろうと、『本来であれば視えない』はずの、絶対的な仕掛けだったんだが……」


 こいつらにとっても想定外だったのだろう……。

 視る事の叶わないそれを、『視通せる存在がいた』。

 計画に不都合はなかったのだろうが、今後の動きに邪魔となるユキの存在は、恐ろしい脅威にもなりえる……。漆黒の髪を纏うカイン似の男とヴァルドナーツが、その双眸に不穏の影を落としながら、遠くにいるユキの姿を捉えるのが見えた。

 その視線を阻むように、俺は視線の行き先の前に身体を滑り込ませる。


「あれに手を出す事があれば……、命はないと思え」


「はっ、物騒な奴だな。まぁ、そうだろうな……。あのお姫さんの手でぶっ刺されても起き上ってきたほどの男だ。――有言実行は確実、か」


「無駄口を叩いている間に、あの世にいくか?」


「う~ん……、それは『無理』だと思うよ? 君に、いや、他の誰にもそれは出来ない」


 ヴァルドナーツの苦笑は、俺を侮っているわけではなく、ただ、『事実』を述べているように感じられる……。二本目の葉巻をその手に持ち、口に咥えると……、ヴァルドナーツは物思いに耽るような表情を纏い、俯いてみせた。

 それは僅かな一瞬のこと。隣の漆黒を纏う男も、その真紅の双眸に哀愁にも似た何かをよぎらせる。


「ま、お前程度じゃまだまだって単純な話だな」


「俺達は、存在さえも不確かなものだからね……。君には悪いけど、『願い』を遂げるまで、消えるわけにはいかないんだよ」


 それが合図となったのか、二つの不穏は目の前から掻き消え、今度こそ遥か上空に佇む皇子達の魂へと宙を蹴り視線の先へと飛び上がった。

 その後を追いかけ、作業を続けている父の許に辿り着かないように妨害を仕掛ける。


「行かせるか……!!」


「あぁ、そうだ。ついでに教えといてやるよ! この国の連中が必死こいて張った結界、俺が一部に細工してた事、気付かなかっただろ? お前達の大事にしてるお姫さんが気付く危険性もあったが、――あの目には『穴』がある」

 

 踊り狂う炎の螺旋が漆黒の髪の男から放たれ、避けようと飛び退るが……、僅かに間に合わず、その熱が俺の首筋を焼いた。――瘴気を含んだ、穢れの炎。

 頭上では、ヴァルドナーツが俺の父親に攻撃を仕掛けようと襲い掛かるが、一度に複数の陣を行使した父さんの術によって、それは容易く跳ね返された。

 エリュセードにおいて、最強とも謳われる魔術師の一人に数えられる男を害すには、手間がかかる。だが、……、目の前にカインがいるのではないかと錯覚するほどの魔性を抱く男の言、ユキの目には『穴』があるという言葉が気にかかった。

 ガデルディウスの神殿、その存在が永き時に渡って守り続けた封印を脅かし、魔獣を解き放った『仕掛け』と、『青銀の管』を視通したその力……。

 類まれな能力ではあったが、その実、完全なものではないのだと、魔獣が消えたその瞬間に気づいてはいた。

 ユキの能力には、不安定な『穴』がある……。万能ではないのだ。

 だが、それがどうした? 俺達はユキに全てを負わせる気などない。

 出来る事なら、ウォルヴァンシアの地から一歩も出さず、守り抜きたいと願う。

 だが、母親であるナツハ様の遺伝故か、ユキは外の世界に興味を持つ娘だった……。

 さらに言えば、ガデルフォーンへの遊学を決めた一番の理由は、この国の希少生物であるファニルに釣られたという単純過ぎる不純な動機だ。

 あの時、ユキを部屋に閉じ込めてでもその決断を阻んでいれば、こんな事にはならなかったのだろう。……今思う事ではないが、心底、ファニルに対して八つ当たりをしたい気分だ。


「ルイヴェル!!」


 直後、注意を一瞬だけ逸らしてしまった俺の前で。美しい『紅』が眼前を覆い尽くした。放たれた激しい炎の奔流が、俺と敵の間に壁を作っていく。

 その紅の向こう側で、カイン似の男が息を呑む気配が伝わってきた。


「新手か……。良かったなぁ? 味方が増えて」


「多勢に無勢じゃないだけいいだろ? ――ルイヴェル、大丈夫か?」


 俺の方を僅かに振り返り、案じる低い声音で問うてきたのは、女帝やラシュディース様と同じ、アメジストの美しい輝きを秘めた若い男だった。

 腰よりも長く流された紅と、耳元から胸の前に流れる銀の房のような髪。

 その色合いを纏う男は、ウォルヴァンシアの騎士服を纏っていた。

 俺はこの男を知っている。普段は母親の血である狼王族の姿を、十代半ばの少年姿を纏い、有事の際には元の姿へと戻る……、騎士団の長。

 

「下の方は大丈夫なのか……、――ルディー」


「ロゼに指揮権を任せて来たから問題ねーよ。それよりも、親父さんの邪魔をさせなければいいんだよな?」


「あぁ……。皇子達の魂を全て解放するまでな」


「エリュセードの方は?」


「多少ざわつくだろうが、すぐに各国が対処にあたるだろう。そちらは気にしなくてもいい」


「了解……、じゃあ、やるか」


「あぁ」


 ウォルヴァンシア騎士団長、ルディー・クラインが父親の血筋である竜煌族の姿を纏い、解き放たれた強大な力と共に、敵の懐に飛び込んで行く。

 その姿を見送った後、俺は顔から眼鏡を外し……、白衣の胸ポケットにそれを収めた。

 俺も、他の者達も、『アヴェル』が率いる敵の好きにさせておけるほど、寛容ではないからな……。術者にとって大きな負担を伴う、詠唱を用いない術の行使を同時に幾つも展開し、――『報復』に転じる。


「手加減は……」


 ――当然、出来るわけもない。

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