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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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視えない不穏と、逃した思考

 ――Side 幸希


 魔獣が、消えた。

 形勢逆転かと思われた戦況に生じた、不可解な光景。

 マリディヴィアンナの仲間と思われる二人の男性と、ガデルディウスの神殿を取り囲むように現れた巨大な黒銀の陣。

 現れるかもしれないという危惧はあった。

 だけど、彼らがその姿を現した直後に、私達の目の前で魔獣の身体が霧のように溶け消えてしまうなんて……、全く予想出来なかった。

 一体何が……。レイフィード叔父さんに記憶の鍵を外して貰おうとした矢先の出来事。誰もが意味不明なこの事態に息を呑み、不安と共に目を瞠っている。


「どういう事だ……」


「アレクさん……、私の見間違いじゃありませんよね……? 魔獣が、消える、なんて」


 理解の出来ない光景を凝視し、私は傍にいたアレクさんの腕に指先を添えた。

 ガデルフォーンの地に集まった軍勢が、攻撃対象を見失い、困惑と共にざわめいている……。

 魔獣は、どうなってしまったのか。

 滅ぼされた? 見えなくなっただけ? それとも、どこかに転移したんじゃ……。

 私は一度地面に落とした視線を上げ、魔獣の姿を捜す為に視線を落ち着きなく走らせる。この身に不穏を視通す力があるのなら……、もう一度、私に『真実』を視せてほしい。

 そう強く願いながら、神殿と、その周辺の景色に視えるものはないかと集中してみたけれど……、何も、掴めない。


「どうして……」


 絶対に隠された何かが在ると、そう予想していたのに……。

 ざわりと心の水面を侵食するかのように、淀んだ不安の波紋が広がっていく。

 どうして視えないの? 魔獣の封印を脅かし、それを成した存在や、ガデルフォーンの皇子様達の魂と魔獣の存在を繋ぐ青銀の糸の存在は視えたのに……。


「父上、魔獣は……、消滅した、わけではありませんよね?」


「うん。あれほどの存在をそう簡単に滅ぼす事なんて、出来るわけがないからね」


 魔獣の死亡説はないと確信しているレイル君に、レイフィード叔父さんの確かな頷きが返される。ガデルフォーンを絶望の底に陥れた、強大な力と瘴気を有する古の魔獣……。それが、あっさりと消される……、などという事はあり得ない。


「じゃあ、どこに行っちまったんだよ……。気配も完全に消えちまってるってのに」


 舌打ちを漏らしたカインさんが、私の傍に立って空の方に視線を上げた。

 この場所のどこかにいるのなら……、魔獣の気配が色濃く残っていても不思議はない。

 それなのに、カインさんやレイル君、レイフィード叔父さんの口からは、魔獣の存在が消失したとしか思えない言葉ばかりが紡がれる。

 仮に、あの不穏を抱く男性達が行使する何らかの力によって、魔獣が別の場所に転移させられたとして、だとしたら……、どこに?

 それに、ガデルフォーンの皇子様達の魂と繋がっている青銀の糸、いいえ、目に見えてわかるほど、太く脈打つような管へと変化したそれがまだその場に残っている。

 幾つもの管から地上に向かって終結したその先には、丸い大きな青銀に光る球体の姿がある。

 あれもまた、目を逸らせない対象のひとつ……。


(もっと……、近くに行けば、何か視えるのかな)


 だけど、今迂闊に動く事は皆さんの迷惑になってしまう危険性もある。

 私は許された範囲で少しだけ前へと歩み出ると、今度は神殿の周囲ではなく、遥か頭上に広がる闇空へと視線を流し、神殿とは全く関係のない場所を探ってみる事にした。関係のある場所以外にも、何かあるかもしれない。


「ユキちゃん、今は動かない方がいいよ。何が起きるか、僕にも予想が出来ないからね」


「レイフィード叔父さん……。あの、こんな時に申し訳ないんですけど、私を抱えて飛んでもらう事って、可能でしょうか?」


「飛ぶ、って……。ユキちゃん、何か気になる事でもあるのかい?」


「はい……。これから何が起こるのか、あの子達が仕掛けた何かを、探しに行きたいんです」


 突然消えた魔獣と、あの場に現れた二人の男性。

 そして、神殿を取り囲み、不気味な静寂を保っている黒銀の陣……。

 ここにルイヴェルさんがいれば、自分の力を過信するなと怒られていたかもしれない。だけど、今の状況と、それまでに続く過去の出来事を振り返った私は、使うべき時が今なのだと、そう思えてならなかった。

 それに、私が探りたいのは神殿の方ではなく、それ以外の場所。

 ただ空から場を眺めるだけなら、皆さんの邪魔になる事はないだろう。

 そう、レイフィード叔父さんに懇願すると、少しの間その優しいブラウンの瞳が瞼の奥に隠された。

 

「ユキちゃん……、君の中には、僕達にも推し量れない未知の力が眠っている。それは、時に希望を思わせるかのような奇跡をも呼び起こすものだ。だけどね、それが『何』であるのか、自分の力の正体を掴めない状態で力を行使する事には、あまり賛成は出来ない……」


「はい……。ルイヴェルさんにも言われました。私が自分の力を暴走させ、皆さんの足枷となる危険性も……」


 レイフィード叔父さんには、魔獣の異変が起こる前に、私の記憶を術で読んでもらい、記憶の共有をしている。だから、私が玉座の間で暴走を起こした事も、それにより、皆さんにどれだけの迷惑をかけたかも、全て把握済みだ。

 二度とあんな恐ろしい事態を起こしてはならない。

 わかっている。……わかっている、だけど。


「今回の騒動を起こしているあの子達は、水面下で罠を仕掛け、私達に気付かれないように動いていました。ディアーネスさんやルイヴェルさんにも『視えない』存在……。きっと今の状況も、その前触れだと思うんです」


「ユキちゃん……」


「私自身、何故それが視えてしまうのか、正直言ってわからない事ばかりです。怖い、とも思います。皆さんに迷惑をかけたくないと、あんな暴走をもう二度と引き起こしたくはない、って……」


「それをわかった上で……、自分に出来る事をしたいと、そう望むのかい?」


 ――望む。今また、私の選択を後押しするかのように、身体から三色の光が淡く滲み出してくる。

 珍しくその双眸から私に対する親愛の気配を掻き消したレイフィード叔父さんが、私の中にある覚悟を見定めた後、小さな吐息と共に許可の音をくれた。


「そういう頑固なところは、兄上似だよね。……わかった、ユキちゃんが望むようにしよう」


「レイフィード陛下……」


「アレク、君の言いたい事はわかるよ。だけど、ユキちゃんがそう決めた以上、そこに無意味という言葉は存在しない。――僕は一緒には行けないけれど、君に頼めるかな?」


「御意……」


「おい、番犬野郎にばっか任せてんじゃねぇよ! 俺も一緒に行くからな!!」


 アレクさんに役目を託したレイフィード叔父さんに、カインさんがその間へと割り込みながら現れ、自分もその役目を負ってくれると挙手をしてくれた。

 一人で運ぶよりも、護衛役として手の空いた人が傍についた方が良い。

 と、主張したカインさんに全員が思った。――本音は別だろう、と。

 

「え~と……、じゃあ、お願いします、カインさん」


「おう!! じゃあ、ユキは俺が運んでやるから、番犬野郎は護衛役な!」


「ユキ、いざとなったら俺がお前を連れて逃げる。安心してくれ」


「人の話聞けよ!!」


 あはは……。カインさんからの発言を無視したアレクさんが、素早く私をその腕の中へとお姫様抱っこの仕様で抱え上げてしまう。

 アレクさんの背中を、怒りに任せてげしげしと蹴りつけるカインさん。

 そのの首根っこをレイフィード叔父さんが引っ張り上げ、「喧嘩している暇はないよ」と諌める。


「ほ、ほどほどにしておきましょうね。アレクさん、カインさん。……」


 今、私の目に見えている状況的には、巨大な黒銀の陣に動きはない。

 けれど、魔獣が消えた場所の上にいた不穏を抱く男性二人と、ルイヴェルさん達が激しい攻防戦を始めたのが見えた。

 控えていた軍勢もそれに加わろうとしたようだけれど、大人数が入り乱れての戦闘は、敵の姿を見失いかねないと判断されたのだろう。

 レゼノスおじ様の大きな怒声が響き、皆さんの動きがぴたりと止まった。

 私はその様子を見つめながら、アレクさんに抱えられて空へと上っていく。


「ユキ、危険が迫ったらすぐにこの場を離れる。それは了承しておいてくれ」


「はい……」


「魔獣が消えちまった事にも驚いたが、一体何の意図があるんだろうな……」


 ガデルディウスの神殿とその周辺を見渡せる上空まで到達すると、私達は悪寒を感じるような冷たい風の気配を感じながら、その場を中心に辺りを見まわし始めた。

 地上では感じられなかった何かを、ここでなら掴めるかもしれない……。

 ガデルディウスの神殿を中心とした場の四方には、私達が最初に避難していた崖のある場所と、遠くの方に聳える山や、遠目に見える森以外は、何もない。

 元々、古の魔獣を封じ、時をかけて監視する為に、人の寄り付かない辺境の地が選ばれたのだそうだ。

 何もないこの場所で、ひっそりと永い時を刻み続けたガデルディウスの神殿……。

 魔獣の復活と共に役目を終え、無残な瓦礫と化したその神殿が再び美しい姿を取り戻すのは、再封印後の後だ。


「ユキ、どうだ?」


 アレクさんが私を落とさないようにしっかりとその腕に抱き抱えてくれながら、一緒に遠くの方にまで視線を投じる。魔獣の存在のせいでずっと感じ続けていた吐き気も、その恐ろしい圧迫感も、全てがなかったかのように消え去ったこの地には、不吉を告げる風が肌を撫でるのみ。 


(絶対に何か在るはず……)


 そう予感しているのに、どうして何も視えないの? 焦燥の思いを抱えながら、私は絶え間なく視線を巡らせ続ける……。

 何故、マリディヴィアンナと青銀の髪を宿した少年ではなく、あの二人組がこの地に現れたのか……。惨劇を好むマリディヴィアンナが真っ先に、私達を嘲笑う為に出て来そうなものなのに、何故。その部分にも何かが隠されているようで、私はとにかく何かを見つけ出してやろうと必死になっていた。けれど、焦る心とは反対に、私の目がそこに不穏の片鱗を捉える事はない。

 

「どうして……」


「ユキ、あんまり無理すんなよ。視えなくても、誰もお前を責めたりしねぇんだからな」


「カインさん……、でも、何か恐ろしい予感がするんです。あの黒銀の陣も、消えた魔獣も、それを引き起こす為の材料のようにも感じられて……」


 気のせいであってほしい……。だけど、これまでに起こっている異変が、それを否定してはくれない。視線をガデルディウスの神殿へと向ければ、ルイヴェルさん達の攻撃の手から逃れ続け、その時をゆっくりと待っているかのようなあの二人が見えた。

 巨大な黒銀の陣の方には、ディアーネスさんとラシュディースさんが向かい、何かの術が発動する前にと干渉を始めているようだった。

 ――けれど、マリディヴィアンナ達の一味が、すぐに次の手を放たないのは何故なのだろう。滲み出す淀んだ不快感を伴う不安の気配に、私は息を呑む。

 神殿から消えた魔獣……、その場に残された皇子様達の魂と、青銀の管。

 ――次の瞬間、まさか……、という、根拠のない不安が私の胸を突いた。


「アレクさん……、魔獣の気配は、もう感じられないんです、よね?」


「あぁ……。かなり遠くまで意識を向けてみたが、どこからも感じられない。あれほどの存在が、片鱗も残さず消えるわけがないと……、いや、待て。……そんなはずは」


「おい……、何か……、俺もすげぇ嫌な予感、つーか、あのガキ共の性格的にやりかねない予想がひとつ浮かんだんだけどよ……」


 私達は、今の今まで……、魔獣がガデルフォーンの地に在るはずだと考えてしまっていた。あんな恐ろしい存在が一瞬で消滅するわけがない。だとしたら、このガデルフォーンの地のどこかに隠されたか、移動させられたのだと、そう……、思い込んでいた。


「早く、早くレイフィード叔父さん達の所に戻りましょう!」


「杞憂ならいいが、確かにあり得る話だからな……、急ごう」


「当たってたら洒落になんねぇぞ……!!」


 アレクさんとカインさんと共に、頭に浮かんだ最悪の予想をレイフィード叔父さんに伝えるべく、地上に向かって急降下しようとした、――その時。

 今まで静観を保ち、ディアーネスさん達によって無効化されようとしていた黒銀の陣が突然禍々しい光を放って干渉の手を弾き飛ばした。

 吹き飛ばされたディアーネスさんの背後にまわり、ラシュディースさんがその身体を受け止める。


「アレクさん、カインさん……、結界が……、ガデルディウスに張られていた結界を構成する皆さんの陣が……、壊れていきます!」


 魔獣が外に出ないようにと張られた、ガデルフォーンの魔術師の人達が一生懸命に積み重ね、分厚い壁のように張り巡らせた結界の陣が、巨大な黒銀の陣による圧迫の光を受け、その効力を失くしていく。

 硝子の表面に耳障りな亀裂の音が響くかのように、やがてそれは大きな音を立てて砕け散った。

 レゼノスおじ様がこれから起こりうる何かに気付いた様子で、二人組の男性の捕獲から手を引き、皇子様達の魂が在る上空へと飛び、青銀の糸に干渉していくのが見えた。


「おじ様……、何を」


「ユキ! 一旦レイフィードのおっさんと合流するぞ!!」


「しっかり掴まっていてくれ、ユキ」


「は、はいっ」


 胸に抱いた恐ろしい現状と、目の前で起こっている、牙を剥いた不穏を見つめながら、私達は今度こそ地上へと舞い戻った。

結界があったのに、魔獣はどうやって消えたのか、など、

色々と不明な点は次回、ルイヴェル視点で語らせていただきます。


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