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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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魔獣の脅威と、幸希の瞳が捉えた存在

ガデルフォーンの地に封じられた魔獣が復活し、女帝側は魔獣の力を削ぐ為に攻撃を開始しました。

幸希達は、そこから少し離れた崖の上で結界に守られて戦いの様子を見守っていましたが……。

 ――Side 幸希


 永き封印を破りガデルフォーンの地に解き放たれた古の魔獣。

 人々の悲しみと絶望を喰らい、その強大な力と猛爪を振るった存在が……、全ての息吹を喰らおうと牙を剥き始めた。

 世界を育む生命の鼓動を、恐怖と絶望に震わす、――忌むべき獣。

 それを迎え撃ち、新たな封印のすべを以て再び地の底に封じようと構えるガデルフォーンの人達……。ガデルディウスの神殿から少し離れた崖の上に張られた結界の中でその様子を見守る事になった私達は、凍りつくような心地を味わいながら目を瞬く事すら忘れていた。


「あれが……、古の魔獣」


 すぐ目の前にいるわけじゃないのに、永き眠りから解き放たれたその獣の存在は脅威、などという言葉では足りないほどに……、禍々しく強大過ぎた。

 ディアーネスさんの話では、封じられた空間の中で全盛期の力を削がれ、時の流れと共にその存在は弱体化されている。――はずだったのに。


「おい……、『あれ』で……、弱くなってるって……、言えんの、かよっ」


 神殿を取り囲む無数の陣の光と、その中で命の涙を流しながら戦っている人達。

 その光景を見つめながら、カインさんが発した……、私達の中に芽生えた不安の声。カインさんだけじゃない。

 ここにいる全員が、自分達の目に映る惨劇に、恐怖の鼓動を抱いている。

 遥か昔、ガデルフォーンという世界が初代皇帝から創られた後、何もなかった外の空間には時の流れと共に、瘴気の気配が満ちていったと教えられた事がある。

 あの魔獣は、いわば……、『瘴気の揺り籠が生み出した愛し子』

 淀んだ負の力である瘴気を母とし、その恩恵を受け続けてきた魔獣の存在は……、私達が考えるよりも、途方もなく、大きすぎたのかもしれない。

 再封印にどのくらいの時間がかかるのかはわからないけれど……。

 神殿の外回りを取り囲み詠唱を続けている魔術師達とディアーネスさんに手を出させないようにと、その内側ではサージェスさんが率いる騎士団の面々、そして、クラウディオさんが指揮を執っている魔術師団の人達が古の脅威に立ち向かっている。

 

「予想以上に……、手こずってやがるな」


「ディーク、俺達も加勢に行った方がいいんじゃねぇのか?」


 右手の親指の爪を噛みながら舌打ちを漏らしたディークさんに、カインさんが結界の外に出ようと提案し、一歩を踏み出す。

 だけど、ディークさんがその首根っこを掴んで後ろに引き戻した勢いで、カインさんは地面にドシンッと尻もちを着いてしまう。


「テメェはユキを守る役目があんだろうがっ、この馬鹿弟子が!」


「ぐっ……」


「大体な、あんな化けモン相手にお前が突っ込んだところで、無駄死にするのがオチだってんだよ。足手纏いだ、あ・し・で・ま・と・い!!」


「ぐぐっ……」


 事実を突きつけられてしまった、と言えばいいだろうか……。

 カインさんは悔しそうに奥歯を噛み締めると、横を向いてその視線を地に走らせた。数が多ければいいのではないのだ。

 確かな力を持っている者でなければ……、ただ、『散る』だけ。

 それが事実なのだろうけれど、ディークさんの言葉には、『命を無駄にするな』とカインさんの事を気遣う気配が感じられた。

 蘇った魔獣の力は、時の流れと封印の力で削がれているとはいえ、想像を絶するほどに凄まじい。数など問題ではないと嗤っているかのように、残酷な赤を描いていく。

 間近でも遠目でも関係ない。私の心には今……。

 戦っている人達の覚悟と、悲痛な命の叫びが確かに聴こえていて、残酷な現実から目を背けるなと叫んでいるように感じられている。

 黒銀の闇を払いきれていない三つの月は、いまだその本来の輝きを取り戻せていない。儚く弱々しい気配に満ちており、その恩恵はこの地に届かない。


「ユキ、あまり見ない方がいい……。お前には酷すぎる」


「いえ……、皆さんに無理を言って私はこの場にいるんです。最後まで……、見届けます」


 アレクさんが私の影になろうとしてくれるのを遮って、私は逸らす事なく神殿で起こっている戦いの様子を見つめ続ける。

 結局、避難用の空間に向かう事にはならなかったけど、この場所にいる事を許された以上、決して現実から目を逸らしては駄目。

 戦えない私に出来る事は、皆さんが守ろうとしているこのガデルフォーンの行く先を、命を賭けて戦っている皆さんの姿を、この目と、心に……、ううん、魂の奥底にまで焼きつける事。

 だから、この視界を塞ぐ事はしない。――絶対に。


「ユキ……」


「すみません、せっかく気遣って貰ったのに……、でも、その代わり、ひとつ、お願いをしてもいいですか?」


 私の右側に立つアレクさんの優しい深い蒼色の双眸を見上げ……、その左手にそっと触れる。微かな震えの反応ごと、自分よりも大きなアレクさんの左手と自分の手を繋げていく。


「全てが終わるまで……、許してくれますか?」


「ユキ……。――あぁ、俺の手でいいのなら、決してこの温もりを離しはしないと約束しよう」


「ありがとうございます、アレクさん……」


 しっかりと繋ぎ直されたアレクさんの力強い温もりは、以前と変わらずに私を勇気づけてくれる。

 最後まで見届けると覚悟を決めているものの、目の前に広がる残酷な光景に何も感じないわけじゃない……。こみ上げそうになる吐き気、全身に刺さる恐怖の針先、臆病に震える小さな鼓動。

 だけど、アレクさんの優しさを、その心の中に在る、前に進む強い鼓動を肌の温もりを通して感じていると、不思議と怖いという感情が薄らいでいく。


「おい、俺の事忘れてねぇか? お前」


「え? カインさん?」


 いつの間にか、私の空いていた左手をぎゅっと強く握り締める感触が包み込んでいた。少し拗ねているような表情と真紅の瞳が、アレクさんの存在から私を奪い返すように……、切なさを宿す。


「手なら……、俺だって貸してやれるだろうが」


「カインさん……」


「番犬野郎だけじゃなくて、俺の事も頼れよ……」


 懇願するような気配で握り締めている私の手を、自分の頬に撫で付けたカインさん。その意味深な仕草に、どきりと鼓動が別の意味で震えてしまう。

 傷付けるつもりはなかったのだけど……、カインさんにとっては機嫌を損ねてしまうほどの光景に映ってしまったらしい。

 異世界エリュセードに戻って来た時、私の不安や寂しさを丸ごと包み込んで癒してくれたのは、アレクさんだったから……。心に支えがほしいと思った時に頼ってしまうのは、その時からのクセというか。


「ごめんなさい、カインさん……。だけど、ちゃんとカインさんの事も頼りにしている事は信じてください」


 この言葉に嘘はない。特に、カインさんが自信満々の笑みを浮かべている時は、その力強さに心からの安堵を覚えるもの。

 そう自分の気持ちを素直に伝えると、カインさんはすぐに悲しそうな雰囲気を掻き消した。アレクさんと同じように、私を安心させてくれる効果抜群の、頼もしい笑顔が彼の顔に浮かぶ。


「おうっ! ど~んと頼っとけ! ど~んとな!!」


「ユキ、あんまりウチの馬鹿弟子を甘やかすんじゃねぇぞ。調子に乗ったら面倒にしかならねぇからな」


「うっせぇよ!! 少しは余裕持たせやがれ!! 馬鹿野郎!! ……にしても、ディーク、本当に大丈夫なのかよ? アイツら、どう見ても魔獣の奴に圧されてんじゃねぇか」


「まぁな……。腐っても古の魔獣っつーぐらいだから、時間も手もかかるとは思っちゃいたが、再封印が出来ないレベルじゃねぇよ」


「だが……、それを成す為には、――多くの犠牲を避けては通れない」


「アレクさん……」


 顔を俯けて静かにその音を零したアレクさんが、腰の鞘から自身の愛剣を引き抜き、それを崖の地面に突き立てた。

 ガデルフォーンという国を、大勢の民が生きる未来を切り拓く為に……。

 その礎となるのは、ガデルディウスの神殿で命を賭けて戦いに身を投じているガデルフォーンの人達の息吹。

 犠牲を払わずに、誰一人の血も流さずに御せるほど……、あの魔獣の脅威は甘くはない。

 アレクさんが剣を突き立て前を見据える様を見つめながら、私もカインさん達も視線を戦場へと定めた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side ルイヴェル


「うわああああああああああああ!!」


「退け!! 迂闊に距離を詰めると殺られるぞ!!」


 ガデルフォーン魔術師団を率いるクラウディオの怒声に従い、魔獣の猛爪の餌食となりかけていた者達が一気に上空へと飛翔し、別部隊と入れ替わる。

 なにせ相手は古の時代に時の皇帝を窮地にまで追い詰めた存在だ……。

 被害を最小限に抑える為には、数の利を生かし、再封印の詠唱が終わるまでの時間を稼ぎ、ある程度弱らせなくてはならない。


の時代で揮われた『宝玉』の力があれば、この手順は必要なかったわけだが……)


 女帝陛下と、このガデルフォーンに恩恵を与え続けている神秘の宝玉は、気の遠くなるような時代の流れと共に、無限ではないその力に衰えを見せ始めている。

 かつての時代のように、魔獣の出現と共に一気に片を着ける力はない。

 それ故に、魔獣の体力を削ぎ、再封印の術を成す為に時間を稼ぐ為の役目を大多数の人員が負う羽目になった。

 だが……、流石はガデルフォーンの地を絶望で満たした魔獣というべきか。

 絶えず宙に飛び交う鮮血の光景に目を細めた俺は、遥か上空……、魔獣の丁度真上にあたる場所で円状にまわり続けている弱々しい魂の輝きに視線を向けた。


「封じられし空間から解き放たれても、……呪いは続いているという事か」


 あの光のひとつひとつが、ガデルフォーンの皇子達の肉体を離れた魂の輝きだ。

 だが、過去にその魂を魔獣の許に封じ込めたあの金の髪の娘……。

 ――マリディヴィアンナの施した『悪戯』のなれの果てであるそれを見つめながら、元の肉体に戻ろうとしない魂の動きに眉を顰める。

 他者からの干渉を防ぐ為か、魂のひとつひとつに……、微かだが、あの『黒銀の力』の気配が纏わりついているようだ。

 それに干渉して魂を解放する為には、ガデルフォーン魔術師団の施設で行使したあの力が必要になるわけだが……。流石にあの数を相手にするとなると時間がかかるな。あの時よりはまだ使う力は最小限で済みそうだが……、術として成されているあの力は、今この目で確認しているだけでも、少々厄介な構造をしているようだ。


(近づくのもひと苦労だが、魔獣の注意が万が一こちらに向けば……、さらに厄介、か)


 だが、行かないわけにはいくまい……。

 フェリデロード家当主から引き継いだ、皇子達の魂を解放する絶好の機会、逃すわけにはいかないだろう。

 断末魔の叫びを耳にしながら、予備に持参してきた魔石の欠片を懐から取り出す。


「ここに父さんがいれば、……怖気づくのかと睨まれていた事だろうな」


 魔石に秘められた魔力を自身の中に取り込むと、魔獣が復活する前に幸希と交わした約束を思い返した。

 絶対に死ぬなと、負けてもいいから帰って来いと……、脅しにも近い迫力を滲ませながら俺に懇願した娘。昔と変わらず……、断る事の出来ない『我儘』を口にするのが得意な奴だ。

 昔から……、あれの涙と辛そうな顔には勝てない自分に自嘲の音が零れ落ちる。

 

「生憎と、俺もこんな所で死ぬのは面白くないからな……」


 やり残した事も、これから手をつけたい事も、数多くある。

 俺の帰りを待ってくれているセレス姉さん、俺に必ず自分の許へ戻るようにと約束させたユキ……。俺の失態で泣かせてはならない存在、その全てを守る為に、出来る事は唯ひとつ。


「何があっても……、死ぬわけにはいかない」


 再封印が成されなければ、どの道、ユキ達にも間違いなく危険が迫るだろう。

 皆が愛するあの心優しい存在を、決して害させるわけにはいかない……。

 俺は俺の仕事を迅速に済ませ、その後は魔獣を弱らせる為の攻撃に加わらなければならない。時間を無駄にせず、確実に……、生還への道を考える。

 再封印を成す為にかかる詠唱はすでに紡がれ始めているが、発動するタイミングは、術が魔獣を呑み込めると判断された、その時だ。

 俺は魔石の欠片によって補強された身をさらに上空へと飛ばすと、迷いなく淡く儚い魂達の許へと向かった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 幸希


「……あれ」


「どうした、ユキ?」


「あの……、アレクさん、目が……、変、なんです」


「目が?」


 一度アレクさんに手を離して貰い、自分の両目をごしごしと服の袖で拭った私は、瞬きを繰り返しガデルディウスの神殿で暴れている魔獣へと再び視線を定めた。

 遠目に見えていた光景が……、間違いなく、間近で激しい戦闘が繰り広げられているかのようにはっきりと見え始めたのだ。

 人の身体を引き裂く魔獣の恐ろしいほどに大きな戦爪、鼓膜を突き破るかのような咆哮、戦闘地の場にいる人でないと感じられない光景と音が、鮮明に響いてくる。


「はぁ……、はぁ、……うぅっ」


 これは何なの? 膝を折りながら呼吸を乱す私を、すぐにディークさんが診に来てくれる。


「ユキ、何があった? 喋れる範囲でいいから、ちょっと頑張ってみろ」


「うぅ……、はぁ、……ま、魔獣と、神殿の……、様子が、め、目の前に……、み、見え」


「おい、ディークっ。ユキの奴はどうしちまったんだよ!!」


「カイン皇子、落ち着くんだ!! ディークの邪魔をしてはいけない」


「けどよ!!」


 すぐ傍で私の為に声を荒げてくれているカインさんの声が、皆さんの気配が……、徐々に遠のいていく。もう私の目には、今のこの場所ではなく、ガデルディウスの神殿で起こっている命を賭けた戦いの様子しか映ってはいない。

 何故、こんなにも鮮明に見えるのか、心の中を掻きまわされるようにパニック状態となってしまった私の視線の先で、妙な物が目に映りこんだ。

 暴れまわっている古の魔獣の瘴気に塗れたその巨大な体躯から……、幾つもの細い……、光の、正確には、青銀の輝きが、遥か上空に在る皇子様達の魂へと伸びて繋がっているように見えている。

 その場所にいないのに……、何故、こんな物が見えるの?

 目を背けたくなるほどに禍々しい気配を感じるそれは、私の視界からどんなに願っても消えてはくれない。――これは、もしかしたら。


「うぁ、……はぁ、はぁ」


「ユキ!! しっかりするんだ!!」


「アレク……、さ、ん」


「ユキ!! すぐに助けてやるからな!!」


「カイン……、さ、ん」


 徐々に、目に見えていた映像が薄れ始めると、現実の音と光景が戻ってきた。

 全身にどっしりと強い疲労感が覆い被さり、動いてもいないのに汗が地面に零れ落ちていく。今のは……、まさか。

 嫌な予感が私の心に不安と警鐘の鼓動を打ち鳴らす。

 地面に着いている両手に視線を落とすと、蒼・黄金・白銀の三色が目にもわかるほどはっきりと私の全身から滲み出している事がわかった。

 

「魔力バランスに狂いが出たわけじゃねぇな……。これは」


「ディーク、さん……、お願いが……、ある、んです」


「あとにしろ。今は休むのが先だ。無理はしねぇって約束だろうが」


 着ていた白衣を脱ぎ、その場に敷いたディークさんが私をそこに寝かせようと促してくれたけれど、私はそれをやんわりと断って、どうにか足に力を入れて立ち上がる。

 アレクさんとカインさんが左右から私を支えてくれたお蔭で、徐々にだけどぼんやりと薄れそうになっていた意識が確かなものへと変わっていく。


「ディーク、さん……。あの魔獣と、……上空の皇子様達の魂の間に、細い、青銀の光の、糸、みたいなものが、見えます、か?」


「青銀の……、光の、糸?」


 ディークさんは神殿の方を目を凝らして見据えたけれど、すぐに私へと視線を戻した。


「俺達は人間と違って、意識すれば遥か遠方まで見渡せるが……、お前の言っている光の糸ってのは見えねぇな」


 その答えに、確信を抱く。ガデルディウスの神殿を侵していた、あの蜷局を巻いていた蛇のような存在と同じように、また今度も……。

 私だけに何故あんな物が見えるのかはまだわからないけれど、この身体の奥深くで……、何かが目覚め始めている事だけは感じ取る事が出来る。

 そして、視えた存在モノを、そのまま放置してはいけないのだと……。


「ディークさん、……私を、神殿に、ディアーネスさんの許に、連れて行ってくれませんか?」


「あのな……、そんな状態のお前を、あえて危険過ぎる場所に連れて行けると思うのか?」


「わかって……、ます。だけど、伝えるだけじゃ、足りない……、気が、するんです。多分あれは……、私にしか視えない、から。皆さんの……、目に、なり、たい……、ん、です」


 治まってきた呼吸と共に、私は困惑の気配を浮かべているディークさんを見上げ、お願いしますと頼み込む。確かに危険な場所に行くのは分不相応かもしれない……。

 だけど、今すぐにでもディアーネスさんの許に行かなければ、もっと恐ろしい事が起こるような気がしてならない。ただの杞憂で済むのならいい。けれど、それがそうじゃなかった場合を考えると……。


「お願いしますっ。魔獣には絶対に近づいたりしませんから、ディアーネスさんの傍にっ」


「ユキ、お前に何かあれば、レイフィード陛下やユーディス殿下達がどんなに悲しまれるかっ」


 アレクさんが行ってはいけないと声を荒げ、私を自分の腕の中に閉じ込めようとする。だけど、私はそれに抗ってディークさんに叫んだ。


「お願いします!! 早く行かないと……、ディアーネスさんがっ、ルイヴェルさん達が!!」


「おい、ディーク……。この頑固娘は一度言い出すと聞かねぇぞっ」


「だが、カイン皇子……。ユキを連れて行くにはあまりに」


 カインさんとレイル君の言葉に、少しの間額を押さえて低く唸っていたディークさんだけど、その指の隙間から私の姿を見つめ、……あからさまな溜息を零した。

 地面に敷いた白衣をまた着なおして、アレクさんに動きを押さえられている私を解放しろと促してくれたディークさんが、くしゃりと私の頭を撫で付ける。


「伝えるだけじゃ駄目なんだな?」


「はい……。それだけじゃ駄目な気がするんです」


「……わかった。物わかりのいいお前が、そこまで駄々を捏ねるんだからな」


「ディークさん……!!」


 許可が下りたと安堵したのも束の間、アレクさんがディークさんに喰ってかかった。危険な魔獣の猛威が間近にある場所に私を連れて行く事は、絶対にあってはならない事なのだと。

 だけど、その間に割り込んでアレクさんを怒鳴りつけたのはカインさんだった。


「ちったぁ、落ち着きやがれ!! この過保護野郎!!」


「事の重大さをわかっていて言っているのか、貴様は!! ユキをあんな化け物の所に連れて行くなど、もし目をつけられたらどうする!! お前はユキが心配じゃないのか!!」


「心配に決まってんだろうが!! 俺だってこいつをあんな場所に行かせたくねぇよ!! けどな、ユキにはユキの信念や貫き通したい事があんだよ!! それを全部無視して守るだけが俺達のやる事か!? 少しは頭を冷やしやがれ!!」


「くっ……!!」


「アレク!! カイン皇子、何をするんだ!!」


 右足で勢いよくアレクさんのお腹を蹴りつけたカインさんが、私の腕を掴んでいるその手を引き離し、ディークさんに私を預けた。

 

「守るだけじゃ……、駄目な時だってあんだろうがっ。番犬野郎……」


「カインさん……」


「勘違いすんなよ……。俺だってな、お前を縛り付けてでも安全な場所に放り込んどきたいって思いはいつでもあるんだよ。だけどな、それだと……、お前は納得しねぇだろうが」


 ディークさんに抱き上げられた私の傍で立ち止まり、ふにっと私の頬を摘まんで呟いたカインさんは、あとから追いつくから先に行けと、右手の親指で神殿の方を示した。アレクさんと自分は、まだ話す事があるから、と……。

 

「ユキ、大丈夫だ。アレクとカイン皇子の事は俺が見ておくから……。ディークの言う事をよく聞いて、神殿の方で待っていてくれ」


「レイル君……。うん、わかった」


 お腹を押さえ、顔を俯けているアレクさんに目を向けた私は、飛び立つ前にそちらへと声をかけた。アレクさんが私を心配してくれる気持ちは心の底から嬉しい。

 出来れば、アレクさんが望むように、誰にも心配をかけないように、大人しくしていたい。

 だけど、どうしても行かなければならない気がするから、どうか我儘を許してほしいと伝えると、アレクさんはゆっくりと顔を上げ、今にも泣きだしそうな切ない表情で私を見据えた。


「ユキ……」


「ごめんなさい……、アレク、さん」


「ディーク、さっさと連れてけ。また番犬野郎が暴れだしても困るからな」


「あぁ……。一応言っとくが、派手な喧嘩はすんなよ?」


「おう……。出来る限り努力しとくわ」


 私達に背を向けて右手をひらりと振ったカインさんと、その場に残ったアレクさんとレイル君に心を残しながら……。

 私はディークさんに抱かれて、ガデルディウスの神殿へと向かった。

 アレクさんに、あんな悲しい顔をさせてしまう自分に罪悪感を抱きながら、彼の許へと駆け出したい気持ちを抑え込んで……。

※最初に幸希の視点。

 後半に、ウォルヴァンシア王国王宮医師ルイヴェルの視点が入ります。

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