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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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絶たれる事のない絆

前半はヒロインの幸希の視点。

途中から、ガデルフォーンの王宮魔術師、豆腐メンタルこと、

クラウディオ・ファンゼルの視点となります。

※前半はヒロインの幸希の視点。

 途中から、ガデルフォーンの王宮魔術師、クラウディオ・ファンゼルの視点となります。


 ――Side 幸希


「で、今度はアレクの奴が面倒な事になってるわけか……」


 玉座の間で突然意識を失ってしまったアレクさんを医務室に運ぶと、サージェスさんに続いて目を覚ましていたカインさんのお師匠様、セルフェディークさんが出迎えてくれた。

 まだ身体に疲労が残っているのだろう。ソファーにぐったりと座り込んではいたものの、担ぎ込まれて来たアレクさんを見るなり、ディークさんの目がお医者様のそれになった。

 アレクさんを運んでくれたラシュディースさんと目配せを交わし、ベッドへ近づいてくる。ラシュディースさんはディークさん達に診察と治療を任せ、また玉座の間へと戻って行く。

 後に残された私達は診察が行われる様子を見守りながら、アレクさんの身体に一体何が起こったのか、それを案じながら結果が出るのを待つ事になった。


「……サージェス、原因、わかるか?」


 ディークさんからの問いに、サージェスさんが小さく首を振って答える。


「残念ながら、俺が今まで診てきたどの患者とも、症状が違うね。ディークさんの方は? 彼がこうなった原因に心当たりとか、浮かんでる?」


「急激な魔力と体力の低下、死人みてぇに体温まで下がってる……。普通に考えれば、魔力のバランスが体内で崩れた末の異変なんだろうが……」


「何か、『違う』……って、俺と同じように感じてるわけだよね」


「あぁ……、医者としての面子を潰されたような思いだがな」


 その場にいる誰もが、ベッドで眠っているアレクさんを見つめながら息を呑む。

 倒れる様な予兆なんて、何も感じなかった……。

 ううん、もしかしたら、アレクさんは辛いのを我慢して私達には悟られないように行動していたんじゃないだろうか。

 そう口にしてみると、サージェスさんが首をゆっくりと横に振った。

 玉座の間に向かう時も、倒れる直前も、アレクさんの体調に異変の類は感じられなかったと、医者としての目を養っているサージェスさんは、これが本当に突然の事態であるのだと、そう結論づける。


「サージェス、とりあえず、出来るとこまでは治療しとくぞ。その後は、アレクの様子を経過観察しながら原因を探る」


「了解。こうなった原因よりも、先に治療が優先だものね……。ルイちゃんの方は……、やっぱりまだ目を覚まさない、か」


「大怪我を負っている上に、魔力の大量消耗とでかい負荷を負ったわけだからな……。俺よりも回復が遅いのは当たり前だ」


「ルイヴェルさん……」


 元はサージェスさんが眠っていたベッドで眠っているアレクさんの横で、まだ目を覚まさないルイヴェルさんの方へ、私達の視線が集まる。

 ルイヴェルさんが眠り続けている原因は、私が負わせてしまった怪我と、初めて試した未知の理論を大量の魔力と共に行使した事……。

 事を終えたルイヴェルさんよりも、一緒に術を行使したサージェスさんが先に目覚めたのは、その時の状態の差だった。ぴくりとも動かないその綺麗な長い睫毛を纏う瞼、浅く呼吸を繰り返している唇……。

 

(ルイおにいちゃん……)


 このガデルフォーンに来てから、一体どれだけの大きな負担をこの人にかけ続けてしまったのだろうか……。何も出来ない私とは違い、ルイヴェルさんは常に私の前に立ってくれていた。

 この国に来る前。同行者がセレスフィーナさんじゃなく、ルイヴェルさんに決まった時には、色々と不安に思ったものだけど……。

 いざガデルフォーンの地に来てみれば、からかわれる事などあまりなく、助けられる事の方が多かった。

 どこか心を張り詰めているような、記憶の中に在る……、ルイおにいちゃんとは違う姿。

 もしかしたら、このガデルフォーン皇国が古の魔獣を封じている地である事も関係していたのかもしれない。それに、私の目に映る事はなかったけれど、ガデルフォーンの闇街と呼ばれる暗部や、ディアーネスさんを狙って現れる人達の事、出発前に聞いていた話ほど、私がその脅威に晒される事はなかった。

 それは、危険な事がないように、皆が……、特に、ルイヴェルさんが私の顔に目隠しをするように、傷つかないように守ってくれていたのだと、改めて思い知らされる。

 ただ、例外だったのは……、あの子供達の存在。

 予想にはなかったその存在が現れた事によって、ルイヴェルさんはさらなる苦労と負担を抱え込んでしまったのだ。

 今意識を保っている皆さんだって、魔獣の復活を前に神経をすり減らしている……。


「ユキ、俺達はソファーの方に行こう」


「レイル君……、でも」


「俺達じゃ、本職の医者みたいな治療は出来ねぇからな……。サージェスとディークに任せようぜ」


 向こうに行こうと促してくれた二人に続きかけたものの、私は一度だけ足を止め、後ろを振り返った。治療が始まろうとしているアレクさんの傍に寄って、その手を取って……、強く握り締める。


「アレクさん、どうか……、目を覚ましてください。貴方が元気になるように、祈ってますから」


 その銀の髪を指で避け、アレクさんの額へと口づける。

 どうか治療が上手くいきますようにと、強く願いを込めて、その冷たい手にしっかりと温もりを伝えた。

 そして、アレクさんの傍を離れ、今度はルイヴェルさんの手を握り、その額に同じように口づける。歩み始めたばかりの私にはまだ、何も出来ないけれど……。

 それでも、私は祈りを込めて、隠されてしまったエリュセードの神々に祈りを捧げる。どうか二人が、無事に目を覚ましますように……。

 彼らの傷が、体調が、良くなりますように、と。


「カイン皇子……、倒れるふりをしても駄目だと思うぞ?」


「ぐっ……、べ、別に、アイツらがユキに、キ、キスされた事を羨ましがったわけじゃ」


 二人の許に戻ると、何故かカインさんが床に両手を着いて這い蹲っていた。

 色々あって疲れが溜まっていたからだろうか……。

 首を傾げる私に気付いたカインさんが、即座に立ち上がって自分の服をぱしぱしとはたいてみせた。

 その傍では、レイル君が苦笑と共に「まぁ、倒れなくても、頑張り次第であり得るんじゃないか?」と、カインさんの背中を軽く叩いている。本当に、一体何がどうなっているのだろうか……。


「ガキ共は飯でも食ってゆっくりしとけ」


「そうだよー。それと、出来れば暫くの間、静かにしててね」


 ベッドの方から注意の声がかかり、私達は慌ててソファーに座ると、ぎゅっと背を縮めて口を噤んだ。お医者様のお言葉は絶対です。

 邪魔しないように大人しくしてないと……。

 お皿に残っているおにぎりを手にとり、私達は三人で小腹を満たす事に専念し始める。


「しかし、魔獣の復活を目前としている今、戦力的にも不安な点は多いな」


「その辺は、あの女帝が足りない分の負担を負うだろ……。けど……、外からの救援が来れない事を考えると……、結構厳しいよな」


「救援……」


 いまだ外の世界と繋がる事の出来ないこの状態は、完全な孤立を意味している。

 再封印を前にしているこの緊張状態の中、誰しもが抱えている不安……。

 もし、再封印が失敗すれば、……やめよう。

 悪い事に思考を奪われてしまう事は、何をするにしても妨げとなってしまう。

 今は、上手くいくイメージを優先して考える事にしよう。

 口の中でじわりと広がった、明太子によく似た味をお米と一緒に感じながら、私は食事を進める。カインさんとレイル君も、自分達が口にしている事が無意味だと感じたのか、首を振って私と同じようにおにぎりを頬張った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side クラウディオ



 魔術師団施設の一件の後。

 不覚にも医務室の世話になる羽目に陥ってしまったが、思ったよりも早く現場に戻る事が出来た。

 正直、女帝陛下からの指示と説明を聞いた時は……、これはどんな悪夢だと頭を壁に打ち付けたくなったものだが、現実は変わらず俺の目の前に在る。

 ガデルディウス神殿の再封印の準備に加わり、不在の魔術師団長の代行として指揮を執り始めた俺は、神殿の周囲に大規模な陣を何重にも張り巡らせ、解き放たれた魔獣を捕獲する為の網を着実に増やしていく。


「クラウディオ様! こちらの準備は完了しました!!」


「あとは、女帝陛下の御力で発動させる陣の魔力を増強できれば……」


「わかった。引き続き外部からの侵入者の類や、内側の変化を逃さぬように目を光らせろ!」


 増えていく陣の数は、今までにないほどに膨大な数だ。

 その陣に込められている魔力も、残された魔術師達だけのものだけでなく、魔力を抱いて生まれた魔石の類などもあるだけ投入し、来るべき時に備えている。

 正直なところを言えば……、女帝陛下の御力と宝玉の力を以てして、どうにか魔獣と渡り合える威力を発揮出来る、と……、部下達には漏らせないが、そう思っている。

 文献にあった、古の魔獣が有していた力……、残されたその情報と、あの小娘……。ウォルヴァンシアの王兄姫が見聞きした情報を照らし合わし、予測した力の規模。それを抑えられるだけの陣を配したつもりだが……、念には念を、という言葉もある。


「……上空に配した陣の層が薄いな」


 俺は部下を呼び寄せると、神殿の上空に配した陣の補強と、追加の陣の指示を出した。

 しかし、休息の暇もなく働いていた部下達の顔色を見た俺は、一度、各担当箇所からグループごとに休息をとるよう指示を出し、上空の補強は自分の手で行う事にした。

 懐から高濃度の魔力を宿す赤い石を取り出し、そこに一瞬だけ……、今はいない男の顔がよぎったように思えたが、あえて考えないように首を振る。

 今ここに、アイツはいない。穏やかな笑顔と、その顔に似合わぬ、毒交じりの釘を刺してくる男は、……いないのだ。

 ユリウスから幼き日に手渡されたこの石は、守り代わりに持っているようにと言い含められていた物だが、……国の大事だからな。


「ユリウス……、魔獣の件が片付いたら、必ずお前を助け出しに行く。だから……、それまで絶対に、死ぬんじゃないぞ」


 風の吹き荒れる上空に到達し、俺はそれを右手に握り締め、詠唱を音に乗せていく……。俺はいつも、お前に助けられてばかりの不甲斐ない男だった……。

 昔からの癖がいまだに抜けず、我を張っていつも自分の弱さを隠すように意地を張り続けていた自分。己の滑稽さにも気付かず、お前には迷惑ばかりをかけていたな……。

 お前がいなくなって初めて……、自分の無力さが浮き彫りになったように感じた。

 支えを失った柱、とでも言えばいいか。俺の根底を支えてくれていたユリウスがいなくなった事で、俺は自分という存在の揺らぎを覚え、一度は崩れ落ちそうになってしまった。それなのに、あの時……、俺よりも無力な存在であるはずの小娘が、俺に説教をしたのだ。


「嘆く暇があるのなら……、自分の仕事をしろ、か」


 自然と口元に笑みが刻まれる……。

 あんな事を正面きって俺に怒鳴りつけるような女は初めてだった。

 どこか……、ユリウスと似た印象を抱くあの小娘の言葉は、悔しいが、かなり効いた。

 だが、あの時の俺は素直になるという事に不慣れで、……怒りのままに手を上げそうになった。

 我ながら大人げない真似をしかけたものだと、自嘲の笑いが小さく零れる。

 ユリウスがあの場にいれば、『ユキさんの方が大人ですね~』と至極尤もな事をチクチクと指摘された事だろう。……その通りではあるが。


「この件が終わったら……」


 変わる努力を本気でやってみるか……。

 正直、自分の性根がそう簡単に変わるわけはないとわかってはいるが……、それでも、やらないよりも、やる事を選ぶべきだろう。

 あの小娘が言った通りに、俺には出来る事があるんだからな……。

 それをやらないでただ嘆くだけに堕ちるのは、俺らしくもない。

 意地を張り、我を通すのなら……、それに相応しい態度を押し通すまでだ。


「古き時代に取り残された魔獣如きが……、このガデルフォーンを喰えると思うなよ」


 時間もあまり残されていない事だしな。ひとつひとつ詠唱を口にするのも面倒だ。

 俺は魔石を握り締めながら、上空の陣を補強する為の新たな陣を詠唱なしで連続展開していく。

 視線を他に走らせれば、まだ心許ない部分も見え隠れしている……、一気にやっていくか。俺が今出来る事を、確実にこなしていく……。ユリウスと、あの小娘……、


「いや、……確か、ユキ、と、そう言っていたな……」


 せめて、あの娘がウォルヴァンシアに戻るまでには、この頭を下げて非礼を詫びたいところだが、今はこちらが先だ。

 俺は上空の補強と追加の陣を配した後、他の場所へも飛んで補強を加えていく。

 伊達に魔術師団長の代理を拝命しているわけでもない。部下達よりも俺の魔力量は遥かに多く、出来る事も多い。その分、働いて働きまくる事が、俺が今出来る事だ。

 



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「クラウディオ様、大丈夫ですか!!」


「気にするな。これで再封印には備えられるだろう……。あとは女帝陛下がお越しになられるのを待つだけだ。お前達は今のうちにしっかりと休んでおけ」


「は、はいっ」


 少々……、調子に乗ってやり過ぎたか。

 ユリウスから貰った魔石の恩恵もあってか、神殿中に張り巡らせた陣に力を注ぎ過ぎた。あぁ……、この場にユリウスがいたら、また加減を知れと説教が飛んできただろうな。

 耳にタコが出来る程の説教が、すぐ傍で聞こえてくるような錯覚……。

 俺はどれだけユリウスに依存していたんだと、また自分に対して呆れの念が顔を出す。神殿の入り口にある壁に背を預け、ずるりと腰を下ろして座り込む。

 霞む視界の先には、黒銀の闇に覆われた三つの月の姿がある……。

 ここまで面倒な不穏極まりないお膳立てをされては、覚悟を決めなければならないだろうな。

 ガデルフォーン魔術師団長の代行として、最期までその名に恥じぬ……、いや、俺自身に恥じぬ誇りを貫き通せるように、俺は己の心を定めた。

 俺だけじゃない。ガデルフォーン皇家に忠誠を捧げる全ての臣下達が、今の俺と同じ思いを胸に抱えている事だろう。

 死ぬのが怖くないのかと問われれば……、逃げ出して無様に死ぬ方が恥ずかしい。

 このガデルフォーンは、女帝陛下の御代の許、完全な実力主義で位が決まるような世界だ。

 それを残酷だと感じた事はないが、ある意味それが正しいのだろうと、今なら思える。力のない者が女帝陛下の許に集っても、散る必要のない命が踏み潰されていくだけだ……。

 だからこそ、騎士はその剣技に全てを賭け、魔術師は己が魔力を高め、日々共に研鑽を積み重ねていく。

 だから、力のある奴は無力な者達を守る為に、前に立つべきなんだ……。

 俺はそれを、怖いとも、恐ろしいとも思わない。

 だが、ひとつだけ恐れている事があるとすれば、大事な仲間達が次々と散っていく様をこの目に焼き付ける可能性がある、という事か……。

 魔術師団の施設が襲撃されたあの時でさえ、酷い被害がもたらされたのだ……。

 今度は、それ以上の悲劇が起こる可能性もある……。


「今のうちに……、俺も『枷』を外しておくか」


 最悪の場合、女帝陛下と宝玉を守り通す事が出来れば、この国は再び蘇る事が出来る。避難用の空間に誘導した民も生きている……。

 結果的に魔獣を封じるまでもっていければ、全てはまたいちから始められるのだ。

 手首や首から魔力制御の『枷』となっている装飾の類を外し、その辺に無造作に放り捨てていく。


「いや、女帝陛下だけではなく……、あの娘達も、だな」


 ウォルヴァンシアからやって来たあの娘達を、ガデルフォーンの大事に巻き込むわけにはいかない……。何があろうと、あちらに返してやらなくては。


「仕事が……、増えたな」


 女帝陛下と、あの娘達を守り通す事……。

 増えた重荷に、別段面倒だと思う感情はなかった。ただ、心に在るのは、それをやり遂げねばならないという意地のような熱いもの。

 

「エリュセードの神々よ……。どうか、このガデルフォーンに幸いなる加護を」


 神の姿など目にした事は一度もない。それでも……、俺は願う。

 人の強き想いが神々に届くと言うのなら、たとえ闇に覆われていようと、愛すべき民の鼓動を、心からの願いを聞き届けてくれるはずだ……。


「ユリウス……」


 いつも傍にいるはずの幼馴染の名を呼び、俺はその場を立ち上がる。

 たとえお前が俺の傍になくとも、この心の中に根付いた友としての絆が絶たれる事はない。

 だから……、俺は前に進む。その先に、アイツとの再会の時が訪れると、そう、信じて。

というわけで、次回は波乱本番です。

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