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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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不穏なる者達の嘲笑4

今回は敵側サイドで、視点は三人称です。

よろしくお願いいたします。

※今回は敵側サイドで、視点は三人称です。よろしくお願いいたします。



「ヴァルドナーツ~、まだですの~?」


 どことも知れぬ闇の中、黄金の緩やかな髪を纏う少女は退屈そうに問いの声を投げかける。あとどれだけ待てば、彼女の好む残酷で凄惨な光景が目の前に広がってくれるのか……。

 あの忌々しい女帝が、自分の前に跪き、血の涙を流しながら発狂し苦しむ様を早く見たい。自分では手に入れる事の叶わなかった、……恵まれた環境で育った血を分けた血族者。

 何故辛い死を迎えた自分が幸せになれなくて、あの女が全てを手に入れるのか……。

 少女、マリディヴィアンナは目を細め、奥歯を噛み締めた。

 一度は手に入れた彼女の『兄』という存在達。

 皇帝をその手で殺めさせ、目障りな皇女も追い出した。

 それなのに……、過去に一度味わった屈辱を思い出すと、腸が煮えくり返るかのようだ。

 あの少年が自分の味方でなければ、再び目覚める事もなかったこの魂……。

 滅ぼされかけようとも、少年の力によって少女はまた蘇る事が出来た。

 今度は、本物の肉体を手に入れて、確かな命としてガデルフォーンの地へと降り立ったのだ。今度こそ、マリディヴィアンナは女帝であるディアーネスから全てを奪う。その時を待ち望む心の内は、覗く事も厭うような恐ろしい残酷さを孕んでいるはずなのに、マリディヴィアンナの表情は純真な少女のように明るいものだった。


「ヴァルドナーツ~、聞いてますの~?」


 彼女には理解出来ない、『記録』と呼ばれるガデルフォーン各地の映像の前に佇んでいる不精髭の男へと近寄ったマリディヴィアンナは、その腰にしがみついて揺さぶりをかける。

 ガデルフォーン王宮を後にしてから、彼はずっとこの調子だ。

 何かを話すでもなく、国内に張り巡らせた瘴気の流れを監視し、ガデルディウスの神殿の奥深くに眠る魔獣の様子に気を配っている。

 封印が内側から破られるのも時間の問題となっているわけだが……。

 マリディヴィアンナは相手にしてくれないヴァルドナーツをこちらに振り向かせたくて堪らないのだ。

 幼い時に亡くなっているこの少女は、その心もいまだ成長する事なく、とにかく誰かに構ってほしくて仕方がないと言わんばかりだ。

 けれど、通常時であれば相手をしてくれるヴァルドナーツは、今だけは違うようで……。


「邪魔したら怒るよ?」


「うっ……、ご、ごめんなさいですの」


 少しだけマリディヴィアンナを振り返ったヴァルドナーツの双眸には、暗い狂気が滲み出していた。多少の我儘であれば軽く受け流して、甘やかし可愛がってくれる男だが、……本気で機嫌を損ねた時の彼は、子供相手でも容赦はしない。

 それを一度だけ目にした事のあるマリディヴィアンナは、やってしまったと恐怖に身を震わせると、すぐに彼の傍から飛び退いた。

 

「も、もう、邪魔しませんわ。あ、遊びに行ってきますわね!!」


 このままここにいては不味いと感じたのだろう。

 ガデルフォーンで行う計画の最終段階に意識を集中しているヴァルドナーツから逃げる為に、マリディヴィアンナは転移の術を発動させようと腕を伸ばした。

 しかし……、外から戻ってきた仲間の気配を感じ、その手を下ろす。


「お帰りなさいですわ!!」


「ただいま、マリディヴィアンナ。ヴァルドナーツ、計画の発動まで、あとどれくらいかな?」


 闇の中に現れた美しい銀と青の色彩を髪に纏う少年と、闇の中でも妖しい色香を湛える真紅の瞳を抱く青年……。神殿の様子を見に行っていた二人は、飛び込んで来たマリディヴィアンナを抱き留め、ヴァルドナーツへと咎めるような視線を向けた。


「お前、またお姫を泣かせたのか?」


「仕事を頼んでおいて何だけど……、君ってたまに大人げないよね」


 じとぉ……と、二人ががかりに刺さるような視線を投じられたヴァルドナーツは、完全に無視の状態だ。普段はへらへらしているくせに、その性根はやはり、……と、言うべきか。

 彼は何よりも、自分の集中している仕事を邪魔される事を嫌うのだ。

 

「はぁ……。マリディヴィアンナ、計画の発動までまだ時間があるから、少し休んでおいで。その間に、僕たちは……、この面倒なおじさんを叱っておくから」


「本当ですの?」


「うん。……言っても聞かないだろうけどね」


「……一応言っておくけど、俺、君より年下なんだけどね?」


 その時、ヴァルドナーツが作業の手を止め、マリディヴィアンナの頭を撫でながら慰めている少年へと抗議の視線を向けてきた。

 おじさんというのは本当だが、今の自分に年齢など最早意味を成さない。

 それに、自分達を束ね導いてきたのは、他でもない、この少年なのだ。

 それぞれの抱く願いを叶える為に、身を寄せ合ってきた自分達……。

 はたから見れば、自分が一番の年上に見えるかもしれないが、やはり聞き逃せない事もあるのだ。


「あぁ、ごめんね? 僕、年齢とか意味のない存在だから」


「……いい性格してるね、本当」


「あのな、お前達……。年齢なんか気にするのは、人間ぐらいのもんだろうが。数えるのも面倒になるぐらいの種族になれば、年齢の概念さえなくなるっていうのに」


 バチバチと火花を散らす少年とヴァルドナーツの間に割って入った真紅の瞳に青年が、その火花を掻き消すかのように手を振って、呆れ交じりに喧嘩の終わりを要求した。仲違いなどしている場合ではないのだ。

 このガデルフォーンの地に古の魔獣を解き放ち、手に入れなければならない物がある。

 

「今は目的を遂行する事に集中しろ。それが終われば、少しは気を抜ける時間が出来るだろうからな」


「そうだね……。この国での仕事を成功させる為にも、今は気を引き締めなきゃね。頑張って、ヴァルドナーツ」


「が、頑張ってくださいですのっ。……も、もうっ、あの時みたいに、失敗しちゃ、駄目ですわよっ」


「おい、お姫。あんまり調子に乗るな。おっさんをキレさせると、後が怖いぞ」


「ひぃいいいっ」


 自分の味方となる二人が帰って来てくれた事で安堵したのだろう。

 マリディヴィアンナはつい調子に乗って、あの時の事を口にしてしまった。

 過去、まだ数年程前の事だが、ヴァルドナーツはラスヴェリート王国で仕事を成功させ、――そして、ある意味で失敗した。

 失った仮の器。受けたダメージを癒す為に、彼は少しの間、眠りに就く羽目になった。ヴァルドナーツにとって、苦渋を舐めさせられたあの一軒……。

 漆黒の髪の青年が止めなければ、仕事熱心な彼をプッツンさせてしまっていた事だろう。……自分の仕事に邪魔が入る事を嫌うあの男の逆鱗に、もう少しで触れてしまうところだったのだ。

 普段であれば笑って流して貰えただろうが、今の彼にそれは不味い。

 慌てて真紅の双眸を抱く青年の後ろに逃げ込んだマリディヴィアンナは、自分の失言にカタカタと震え上がり涙ぐんだ。


「ご、ごめんなさい……、ですわっ」


 小さく謝罪の言葉を口にしたマリディヴィアンナに何の声もかけず、ヴァルドナーツは視線を前に戻した。

 その姿を、少年と青年は呆れたように見遣りながら、マリディヴィアンナを落ち着かせる為に、休息用の空間へと連れてその場を去っていく。

 三人の気配が消えた後、ヴァルドナーツは終盤に差し掛かっている作業の手を止め、その緊張を少しの間だけ解く事にした。

 左手の指先を闇に向かって僅かに揺らし、そこに深みのある光の椅子を出現させる。腰を下ろし……、無数に重なって映るそれをぼんやりと見つめ始めたヴァルドナーツは、そこにはない何かを見るように、目を細めた。


「早く……、会いたいね。俺の……」


 愛おしそうに呼んだその名が音になる事はなかったが、ヴァルドナーツが『こんな存在』になってもあの少年達と共に在るのは、強い願いがあるからこそだった。

 その願いを叶える為ならば、彼は誰を悲しませても、誰の命を奪っても心を動かす事はない。

 どんなに恨みの念を抱かれようと、心のない冷酷非道な存在だと思われようと、何も悲しむ事も、後悔し、懺悔する事も……、ない。


「今頃、何をしてるのかなぁ……」


 今は会えない、大切な存在の姿を思い浮かべながら、ヴァルドナーツは昏い様子で微笑む。この仕事が無事に終わったら、ようやく会いに行ける……。

 それを思うと、ヴァルドナーツの心はマリディヴィアンナが凄惨な光景を望む時のように、歓喜の気配と共に鼓動を弾ませた。

 

「会いに行くよ……。必ず……、必ず……」


 それは、愛しい者を求める男の音にも似ているが、その目に宿った狂気と執着の気配を見た者は同じ思いを抱く事だろう……。


 ――この男は……、どう見ても狂っている、と。


 仲間だと思ってはいても、マリディヴィアンナ達はいつも思っていた。

 ヴァルドナーツは、まるで、『からの人形』のように見える時がある、と。

 その機嫌にムラがあるというか、どうしても本質が掴めないこの男は、少年にとっても扱い難い存在だった。彼らの誰よりも願うその想いが歪みきっているヴァルドナーツは、時折その性格の異常さからそれを指摘される事もあるが、本人でさえ、自分を正しくは把握出来ていない。


「さてと、お姫様お望みの計画を進めようか……」


 回避不可能な魔獣の復活……。ガデルフォーンの民は全て避難用の空間に隔離済み。これでは、魔獣を解き放っても、あまり意味はない……。

 皇家に仕える虫の死骸が大地にばら撒かれる程度の悲劇しか起こらない事は目に見えている。けれど……、それでいいのだ。


「我ながら、酷い事しようとしてる自覚はあるんだけど……。ごめんね? 俺の願いは、幾百、幾千の命よりも……、重いんだよ」


 椅子から立ち上がったヴァルドナーツは、その口元に不穏な笑みを刻むと、ズボンから葉巻を一本取り出して口に咥えた。

 闇の中に火が灯り、惨劇の幕が上がるまでのカウントダウンが始まったその場所で、ヴァルドナーツの低い嘲笑の音だけが、喉奥から零れ出し響き渡っていくのだった……。

敵側サイドで一番狂っているのは、ドーナツ、じゃなかった、ヴァルドナーツです。(遠い目)

次話では、幸希の視点に戻ります。

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